第29話 インシデント26:星の魔導士の予見
バルドは再びセルジオ騎士団団長居室の扉を叩く。
トンットンットンッ
バルドは扉の前でかしづき、神妙な声音で入室許可を申しでる。
「セルジオ様、ジグラン様、バルドにございます。入室よろしゅうございますか?」
「入れっ!」
先刻より強めの声が扉奥から聞えた。
バルドは扉を開け居室内へ歩みを進めた。
ガコッ!
両扉を開ける従士の姿はない。
居室内へ入るとジグランが待ってましたと言わんばかりに声をかける。
「バルド!丁度よいところへ戻った!そろそろ呼びに行こうと思うていた所だっ!」
バルドは騎士団団長が座る長椅子前まで歩みを進めるとかしづき、御礼の言葉から発した。
「はっ!この度は数々のお計らい感謝申します!
これよりエステール伯爵家へ赴き、
事の次第をハインリヒ様へ言上致します旨、
ご挨拶に伺いました」
バルドの言葉に騎士団団長が口ごもる。
「その事だが・・・・」
第一隊長ジグランが団長の言葉をつないだ。
語気を強めて言う。
「バルド!ハインリヒ様への申し開き、どう考えているか?
そなたの事だ、己の命をもって事を収めようとしているのではあるまいなっ!」
ピクリッ!
バルドはここでも自身の思惑が見抜かれていたことに驚きを覚えた。
「・・・・今しがた・・・・
ジグラン様にお借りしております部屋にて同じ事を
皆に諭されてまいりました・・・・
私はその様に・・・・浅はかな者にございます」
「わっはっはっはっはっ!バルド!そこがそなたのよい所だ!
我らの前では『謀略の魔導士』もかたなしだな!
わっははは!愉快!愉快!」
騎士団団長は大声で笑いバルドをたしなめた。
「そなたの『忠誠』は誰もが認める所故、その様に皆が申すのだ。
浅はか等と申すな。バルド!そなたの主は皆で守るのだ。
ハインリヒ様もご自身のお子を憎くはあるまい。
ただ、守る者も守る事も我らとは異なる故、致し方なき事。
その事、そなたなら承知しているであろう」
ジグランが愁いを帯びた声音で言う。
「はっ!承知致しております。
マデュラの刺客らもあの者らの忠誠にて主の命に従ったまでのこと。
姿を現さず、刺客の後ろ盾になろうともせず、
それでも終わらせる事ができぬ者への憤りの方が・・・・
失礼を致しました。・・・・」
バルドは自身の中に再び現れた『怒りの感情』を感じ、一呼吸置くと続けた。
「ハインリヒ様へは、その旨をまずお話ししようと思っております。
3年前のマデュラの乳母の件にて一旦は終わらせた因縁。
刺客は恐らく『行き場を失っての所業』ではないかと申します」
「そうでなければ再び禁忌を犯し、
更に騎士団所属でない者が剣を所持している等あり得ない事だと。
まさかマデュラ子爵ご当主の命を受けての事とは思えませぬと。
行き場を失った元従士は死を選ぶ他ございません。
その為、我らに自ら『始末を望まれた』事ではないかと」
バルドが話す伯爵ハインリヒへの報告は双方が傷つかず、相手が名誉を失わず、騎士と従士の忠誠を全面に出したものだった。
「・・・・バルドよ!
そなた、剣術だけではなく調略も腕を上げたのではないか?
何と申せはよいかの・・・・かつての冷やかさがないな」
「『人の心を封じ込める』やり口がそなたの得意とする所だったが、
今の話・・・・『人の心を動かす』ことで収めるやり口になっておるな。
いやはや・・・・我が姪はほんに伝説の騎士だな。
ポルデュラ様の入れ込みようにも驚いたが、そなたの忠誠ぶりもジグラン以上だぞ!
いやはや、これは益々、私がセルジオの盾にならねばなるまいな」
騎士団団長は言葉とは裏腹な微笑みをジグランに向ける。
「左様ですな。
サフェス湖畔でのバルドの取り乱した様子からも・・・・
あの様な姿、初めて見ましたから」
ジグランが呼応する。
バルドは団長の足元へ目をやると主であるセルジオに仕えた4年弱の変化を静かに話した。
「ポルデュラ様よりのお言葉に従い・・・・
私はセルジオ様にお仕えしてまいりました。
初代の無念とセルジオ様の心を封印された折、
『日々の行いで心の土壌は肥沃となろう』と申されました」
「セルジオ様の『お心の土壌』が肥沃となると思うておりましたが・・・・
私自身の事でもございました。私は己を持て余す事が何度もございました。
初めて感じる『感情』が何度も。『愛しさ』であり、『怒り』であり、
『憎さ』であり、『哀しみ』であり・・・・
これらは従士としてあるまじき感情でございます。
されど『人の心が動く』根源が解った様に思っております」
バルドは正直に己の変化を2人に話した。
「そうだの。解らずして『感情を持たない』事と解っていて
『感情を持たない』事では天と地ほどの差があるな。
解っていればこそ『制御』ができるというものだ。
そなたの『謀略の魔導士』の名、これよりも我が騎士団で活かそうほどに。
そう心得よ」
騎士団団長はバルドの忠誠心がバルド自身の能力を底知れぬものにしていると考えていた。
「そこでだ・・・・バルド。
兄上ハインリヒ様のお考えとして聴いておいてもらいたい事がある。
よいか?」
騎士団団長はバルドを手招きした。
傍らのジグランと顔を見合わせ、頷き合った。
「先程、そなたがジグランの居室へ赴いている際に2人で話していたのだがな。
兄上ハインリヒ様は星の魔導士ダグマル様の星読みを気にされてみえるのだ。
ダグマル様はそなたも存じている様にシュタイン王国直属のラドフォール公爵家魔導士。王家の星読みだ」
「そのダグマル様が伝説の騎士『青き血が流れるコマンドール』と
謳われた初代セルジオ様の再来を予見された。
そこまではよかったのだ」
「マデュラとの因縁は別として、
当時の初代セルジオ様のシュタイン王国への功績はなくてはならぬものだった。
されど、時は移った。国が荒れていた世と今の世では
光と影、正と悪、福と禍は異なるものだ」
騎士団団長は星の魔導士ダグマルの星読みの言葉を伝える。
「『青き血が流れるコマンドール』の再来が見える。
その『魂の光』そのままに再来されるであろう。
『魂の光』輝く時、王国に光と幸福をもたらす。
されど『心の影』も再来する。その『心の影』現れし時、封印すべし。
さもなくば王国に闇と禍をもたらすであろう。
『心の影』『心の光』と共に封印すべし。
されば『魂の光』を救わん。
必ず『心の影』を封印すべし。
封印解かれし時あらば『魂の光』をもって葬るべし。
このことゆめゆめ違える事なかれ。
封印解かれし時あらば『魂の光』をもって葬るべし」
「このように申されたそうだ。
セルジオの兄、フリードリヒが生まれて間もなくであったかな?ジグラン」
「左様にございます。
アレキサンドラ様がセルジオ様を身ごもる前の事にて・・・・
その時には既に・・・・全ては決まっておりました。
今日の事は起こるべくして起こった事でございますな」
ジグランは改めて王国直属の魔導士の予見の凄さを感じる。
「話しを続ける。兄上が気にされているのは『心の影』の再来だ。
封印と封印が解かれる事があるか?なのだ。
ダグマル様は王国に闇と禍を起こすと予見された。
予見通りに『心の影』は再来したな。
初代セルジオ様の『無念の感情』だった。
セルジオの『心の光』と共にポルデュラ様が封印した。
が、この様な、今日の様な事でセルジオは眠りについている。
その眠りが覚めた時、『封印が解かれる』のではないか?と案じているのだ」
騎士団団長はバルドを真っ直ぐに見ながら続ける。
「そして『封印解かれし時、魂の光と共に葬るべし』とあるが・・・・
セルジオを抹殺しろと言う事だ」
バルドの反応を視る。
バルドはかしづきうつむいたままの姿勢で呼応した。
「・・・・その旨・・・・
セルジオ様にお仕えしました時より覚悟致しておりました。
セルジオ様にお仕えする命がおりました折、
ハインリヒ様からマデュラとの因縁と騎士団の名の由来、
伝説の騎士とサファイヤの剣の事は伺っております。
そしてダグマル様の予見の事も・・・・
封印が解かれました時、セルジオ様のお命を・・・・
セルジオ様を殺める事もハインリヒ様より命を受けております!」
バルドは言葉にしただけで呼吸が止まりそうになる自身に驚いていた。
「・・・・『主の命であればたやすいこと』と思うておりました。
しかしながら・・・・今・・・・セルジオ様が目覚められた時、
封印が解かれたとあらば・・・・できませぬ・・・・
セルジオ様を殺める事等できませぬっ!
されば!ダグマル様の予見を活かせていただきますっ!」
ハッ!
バルドは勢いよく顔を上げると騎士団団長とジグランの顔をしっかりと見て言い放つのだった。




