第25話 インシデント22:従士の役目
セルジオ騎士団第一隊長ジグランの従士ルディとジクムントにマディラの刺客の躯の始末を任せ、一行はエステール伯爵家の居城の一つであるセルジオ騎士団城塞、西の屋敷へ向かっていた。
カコッカコッカコッ・・・・
カコッカコッカコッ・・・・
サフェス湖湖畔から湖畔の森を南へ下り、シュタイン王国西の要である西の砦へ向かう。
森の中を暫く進むとエステール伯爵領城壁が姿を現す。城壁沿いの小道を更に南に進む。
バルドはマントにくるんだセルジオを自身の身体に括り付け、馬上で|幉《たずな》を握る。
オスカーはエリオスを伴い|幉《たずな》を握っていた。
西の屋敷は岸壁を利用した岩盤城塞で西の砦と共にシュタイン王国西の守りの要とされていた。
エステール伯爵領西門に到着した。石造の大門を通り抜け、東へ進むと西の屋敷、セルジオ騎士団城塞南門へ差し掛かる。
カコッカコッカコッ・・・・
カコッ・・・・
ブルルルルルッ・・・・
西の屋敷南門前でジグランは馬の足を止めた。
「開門っ!」
ガコッ!ギィーーー!
ジグランが声を上げると分厚い南門が大きな音を立てて開いた。
バルドとオスカーは神妙な面持ちでかつて仕えたセルジオ騎士団城塞へ入る。何とも言えない懐かしい香りが漂う。
堅牢な南門から北へ向かうと左手に厩舎がある。厩舎前で3人は馬を下り、厩舎番に馬を預けた。
バルドはセルジオを身体に括り付けたまま、麻袋と武具を担ぎ、ジグランの後に続く。オスカーはエリオスを抱きかかえバルドの後に続いた。
エリオスは手足の震えが止まらず、血の気が引いた真っ青な顔をしていた。
『致し方あるまい。
いくら訓練を受けているとはいえ、
心の準備もないまま人の目を間近で射抜いたのだから・・・・』
オスカーはエリオスを優しく抱きしめた。
「エリオス様、こちらが西の屋敷でございます。
バルド殿と私がかつて仕えておりましたセルジオ騎士団城塞にてご安心下さい。
セルジオ様がお目覚めになるまでこちらにてご厄介になります」
「承知している。オスカー感謝申す。
不甲斐ない私を・・・・!不甲斐なくすまぬ!!」
エリオスはオスカーの首に両腕を回し、オスカーの首元に顔をうずめた。
「エリオス様、大事ございません。
不甲斐ないなど思いもよらぬこと!
大したお働きにてオスカーは鼻が高こうございます」
オスカーはエリオスの背中をそっとさする。
「・・・・目に焼き付いて離れぬのだ・・・・
右目を射抜いた刺客の顔が!!
セルジオ様がまたがり刺客の首から吹き出す血が!!!
目に焼き付いて離れぬ・・・・」
「右手に残っているのだ!射抜いた・・・・
人の目を射抜いた感覚が残っているのだ!」
『それはそうだろう!
至近距離で射抜けば慣れた者でも
暫くはその者の顔を忘れられまい』
「エリオス様、私が初めて人を殺めた時の話を致しましょう。
誰でもどのような勇猛果敢な騎士であっても初めてはございます故・・・・」
オスカーは自身の肩に顔をうずめるエリオスの頭を優しくなで、話しはじめた。
「私の実家はエステール伯爵家領内にありますエリオス様のご実家である
ローライド准男爵家所領の小麦農家にございます。
実家には私を含めて5人の子がおりました。
私は上から数えて3番目の子でございます」
「小麦農家は小麦を栽培、収穫し脱穀した後、商家へ納めます。
ここまでが小麦農家の仕事となります。
ある時、商家へ小麦を納めました所、
このまま王都の穀物商会へ運んでくれまいかと頼まれました」
「幸い天気もよく、兄2人と私の3人で運んでおりましたので、引受けました。
王都へ行ってみたかったと兄等は目を輝かせておりました。
しかし、私は子供ながらに王都は恐ろしい所と思っており、
この様に子供ばかりで行ってもよいのかと兄を制しましたが、
好奇心旺盛な兄には聞きいれられず、
そのまま王都に向かったのです」
エリオスはオスカーの肩にうずめていた顔を上げ、話を聞く体勢をとった。その姿にオスカーはニコリとエリオスへ微笑みを向けると話しを続けた。
「エステール伯爵家東門を通り抜け、王都城壁西門から王都へ入りました。
西門はセルジオ様やエリオス様がおられますエステール伯爵家の訓練施設滞在場所ですね。
西門をくぐるとそこは生まれて初めて見る光景ばかりで、
大勢の行きかう人々、活気に満ち溢れた街並み、多くの物に溢れ、
私の胸はこのまま張り裂けるのではないかと思う程に高鳴り続けておりました」
「穀物商会の場所を西門門番が丁寧に教えて下さったお陰で
思いの外早く小麦を届ける事ができましたので、
物見遊山をしていこうと兄が言い出しました。
慎重な私は日のある内に帰れなくなっては困るから
このまま帰ろうと申しましたが、またしても聞きいれられず・・・・
今思えば聞き入れられる様に話していなかっただけにございます・・・・
王都を物見遊山等、しかも子供だけで・・・・
知らぬとは恐ろしい事にございます・・・・」
オスカーは少し遠い眼差しをした後、話を続けた。
「兄が申すに王都には小麦を使った甘いパンがあるらしい。
それを土産に買って帰ろうとなりました。
焼き菓子の事でございます。
焼き菓子など見たことも食したこともございませんのにどこで聞いたのか、
知ったのか分かりませぬが兄は物知りにて・・・・」
オスカーはふふっと笑った。
「知らぬ物を買おうとしているのです。尋ねようにも尋ね方もわかりません。
そこで、穀物商会に戻って聞いてみる事にしました。
あっさりとそれは焼き菓子だと売っている店も教えて下さり、
3人で意気揚々と店へ向かいました」
「焼き菓子の看板が見えると兄2人は嬉しそうにあそこだ!あそこだ!
と駆け出しまして、私は後に続きましたが、王都は石畳故、慣れておりません。
私は石畳に躓き転んでしましました」
「兄2人に置いていかれると顔を上げると
大きな口ひげを生やした男に兄が胸倉を
掴まれているのが目に入りました。
どうやら店の看板ばかり見ていて周りが見えておらず
その男にぶつかってしまったようなのです」
「『ごめんなさい、ごめんなさい』と謝る兄の声に
周りに徐々に人だかりができました。
男は大きな声で何やらわからない事を兄に向かって叫んでおり・・・・」
「今思えば酒に酔っていたのでしょう。
胸倉を掴まれ苦しかったのか、足で男の腹を蹴ってしまった様で・・・・
兄は短剣で胸を刺されました」
「もう一人の兄が男の足にしがみつき、兄を放せと叫んでおりました、
兄が短剣で刺されますと男に向かって拳を奮いました。
されど・・・・大きさが違います」
「まして、我らは農家の息子故、武術等心得もございません。
拳を奮った兄は短剣で首を切られました。
私は転んだ姿勢のまま、一部始終を見ておりました」
「2人の兄が短剣で刺され、血しぶきを上げているその姿に
頭に血が上り、意識が遠のき・・・・次に己の意識が戻った時、
男の・・兄2人を短剣で刺した男の腹に跨り
何度も何度も短剣で男の胸を刺しておりました」
オスカーはここでエリオスを見る。目から涙がこぼれていた。エリオスは袖でオスカーの涙を拭う。
「・・・・エリオス様・・・・」
再びオスカーは話しだした。
「意識が戻っても何度も何度も男の胸を刺す短剣が止まりません。
男は肉の塊になっているのに・・・・
何度も・・・・何度も・・・・周りの人だかりは増える一方です」
「もう、どうなってもいいと思いました。
そう思った時、私のその手を男を刺し続けているその手を優しく止める手がございました。
その手はそっと、短剣を私の手から外し、男の身体に跨る私を抱きかかえ、
『何も案ずるな。後は私が始末をする故、何も案ずるな』と申され、
お付の方に兄2人の躯を運ぶ様に申されました」
「私はその方に抱えられたまま王都城壁西門をくぐり、
エステール伯爵家東門よりエステール伯爵領内に戻りました。
そこで気を失い、気付いた時にはエステール伯爵家居城の
侍従部屋に寝かされておりました。三日間、眠ったままでいたそうです」
オスカーはエリオスを見る。
「エリオス様、私は人を殺めておきながら殺めた時の記憶を
消し去ろうとした愚か者にございます。
人を殺める事は恐ろしい事にございます。
好んで殺めているのではございません。
役目故、誰かがやらねばならぬ事故、我ら殺める事を常とする騎士や従士がおります」
「恐ろしく、忘れられず、毎夜うなされ、正気でおられぬ者もおります。
エリオス様が右目を射抜いた刺客の顔が忘れられぬのは当たり前の事にて、
そして、初めて人を殺めた後に普段通りこうして私と話す事ができるとは
稀な事にございます。エリオス様は既にご立派な騎士にございます」
オスカーはエリオスを抱き寄せ、頭に口づけをする。
「殺めた事、殺めた者の顔、殺めたこの手に残る感覚、全てを忘れてはなりません。
忘れぬ事が『弔い』となります。
戦場では躯はそのままにて、弔う者も弔われる者もおりません。
動物の命の糧になる者、残された躯の武具を拾い、
売り、生きる為の肥やしとする者はあります。
が、しかし、『弔う』事はいたしません。
殺めた者が忘れぬ事だけが弔いとなります」
オスカーはエリオスを更に強く抱きしめた。
「オスカー・・・・感謝申す。
オスカーが話をしてくれなければ・・・
私は・・・・正気ではいられなかった・・・・」
エリオスはオスカーの首に両腕を回し肩に顔をうずめた。
バルドは2人の話をジグランの後ろに続きながら聴いていた。
『皆・・・・同じにございます。人を殺めずに済む世があるのであれば・・・・』
なぜ?人は人同士で戦うのか?殺し合うのか?騎士団に仕えていた時には考えもしなかった事を頭に浮かべる自分自身にバルドは戸惑いを覚える。
胸に抱いているセルジオが温かく感じる。
『日々の行いで心の土壌は肥沃となろう』
何かある度に思い出すポルデュラの言葉にバルドはハッとする。
『セルジオ様だけではない!
セルジオ様にお仕えする事で己の心の土壌も肥沃となっている!』
意識の戻らないセルジオの顔を見る。
「セルジオ様、私はセルジオ様にお仕えして己を持て余す事がございます。
己の心の土壌もまだまだ肥沃となるようにて・・・・
従士は主と共にいついかなる時も離れません。
それが我らの役目にてご案じめさるな・・・」
自身の言葉にふふふと笑うとバルドはジグランの背中を追うのだった。




