第13話 インシデント9:二人の役目
二杯目のバラの茶と焼き菓子がベアトレスの意識を徐々に鮮明にさせた。長椅子で眠るセルジオに目を向ける。
『・・・・そう言えば、
この様にすやすやとお休みになられている
セルジオ様を見るのは初めてではないか!』
食事やオムツの替えでセルジオの居室へ赴く時、セルジオが眠っている事はなかった。乳を与えた後に寝顔を見せる位であった事に気付き、ベアトレスは不安になる。
「ポルデュラ様、私・・・セルジオ様の乳母になり3ヶ月が経ちますが、
この様にすやすやとお休みになるセルジオ様は初めてにございます。
少し・・・・心配にございますが・・・・」
今までの状態を話す。
「案ずる事はない。今が特別なのだ。
『青白き炎の騎士』を封印したからの。
確実に鎮まって頂く為にセルジオ様を眠らせておる」
ポルデュラは魔術で眠らせている事を伝え、ベアトレスの不安をぬぐった。
「そこでだ。2人に伝えておかねばならぬことがある」
ポルデュラは少し厳しい表情を2人に向けた。
「バルド、そなたが考えるこれからの策は、
私の話の後に願いたいが、よいか?」
「承知いたしました。構いません。
ポルデュラ様のお話で我らの役目も変わるやも知れません。
お先にお話し頂きたく存じます」
バルドはポルデュラが初代セルジオを封印した『封印の言葉』が気になっていた。その事が今後の役目とセルジオへの接し方を大きく変える事を予感していた。
「左様か・・・・」
ポルデュラは一言、返答をするとゆっくりと話しだした。
「そなたらが気付いている様に
ここに眠っておられるセルジオ様は様子が変わられた」
ポルデュラの最初の言葉にバルドとベアトレスは顔を見合わせる。
ポルデュラは構わず続けた。
「『青白き炎の騎士』は強い、それは強い『無念』の感情で満たされていた。
その発端が己の未熟さであったとしても、
己を省みる事はもはや無理であったのであろう」
「『無念』は『負の感情』だ。『感情は心』であって、心理ではない。
そして『強い負の感情』は時に『魔』を引き寄せる。
『青白き炎の騎士』の『無念の感情』と
『セルジオ様の心』は一体となっていた。
故に『セルジオ様の心』も一緒に封印せざるを得なかった」
ポルデュラは悲し気な目をセルジオに向けた。
「騎士は『感情を持たない』事が優先されるが、
それは『心を持たない』事ではない。
訓練で自らの感情を平時と変わらぬ状態にまで
保つ事ができるというだけだ。
セルジオ様は『心を封印』した。
訓練せずとも『感情を持たない』のだ」
「それは喜怒哀楽だけに留まらぬ。
愛情も恐怖も持たぬ故、涙も出まい。
身体の反応として涙が出たとしても『心がふるえて』ではない。
これは他の者の痛みも解らぬという事だ」
ポルデュラはセルジオの頬を右手の甲でなでながらつぶやく。
「そなたらに頼みがある。
騎士団団長が他の者の痛みが解らなければ率いる騎士はついてはこまい。
強さだけでは人は動かせぬ。そして、疑う事もしまい」
「ただ、目の前にある事のみ、
命じられた事のみ遂行する仕掛け人形の様な団長になり果てる。
『心を持たない』のであれば『心の種と土壌』をつくればよい。
そなたらにその役目を引き受けてもらいたい」
ポルデュラは2人がセルジオの『心の種と土壌』を育んでくれると信じていた。
「ポルデュラ様、
我らでできる事であればいかようにも致します!」
バルドはいつになく力のこもった返答をした。
「私も、私にできる事は何でもいたします」
ベアトレスは目に涙を浮かべながら呼応する。
「そうか!頼まれてくれるか。感謝いたすぞ。
セルジオ様は我が国、シュタイン王国の守りとなられるお方だ。
セルジオ様が無事にこの訓練施設を出られ、騎士として叙任を受け、
騎士団団長になられる日まで我らが影となり、お守りいたそうぞ!」
ポルデュラはバルドとベアトレスの手を取り、力強く握った。
「ポルデュラ様、さしあたって、
我ら2人は何をすればよろしいですか?」
バルドは具体的なそれぞれの役割を決めたいと考えていた。
「そうだな。『心の種』は簡単には手に入らぬ。
これはセルジオ様がご自身で見つけなければならぬ。
だが『心の土壌』は日々の行いで肥沃となろう」
ポルデュラは作物と同じであると言った。種子は土壌なくしては育たない。土壌次第だと。
「ベアトレスは今まで以上にセルジオ様を抱いて差し上げろ。
乳を与える時以外は瞳と瞳を合わせよ。
言葉と瞳で話しかけるのだ。
そして、その微笑みを絶やさずに向けろ」
「バルドは他の者の痛み、身体の痛みと恐怖を教えよ。
人は何に恐れおののき、恐れる事でどのような反応が
身体に出るのかをセルジオ様の身体に刻むのだ」
「後は、より多くの者と関わらせよ。
その時にその者が何の役目を担っており、
どんな心の内を抱えているかも言葉で伝えるのじゃ。
そして、山、河、森の木々、馬や豚、鶏、蝶等の
虫までもより多くを直に触れさせる事じゃ」
ポルデュラは目を閉じ、まるでその光景を見ているかの様に話した。
「バルド、そなたには今一つ頼みがある。
そなたが得意としている知略、謀略、読心術、読唇術も事細かに伝えよ。
平時の時でも人は自身の身を守る為に謀をしているのだと。
良くも悪くもそれが人の『感情』であって、
騎士は『心を持たない』のではなく、
『感情を持たない』様に訓練をしているのだと教えるのだ。
信じすぎても、疑いすぎてもならぬ。
何事も過ぎぬ事が肝要であると・・・・」
ここまで話すとポルデュラは立ち上がりセルジオを抱いた。見るとセルジオは目覚めていた。
「ベアトレス、早速だが、セルジオ様を抱えていてはくれぬか?」
セルジオをベアトレスの腕の中へ託した。
「承知致しました。セルジオ様、こちらへ・・・・」
ベアトレスはにこやかにセルジを抱く。
「バルド、悪かったの。
先に私の話を聞かせ。そなたの策を聞きたい。頼む」
ポルデュラはバルドへ話を手渡した。
「承知致しました。ポルデュラ様のお話しと合わせました策をお話し致します。
ベアトレス様、不都合があるやも知れません。
その時はお申し付け下さい。セルジオ様のこれからの最善の策を考えたく存じます」
バルドはベアトレスに抱えられたセルジオの頬に触れるとその手を自身の胸に拳をあてセルジオへ誓いを立てたのであった。




