第7話 インシデント3:前世の封印
「うわぁぁぁぁん!うわぁぁぁぁん!」
ベットからビクリッ!と浮き上がったセルジオは突然大きな声で泣き出した。
ボッボワッッ!
その身体からは天井にまで届く程『青白い炎』が湧き立っている。
「これはっ!セルジオ様っっ!」
ベアトレスは言葉より先に身体が反応した。
『青白い炎』を湧き立たせベッドで大声をあけ泣き叫ぶセルジオに手を伸ばす。
バチッ!パァンッ!
ベアトレスはドアの方へ弾き飛ばされた。
バルドは弾き飛ばされたベアトレスが床に叩きつけられない様に瞬時にベアトレスの背後に周りを抱きかかえた。
「大事ございませんか?ベアトレス様!」
ベアトレスは一瞬目の前が真っ白になり言葉を失った。
「・・・・大事ございません・・・」
セルジオを見るベアトレスの目が見開いている。バルドはベアトレスを抱え、ドアの近くへ後退した。
セルジオの身体から湧き立つ青白い炎は勢いを増す。
バルドはベアトレスをドア近くの床に座らせるとセルジオから湧き立つ青白い炎を凝視した。
『何が起こっているのだ?セルジオ様の中で・・・』
「うあぁぁぁん!うあぁぁぁん!」
再びセルジオは大きな声を上げた。
ゴッ!ゴボッ
途端、先程飲んだばかりの乳が噴水の様にセルジオの口から吹き出す。
「セルジオ様っ!」
ベアトレスはセルジオに近づこうと立ち上がった。
「近づいてはなりませんっっ!」
バルドが立ち上がりセルジオへ近づくベアトレスを制した瞬間、二人は立ちすくんだ。
天井まで湧き立った青白い炎の中に人影が浮かぶ。徐々に色濃く、姿がはっきり見て取れるまで浮かんだ。
ブワッッ!
重装備の鎧、金糸で縁どられた蒼いマント、金色の髪、深く青い瞳、そして、腰にはエステール伯爵家の騎士に継承される『サファイヤの剣』を携えている。
「こ・・・これは・・・青き血が流れるコマンドール?・・・か」
バルドが思わず口にした言葉にセルジオが再び大声を上げた。
「うあああああん!」
ゴボッ!ゴゴボッ!ゴボッ!!ガハッ!
セルジオは真っ赤な鮮血を吹き出した。
「セルジオ様ぁぁっ!」
バッ!
ベアトレスはバルドの手を振り払い、セルジオへ駆け寄った。
「そなたは誰だっ!マレーネはいずこにいるっ!」
青白い炎から浮き出た人物がベアトレスを見下ろし言葉を発した。
ベアトレスはセルジオを助けたい一心であった。
「私は、ベアトレスにございます。
あなた様のお足元にいらっしゃる
『セルジオ・ド・エステール』様の乳母にございます。
セルジオ様が血を!血を!この様な幼子が大量の血を吐きました!
私めをセルジオ様のお傍に!セルジオ様を抱きかかえさせて下さいませ!」
ベアトレスは青白い炎の中に湧き出た人物に必死に懇願する。
「・・・・幼子だと?我の足元にか?・・・・」
炎の人物は自身の足元を見る。セルジオの口から吹き出した鮮血でベッドは真っ赤に染まっている。
「・・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・・」
炎の人物はセルジオの赤く染まった姿を見ると苦しそうに両腕で自身の身体を抱えた。
「・・・・私は・・・・なぜ?・・・・ここは?どこだ?・・・・なぜ?・・・・ここにいるのだ?・・・・」
自身の両の掌を見ながら記憶を辿っている様だ。
「・・・・ベアトレス様っ!」
青白い炎の中にいる人物の様子にバルドはベアトレスをセルジオのベットから遠ざけた。
「ベアトレス様!恐らくあのお方は!
青白い炎の中に浮かび上がったお方は!
今、お話ししようとしていましたエステール伯爵家と
マデュラ子爵家の因縁の元となった
『青き血が流れるコマンドール』100有余年前の
エステール伯爵家初代セルジオ様です」
バルドは小声でベアトレスに耳打ちした。
「このままでは、セルジオ様の御身が危のうございます!
私はこれよりラドフォール公爵家の魔導士を呼んでまいります!
ベアトレス様はこのまま!あの炎の騎士が申されるままに!」
バルドの必死の形相にベアトレスはうなずくしかなかった。
訓練施設内ラドフォール公爵家魔導士の部屋はベアトレスの部屋から3つ先にある。ラドフォール公爵家は、シュタイン王国王家の血筋であり、王家直属の魔導士を多く輩出していた。
魔導士は騎士と共に戦場へ赴く。騎士と共同で敵方とまみえる。魔導士を自身の家から排出できればよいのだが、その特別な能力は『血統』により継承されていた。ラドフォール公爵家は『魔導士の血統』であった。その為、訓練施設内に魔導士を赴任させていた。
バルドはそっと音を立てない様にセルジオの居室を出る。
パタン・・・・
部屋のドアを後ろ手に閉め、ラドフォール公爵家魔導士の部屋へ向けて走ろうとしたその時、目の前に人影が現れた。咄嗟に腰の短剣に手が伸びる。
「慌てるな!私だ!」
そこにはラドフォール公爵家魔導士ポルデュラの姿があった。
ポルデュラ・ド・ラドフォール。ラドフォール公爵家、風の魔導士。
風を自在に操ることから天候の魔導士とも呼ばれている。訓練施設で起こるありとあらゆることを把握し、王国に起こりうる不利益な事柄を未然に対処する役目を担っていた。
「ポルデュラ様っ!失礼を致しました!ただ今!ポルデュラ様をお呼びしようとっ!」
バルドは呼びに行こうとしていた魔導士が扉の前にいた事に驚きを隠せなかった。しかも、危うく短剣で傷つける所であった。
ポルデュラはそんなバルドを全く意に介さずセルジオの居室内部を感じ取っている。
「・・・・お出ましになられたか・・・・これ程早くとは」
青白い炎の中の人影が誰なのかの見当がついているようだ。
「バルド、セルジオ様の息のある内にあのお方を封印するっ!」
ポルデュラはまるで出現を予知していたかの様な物言いをした。
「承知致しました。私に何かできましょうか?」
手出しできる事があるのか定かでないが、バルドはセルジオを救いたい一心で申し出た。
「その想いだけでよい!
セルジオ様へ向けてその想いを絶やさず送れっ!」
ポルデュラはバルドの心の内が読みとれるかの様に眼を閉じ、扉に向けて両手をかざした。
扉が静かに開く。開いた扉のすぐそばにベアトレスが座り込みセルジオの様子をうかがっている。
「ベアトレス様、さっ、こちらへ」
バルドはベアトレスの手を取り、扉の左手へ誘った。
「バルド様!セルジオ様が!!」
セルジオは、自ら吹き出した鮮血で真っ赤に染まったベットの上で力なく横たわっている。
「ご心配には及びませんっ!
あちらがラドフォール公爵家魔導士のポルデュラ様でございます。
後は、ポルデュラ様にお任せを致しましょう。
我らはセルジオ様のご無事をこちらで強く、
強く願う他ございません。よろしゅうございますか」
バルドは自分自身にも言い聞かせる様にベアトレスに伝える。
「わかりました。今、我らにできる事!
強く、強くセルジオ様のご無事を願います」
ベアトレスは膝をつき、両手を胸の前で組むと目を閉じた。
バルドはベアトレスの横でポルデュラを注視する。
『ポルデュラ様っ!お願い致します!セルジオ様をお救い下さい』
バルドも心の中で願った。
ポルデュラは両掌を青白い炎の中に浮かぶ人物にあてながら近づく。ポルデュラに気付いた青白い炎の中に浮かぶ人物の湧き立つ炎が勢いを増した。
「そなたはっっ!誰だっっ!」
強く響く声でポルデュラを見下す。
「私はラドフォール公爵家魔導士ポルデュラにございます。
セルジオ・ド・エステール様」
ピクリッ!
名を呼ばれ青白い炎の中に浮かぶ人物は肩を動かした。
「我を存じておるのか?我はなぜここにいる?
ここは・・・・王都城壁であろう・・・・?」
自身のいる場所がシュタイン王国王都城壁内だと認識すると青白い炎の勢いが弱まった。
ポルデュラは語りかけながら少しづつ青白い炎の中に浮かぶ人物に近づいていく。
「あなた様がこちらへお出ましになられる事はわかっておりました」
ポルデュラは青白い炎の中に浮かぶ人物を見上げ、憐れむような瞳を向けた。
「わかっていたとは?どういう事だ!」
ポルデュラを見下ろし、青白い炎の中に浮かぶ人物は自分自身がなぜ?ここにいるかを確かめたい様子だった。
「あなた様は100年有余年前にお命を落とされました。
それは、それは、ご無念なご最後をとげられ、
そのお気持ちは100年有余年の時を経てもなお晴れてはおりません。
今、こちらにお出でなのはその強いご無念のお気持ちです」
ポルデュラの言葉にベアトレスはバルドを見る。
『バルド様がお話しされようとしていた事とは・・・・』
ベアトレスの視線にバルドはうなづいて見せた。
『左様にございます。私がお話ししようとしていた事です』
バルドも心の中でベアトレスに呼応する。
ボルディラの話に青白い炎の中に浮かぶ人物は目を見開いた。
青白い炎が再び勢いを増し、部屋中を覆う。
「そうだっ!!マデュラだっ!ギャロット・ド・マデュラ!!
あやつの裏切りが!企みで!エリオスとオーロラが命を落としたのだっ!」
両手で頭を掴み、目を見開き、青白い炎の勢いで金色の髪が逆立っている。
「そして、我は守れなかった!
自身の身すら守る事ができなかった!悔やんでも悔やみきれぬっ!」
深く青い瞳が光を放ち、両肩が大きく上下に動く。
「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」
「・・・・その強いご無念のお気持ちです。
そのお気持ちが今、あなた様がこちらへお出での証にございます」
ポルデュラは青白炎の中に浮かぶ人物に自身の存在を認識させると話を続けた。
「そのご無念のお気持ち、もはや解き放つ事はできますまい。
解き放てばシュタイン王国をも滅ぼしかねません」
ポルデュラの言葉にバルドとベアトレスは顔を見合わせる。
「ならば!そなたは、我にどうしろというのだ!」
青白い炎の中に浮かぶ人物はポルデュラに言い放つ。
「あなた様の魂の生まれ変わりが、
今、あなた様の足元にいらっしゃいます。
今の世のセルジオ・ド・エステール様にございます」
青白い炎の中に浮かぶ人物は幼子のセルジオをやっと認識した。
「・・・・足元の・・・・幼子?・・・・
なんとっっ!血だらけではないかっっ!」
青白い炎の勢いが徐々に弱まる。
「あなた様がお出ましになられた際に
幼子の身体を介しました。その為、この様なお姿に・・・・」
ポルデュラの言葉に青白い炎は人物を覆うのみの大きさになった。
「このまま、あなた様の強いご無念のお気持ちを
この幼子の奥底へ、この幼子の心と共に封印致します」
ポルデュラの言葉に青白い炎の中に浮かぶ人物は申し訳なさそうな、寂しそうな、何とも言えない表情をポルデュラに向けた。
「・・・・そうか・・・・この幼子の心と共にか・・・・
我の悔恨は・・・・
我だけでは封じることができぬほど・・・・
強く、強く残っているのだな・・・・」
青白い炎の中に浮かぶ人物は真っ赤に染まったベッドで横たわるセルジオをじっと見つめた。
「・・・・ラドフォールの魔導士ポルデュラよ・・・・
頼む・・・・そうか、この幼子が今の世の我か・・・・
また、女子で生まれたか。この様な目に遭わせ・・・・
すまぬ・・・・すまぬな」
青白い炎の中に浮かぶ人物はセルジオに一言詫びると自らポルデュラへ近づいた。
「ふぅぅぅぅぅぅぅ」
ポルデュラは胸の前で両手を重ねると自身の銀色の髪を編みこんだ銀色の風の珠を出す。
「ふぅぅぅぅぅぅぅ」
口から細く風の道を創り銀色の風の珠を大きく螺旋状に回転させた。青白い炎の中に浮かぶ人物は目を閉じ両手を広げ銀色の風の珠の中へ吸い込まれていく。
シュゥゥゥゥゥ・・・・ブワッ!・・・
シュゥゥゥゥゥ・・・・ググッ・・・・
ポルデュラは青白い炎の中に浮かぶ人物を完全に銀色の風の珠の中へ吸い込むと銀色の風の珠を小さく、小さく凝縮させた。そのまま、セルジオの胸の中へ押し込み呪文を唱える。
「セルジオ様の心と共に強く残る初代セルジオ様の悔恨を封じる。
銀の風の珠の元に自ら封を放つ事はなし。
封放たれる時、それは浄化の兆しあればの時のみ。
深く、深く、硬く、硬く、封を印するものなり。
風の魔導ポルデュラの名の元に、未来永劫続くものなり・・・・」
シュゥゥゥゥゥ・・・・・
フワッ・・・・・
しんっ
ポルデュラの周りから螺旋状の風の渦が消える。
セルジオの居室は何事もなかったかのように静けさを取り戻していた。




