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とある騎士の遠い記憶  作者: 春華(syunka)
第3章:生い立ち編2~見聞の旅路~
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第139話 マデュラ騎士団46:エリオスの叫声

無表情でブレンを見据えるエリオスの姿にバルドとオスカーは声を発することすらできなかった。


冷やかな空気が滞在部屋を覆う中でエリオスはくるりとブレンに身体を向けた。


「さぁ、ブレン様いかがなさいますか?熟考されている時間はありません。ルイーザ殿がそろそろ片付けに来られます。私が動かずともルイーザ殿がこの部屋の様子とブレン様のお姿を見れば・・・・その先は先ほど申した通りとなりましょう」


エリオスは淡々と静かな口調で続ける。


「ああ、もう一つございましたね。我が師バルドとオスカーが懸念しておりました。もし、マデュラの地で我らが命を落とす事となれば王都騎士団総長がマデュラを捕える好機となろうと。お解りでしょう?それが何を意味する事か。内紛です。マデュラが内紛を企て王国に刃を向けた・・・・」


唖然とした様子で見つめるブレンにエリオスは冷やかな微笑みを向けた。


「この地を欲する貴族家名はここぞとばかりに騎士団を動かすことでしょう。マデュラ領は戦地となる。そうですね、隣国も黙ってはいませんね。特に西の隣国スキャラル国は西を守護するセルジオ騎士団が内紛制圧で留守となれば王国に攻め入る事は必定です。王国の事情に明るい東のシェバラル国も・・・・喜び勇んで攻め入りますね」


エリオスは微動だにしないブレンに静かに近づき目前まで顔を寄せた。


セルジオと同じ深く青い瞳でじっとブレンを見ると目を細める。


「戦地となったマデュラはどうなるのでしょう。収穫間近の作物は焼き払われ、逃げ惑う民は殺戮の憂き目に遭う。領内の至る所で略奪、強奪、暴行が起こり民を守る存在である騎士がその者たちを鎮圧するのです・・・・ふっふふふ・・・・あはっはっはっはっ!!!」


エリオスは突如、大声で笑い出した。


バルドとオスカー、ブレンはギョッとする。


エリオスは「ふふふ・・・・」と薄笑いを浮かべ更にブレンに顔を近づけた。


「ブレン様が望まれた『青と赤の因縁』の終わりの始まりを告げるなど、望める状況でなくなるのですよっ!騎士は騎士としての役目を失い、騎士団の役割は露と消えるっ!皆っ!皆っ!狂った様に民を殺していくのですっ!マデュラ領の戦火は一気に王国全土に広がりっ!火の海と化した王都は国の機能を失うのですっ!!あっはっはっはっはっ!!!全て燃えてしまうのですよっ!ブレン様っ!」


エリオスが語る様はまるで見てきたかのようでブレンの頭に情景を映し出した。


「はっはっ・・・・はは・・・・」


エリオスは叫びに近い言葉を発すると両手を結び顔を伏せた。


パタパタと床に涙が零れ落ちる。


顔を伏せたまま大きく息を吸ったエリオスは落ち着きを取り戻した声音でブレンに告げた。


「これがブレン様が行おうとした事の結末です」


溢れ出る涙を拭いもせずにゆっくりと顔を上げたエリオスはブレンと瞳を合わせ(さと)す様に語り掛けた。


「我らはマデュラの地で命を落とす訳にはいかぬのです。命を落とさぬ覚悟でマデュラの地に入りました。ブレン様だけのマデュラ騎士団だけの事では済まされぬのです。ポルデュラ様、アロイス様がお力添え下さるのも王国の行く末を案じていればこそです。


 今この時、我らの一挙手一投足が王国の命運を左右するのです。何があろうと、どのような思惑があろうと、我らは命を落としてはならぬのです。これはブレン様も同じこと。我らが共に手を取り『青と赤の因縁』の終わりの始まりを声高に叫ぼうとも行い一つ違えれば全てが水泡と化す。ブレン様、貴方様が思う以上に事は重大なのです」


エリオスは一つ「ふうぅ」と息を吐き、溢れ出た涙を左手の袖口で拭った。


顔を上げブレンを見つめ跪くと左手を胸に当てる。


「ブレン様、お許し下さい。私の様な若輩の者がマデュラ騎士団団長に物申すなど、咎められて当然のこと。黙してお聴き下さり感謝申します」


エリオスの言葉にバルドとオスカーは慌ててエリオスの両脇に控えた。同じように跪く。


「・・・・」


ブレンは呆気に取られた表情で跪く3人を見つめた。


「セルジオ様は毒気に慣れてはおられません。明日からの見聞は私とオスカーのみ同道させて頂きたくお願い申します」


エリオスは何事もなかったかの様にブレンに明日からの予定を申し出た。


「・・・・」


無言で3人を見つめるブレンに構うことなくエリオスは続ける。


「セルジオ様がご回復されるまでの間、バルドが付き添います。世話は全てバルドが致しますので、入用の際にのみお力添え頂きたく重ねてお願い申します」


ブレンは7歳とは思えないエリオスの言動に言葉を失っていた。


トンットンットンッ・・・・


遠慮がちに扉が叩かれくぐもったルイーザの声が聞こえた。


「あのっ、ブレン様・・・・食事の片づけに参りましたが、入室よろしいでしょうか?・・・・」


ブレンはルイーザの声にハッと我に返り、声を上げた。


「ルイーザか、構わぬ。入れ」


室内の様子を窺う様にゆっくりと扉を開けたルイーザは4人がテーブルを真ん中に座っている姿にホッとした表情を浮かべた。


4人の着衣に乱れがないかを確かめる様にぐるりとテーブルを回りブレンの顔色を窺う。


いつから扉の外で待機していたのか、分厚い扉で遮られているとはいえエリオスの叫声は漏れ聞こえたはずだ。


ルイーザはエリオスへそっと目を向けた。


ピクリッ!


エリオスはしっかりとした眼差しをルイーザへ向けると目を合わせた。


「ルイーザ殿、早速ですがお願いしてもよろしいでしょうか?」


エリオスは目を合わせたままルイーザに声を掛けた。


「はっ!何なりとお申し付け下さいっ!」


威圧を感じさせるエリオスの声にルイーザは無意識に背筋を伸ばした。


「ブレン様は何も召し上がられていない様です。先ほど我らに頂いたライ麦パンと干し肉をお持ちくださいますか?」


エリオスはルイーザへ微笑みを向けた。


「はっ!!これは気付かぬ事で失礼を致しましたっ!早急にお持ち致しますっ!」


ルイーザの慌て様にブレンはやっと己を取り戻した気持ちになり一つ大きく息を吐いた。


「ルイーザ、よい。食堂の様子も今一度、確認に行く。そなたは片付けだけでよい。後は控えていろ」


ブレンは心配そうな目を向けるルイーザにコクリと頷いて見せた。


その姿に安心したのかルイーザは扉へ向かった。


「ルイーザ」


ブレンがルイーザを呼び止める。


「はっ!」


振返ったルイーザにブレンは微笑みを向けた。


「外の護衛を下げよ。我が館でこれ以上の騒ぎは起こらぬ。私は明日からの事をエリオス様方と決めた後食堂へ戻る。皆に安心する様伝えよ」


ブレンがルイーザに向けた微笑みは未だかつて見せた事がない安らいだものだった。


「はっ!!!」


ルイーザはブレンに呼応すると滞在部屋を退いた。


ブレンはエリオス、バルド、オスカーの顔を一人一人じっくりと見つめ、ふっと一つ笑った。


「エリオス様のお言葉、身に沁みましてございます。『一切の傲りを持たぬこと』マデュラの戒めの言葉です。青と赤の因縁を終わらせたいと願う私は、いつしか・・・・私であれば青と赤の因縁を終わらせることができると傲っていたのですね。


 エリオス様、感謝申します。なぜ、青と赤の因縁を終わらせたいと願ったかを思い出す事ができました。私は我が領民と他貴族の領民がわだかまりなく行き交う事ができれば皆が心豊かに過ごせるであろうと思っただけなのです。ただ、ただ、それだけ。


 しかし、強く願えば願う程、因縁は強固となる。因縁の事柄が頭から離れねば因縁は未来永劫続いていく。私は因縁に囚われていました。そして、その囚われた思いに固執し団の者達を過った方向へと導いてしまった。ようやく気が付きました」


ブレンの表情は晴れ晴れとしていた。


「これよりは、因縁云々ではなく、領民と共にどう在りたいかを第一に描いていきます。エリオス様、感謝申します」


ブレンは左手を胸にあて頭を下げた。


エリオスはブレンにしっかりとした視線を向けていた。

【春華のひとり言】


今日もお読み頂きありがとうございます。


ブレンに向けたエリオスの叫声の回でした。


鬼気迫るエリオスの言葉に己を顧みる機会を得たブレン団長。


言葉と共に浮かぶ壮絶な情景は前世のエリオスが遠征先の戦場で垣間見た一場面でした。


セルジオ不在がブレンにバレずによかったと不謹慎な事を思いながら物語を観ていた春華です。


次回は毒気にさらされたセルジオを王都へ連れ帰るポルデュラ、アロイスの活躍となります。


次回もよろしくお願い致します。

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