第132話 マデュラ騎士団39:ブレンの憂慮
賑やかな笑い声がマデュラ騎士団城塞食堂を埋め尽くしていた。
マデュラ子爵領はシュタイン王国南方に位置し、南の隣国エフェラル帝国と隣接している。
元々はエフェラル帝国に属する公国で、皇位をめぐる帝国内の争いに巻き込まれシュタイン王国の建国と共に迎えられた家名だった。
当時のシュタイン王国国王は厄介払いをしたいエフェラル帝国に対し、子爵の位であればと受け入れる事を了承した。
しかし、帝国側は直ぐに首を縦に振らなかった。いくら厄介払いと言っても皇位継承権を持つ家名だ。公爵の位から子爵に階級が下がる等、本来であれば受入難い。それでも内紛に発展しかねない状況にあった帝国は背に腹は代えられなかった。
帝国はマデュラの家名だけに許されるいくつかの優遇措置を設ける了承を得た上でシュタイン王国国王にマデュラを領地ごと委ねた。
それが今の王国内でマデュラ子爵家のみに許されている騎士団所属の者が受ける生殖器切除術の選択有無と孤児院の未設置に繋がっている。
時が移っても尚、当時のエフェラル帝国とシュタイン王国の約定を改める兆しを見せないマデュラ子爵家に対し、王家は内心快く思ってはいなかった。
更に100有余年前の青と赤の因縁の逸話が18貴族の当主や他貴族領の領民から『裏切り者の家名』と揶揄される所以となった。
遠い先祖が招いた失態を払拭するためマデュラ子爵家代々の当主はその時代の最善をつくしてきた。
中でも現当主マルギットの代になってからは交易の仕組みを変える事で様々な恩恵を王国や他貴族領、そして領民にもたらした。
自領や己の利より王国や他貴族領、領民を優先した利を循環させる仕組みの構築は、財において王国内でのマデュラ子爵家の立場を優位にした。
月に1度王都で開催される18貴族の当主会談では発言権を増し、遠征等で急遽の物入りが発生すれば進んで私財を投じた。
交易港を持つことで他国の情勢を一早く王国にもたらす情報網もを確立させた。
現当主マルギットの実弟であるブレンは、当主に快く同調した。
他貴族騎士団に比べ、統制に不安があったマデュラ騎士団を王国一の統制を誇る騎士団へと成長させた。
先代まで領内東側に位置していた騎士団城塞を交易港を守護する現在の西側に移し、商船に留まらず商業地区までをも守護の対象とした。
利が循環する仕組の構築と安全・安心な交易航路の確立は人・物・財・情報を爆発的に活性化させた。
しかし、他国をも巻き込んだ恩恵を持ってしてもマデュラ子爵家への風当たりが弱まることはなかった。
表立って悪し様に口にする者は少なくはなったが、『裏切り者の家名』は未だに払拭される気配はない。
ブレンはセルジオ一行が各貴族騎士団を巡回する報が王都騎士団総長からもたらされた時、この上ない好機と捉えた。
どの様な功績を上げ、王国や他貴族に恩恵をもたらせてもこの先もマデュラは『裏切り者の家名』と囁かれ続けるだろう。
ならば『青と赤の因縁』が始まった家名同士が手を結び、共に目指す安寧を約束すればあるいは。
時間が掛かろうとも覆す事ができるのではないか。
ブレンは賑やかに談笑する騎士達を眺めながらこれまでの己の考えと言動を振り返っていた。
第一隊長コーエンと第二隊長エデルがセルジオとエリオスと真剣な面持ちで何やら話し込んでいるのが目に留まった。
ブルリッ!!!
ブレンはセルジオとエリオスの姿に身震いを覚えた。
つい先ごろの訓練場での手合わせの光景がありありと脳裏に浮かぶ。
剣と短剣での手合わせは一瞬の間に終わった。
バルドの号令と共にセルジオは青白い炎を勢いよく湧き立たせた。
セルジオが双剣の構えで手にした短剣が蒼い光を宿したかと思う内に光が膨張した。
グァンッ!!!
左右に振り下ろされたセルジオの短剣から三日月型の蒼い光の剣がブレン目掛けて放たれた。
ガンッ!!!
ガガンッ!!!
ブレンは咄嗟に剣を顔の前で左右に切った。
ジンジンと剣を通して振動が両腕に響いてくる。
ザッザザッ!!!
両腕に伝わる振動に気を取られていると足元に白銀色の光を纏ったエリオスの姿があった。
ブレンは慌てて右肩から突っ込んでくるエリオスをかわし、振り向きざまに剣の柄をエリオスの右肩に叩き込んだ。
ガゴンッ!!!
ザザァーーーー!!
「うっ!!!」
エリオスはうめき声を上げ地面に勢いよく転がる。
ブレンが体勢を立て直しセルジオへ目を向けると既に剣ではかわすことが不可能な位置までセルジオが迫っていた。
ブレンは左手に持った剣の柄をセルジオの頭上目掛けて振り下ろした。
スッ・・・・
セルジオの姿が目の前で消え、ブレンは勢い余って体勢を崩す。
ザッザザッ!!!
ブレンの股下を潜ったセルジオは蒼い光を宿した両手の短剣をブレン目掛けて振り下ろす。
三日月形の蒼い光がブレンの目の前に迫った。
ガンッ!!!
ガガンッ!!!
ドサッ!!!
ブレンは三日月型の蒼い光を剣でかわすがそのまま地面に尻もちをついた。
チャッ!!!
ブレンの喉元にセルジオの短剣が当てられる。
「それまでっ!!!」
バルドが左手を高々と挙げ手合わせの終了を告げた。
息を切らしながらも喉元に短剣をあてるセルジオをブレンは呆然と見つめた。
バルドの号令にセルジオは短剣を鞘に納め、尻もちをついたままセルジオの姿を見つめているブレンの前で跪く。
エリオスは右肩が脱臼した様でオスカーに支えられセルジオの横に並んだ。
「ブレン様、真剣での手合わせ感謝もうします。青き血を加減なく放つ事ができました。感謝もうします」
両肩を上下させながらセルジオはブレンに手合わせの感謝の意を伝えた。
「・・・・」
あまりの一瞬の出来事にブレンの動きは止まったままだった。
コーエンとエデルが一向に腰を上げようとしないブレンに駆け寄り両脇に控えた。
「ブレン様、手合わせは終わりました。セルジオ様、エリオス様からのご挨拶もありましたからお早くっ!お早くお立ち下さいっ!」
両脇から急かす様にブレンに立ち上がる様促す。
ブレンはそれでも立ち上がる素振りを見せずにセルジオをじっと見つめていた。
「ブレン様っ!お気をっ!お気を確かにっ!お早く、さっ、お早くお立ち下さいっ!」
コーエンがブレンの耳元で先ほどより大きな声を上げた。
コーエンの声と同時にバルドとオスカーが腰の短剣に手をかけた。
セルジオとエリオスはブレンの前で跪いたままブレンの返答を待っている。
コーエンとエデルが周囲を気に掛け、ブレンに再度立ち上がる様促した。
「ブレン様っ!お早くっ!セルジオ様とセリオス様へご返答をなさいませっ!」
今にも腰の短剣を抜きそうなバルドとオスカーから強い血香が醸し出された。
「ブレン様っ!!」
半ば叫びに近いコーエンの声にブレンはやっと我に返った。
訓練場中に強い血香が充満し、戦場にいるかの様な空気が漲っている。
ブレンが手合わせで尻もちをつき、立ち上がらない状態を目にしたマデュラ騎士団の騎士と従士がじりじりと間合いを詰めセルジオを睨みつけていた。
ブレンは勢いよく一旦立ち上がると体勢を整えセルジオとエリオスに目線を合わせた。
「セルジオ殿、エリオス殿、手合わせ感謝申します。あまりに一瞬の内に勝敗がつきました故、いささか呆然と致しました。今日のこの日を私は生涯忘れる事はないと心得ます。我が団には戒めの言葉がございます。『一切の傲りを持たぬ事』されど、私はお二人との手合わせで『傲り』を抱きました。負けるわけがなかろうと。思い知らされてございます。戒めとは易々と己の身につくものではないと」
ブレンは左手を胸にあて頭を垂れた。
「感謝申します。我らに今一度、我が団の戒めの言葉を真に理解する機会を頂きました。素晴らしい手合わせにございました。感謝申します」
ブレンの言葉に訓練場の空気が一変した。
充満していた血香は消え去り、ブレンの姿に感動を覚えた騎士と従士は涙を流している者さえいる。
ブレンは顔を上げセルジオとエリオスに微笑みを向けた。
「青き血の訓練に立ち会わせて頂けたこと、感謝申します。お二人の連携も見事にございました」
訓練場の空気が変わったのを見て取るとバルドとオスカーは短剣から手を離し、内心胸をなでおろした。
この人数が相手ではこの場から逃げ出す事すらできなかったであろう。
コーエンとエデルはバルドとオスカーから血香が消えると大きく安堵の息を吐いた。
ブレンが号令をかける。
「皆の者っ!日暮れも近づいた。これより城に戻り祝宴の準備に入れっ!」
「はっ!!」
騎士と従士は一斉に呼応すると機敏な動きで訓練場を後にした。
ブレンは騎士と従士の行動に憂慮を覚える。
万が一、セルジオの短剣が少しでも己を傷つけていたなら騎士と従士はセルジオに襲い掛かったかもしれない。
王国一の統制を執る騎士団とするために己に一極集中させた騎士と従士の忠誠心があだとなる日がくるのではないかと思わざるを得なかった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
まずはお詫びから
第3章 第132話の更新が変則的になり大変失礼を致しました。
ブレンのちょっとしたいたずら心が招いた『真剣と短剣での手合わせ』
セルジオとエリオスの圧勝でした。
対峙してみて初めて判る相手の力量。今も昔も初見で相手を見下し、傲り高ぶれは自ずと墓穴を掘る。
それでも人は見た目で判断しがちです。じっくり様子を窺い、じっくり話を聞き、じっくり、ゆっくり信頼関係を構築していく。
そんな関係性が築けたらいいなと思っています。
セルジオとブレンの関係はこれからどうなっていくのか?
次回もよろしくお願い致します。