第122話 マデュラ騎士団29:エリオスの覚悟
パカラッパカラッパカラッ!!!
パカラッパカラッパカラッ!!!
バルドとオスカーは南門から向かってくるエデルに目を向けることなく、更に速度を上げた。
己の名を呼ぶエデルの声が背中に響くが、この状況ではマデュラ騎士団城塞から抜け出す事が先決だ。
パカラッパカラッパカラッ!!!
パカラッパカラッパカラッ!!!
暫く進むとマデュラ騎士団城塞南門が見えてきた。
門番が数人配置されてはいるものの戦闘態勢に入っている様子は窺えない。
門番は血香を纏い疾走してくる二頭の馬を驚いた表情で眺め、1人が門内に知らせに走って行った。
速度を落とさないままバルドとオスカーは並行する。
後方から追手が迫る気配が感じられない。
徐々に速度を落とすバルドに合わせオスカーも速度を落とした。
話ができる程の歩調にするとオスカーがバルドに馬を寄せた。
「追手の気配はありませんね・・・・城塞東門に仕掛けでもされてなければよいのですが・・・」
セルジオ騎士団に所属していた折、戦場ではバルドは先鋒、オスカーは殿を担っていた。
追手がない時ほど、用心すべきだと重々承知している。
しかも敗走時はなお更だ。
行く手を阻み、隊列の横腹を突く。隊列が乱れ弱った所を後方から一気に畳みかける戦法だ。
ましてここは騎士団城塞内。仮に敵方が踏み入っても容易く脱出できない仕掛けがされている。
バルドはオスカーの問いに無言で呼応し、前方へ目を向けた。
暫くそのままの歩調で進む。今の所、前方から血香は感じられない。
バルドは口を開いた。
「オスカー殿、城塞東門へできうる限り早く進みましょう。万が一に備えてセルジオ様をそのままにお願いできますか?」
バルドの言葉にオスカーの馬上で揺られるエリオスが異を唱えた。
「バルド殿、それはなりませんっ!初代様のお言葉に反する行いとなります」
エリオスは凛とした声音をバルドに向けた。
セルジオは首を後ろへ向けエリオスの顔を見る。
バルドを見つめるエリオスの横顔には覚悟が宿っている様に見えた。
エリオスはバルドへ顔を向けたまま続ける。
「バルド殿、初代様のお言葉を覚えておいでですか?我らへ餞として授けて下さったお言葉です」
「・・・・」
バルドは厳しい口調になるエリオスをじっと見つめ次の言葉を待った。
「お忘れではありませんよね。初代様はこの様に申されました」
『セルジオを守らんがため、己の命を投げ捨ててはならん。命を投げ捨てる事と命を賭すことは雲泥の差がある。投げ捨てるとはすなわち負の産物だ。守られた者へ恨み、憎しみを遺す。賭すとは覚悟を示すことだ。今あることは数多の先人の過去と今が絡み合い成し遂げられている。独りでは何をも成し遂げる事はできぬ証なのだ。願わくば天が定めし生を全うしてくれ。セルジオと共に』
「バルド殿の万が一は我ら3人を逃がしバルド殿が盾となることではありませんか?それは『命を投げ捨てること』になります。仮にこの場を逃げおおせたとして、その先はいかがなりますか?3人でマデュラ騎士団の追走を逃れられるとお思いですか?」
エリオスの口調は今までにない程に厳しいものだった。
「商船荷積みの様子をご覧になられたでしょう?あの様な統制を取られる方が率いる騎士団の追走を我ら3人で逃げ切れるとお思いならばバルド殿が盾となればよろしい。されど我らはマデュラ子爵領を生きて出る事は叶わないでしょう。いかがですか?バルド殿」
エリオスはバルドの深い紫色の眼をじっと見つめた。
オスカーは目の前でバルドを諭すエリオスに驚いていた。
これまでのエリオスはどこかセルジオやバルドに遠慮がちだった。
バルドの教えに耳を傾け、その教えを忠実に実行に移すことが他ならぬセルジオの守護の騎士としてやるべき事だと認識していた。
まして、バルドとオスカーの話に介入してくることなどなかった。
穏やかで涙もろく、セルジオへ寄せる想いを抑え従う事が天命だと悟っている様にさえ見えた。
所がどうだ。今目の前にいるエリオスの姿は初代セルジオが見せた100有余年前の情景の中にいたエリオスそのものだった。
エリオスの言動に驚いた表情のままオスカーはバルドの顔を見る。
バルドは一瞬オスカーと目線を合わせるとエリオスに微笑みを向けた。
「エリオス様、お言葉痛み入ります。私の考えが浅はかでありました」
バルドは馬上で左手を胸に当てた。
「エリオス様の仰る通りにございます。命を賭すとは難しい事です。エリオス様、感謝申します」
バルドはエリオスへ頭を下げると愛おしそうにセルジオへ目を向けた。
「セルジオ様、こちらへ。馬を止めずに渡れますか?」
エリオスはバルドの言葉にセルジオのベルトを外した。
「エリオス、感謝もうす」
セルジオは首を回してベルトを外すエリオスへ呼応する。
「いえ、差し出がましい事を申しました。お許し下さい」
エリオスはバルドへ詫びを入れる。
エリオスの成長ぶりにバルドとオスカーは顔を見合わせ微笑み合う。
「オスカー殿、エリオス様は益々頼もしくなられます」
「バルド殿、左様ですね。こらからはセルジオ様、エリオス様も含めて戦術を練ると致しましょう」
オスカーはセルジオの腰ひもに手をかけ、馬上でセルジオを立たせた。
「左様ですね。これよりは実戦の機会が益々増えます。セルジオ様、エリオス様、お願い致します」
バルドが馬上のセルジオに手を伸ばすとセルジオはヒラリとバルドの馬に飛び移った。
「承知したっ!」
セルジオがバルドの首に両腕を回し勢いよく呼応する。
「承知しました」
エリオスは少し照れた様子で呼応した。
セルジオの腰にベルトを装着すると二頭は歩調を早めた。
速歩で進むと開けた三筋にぶつかった。
セルジオは右手側の筋に目を向けた。どこか見覚えのある広場が見える。
バルドが口を開いた。
「マデュラ騎士団城塞訓練場です。青と赤の因縁が始まった場所であり、初代様がお命を落とされた場所です」
初代が見せた情景とは少し趣が異なる。
かつて、光と炎の魔導士オーロラの火刑執行の為に設えられた広場は騎士団訓練場に整備された。
木々の間から見え隠れする訓練場にセルジオを目を向ける。
風が森の木々を揺らし、どこか懐かしい香りが漂ってくる感じがした。
セルジオは静かに目を閉じる。己の中に眠る初代が動き出す気配はなかった。
バルドはセルジオの様子を注視する。
セルジオが動じる素振りがないことを確認すると他の筋の説明を続けた。
「左側の斜面がマデュラ騎士団の屋敷への入り口です。正面へ進むと城塞東門です」
正面の道は石畳から踏みしめられた土道に変わっていた。
道幅も狭く馬一頭が通れる程だった。
「こちら側は荷馬車が通れない様、道幅を狭め、侵入者が逃げられない造りとなっています」
バルドはセルジオへ耳打ちするとオスカーへ顔を向けた。
「オスカー殿、先を急ぎましょう」
「はっ!承知しましたっ!」
オスカーが呼応するとバルドは正面の道を先導する様に駆け出した。
セルジオは後ろを振り返り今一度訓練場へ目を向けた。
初代が見せた十字の木枠が崩れ落ちる情景が薄っすらと見えた気がした。