第120話 マデュラ騎士団27:黒魔女の弟
マデュラ騎士団城塞南門に近づくにつれ、大勢の人の気配が強くなるとバルドとオスカーは感じていた。
城塞南門からは陸路で王国内に交易品が運ばれるとエデルから説明を受けるが、どうにも商人の気配とは異なる。
わずかだが血香を感じるのだ。
バルドはセルジオの身体と固定している革のベルトを静かに外し、エデルに悟られない様に耳打ちした。
「セルジオ様、ベルトを外しました。城塞南門辺りから弱い血香を感じます。万が一に備えて下さい。いつでも馬より飛び下りる事ができますようご準備を」
セルジオは全く動じる素振りもなく小さく頷いた。
バルドが後ろのオスカーへ目配せするとオスカーも小さく頷く。
同じようにエリオスとの固定ベルトを外し不測の事態に備えた。
「どう、どう・・・・」
エデルは城塞南門の間近で一旦馬を止めると後ろを振り向いた。
「しばし、こちらでお待ち下さい。南門の様子を確認してまいります。この時間帯ですと本日の荷の出入りは終わっていますが、明朝出発する荷馬車が待機しています。南門の様子をご覧頂けるかどうか混雑状況を確認してまいります」
一言告げるとエデルは南門へ踵を返した。
しかし、「あっ!」と大きな声を上げ言い忘れましたと馬の鼻先を向ける。
「マデュラ騎士団城塞南門は商会や商人の者達が宿泊できる施設を併設しています。他の城塞ではあり得ぬこと故、存分に見聞なさって下さい」
所領門や城塞門は守護する騎士や従士、門番の役目を担う者達の滞在が可能な待機所を併設している。
だが、あくまでも警護をする者達が対象で領民や商人は基本的に滞在することはできない。
マデュラ子爵領はエフェラル帝国との交易窓口としてこうした様々な独自の特例を設けていた。
バルドは騎士団所属の折、ジプシーに混ざり諜報活動をしていた経緯がある。
マデュラ騎士団城塞門にそうした施設が併設されている事実は承知しているものの、流石に宿泊施設の内部構造までの把握はしていない。
先ほどの人夫たちの事もある。
できれば宿泊施設の内部構造まで確認できればと考えていた。
そんなバルドの考えを知ってか、知らずかエデルの言葉にセルジオが身を乗り出した。
「城塞門に商人が滞在できるのか?建物の中もお見せ頂けるのだろうか?」
セルジオは興味津々な目をエデルへ向けているのだろう。
エデルは微笑み「勿論です」と呼応すると足早に城塞南門へ馳せて行った。
エデルを見送るとオスカーがバルドの隣に馬を寄せる。
「バルド殿、どうにも言動が一致しない様に思えます。我らを歓迎していると言われますが、この様に何度も待機をさせるのは我らに隙を与える口実の様でもあります」
オスカーは南門に向かうエデルの後ろ姿に怪訝な目を向けた。
「・・・・」
返答のないバルドへ目を移すとバルドの深い紫色の瞳が光を放ち『深淵を除く眼』を発動させていた。
読唇術、読心術に長け、かつては謀略の魔導士と謳われたバルドは封印された魔眼の持ち主だった。
ラドフォール騎士団、火焔の城塞でセルジオが自らの深淵に落ちた時、ポルデュラがその魔眼の封印を解いた。
それ以降、バルドはその者が発する言動が真実であるか、それとも虚偽であるかを見抜く力が増していた。
オスカーはバルドの返答を待った。
セルジオは首を後ろへ回しバルドの顔をじっと見つめた。
暫くするとバルドは真意が掴みかねると言った口ぶりで呼応する。
「エデル様の申される事に虚偽も誇張もありませんが・・・・どうにも南門から感じられる弱い血香が気になります。荷積み作業があったとはいえ、騎士団城塞への案内がエデル様お一人となったのも気掛かりです・・・・ここは一本道。森の先は城塞の岸壁、片や城壁に囲まれていますから我らに逃げ場はありま・・・・オスカー殿っ!!!」
バルドとオスカーが同時に血香を身にまとった。
ドッドッドッドッ!!!!
ドッドッドッドッ!!!!
後方、船着き場方面から数十騎の騎馬が駆けてくる蹄の音が響くのと同時に南門からも数騎の騎馬が駆け出してくる。
「セルジオ様っ!エリオス様っ!森へっ!!!」
バルドとオスカーは半ば投げる様に馬から2人を下ろすと森へ身を隠す様に声を荒げた。
南門から駆け出した数騎の騎馬の先頭にはエデルが見える。
バルドとオスカーは背中合わせに構えた。
眼の端にセルジオとエリオスが森の奥へ入り岩陰に身を隠す姿を捉えると腰の短剣に手を掛ける。
この場で対峙したとて多勢に無勢な上に武具も短剣のみでは勝ち目はない。
何とか、セルジオとエリオスだけでも逃す手立てはないものかとバルドは考えを巡らせた。
後方から響く騎馬の蹄が勢いを増している様に感じる。
警戒していたマデュラの地で戦闘になれば青と赤の因縁が今なお続いていた事実を作ることとなる。
まして、セルジオをはじめ自分たちが命を落とす事にでもなれば因縁の結末を100有余年前の報復としてマデュラ騎士団が実行したと言われ兼ねない。
そうなれば王都騎士団総長はじめ、セルジオ騎士団団長、ラドフォール騎士団団長が掲げるシュタイン王国貴族騎士団の結束を強める構想は露と消える。
バルドは何としても生き延びてマデュラ子爵領の脱出を図る手立てを考えた。
船着き場方面から駆けてくる騎馬の蹄は重く響き、明らかに重装備の鎧を纏っている。
エデルを先頭にした南門からの数騎も重装備の鎧を纏っていた。
訓練を受けた軍馬とはいえ、早や駆けとなれば重量に左右される。
身軽であることだけに目を向ければ勝機はあるとバルドは思い至った。
背中合わせのオスカーへ声を落とし策を告げる。
「オスカー殿、南門からは数騎。セルジオ様とエリオス様を乗せ、南門の端を駆け東門へ抜けて下さい。道は私が開きます。東門は常時開かれております。船着き場方面からの騎馬が来ぬうちに早くっ!!」
「セルジオ様っ!エリオス様っ!!」
バルドが言い終わらぬ内にオスカーは森へ向け2人の名を呼んだ。
セルジオとエリオスは瞬く間にオスカーに駆け寄ると差し出された手に掬い上げられる様にヒラリと馬に飛び乗った。
「このまま、東門まで駆けますっ!振り落とされない様、ご注意をっ!!!」
「承知したっ!!」
セルジオとエリオスは力強く呼応した。
「ハァッ!!!」
「ハァッ!!!」
バルドとオスカーは道を塞ぐ様に同時に全速力で南門へ駆け出した。
パカラッ!パカラッ!パカラッ!
パカラッ!パカラッ!パカラッ!
カッカッカッ!!!!
カッカッカッ!!!!
バルドが一本道の中央を陣取るとオスカーは徐々に道の左端に寄った。
絶妙な手綱さばきでバランスを保ったまま石畳の左端ギリギリを疾走する。
カチリッ!
カチリッ!
エリオスは鞍と己の腰の革ベルトを装着し、跨る両足に力を入れた。
続いて振り落とされない様に馬の鬣を握っているセルジオの革ベルトを後ろから手を伸ばし装着する。
パカラッ!パカラッ!パカラッ!
パカラッ!パカラッ!パカラッ!
エリオスはセルジオのベルトの装着を終えると石畳の左端を疾走するオスカーへ大声を上げた。
「オスカーっ!ベルトを装着したっ!!」
「はっ!!」
カッカッカッ!!!!
ヒィヒィィーーーーンッ!!!
オスカーは馬の前足を跳ね上げ嘶かせた。
「ハァッ!!!」
「バルド殿っ!!先に参りますっ!!!」
パカラッ!パカラッ!パカラッ!
パカラッ!パカラッ!パカラッ!
オスカーは石畳の左端を速度を上げて駆け出した。
バルドは中央よりやや左寄りを疾走し、南門から向かってくるエデルら数騎からオスカーの盾になるように陣取る。
パカラッ!パカラッ!パカラッ!
パカラッ!パカラッ!パカラッ!
バルドの行動にオスカーは更に速度を上げた。
エデルが血香を纏い向かってくるバルドとオスカーに驚いた顔を向け馬を止めた。
「バルド殿っ!オスカー殿っ!南門の・・・・」
パカラッ!パカラッ!パカラッ!
パカラッ!パカラッ!パカラッ!
エデルの問いかけに呼応することなく、バルドとオスカーは速度を落とさずエデルの前を通り過ぎ、南門へは目もくれずに東に疾走した。
「!!!バっバルド殿っ!!!」
バルドとオスカーの背中に向けられたエデルの声が一本道の石畳に響いた。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
マデュラ騎士団の言動に疑念を抱いたバルドとオスカー。
マデュラの地で命を落とすわけにはいかないと騎士団城塞から抜け出す策に出ました。
果たして完全武装の騎士団から逃げおおせることができるのか?
マデュラ騎士団の真意は?
次回もよろしくお願い致します。