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とある騎士の遠い記憶  作者: 春華(syunka)
第3章:生い立ち編2~見聞の旅路~
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第108話 マデュラ騎士団15:黒魔女の憑代

降り立った30名ほどのスキャラル国剣隊の周りは黒い靄で覆われていた。


初代はぎゅっと手綱を握りしめた。


『黒魔術に犯されているのか』


対峙しているにも関わらずどの騎士からも生気が感じられない。


じっと目を凝らすと最後方に全身から黒い靄を発している騎士がいた。


『あやつが憑代か』


双方動かず睨み合う。


サフェス湖湖畔は陰湿な空気が漂っていた。


初代の後方から蹄の音が近づいてくる。


『セルジオ様っ!』


第一隊長が団を引き連れ初代に駆け寄った。


『あの場に留まる様、申したはずだが』


目線は動かさず第一隊長の呼びかけに呼応する。


(めい)を逸し申し訳ございません。水の魔導士がセルジオ様の元へ向かえと精霊の声を聴いたと申し、あの者たちは・・・・生気が・・・・』


生気の感じられない剣隊に団は動揺する。


『黒魔術だ。数は少ないが・・・・』


初代が言いかけた時だった。


黒い靄を発する騎士が剣を頭上に掲げ、振り下ろした。


剣の先から延びた黒い霧が、生気の感じられない騎士達を操り人形の様に前進させる。


第一隊長が声を上げた。


『弓隊っ!射ぇっ!!』


放たれた矢は向かってくる騎士達に命中し、あっという間に30名程の騎士は湖畔に倒れた。


残すは剣を振り下ろした一騎のみ。


ところが、第一隊長が次の号令をかける間もなく、倒れた騎士達が矢を受けたまま起き上がった。


『続けて、射ぇぇぇぇっ!!!』


矢が放たれ、騎士に命中するが、倒れる傍から起き上がるを繰り返す。


鎧に突き刺さる矢の数が増えれば増える程、生気のない騎士達の動きが俊敏になっていく様だった。


第一隊長を先頭に団の騎士達はじりじりと後退していく。


湖畔脇の森まで後退した時だった。


黒い靄を放つ騎士が左手を頭上に挙げた。


ザアァァァァァァ!!!!


サフェス湖の水が渦を巻き、上空へ延びた。


初代は大声を上げた。


『下がれっ!!!森へ入れっ!!!』


が、遅かった。


黒々とした水が一気に湖畔から森の入り口まで流れ込んだ。


水の魔導士と風の魔導士が壁を作り防御しているが水量に押され、団は見る見る水にのまれていく。


水は初代をのみこむとサフェス湖へ引いていった。


『セルジオ様っ!!!!』


第一隊長の叫び声は初代には届きはしなかった。


サフェス湖へ引き込まれた初代は徐々に湖底に沈んでいく己を静観していた。


意識が朦朧としている。


水面に目をやると黒い靄を纏う騎士の両手から黒い霧が延びているのが見えた。


黒い霧は初代の手足に絡みつき、湖底に沈む身体をその場に留まらせようとしている様だ。


初代が無抵抗である事を感じ取ると黒の霧を口の中へと伸ばした。


『これでお前は我の人形となろう』


深くずっしりとした何かを含んだ低い声が水中に響いた。


初代はぼんやりと黒い靄で覆われる騎士を見つめた。


『ふっ、ふふふ・・・・我を(とら)えよう等と愚かな事を。マグノリアの計略は意味をなさぬ。死にぞこないのこの者を存分に使ってやろうぞ』


黒い霧は脈動する様に初代の口の中へ取り込まれていく。


『見ものだ。王が信じた青の騎士が王を殺し、国を滅亡へと導く。ふっ、ふふふ・・・・マグノリア、お前は我には勝てぬ』


黒い霧が口の中へ取り込まれる程に初代の意識は遠のいていった。


「この時の我は何もできなかった」


浮かぶ情景を見ながら初代は再び拳を握りしめた。


「何も考えられず、己がどこにいるかさえ分らず、ただ一つ、ああ、これでエリオスの所へ行けると思っていた。オーロラが西の屋敷を守っているとゆうに・・・・」


情景に浮かぶ初代の瞼が閉じられようとしていた。


『目覚めよ。月の雫』


ゴボンッ!!!!


重厚で暖かな声が水中に響いた。


ゴボンッ!!!!


初代の身体を水球が覆い、黒の霧が音もなく立ち切られる。


水球は初代を水面まで浮上された。


ゴポゴポと音を立て、初代の口から取り込まれた黒の霧を取り出し、水に溶け込ませている。


『目覚めよ。月の雫。そなたの役目を果たせ』


その声に黒い靄を纏う騎士は忌々し気に吐き捨てた。


『おのれっ!水の精霊如きがっ!我に勝てると思うかっ!』


黒い水の渦を巻きあがらせ、水面まで浮上した初代の水球を打ち落とそうとしている。


『愚か者。水で我に叶うと思うな』


黒い渦を青い水球でことごとく散らしていく。


『目覚めよ。月の雫。黒魔術を操る者を討て』


初代を包む水球は勢いよく湖面上空に浮上するとザンッと音を立てて弾けた。


初代は腰に携えていた短剣一口を両手で握り、湖面に佇む黒い靄の騎士の首めがけて落下した。


グザッ!!!!

サバンッ!!!


左首に突き刺さった短剣を握ったまま、黒い靄の騎士と共に初代はサフェス湖へ落ちた。


黒の霧の騎士の首から溢れ出た血液が湖面を赤く染めている。


湖に落ちた初代の身体を水球が包みこんだ。


『湖畔まで連れていく。暫しこの場に留まり、ラドフォールへ還るがよい』


ザバッ!!!


『ガハッ!!!ゴホッゴホッ!!!』


初代は湖畔に到着すると飲み込んだ水を吐き出し、そのまま意識を失った。


映し出される情景があまりにも鮮明でセルジオは胸に苦しさを覚えていた。


初代のその時の感情と連動しているのだろう。


セルジオは自分の中に初代が封印されている事実を改めて感じていた。


湖畔に倒れこむ初代をラドフォールの団員が介抱している。


湖畔には生気のなかった騎士たちがあちらこちらに転がっていた。


騎士達を操る本体が死した事で黒魔術が解けた様だ。


ラドフォールの騎士たちは湖畔近くの森に野営の天幕を張っている。


初代はその一つの天幕に寝かされていた。


「ウンディーネ様が我を助けて下さったのだ。あのまま黒魔術に取り込まれていれば、我は囮どころか、我自身が王国を滅ぼす元凶となった。我は愚かで何もできない、己の身すら守る事ができぬ者だったのだな」


初代は投影された自身の姿にポツリと呟いた。


「今ならそのことが解る」


初代の消え入りそうな呟きにセルジオは胸に痛みを覚えるのだった。

【春華のひとり言】


今日もお読み頂きありがとうございます。


当事者である時は必死で自分自身が見えないことがある。


少し離れて客観視してみると案外視野が広がるものですよね。


初代セルジオが100有余年前を振り返る情景は、その時のあり様と今のあり様の違いを認識できる一つの機会、振り返りです。


「黒い靄」が出現する回は

第2章36話 インシデント33:忍び寄る黒い影

から

第2章39話 インシデント36:ラドフォールの共闘


で、ご覧いただけます。


振り返りでお読み頂けると嬉しいです。


次回もよろしくお願い致します。

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