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とある騎士の遠い記憶  作者: 春華(syunka)
第3章:生い立ち編2~見聞の旅路~
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第106話 マデュラ騎士団13:100有余年前の真実

初代セルジオは抱きしめたアロイスの身体をそっと離し、瞳を合わせると微笑みを向けた。


「すまぬな、アロイス殿。大事ない。もう、大事ない」


じっと見つめる初代の瞳に先祖オーロラの姿と生き写しの自分が映りこんでいる。


「はい・・・・」


胸が張り裂けそうな痛みを覚えながらも初代に呼応するとアロイスは元いた場所に静かに戻った。


アロイスが椅子に座る姿を見届けると初代は大きく息を吸った。


「ウンディーネ様っ!感謝申しますっ!我はまたもや同じ過ちを犯す所でしたっ!ウンディーネ様のお言葉、感謝申します」


ザンッ!!!


初代が立つ水辺が波立った。


初代を中心に波紋が広がる。


「時がない。早う致せ」


時の狭間は外界と時間の流れが異なる。いわばこの領域だけ時間が止まっている様なものだ。


時の狭間の中で長く過ごすと外界に戻った時に過ぎた時間とのズレを正す作用が身体に負担をかける。


身体の小さなセルジオとエリオスにとっては巨石を背負う様なものだ。


初代はウンディーネの言葉に呼応すると目を閉じ、天井へ顔を向けた。


波紋が広がる水面の波が収まると初代は静かに語りだした。


「エリオスが・・・・背中に矢を受けた我を逃がした(のち)、我が目覚めたのは水の城塞であった」


ラドフォール騎士団第三の城塞、水の城塞。アロイスが治める城塞だ。


目の前にアロイスの居室が少し様子を変えて映し出された。


ベッドに横たわる初代が薄っすら目を開けているのが解る。


ベッドの傍らにアロイスと見紛(みまが)う姿の光と炎の魔導士、オーロラの姿があった。


『目が覚めた?』


そっと初代の左頬に手を添え、語り掛けている。


『オーロラ・・・・ここは・・・・』


初代は虚ろな目で辺りを確認している様だった。


『私達の城よ。水の城塞の私へ部屋。熱は下がった様ね。よかった。もう大丈夫よ』


オーロラは身体を起し、水差しを手に取った。


『オーロラ特製の薬よ。飲んで』


水差しから薬をカップに注ぎ、初代の背中を支える。


初代は言われるままにカップに口元を近づけた。


「この薬がそれはそれは、苦くてな・・・・」


初代はドームに映し出した情景を懐かしそうに見ながら(つぶや)いた。


セルジオは腹の奥底から熱い何かが湧き上がってくるのを感じていた。


(初代様のお気持ちか?)


初代を見ると涙が頬を伝っている。


(・・・・涙を流す時はこの様に胸が熱くなるのか・・・・)


セルジオは熱く感じる胸にそっと手を添えた。


初代はゆっくり、ゆっくり、記憶を辿る様に言葉を繋いでいく。


「我は10日も目を覚まさずにいたそうだ。オーロラがずっと傍で看ていてくれた」


ポロポロと零れる涙をぐっと拭うと初代はふぅと息を漏らした。


情景が変わった。


水の城塞の訓練場で初代は木剣を振るっている。


カランッ・・・・


初代の手からこぼれた木剣が乾いた音を訓練場に響かせる。


「矢じりに毒が仕込まれていた。オーロラの薬で毒消しはできたが・・・・命は救われたが・・・・剣は握れなくなった」


呆然と眺める初代の両手は小刻みに震えていた。


「もう、剣を握る事も騎士として戦うことも、団長として騎士団を束ねる事もできなくなった」


訓練場に佇む初代セルジオは震える両手で顔を覆っていた。


セルジオは騎士団城塞の訓練場であるのに他に人影がないことに違和感を覚えていた。


光と炎の魔導士オーロラの姿もない。


初代はセルジオの違和感を感じ取ったのか、状況を語りだした。


「我が負傷し、水の城塞で(かくま)われていると知った兄上、エステール伯爵家当主はエステール騎士団、今のセルジオ騎士団だな。騎士団の再編を急いだ。我の身代わりで死したエリオスを我が死したと偽り、我らを襲撃した者達を洗い出すためだった」


情景はエステール騎士団第二隊長ミハエルを筆頭に世話しなく動く騎士団の様子に変わった。


「団長も第一隊長もいない騎士団は、首を落とされた人の身体と変わらない。兄上は我の弟を仮の団長とし、エリオスの代わりに兄上の妻、伯爵夫人の妹を据えた」


隊列を組み、訓練をする騎士団が殺気立っている様に見える。


「この頃、西の隣国スキャラル国が領土拡大に活発に動いていてな、王国の西側は油断のならない状況だった。指揮する者が変わるだけで崩れてしまう騎士団であってはならぬ。が、戦場で命を落としたのであればまだしも、野盗の奇襲で命を落としたとなれば、元々の裁量と力量が疑われる。皆、必死だった」


何度も何度も隊形を変え、動きを試し、試行錯誤する騎士団は、セルジオとエリオスの死を悲しんでいる余裕はなかったのだろう。


逼迫した様子が窺われた。


「我とエリオスが死した事は王国内に緘口令(かんこうれい)が敷かれた。だが・・・・」


情景はスキャラル国騎士団と口ひげを生やした赤い髪、赤い瞳のマデュラ騎士団団長ギャロットが映し出された。


「奴らは繋がっていた。西と東から弱体化した西の屋敷を奇襲し、一気にエステール騎士団を壊滅される。そのまま王都へ攻め上り、シュタイン王国を乗っ取る。北の隣国ランツ国へ呼びかけ、ラドフォールを足止めすれば思惑は容易(たやす)いと考えた」


初代は苦々しい眼差しを向ける己に気付くとフルフルと首を左右に振った。


「このことは王家直属の大地の魔導士マグノリア様が察知していた。まだまだ、王国内の統制は盤石ではない頃だ。国王とラドフォール、エステールの当主は、王国の北と西、そして、東に騎士団を分散配置させる事を決めた。しかし、この時もまた王都騎士団総長へ国王からの命は下らなかった。それどころか、総長へは内密にし、国王自ら王家近衛師団を動かした」


白と金色の衣服を身につけた近衛師団と金色に輝くベールを纏った大地の魔導士マグノリアの姿が映し出され、国王の御前で命を賜っていた。


「隠した所で直ぐに露呈する。まして近衛師団が動けば総長が気付かぬはずはない。マグノリア様は国王に直訴した。王都騎士団総長に命をお下し下さいと」


国王へ大地の魔導士マグノリアが進言している。


「マグノリア様と総長は腹違いの姉弟だ。功を上げたいと願う弟を刺激する事は王国に害成す行いだと国王を戒めた。しかし、時は既に逸していた。そもそも我にエフェラル帝国への役目を命じられた時点で総長排除の動きがあった」


「我は聞かされていなかったが、黒魔術を操るマデュラ子爵家当主マルギットの魂を封印する手筈(てはず)となっていた。国王はマグノリア様とオーロラの魔術で封印をするため、我を黒魔女をおびき出すための(おとり)と考えていた」


「既にその時総長は黒魔術に犯されていた。エフェラルへの役目を賜った我と命を下した国王、そして何をしても敵わぬ姉のマグノリア様へ憤怒の情を募らせていた。その感情は黒魔女に力を与える」



「マグノリア様は、我に申された。『この役目は受けてはならぬ。王国に滅びの兆しを生むことになる』と。訳は申されずに一言だけな」


情景はマグノリアが初代を諭している場面になる。


「だが・・・・」


初代はマグノリアの前でかしづいた。


『マグノリア様のお言葉ではありますが、この度は承服致しかねます。王を王とし、下された命は甘んじて受け入れる。王国の体制が盤石である事を内外に示す好機と捉えております。本来であれば総長が賜るはずのお役目。王が我らに命を下されたのは総長の御身をお考えになってのこと。であれば我らは身命を賭して役目を全うするのみにございます。マグノリア様、何卒、我らに事の成就が叶う様、大地の加護をお授け下さい』


初代はマグノリアを真っすぐに見上げていた。


「愚かであったのだ。我は・・・・」


初代の目から再び涙が溢れた。


「マグノリア様と同じことをエリオスにも諭された。されど、我は己とエステール騎士団を過信していた。事の成就ができぬはずはないと」


「我が(おとり)であるなどと夢にも思わなかったのだ」


マグノリアは腰を屈め、初代の額に左手を添えていた。


『そなたの言い分は解った。されど、危うくなれば逃げよ。そして、そなたは何が何でも生きよ。生きて王国へ戻るのだ。約束して欲しい。死に急ぐ事はしないと』


マグノリアは呪文を唱え、大地の精霊の加護を初代に与えた。


『はっ!承知致しました』


初代の呼応を最後に情景は消え、ドームに静けさが戻った。


初代は涙を拭い、呼吸を整えた。


再び水の城塞の訓練場に佇む初代の姿が浮かび上がった。


「我がエステール騎士団の再編は第二隊長ミハイルが先導していた。だが、西と北、そして東の動きを一早く、そして具体的に知りたいと考えた兄上は、ミハイルを除名した。表向きは、世代交代が一つ。今一つは、先の奇襲で我とエリオスを死に追いやった罪とした」


情景は王都での当主会合に変わった。その場に出頭を命じられたミハエルが跪いている。


仰々しい物言いでエステール伯爵がミハエルを咎めている様に映った。


「皆の前でミハエルに罪を認めさせ、除名すれば奇襲を企てた側が動くと兄上は考えた。されば、その場で憤りをぶつける様、兄上はミハエルと予め示し合わせていた」


18貴族の当主が集う会合で、ミハエルが大声を上げている。


騎士団の第二隊長が直接当主と言葉を交わすことはほぼない。しかも、声を荒げる等、本来その場で首を落とされても致し方のない行いだ。


ミハエルは必死にエステール伯爵へ弁明していた。


「騎士団を除名されたミハエルは、王都の酒場に入り浸る様になった。団長と第一隊長の死を全て己の罪としたエステール騎士団と伯爵への怒りを露わに大声で捲し立て、暴れ、騎士としての矜持などもはや潰えたと泣き叫ぶ姿を頻繁に見ると王都の民たちに蔑まれる様になった」


酒場で大声を上げているミハエルとその様子を影から見ている初代の姿が映った。


「兄上とミハエルは他の者には告げずに事を進めていてな。我はミハエルのこの行いが居たたまれず、何度も酒場に足を運んだ」


目深にマントを被り、店の隅で様子を窺う初代が映る。


「ミハエルに詫びたいと思った。我の行いがミハエルを除名に追い込み、この様に荒れ果てた姿にしてしまった事への詫る為に機会を窺った」


様子を窺っていると周りに悟られない様、初代は気配を消している。


「ある時、ミハエルが店の客に絡みだした。皆、酒を楽しんでいる所に絡まれては不快に感じて当然だ。あしらわれ、邪険にされ、床に叩きのめされながらもテーブルを回るミハエルが哀れでな。我はミハエルに手を差し伸べようとした」


バンッ!!!


初代が立ち上がろうとするとミハエルが初代のテーブルに両手を叩きつけた。


『おいっ!お前っ!!!何見てんだっ!!!』


皆からは初代が見えない様に己の影になる様初代の胸倉を掴む。


『ミ・・・・』


バンッ!!!


店の壁にそのまま初代の背中を打ち付けた。


『ミ・・・・』


ドカッ!!!

ガシャンッ!!!


初代が座っていた隅のテーブルを蹴り上げた。


『ちょっとっ!!あんたらっ!!!店の物壊すんじゃないよっ!!!喧嘩なら外でやっておくれっ!!!』


酒場の女将が怒声を上げる。


ミハエルは初代の胸倉を掴んだまま、女将をジロリと睨みつけた。


『なんだいっ!!喧嘩するならうちの店には金輪際入れないよっ!!!あんた、腕が立つのか知らないが、うちの店には守護者がいるんだっ!!解ったらとっとと出ていきなっ!!!』


『チッ!!!』


ミハエルは舌打ちすると初代を胸倉を締め上げる手に力を入れた。


『お前のせいだぞっ!!表に出ろっ!!!』


引き釣る様に初代を店外に連れ出し、路地裏に放り投げた。


『ミ・・・・』


初代がミハエルの名を口にしようとするとミハエルは倒れた初代に馬乗りになり、両手で胸倉を持ち上げた。


『セルジオ様、これは策にございます』


耳元でミハエルが囁いた。素面(しらふ)の声だ。


『おいっ!!お前、有り金全部置いて行けっ!!』


初代に罵声を浴びせ、身体を揺さぶる。


『私の言う通りにして下さい。金を置いて、逃げる様に離れて下さい』


ゆさゆさと力一杯、初代の身体を揺さぶる。


『金だっ!!金を置いていけっ!!!しぁないから命は助けてやるっ!!』


『マデュラの者がこの酒場の守護者です。私はマデュラに潜り込みます。ご安心を』


『聞こえないのかっ!!さっさと金を出せッ!!!』


初代は金が入った巾着を腰ひもから取り出すし、ミハエルの胸に押し当てた。


『あるんじゃないか。そうだ、最初からおとなしく言う事聞いていれば痛い目に合わずに済むんだぞ。同じ目に合いたくなければ二度とこの店に来るなよ』


初代が差し出した巾着と一緒に初代の手をぎゅっと握った。


『後の事は我にお任せ下さい』


ふらふらと立ち上がるとミハエルは店に戻っていった。


女将の大声が外まで聞こえる。


初代から取り上げた金をチラつかせたのだろう。女将は急に静かになった。



初代は止めどなく流れる涙を拭いもせずに映し出される情景を見つめていた。


「兄上とミハエルは奇襲の下手人(げしゅにん)をマデュラと断定していた。だが、証拠がない。証拠を得る為、スキャラル国との企みを探る為、黒魔女をあぶり出す為に兄上はミハエルをエステール騎士団から除名し、マデュラに潜入させたのだ」


初代の拳は強く握られ、血が滴っていた。

【春華のひとり言】


今日もお読み頂きありがとうございます。


初代セルジオが語る「100有余年前の真実」の回でした。


己の行いが与えた周りへの影響を深く、深く刻む初代セルジオ。


やり直しができないからこそ、残る悔恨に居たたまれない思いです。


次回も引き続きよろしくお願い致します。

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