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とある騎士の遠い記憶  作者: 春華(syunka)
第3章:生い立ち編2~見聞の旅路~
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第96話 マデュラ騎士団3:聖水の泉3

ウーーーーン

ウーーーーン


聖水の汲上場はブラウ修道院の神殿の奥に泉と隣接して設けられている。


天井から光が差し込む水面は蒼色の煌めきを放ち神々しく聖水と呼ぶに相応しい。


ポルデュラは水面から反射する聖水の煌めきと独り向き合っていた。


汲み上げた聖水に両手をかざし、銀色の風の珠を送る。


中心から波紋が広がる様に静かに波立つ水面が徐々に深い蒼色に変わっていく。


蒼色が濃くなる程にポルデュラが放つ銀色の光が強くなっていく。


ポルデュラは透明な小さな小瓶を4つトレーに乗せ後ろで控えるベアトレスを呼んだ。


「ベアトレス、小瓶をこちらへ。柄杓(ひしゃく)ですくう」


「かしこまりました」


ベアトレスはポルデュラに近づくと手慣れた手つきで漏斗(じょうご)を小瓶に挿し込んだ。


ベアトレスはセルジオの乳母だった。今はポルデュラの侍女として仕えている。


ベアトレスは初代セルジオの『無念の感情』の封印にバルドと共に立ち会ってからセルジオの成長を支える役目を担ってきた。


乳母の役目を終えた後もポルデュラに仕えることでセルジオを見守り続けている。



トプトプと出来上がった神聖水を小瓶に流し込んでいく。


ポルデュラはセルジオの中に封印した初代セルジオの『無念の感情』に想いを馳せていた。


ポルデュラがブラウ修道院へ自ら足を運び、準備をせねばならなかったのには理由があった。


エステール伯爵家とマデュラ子爵家にまつわる逸話『青と赤の因縁』の始まりの地がマデュラ子爵領だとされているからだ。


シュタイン王国内では初代セルジオの武勇とマデュラ騎士団団長の裏切りだけが誇張され、逸話として伝えられている。


しかし、話はそう単純でない。


王家と血筋が近いラドフォール公爵家には表には出せない真実が伝えられていた。


事の始まりはシュタイン王国の滅亡を目論む黒魔術を操るマデュラ子爵家当主マルギットの陰謀とされている。


国内外に名声を轟かせていた初代セルジオはその陰謀の恰好の餌食となった。


黒魔女マルギットは、国王の信頼が厚い初代セルジオへ妬みと恨みを抱く王都騎士団総長の負の感情を利用した。


建国間もない王国を内部崩壊させ、混乱に乗じて西のスキャラル国と北のランツ国から侵略させる手筈を整えていたのだ。


そして、同じように初代セルジオへ妬みと恨みを向ける実子、マデュラ騎士団団長ギャロットに初代セルジオを襲撃させる様、王都騎士団総長に魔術を施し仕向けさせた。


ラドフォール公爵家は初代セルジオが襲撃されるであろう情報を事前に掴んでいた。


しかし、初代セルジオを生かす為に動けば黒魔女マルギットの思惑通り王国が滅亡の危機に晒される。


当時のラドフォール公爵家当主とラドフォール騎士団団長は初代セルジオが襲撃された後の対処を優先させた。


初代セルジオを犠牲にし、王国全体を守る策を取ることとしたのだ。


このことはラドフォール公爵家だけが知る『青と赤の因縁』の始まりの真実として100有余年の間、口伝されてきた。


黒魔女マルギットの思惑通りに事は進んだ。


野盗に扮したマデュラ騎士団に襲撃されたエステール騎士団第一隊長エリオスが初代セルジオの身代わりとなり絶命する。


そして、傷を負った初代セルジオを擁護し、初代セルジオが愛した光と炎の魔導士オーロラがマデュラ子爵領内で火あぶりに処せられた。


エリオスを亡くし、業火に崩れ落ちるオーロラを目にした初代セルジオの『無念の感情』はここで生まれた。


ポルデュラは当時のラドフォール公爵家が初代セルジオを犠牲にした真実を口伝された際、『祖先の悪行』と当主である父を罵った。


青き血が流れるコマンドールの再来と言われた初代セルジオを犠牲にせずとも他に手立てはあったはずだ。


これは、王家とラドフォール公爵家が黒魔女マルギットに操られた王都騎士団総長の罪を伏せる為の方策でしかないと言い切った。



トプトプトプ・・・・

トプトプトプ・・・・


ポルデュラは綺麗な深い蒼色が注がれる小瓶を眺めながらセルジオの心と共に封印した初代セルジオの『無念の感情』の強さに改めて身震いをした。


二重三重の銀の鎖で封印しているとはいえ、あまりにも強い『無念の感情』が一気に表に出れば一緒に封印せざるを得なかったセルジオの心は無残に砕けるだろう。


バルドから寄せられる書簡にはセルジオが日に日に感情を表情に現わせているとあった。


この4年半、エリオスとオスカーを含めた5人でセルジオが人の感情を少しでも理解できるように努めてきたことが一瞬のうちに壊れてしまうことは何としても避けたい。


砕けてしまった心は恐らく二度と光を取り戻すことはないだろうとポルデュラは憂いていた。


初代セルジオの封印が解けることよりもポルデュラが恐れていることだ。


砕けた心からは何も生み出すことはできない。


人の感情を理解できない騎士団団長に己の命を預けようなどと誰が思うだろう。


その瞬間にセルジオは騎士団団長の資質をも失うことになる。


現在のマデュラ騎士団訓練場がかつてオーロラが火あぶりに処せられた場所だとされている。


セルジオの『青き血』の覚醒以来、鎮かに眠っている初代セルジオを目覚めさせるには格好の機会だ。


セルジオを亡き者にするために奔走してきた現マデュラ子爵家当主マルギットがこの機会を逃すはずがない。


100有余年前、初代セルジオを見殺しにしたラドフォール公爵家祖先の二の舞を踏んではならない。


ポルデュラは何としてもセルジオを救いたいと強く思っていた。



トプトプトプ・・・・

トプトプトプ・・・・


4つの小瓶に神聖水を注ぎ終えるとポルデュラは静かに立ち上がった。


「ベアトレス、院長のクロード殿へ準備ができたと伝えてほしいのじゃが・・・・」


珍しく思いつめた表情を浮かべるポルデュラを心配そうに見つめるベアトレスと目が合った。


ポルデュラはふふふと微笑みを向ける。


「案ずるなベアトレス。セルジオ様もエリオス様もバルドもオスカーも4人が揃い無事にマデュラを抜ける手立てが整ったのじゃ。案ずるな」


まるで自分自身に言い聞かせる様に力強く発するポルデュラの言葉にベアトレスはコクンと小さく頷くしかなかった。


「クロード殿を呼んできてはくれぬか?聖水の泉での心身の清め方を説明したいのじゃ。それと・・・・」


ここでポルデュラいつもの様に少しいたずらっぽく笑う。


「少々、聖水の泉で騒ぎが起こるでな。クロード殿に了承しておいて欲しいのじゃよ。頼めるか?ベアトレス」


「かしこまりました」


ベアトレスはポルデュラのいたずらっぽい微笑みを目にすると安心したように呼応し、神殿を後にした。


ポルデュラはベアトレスの背中を見送る。


「初代様にここでお出まし頂いておかねばならぬのじゃよ。マデュラ領内では鎮かにお眠り頂く様にな。マルギットの思い通りにはさせぬっ!」


ポルデュラは今一度確認するように神聖水が入った4つの小瓶に左手をかざすのだった。

【春華のひとり言】


新年、明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い致します。


早速、今日もお読み頂きありがとうございます。


マデュラ子爵領に入る前にポルデュラが魔術を施した神聖水。


4人を守護するための物の様です。


ベアトレスの背中に向けられた「初代セルジオにお出まし頂く」の言葉。


次回は久しぶりに初代セルジオが登場します。


次回もよろしくお願い致します。

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