第94話 マデュラ騎士団1:聖水の泉1
セルジオ騎士団城塞、西の屋敷を出立してから8ヵ月が経とうとしていた。
6月初旬、セルジオ達一行は南の隣国エフェラル帝国との境の街道を西へ進んでいた。
バルドとオスカーはクリソプ騎士団の巡回を終えてからの道のりを馬上で反芻していた。
クリソプ騎士団の巡回を終えるとそのまま南へ向かい、シュタイン王国東を治める残りの2男爵家であるオーベロッソ騎士団、ベリル騎士団を予定通り2週間の滞在で通過した。
ベリル男爵家の前当主の実妹がクリソプ男爵前当主に嫁いでいた事もあり、バルドとオスカーはベリル騎士団での滞在は細心の注意を払っていた。
ところが、セルジオ騎士団団長が各貴族騎士団団長への根回しを抜かりなく行っていたことが功を奏し、快く迎え入れられ、驚くほど難なく次の巡回地へ向かうことができた。
セルジオが青き血が流れるコマンドールの再来として真に目覚めたことをラドフォール騎士団団長アロイスは国王と王都騎士団総長へその目覚ましい覚醒振りと共に報告をした。
早速、各貴族当主と貴族騎士団団長へ布告が出されシュタイン王国内でセルジオの覚醒は周知の事実となっていた。
次の巡回地はいよいよ、マデュラ騎士団となる。
マデュラ騎士団城塞は領地の西に位置するエンジェラ河沿いにある。
エフェラル帝国との交易航路としてエンジェラ河を有するマデュラ子爵家は、シュタイン王国の中でも際立つ財力を保有していた。
現当主のマルギットは先代からマデュラ子爵領を継承するとその手腕を発揮した。
それまで、エフェラル帝国側からの交易船頼りだった品物の流通を人夫と商会の商人を派遣することで、シュタイン王国が必要とする品を必要なだけ輸入し、反対にエフェラル帝国が必要とするものを必要なだけ輸出する仕組を整えた。
これにより、一回の交易での費用対効果が格段に上がり、商会や船主から絶大な信頼を得ていた。
夫婦仲が良いことでも知られていたが、第二子イゴールが生まれてからマルギットの夫が姿を消したと実しやかに囁かれていた。
夫が姿を消した同じ頃、マルギットがセルジオへ刺客を二度も送り込み、しずれも失敗に終わっている。
クリソプ騎士団巡回での出来事とクリソプ男爵が黒魔術に取り込まれていたことを考えるとマデュラ騎士団での滞在は危険極まりないものだとバルドとオスカーは気を引き締めていた。
一方、マデュラ騎士団はエンジェラ河の交易航路を含めた隣国エフェラル帝国との境界線を守護していた。
マデュラ騎士団現団長はマルギットの実弟ブレン・ド・マデュラ。
先代当主によく似たブロンズ色の髪に薄い青い瞳、穏やかな性質の持ち主で、各貴族騎士団団長が集う会合でも争いの火種を回避しようと努めて慎重な物言いをする人物だった。
バルドとオスカーはセルジオ騎士団に身を置いていた戦場で、マデュラ騎士団団長ブレンの憂悶果敢な戦いぶりを目にしていた。
見た目の穏やかさと余りにも異なるその姿に目を疑った程であったことを思い出していた。
バルドとオスカーはどこに何が潜んでいるかも知れないマデュラ子爵領が近づくにつれ、不安な思いが強くなるのを感じずにはいられなかった。
重たい足を進めていたある時、南の隣国エフェラル帝国との国境線に位置するトリプライト騎士団城塞を出立してから二日が経った森の入り口でポルデュラの使い魔ハヤブサのカイが枝からバルドの左肩へ舞い降りた。
セルジオは久しぶりに目にするカイに首を後ろに回し話しかける。
「カイ!久しいな。名を呼ぶまで姿を見せぬのに今日はいかがしたのだ?」
カイは小首を左に傾けセルジオの深く青い瞳を黄金色の瞳でじっと見つめている。
「私を忘れてしまったのか?セルジオだぞ」
バルドはセルジオとカイの様子に微笑みを向け、カイの胸元をそっと撫でた。
小さな小枝をカイの胸元から取り出す。
馬の足を止めずに馬上で小枝をパキリと折った。
割れ目から出てきた小さく丸めた紙を広げる。
「オスカー殿、ポルデュラ様からの伝言です。マデュラ子爵領に入る前にトリプライト男爵領の西端のブラウ村に立ち寄る様にとのことです」
オスカーが間髪入れずに呼応する。
「はい、承知しました。今夜の宿となりそうですね。ブラウ村は確か、聖水が湧き出る泉がある村ですね。温泉も豊富に湧き出ていたはずです。セルジオ様、エリオス様、今宵は心置きなく湯浴みができますよ」
オスカーが嬉しそうにセルジオとエリオスへ微笑みを向ける。
「聖水の泉とはなんだ?聖なる泉と言う事なのか?」
セルジオがバルドへ問いかける。
「左様にございます。ブラウ村の聖水は修道院と隣接しており、怪我や病を治す薬としても使われています」
バルドはセルジオの問いに呼応すると今一度、ポルデュラからの手紙に目を通した。
指で文字の上をそっとなでると先ほどと文字が変わった。
『ブラウの修道院に宿泊し、心身を清めよ。後のことは院長に頼んである』
ポルデュラがラドフォールの者以外に頼みごとをする等今までなかった。
ポルデュラにしてもマデュラ子爵領に入る前に万全の態勢を整えておく必要があると考えているのだろう。
バルドとオスカーはセルジオとエリオスに悟られない様に目を合わせると静かに頷き合うのだった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
いよいよ、マデュラ子爵領目前となりました。
危険が待ち受けていることを感じているバルドとオスカー。
そして、4人ができるだけ危険に晒されない様、事前に対策を講じるポルデュラ達、ラドフォール騎士団の面々。
マデュラ子爵編では『因縁の始まり』がご覧頂けます。
次回もどうぞよろしくお願いします。