第2話:とある騎士の誕生
血塗られた手、一撃で息の根を止める双剣の騎士、青き血が流れるコマンドールと恐れられたセルジオ・ド・エステール。エステール伯爵家の第二子である。
シュタイン王国では貴族の家は世襲制であった。第一子が家名を継承する。第二子は騎士となる。爵位によって騎士の階級も決まっており、第二子として生を受けた者は生まれて間もなく一族から離され、訓練を受けながら専用施設で育てられる。
第一子、第二子に男女の差はない。厳密に生まれ落ちた順にその役割が生まれながらにして決められたいた。そして、第二子は騎士として生まれ、騎士として死んでゆく。命ある限り騎士としての役割を果たす事が全てであった。
エステール伯爵家は4人の子供がいた。
第一子は男子であった。フリードリヒ・ド・エステール。心根の優しい人柄で配下の者からの信頼も厚く「エステール伯爵家はこの先も繁栄するだろう」と誰もが認める継承者であった。
第二子として生を受けたセルジオ・ド・エステールは女子であった。騎士として『セルジオ』の名を継承した。この頃の騎士は『感情を持たない』事が最大の優先事であった。
『人間としての感情を持たない』事が騎士としての役割を最大限に発揮できると信じられていた。その為、3歳になる頃には男女共に生殖器は排除される。
生殖器の存在が喜怒哀楽と愛憎を生み、騎士としての役割を阻害する要因であると考えられていたからだ。
セルジオもそのならいに従い、3歳で生殖器の排除手術を受ける事になる。
第三子は男子であった。フェリックス・ド・エステール。第三子は第一子が女子(男子)の貴族へ婿入り(嫁入り)する事が多いが、まれに第一子の後継者となる。セルジオの2歳年下のフェリックスは、明るく周りを朗らかにする器量を兼ね備えていた。
第四子は女子であった。シャルロッテ・ド・エステール。第四子は第三子とならう場合もあるが、都度の状況でその身は自由だった。
シャルロッテはセルジオの3歳年下で歩けば花が咲くかと思う程の華やかさを持つ愛らしい子供であった。
セルジオは生を受けた一週間後に王都の城壁に沿って築かれている騎士訓練施設へ移された。
訓練施設は騎士養成学校の様な所であるが、その過酷さに実戦にでるまでに至らない者も多い。
正気を失う者、訓練中に命を落とす者、脱走をする者等、階級が上の者ほどその訓練は過酷であった。
王都を囲む城壁を利用して築かれたその佇まいは、牢獄の様で軍事要塞を兼ねていた。
用途で3部屋に区切られた訓練施設は、一つは武術訓練の部屋、一つは訓練者の居室、1つは簡易な台所、風呂、トイレ等の水屋になっていた。居室は、80㎡程の広さで石がむき出しの壁で窓に近い部屋の中央にベットが置かれている。
セルジオはそのベットに寝かされ、その手に細い紐が巻かれた。
紐を引くと呼び鈴がなる仕掛になっていた。
乳飲み子の内から訓練が始まるのである。お腹がすいたからと普通の赤子の様に泣いていれば誰かが手を差し伸べてくれる様な事はない。
通常、人間は3回の反復学習があれば行動を認知できる動物である。お腹がすいたら『何をすればお腹を満たす事ができるか』を教えられる。できなければここでは生きていけない。当然の様に死を迎える。
呼び鈴が鳴ると乳母がやってくる。運よく泣きながら手を動かせれば腹を満たす食事にありつける。ただ、紐が絡まり手首を落とす事もあれば、首に巻き付き窒息することもある。訓練施設では至極当たり前のことであった。
セルジオの乳母ベアトリスはセルジオの生母アレキサンドラの実家カルセドニー子爵家に仕えていた女官であった。アレキサンドラから乞われ娘のアルマを連れ乳母として訓練施設に居を移していた。
初めてセルジオを抱いたのは、訓練施設へ赴く前、アレキサンドラ付の女官の腕から移された時だった。抱いて直ぐに違和感を覚える。
まだ、目が見えてはいないはずが、じっとベアトリスの瞳を見て、様子を伺っているように感じたからだ。傍らにいるアレキサンドラに尋ねる。
「アレキサンドラ様、
このお子は生まれ落ちていかほど経ちますか?」
一週間前に生まれたと聞いてはいるものの思わず確認をせずにはいられない程、しっかりとした視線を感じたからだった。
「七日前の新月の夜に生まれました。
それがなにか?」
アレキサンドラがいぶかし気に聴く。
「いえ・・・・
あまりにしっかりと私の瞳をご覧になるものですから、
既に見えていらっしゃるのではないかと思いまして・・・・」
ベアとレスは正直に思うままを話した。
「・・・・不思議な、お子なのです・・・・」
アレキサンドラが言う。
「泣いたのは生まれ落ちた時だけ・・・
後はじっと様子を伺う様にしていて、
赤子であるはずなのに赤子でないように感じていました。
2日前に瞼を開きましたが、
その瞳の深く青い光に母でありながら
吸い込まれそうで恐ろしさを感じた程です」
アレキサンドラも感じていたままをベアトリスに話す。
「ベアトレス、私は思うのです。
シュタイン王国に古より伝わる
『伝説の騎士』ではないかと」
「かつて、今より100年程前、まだ国が荒れていた時代、
魔女狩りが盛んに行われていた頃に
エステール伯爵家の騎士セルジオに
『伝説の騎士 青き血が流れるコマンドール』と
呼ばれた者がいたそうです。
狩られた魔女を助けようと一緒に焼かれたとか・・・・」
「『その者、青白き炎を携え、剣を振るう。
剣は青き光を放ち一撃にて一団を切り裂く。
黄金に輝く髪、深く青い瞳、透き通る肌には青き血が流れる。
その名を持って国を守り、その名を持って国に安寧をもたらす』」
「この子はその血を引き継ぎ、
生まれ落ちたのではないかと・・・・
女子の身でありながら・・・・少し痛ましく感じます」
言ってはならぬ言葉である事は承知の上でアレキサンドラが話している事はベアトレスにも伝わった。ベアトレスは黙って話を聴きながら二人の会話をセルジオが理解している様に感じていた。
ベアトレスはその日の内に自身の娘アルマとエステール伯爵家従士バルドと共に城壁の訓練施設にセルジオを移した。
バルドはかつてセルジオ騎士団第一隊長に仕えていた従士であった。戦場で負傷し騎士団を退団した。
その後、エステール伯爵家へ従士として起用され、セルジオが生まれたことでセルジオ付訓練施設同行従士としてセルジオの護衛兼教育係として仕えることとなった。
恐ろしく冷静沈着で、物腰が柔らかい中にも鋭さを感じる。耳にかかる程の長さの淡いブロンズ色の髪と深い紫色の瞳が冷酷さを醸し出していた。
ベアトレスは共に訓練施設に同行するバルドの事が初見から威圧感を感じていた。
内心、うまくやっていけるだろうか?と不安を覚えていた。
セルジオを訓練施設へ移す別れ際、アレキサンドラは、もう二度と会うことも叶わぬかもしれない我が子の額に何度も何度も口づけをしていた。
『どうか、この子が騎士として
シュタイン王国の守りになりますように・・・・』
口づけに願いを込めセルジオの顔を見る。じっと見つめるその深く青い瞳が心なしかうるんでいる様に見える。
アレキサンドラはセルジオをそっと抱き寄せた。
『あぁ、この子がどうか!どうか!
無事に大きくなれます様に!神のご加護を!』
セルジオの額に別れの口づけをする。アレキサンドラの胸は張り裂けそうな痛みを覚えていた。
『騎士の母は皆、この様な思いで、
我が子をこのような幼子を手放してきたのか』
腕の中のセルジオを放したくない思いに駆られる。
「さっ、アレキサンドラ様、
そろそろ参ります故、セルジオ様をこちらへ」
バルドが促す。
「バルド様、今しばらく、このままにてお願いできませんか?」
ベアトレスは同じ母としていたたまれず暫しの別れの時を過ごさせたかった。
「うぅぅぅぅ。あぁぁぁ」
セルジオが突然、声を上げ、アレキサンドラの頬へ小さな手を伸ばす。
「あぁ、セルジオ!元気に過ごすのですよ!」
アレキサンドラはセルジオの頬に自身の頬を寄せると涙を流した。
アレキサンドラは自身を律するとセルジオをベアトレスに託した。
「バルド、ベアトレス、セルジオを頼みます」
王都城壁の訓練施設は従士と乳母の控えの間が家名毎に用意されている。こちらは城壁内とは思えない程の丁寧な造りでベアトレスが『ここに本当に住んでよいものなのか?』と恐縮する程、豪奢な造りであった。
従士の部屋は王都シュタイン城に向かって右側、乳母の部屋は左側と仕える主部屋を左右から挟む様に配置されていた。
ベアトレスは初日、3時間程の間隔を開け、セルジオの居室へ赴いた。部屋へ入るとセルジオは窓から差し込む光を見ていた。
ドアの開閉は鈴がなる仕掛になっているが、鈴の音が聞こえているのか?いないのか?全くベアトレスの方へ意識を向けるそぶりがない。
ベアトレスは心配になり、赤子の胸が上下に動いているかを確認しようとそっとセルジオの胸に手を近づけた。
小さな手が突如、自身の胸に近づく手を払いのけるかの様に勢いよく当たる。セルジオの顔を覗くと先程と同じ様に見えているかと思う様に視線が合った。
「セルジオ様、私が見えていらっしゃるのですか?」
ベアトレスは思わず赤子に声を掛ける。何の反応もない。オムツが濡れてはいないことを確認するとベアトレスは初めての乳を与えた。
ベアトレスは時間を決めセルジオの居室を訪れた。ベアトレスの行動を読んでいるかと思う様にセルジオは自らベアトレスを呼ぶための『手に巻かれた紐』を引く事はなかった。
ただ、ベアトレスが居室へ入る鈴の音に意識を向けている様に感じていた。
「セルジオ様、ベアトレスです。オムツを替えに参りました」
「セルジオ様、ベアトレスです。お食事の時間です」
ベアトレスはセルジオの居室へ入る時、必ずセルジオの名前を呼び、自身の名前を言うとにこやかに接した。
その様子をじっと見てはいるもののセルジオの泣き声を聞くことなく3カ月が過ぎた。