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とある騎士の遠い記憶  作者: 春華(syunka)
第3章:生い立ち編2~見聞の旅路~
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第90話 クリソプ騎士団27:黒い噂の露見

アロイスは闘技場観覧席からバルドとオスカーをセルジオとエリオスの元へ向かわせた。


2人が西側観覧席から闘技場へ飛び下りるのを見届けると自身はラドフォール騎士団、影部隊(シャッテン)隊長ラルフを従え、東の館の主賓室へ向かった。


コツッコツッコツッ・・・・


城館の廊下は、大きな窓から差し込む日差しが反射させ、より明るく空間を広く見せる様に大理石が敷き詰められている。


廊下だけ見れば王都シュタイン城と違わぬ豪奢さだった。


クリソプ男爵と東の隣国シェバラル国のクレメンテ伯爵が観覧席を退いてから30分ほど経っている。


他国の貴族や奴隷商人が地下闘技場から逃げる様に退散したことは、城館の外を走る馬車の音で気が付いていることだろう。


5年ほど前から囁かれていたクリソプ男爵の黒い噂はもはや露見した。


アロイスは、まず黒い噂を自らの手で露見させ、クリソプ男爵が言い逃れができぬ様、水面下で準備を進めてきた。


セルジオ騎士団団長の計らいでバルドとオスカーの協力を得られた事で一気に決着へと導くことができる。


コツッコツッコツッ・・・・


アロイスは逸る気持ちを抑えつつも幾分、足を速めた。


「アロイス様、突き当りの部屋が主賓室です」


足音も立てずに付き従うラルフがアロイスへ耳打ちする。


「わかった」


アロイスは両手に力を込めた。


扉の両脇に近習従士が2名控えていた。


アロイスとラルフの姿を見ると軽く頭を下げ道を開けた。


東の館に潜伏させていたラドフォール騎士団、影部隊(シャッテン)の者たちだ。


ラルフが声をかける。


「男爵と伯爵は?」


「はっ!窓と扉に結界を施しました。2人は気付かず室内で話をしております」


1人が小声で返答をする。


「わかった。そなたらこのまま守りを固めてくれ」


「はっ!」


2人が呼応するとラルフは扉を3度叩いた。


トンットンットンッ!


室内の様子を窺う様に扉に近づく。


人の気配があることを確認するとアロイスへ目配せをした。


アロイスは小さく頷く。


バンッ!!!


ラルフは勢いよく扉を開けた。


「なっ!何事だっ!許しもなく扉を開けるとはっ!無礼であろうっ!」


部屋の中からクリソプ男爵が怒鳴り声を上げた。


アロイスが静かに一歩、前へ出る。


「これは、これは、クリソプ男爵。聞き捨てなりませんね。許しもなくシュタイン王国の宝を(はずかし)め、その命を奪おうとされた方が礼節を口にされるとは」


「なっ!なんだっ!貴様はっ!誰だっ!誰の許しがあって当屋敷に入ったっ!早々に立ち去れっ!」


クリソプ男爵はわなわなと身体を震わせ、アロイスを睨みつけた。


クリソプ男爵の背後にうっすらとかかる黒い靄へアロイスはチラリと目を向けると入館の際に身に着けた仮面を外した。


「これはっ、ご挨拶が遅れました。我が名はラドフォール騎士団団長アロイス・ド・ラドフォール。お目にかかるのは初めてでしたか?それとも私を知らぬと白を切るおつもりですか?」


アロイスは冷やかにクリソプ男爵とその背後にうごめく黒い靄へ言い放った。


「ラッ、ラドフォールの・・・・なぜ?どうやってここに・・・・」


アロイスの銀色の髪、深い緑色の瞳をまじまじと見るとクリソプ男爵は後ずさった。


アロイスはクリソプ男爵の隣で憮然と佇むクレメンテ伯爵へ目を向ける。


「初めてお目にかかります。シェバラル国伯爵クレメンテ殿。我が国へはいかようなご用件にてお越しに?失礼ながら王国の通行証はお持ちですか?」


アロイスは王国が他国の貴族が入国の際に発行する正規の通行証の如何(いかん)を問いただした。


クリソプ男爵が慌てて弁明する。


「つっ、通行証は我が男爵家が発行した。クレメンテ伯爵はベリル男爵に嫁がれた令嬢にお会いになるために我が国に入られたのだ。いわば身内に会うための入国。その際の通行証は各貴族家名が発行するもので事足りるはず。それを咎め立てされるような物言い、アロイス様といえども失礼にも程がありましょう」


クリソプ男爵はしたり顔で言い放つ。


「クリソプ男爵、いささか無理がございますね。お身内はベリル男爵では?通行証を発行されましたのがベリル男爵であれば道理は通りましょう。されど、クリソプ男爵はくれメンテ伯爵のお身内ではございますまい。さればその通行証はシュタイン王国の禁忌に触れますことご承知でありましょう」


アロイスは一歩、また一歩と後ずさり、窓へ近づくクリソプ男爵へ間合いを詰める様ににじり寄る。


「そっ、それはっ!我が妻はベリル男爵ご当主の妹君だ。ベリル男爵と我が家名は親戚筋となろう。さればクレメンテ伯爵とも親戚ということで道理は通ろうっ!」


クリソプ男爵は両手を握りしめ、アロイスを睨みつけた。


アロイスはその言葉を待っていたとばかりにニヤリと笑った。


「ほう、左様でございましたね。確かにベリル男爵家とクリソプ男爵家は親戚筋。我がラドフォールが王家と親戚筋となることと変わりございませんね。されど、私は王都シュタイン城へこの様に容易に入城はできません。いかがですか?クリソプ男爵」


「そっ、それは、当屋敷とシュタイン城への入城を同等のものとされること自体が・・・・はっ!」


クリソプ男爵は己の言葉にハッとする。


シュタイン王国の定めは王家を含め爵位の序列に関係なく全て平等に適用されるのだ。


身内とはあくまで直系の親子に限られる。


兄弟姉妹の嫁ぎ先となれば親戚筋であっても

王家の許可なく自由な往来はできない定めとなっていた。


他国の貴族ともなれば王国の通行証がなくては屋敷に招くこと以前に入国すらできないのだ。


アロイスはクリソプ男爵が自ら禁忌を犯している事実を自らの口から露見させた。


『まずは、一つ。残り四つ。必ず吐かせてみせる』


アロイスはクリソプ男爵へ冷ややかな微笑みを向けた。


「左様でございますよ、クリソプ男爵。重々お分かりのはず。あなたは王国の禁忌をまず、一つ犯しました」


クリソプ男爵の身体の震えと共に背後にうごめく黒い靄の揺れが激しくなる。


「クレメンテ伯爵、ご令嬢がシュタイン王国へ嫁がれてみえるのですから王国の禁忌をご存じのはすでは?して、ご用向きは?」


「・・・・」


アロイスは押し黙ったままのクレメンテ伯爵へ強い口調で問いただした。


「アッ、アロイス様っ!他国の伯爵へそのような物言い、シュタイン王国の礼節が問われますっ!いくら公爵家の第2子であっても所詮は騎士団団長にすぎぬお方が、他国の伯爵へっ・・・・」


「黙れっ!!」


アロイスの身体から冷たい空気が湧きたった。


「つっ・・・・そっ、そのような脅し・・・・」


クリソプ男爵は更に窓辺に近づく。


「黙れっ!クリソプ男爵っ!今この場で礼節など不要なことだっ!」


ビューーーーー


冷たい空気が窓辺に近づくクリソプ男爵の足を捕えた。


バリバリバリッ!!!


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」


クリソプ男爵の足を氷のバラの蔓で縛り上げる。


「これでゆっくりと話ができましょう」


アロイスはクレメンテ伯爵へ顔を向けた。


左胸のポケットから薄い灰色の招待状を右手で取り出す。


「さて、クレメンテ伯爵。こちらの招待状はあなたが出されたもので間違いありませんね」


ピクリッ・・・・


押し黙っていたクレメンテ伯爵の身体がわずかに反応する。


「封蝋はございませんが、シュタイン王国の東門を通りぬけると白の封筒がこのように薄い灰色に変わりました。東門を通らねば色は変わりません。これが東の館へ入館できる鍵の二つ、招待状を持参していること、シュタイン王国東門を通ること」


ガサッ・・・・


アロイスは封筒の中身を取り出す。


「中の文字は鮮血の色、赤にございます。我が王国では赤文字は国王から死罪を言い渡される貴族のみ。このように赤文字を使用されるのはシェバラル国の習わし。奴隷商人へ奴隷の売買要請ですね」


クレメンテ伯爵は開き直る様子を見せるわけでもなく、ただ、じっとアロイスを見つめていた。


「我が王国であなたが犯された禁忌の二つ目は、奴隷商人の召喚と奴隷売買です」


カチャッ・・・・


アロイスは饗宴用の衣服には似つかわしくない腰に携えている短剣を手にした。


「この短剣は、先ほどの余興で観覧席より投げ込まれたものです。こちらをご覧下さい」


短剣の(ヒルト)の紋様を指し示す。


「小さく見落としそうですが、バラの紋章です。我がラドフォール公爵家の裏の紋章にございます。この短剣は王都騎士団総長の命にて我が叔父、前騎士団団長のウルリヒが自らの手で鍛造したもの。このような場にあるはずがないものです」


アロイスは黙したまま佇むクレメンテ伯爵へ冷やかな微笑みを向ける。


「我が王国で犯した禁忌の三つ目。王都騎士団総長の許しなく武具を王国外へ持ち出すし、売買の道具とすること」


カシャンッ!


アロイスは短剣を鞘に納め、マントルピースに置かれている香炉へ目を向けた。


「クレメンテ伯爵、あちらの香炉は普段からお使いに?今は、使われていないのですね。薄い紫色の香が立ち込める部屋はさぞ甘美なのでしょうね。奴隷の意思を削ぎ、精神を壊し、香がなければ平静を保つことができなくなる魔の薬草。クリソプ男爵領北部に広がる薬草畑は魔の薬草の栽培地。かつてはヒソップが咲き誇る薬草畑でした。5年ほど前からでしょうか?クレメンテ伯爵からの勧めで植替えがされたと聞いています。シュタイン王国の禁忌を犯した四つ目。魔の薬草、ケシの花の栽培と生成、国外への売買」


アロイスはクリソプ男爵とクレメンテ伯爵が共謀した王国の禁忌四つまでの淡々と告げる。


ふっと一つ息を吐き、暴発しそうな自らの気を抑えた。


「そしてっ!!禁忌を犯した五つ目っ!これが最も重要で許しがたいことっ!我が王国の宝、再来を果たした青き血が流れるコマンドール、セルジオ・ド・エステールの拉致監禁とあろうことか奴隷として国外へ出そうとしたこと、何よりそのお命を奪おうと画策したことっ!許しがたい所業っ!もはや、噂では済まされませんっ!禁忌を犯した罪を認め、二度と我が王国への立入を禁止いたしますっ!」


アロイスは声を荒げ言い放った。


普段の物静かなアロイスとは思えない強い口調と言葉にラルフは一瞬度肝を抜かれる。


が、アロイスの隣に控え、クリソプ男爵とクレメンテ伯爵を捕縛する機会を窺った。


クレメンテ伯爵はアロイスの尋問に諦めた様子を見せると静かに口を開いた。


「クリソプ男爵、もはやこれまで」


クレメンテ伯爵は氷のバラの蔓で捕えられているクリソプ男爵へ目を向けた。


「なっ!何を申されるかっ!全てはこの者の想像だにすぎぬっ!証拠はっ!証拠がなければっ!」


クレメンテ伯爵はふるふると首を左右に振った。


「クリソプ男爵、アロイス様がここにおられることが何よりの証拠となりましょう。全ての証拠を手にされているからこそ、我らの前にお見えなのでは?」


クレメンテ伯爵はクリソプ男爵を諭すように言葉をつないだ。


「捕え地下牢に入れることもできたはず。それをなさらないのは王国同士の争いになることを避けるためでありましょう?」


「そっ!そんなことっ!あなたはいい、他国の貴族ですからっ!わっ!私は禁忌を犯したことを認めれば爵位は剥奪され、死罪となるっ!そっ!そんなことっ!断じてっ!!!!」


クリソプ男爵は氷のバラの蔓から逃れようと身じろぎをする。


身体を動かすたびに氷の棘が食い込み、ポタポタと氷を真っ赤な鮮血が滴っている。


アロイスはクレメンテ伯爵が禁忌を犯したことを認めたと取るとラルフに目配せをした。


ラルフは静かに頷き、クレメンテ伯爵へ近寄った。


アロイスは罪を認めたクレメンテ伯爵へ静かに告げる。


「クレメンテ伯爵、捕縛は致しません。このまま我が手の者がシェバラル国まで同道致します。全てのものを王国内に残し、出国してください」


クレメンテ伯爵は小さく頷いた。


「わかった」


ラルフはクレメンテ伯爵へ左手を差し出し、扉へ向かうよう促す。


クレメンテ伯爵は抵抗することなく、ラルフに従った。


「開けろっ!」


ラルフが扉へ向けて言うと外側から扉が開かれた。


「このまま伯爵を王国より出国頂く。同道しろっ」


「はっ!」


アロイスがクレメンテ伯爵の後姿へ声をかける。


「クレメンテ伯爵、この先、何がありましょうとも我が王国への入国は一切叶いません。そのことお忘れになりませんよう。万が一、入国が知れた暁にはお命の保証はありません。お覚悟下さい」


「・・・・」


クレメンテ伯爵は無言の呼応をした。


ラルフは控えていた2人の近習従士を従え、クレメンテ伯爵を伴い主賓室を後にした。


クリソプ男爵は、クレメンテ伯爵の後姿を呆然と見送っていた。


滴り落ちる鮮血が氷のバラの蔓を伝っている。


アロイスは2人になった主賓室でクリソプ男爵をギロリと睨みつけた。

【春華のひとり言】


今日もお読み頂き、ありがとうございます。


シュタイン王国の8つの禁忌を5つも犯したクリソプ男爵と隣国シェバラル国のクレメンテ伯爵。


長年、『黒い噂』と(まこと)しやかに囁かれていたクリソプ男爵の悪行が露見しました。


物静かなアロイスが身体を震わせ激怒するシーンに少し緊張してしまいました。


じわじわと堀から攻めて本城を落としたアロイスと影部隊(シャッテン)の苦労が報われた回でした。


次回は、2人きりになった主賓室でアロイスの怒りが・・・・


お楽しみにしていただけると嬉しいです。


次回もよろしくお願い致します。

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