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とある騎士の遠い記憶  作者: 春華(syunka)
第3章:生い立ち編2~見聞の旅路~
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第89話 クリソプ騎士団26:バルドの胸の内

パタン・・・・


「しばらく、こちらでお待ちください」


囚われていた部屋にセルジオたちを案内すると赤茶色の髪の男は左手を胸にあて、丁寧に頭を下げた後、再び室外へ出て行った。


男が室外に出るとセルジオはバルドへ飛びついた。


「バルドっ!!感謝もうす。バルドが観覧席で抱えてくれねば獅子を倒すことはできなかったっ!感謝もうす」


セルジオはぎゅっとバルドの首に両腕を回し肩に顔をうずめた。


バルドは愛おしそうにセルジオを抱きしめる。


「・・・・セルジオ様、よくぞ・・・・ご無事で・・・・よかった。ご立派に獅子を倒されて・・・・青き血も存分にたぎらせ、ご立派でした」


バルドは小刻みに震えていた。


アロイスからラドフォール騎士団、影部隊(シャッテン)が東の館に多数、潜伏しているからセルジオとエリオスの身の安全は保証すると言われていた。


囚われてから三日、セルジオに仕えてから、これほど長い時間を離れて過ごすのは初めてのことだった。


まして、三日ぶりに目にした姿は髪の長さも色も変り果てていた。


しかも、闘技場で雄の獅子と対峙するとアロイスから聞いた時はバルドもオスカーも生きた心地がしなかった。


運よく観覧席にいたバルドの所へ飛ばされてきたからセルジオが思う存分にその力を出せる様、促すことができたが、そうでなければ獅子の餌食になっていただろう。


バルドはセルジオを抱きしめながらポルデュラの言葉を思い出していた。


『全ては宿命じゃ。起こること全ては必要で、必然なのじゃ。その行いに謙虚(けんきょ)でいることじゃ。さすれば天はそなたらに光と微笑みを与えるだろうて。案ずるな』


ポルデュラは何度となく天の采配を受け入れ謙虚でいることをバルドに諭した。


ポルデュラの言葉を思い返しながら天がセルジオに与えた光と微笑みに感謝をする。


バルドはセルジオの体温を確かめる様にセルジオの小さな頬に自身の頬を合わせた。


闘技場で獅子を倒した後、汗が引いたのであろう、セルジオの頬はひんやりと冷たかった。


「セルジオ様、お寒くありませんか?」


バルドはセルジオを包みこむように抱きしめる。


バルドに抱きしめられると獅子との戦いで身体の奥底から湧き上がっていた熱がゆっくりと冷めていくようにセルジオは感じていた。


「大事ない。寒くはない・・・・バルド、また会えて嬉しい・・・・」


囚われてはいたが、セルジオは不安を抱いてはいなかった。


始終エリオスと共にいたことと、バルドとオスカーが必ず救い出してくれると確信があったのだ。


だが、こうしてバルドの温もりを感じると強張っていた身体が解れていく様だった。


エリオスへ目を向けると今にも泣きだしそうな顔でオスカーに抱きしめられている。


セルジオはバルドの腕に抱えられたまま、身体を起こすとバルドの顔をじっと見つめた。


バルドは小刻みに身体を震わせ、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。


「バルド、嬉しく泣いているのか?エリオスもオスカーに会え、嬉しく泣きそうなのか?」


セルジオは人が流す涙の意味を理解しようとしているのだとバルドは察する。


自身の命が危うい時でさえ、人の感情を理解しようとしているセルジオが愛おしくてたまらない。


バルドはセルジオの額にそっと自身の額を寄せ小さく微笑み、今の自身の感情をそのままに伝えた。


「そうですね、嬉しく思う気持ちもあります。しかし、それ以上にセルジオ様がご無事でいらっしゃったこと、こうしてまたお会いできたこと、セルジオ様の温もりを感じられることに私の身体は震え、涙が出そうな程に安堵のしているのです」


バルドはセルジオの額に口づけをする。


「ようございました。怪我をされている訳でもなく、身体を傷つけらてもいません。ようございました」


バルドは再びセルジオを抱きしめた。




トンットンットンッ・・・・


ひとしきりお互いの無事を確かめ合っていると扉を叩く音が聞こえた。


「セルジオ様、よろしゅうございますか?」


扉の外から退出していった赤茶色の髪の男の声が聞こえた。


セルジオはバルドの顔を見る。


バルドが頷くとセルジオは扉へ向けて入室を許可する言葉を発した。


「大事ない、入れ」


キィィィ・・・・


ラドフォール侯爵家特製のバラの花の茶をワゴンに乗せ、東の館の従士の姿に着替えた赤茶色の髪の男は静かに入室した。


後にもう一人、従えている。


赤茶色の長い髪を後ろで一つに束ねた見覚えのある女だった。


セルジオは目を丸くする。


「ブリーツ殿・・・か?」


パタンッ・・・


部屋の扉を閉めると赤茶色の髪の男と女はその場でかしづいた。


「セルジオ様、エリオス様、バルド殿、オスカー殿、ご無沙汰を致しております。ラドフォール騎士団、影部隊(シャッテン)副隊長ブリーツ、まかり越しました」


挨拶をするとブリーツは顔を上げ、セルジオへ微笑みを向けた。


「やはりっ!ブリーツ殿っ!久しいな!」


セルジオはパタパタとブリーツに駆け寄った。


ブリーツはかしづいたまま、セルジオと目線を合わせる。


「セルジオ様、ご無沙汰致しております。あれから色々な事がおありだったのですね。お顔が変わられました。精悍で頼もしいお顔になられて。この度のこと、私の弟ヴィントから詳しく聴いています」


ブリーツは隣でかしづく赤茶色の髪の男に挨拶をするよう促した。


「改めまして、ラドフォール騎士団、影部隊(シャッテン)クリソプ男爵領を任されておりますヴィントにございます。この度は、多々ご無礼がありましたことお詫び申し上げます」


ヴィントは深々と頭を下げた。


そして、ゴソゴソと腰に携えている子袋から丁寧に布にくるまれた物を2つ取り出した。


「こちらは、セルジオ様、エリオス様の胸よりお預かりしました月の雫にございます」


2つの布を頭上に掲げるようにセルジオに差し出す。


セルジオは後ろを振り向き、エリオスへ横に並ぶよう目配せをした。


「お2人の身元を隠すため、髪を短く切り、染め、そして月の雫をお預かり致しました。処罰はいかようにも受ける覚悟にございます」


ヴィントは毅然(きぜん)とした様子でセルジオとエリオスへ月の雫を手渡した。


セルジオとエリオスは月の雫を手に取ると顔を見合わせる。


「ビィント殿、月の雫を預かってくれ感謝もうす。罰などあろうはずがない。もし、胸に下げたまま獅子との戦いに敗れていれば月の雫は誰ぞの物となっていただろう。感謝もうす」


セルジオとエリオスはバルドとオスカーへ月の雫を渡し、再び胸に下げてもらった。


セルジオとエリオスは胸に月の雫の重みを感じる。


「我らが存分に力を出せたのもヴィント殿のこの部屋での助けがあったからこそだ。感謝もうす」


セルジオとエリオスは左手を胸に置き、ヴィントに頭を下げた。


その様子にブリーツは目を細める。


セルジオとエリオスは3ヵ月程前に出会った頃と見違える程、成長をしていた。


バルドとオスカーがブリーツとヴィントへ椅子を勧める。


「いえ、この後の始末が残っております。ひとまず月の雫をお返しすることと、回復のお茶をお持ちしたまでにて、今しばらく、こちらでお待ち下さい。全て片付きましたらアロイス様よりお声かけされるそうです」


ブリーツとヴィントは再び部屋を後にした。


セルジオは2人を見送るとバルドにそっと尋ねる。


「バルド、ブリーツ殿がここにいるのであれば、ヨシュカも来ているのだろうか・・・」


バルドはセルジオに微笑みを向けた。


「左様にございますね。ラルフ殿もいらっしゃいますし、ヨシュカ殿も恐らく同道されていましょう。お会いになりますか?」


セルジオはバルドを見上げる。


「いや、やめておく。二度と会いたくないと言われたからな。ヨシュカが会いたいと思ってくれた時に会うことにする」


「セルジオ様、また一つ他者の胸の内がお解りになるようになりましたね」


バルドは三日間、離れていただけでセルジオの状況判断が格段に成長していると感じていた。


『まだ、お小さいままでいてもよいのに。セルジオ様、あまりにも早くご成長されませんように』


セルジオの成長を頼もしく思う反面、バルドはセルジオが背負う宿命の重さを改めて不憫に感じるのであった。

【春華のひとり言】


今日もお読み頂き、ありがとうございます。


セルジオとエリオスは無事にバルドとオスカーに会うことができました。


バルドの胸の内もセルジオの成長と共に深く、熱く、愛情が増すのを感じます。


ポルデュラがバルドとオスカーを諭す言葉は幾多もありますが、バルドが今回思い出した言葉は


第3章 第5話 壮途に就く:出立の日


で、バルドの後ろ姿に贈られた言葉です。


よろしければ、合わせてご覧ください。


次回はいよいよ、東の歪みの粛清の時です。


アロイス率いるラドフォール騎士団、影部隊(シャッテン)の活躍をお楽しみに。


次回もよろしくお願いいたします。

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