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とある騎士の遠い記憶  作者: 春華(syunka)
第3章:生い立ち編2~見聞の旅路~
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第83話 クリソプ騎士団20:影部隊の暗躍

ガタッガタッガタッ・・・・

キュルキュル・・・・


ガタッガタッガタッ・・・・

キュルキュル・・・・


クリソプ男爵領の東に位置する商業部を抜けると行く手は森へと通じる街道になる。


クリソプ男爵の居城は、所領のほぼ中央に位置していた。


森を切り開き南北に長く、所領内の自由な往来を妨げる格好で築かれている。


所領西の領門へ向かうには男爵居城の南門付近を通る必要があった。


ブリーツはヨシュカの策通りに荷馬車の速度を上げ、西領門に向け進んでいた。



整備されているとはいえ、森の中の街道は荷馬車の速度を上げるには勝手が悪い。


あえて重量のある積荷は積まず、日を置かずに他領へ届ける必要がある青果や薬草などを選定したことが功を奏したとブリーツは胸をなで下ろしていた。


ガタッガタッガタッ・・・・

キュルキュル・・・・


ガタッガタッガタッ・・・・

キュルキュル・・・・


車輪がキュルキュルと音を立てだしたから休憩を取る必要がある。


ブリーツは昼までにはクリソプ男爵居城南門付近を通り抜けたいと考えていた。


ガタッガタッ!!

ゴソッ!


ヨシュカが荷台から顔を出した。


「母さん、そろそろ休憩にしないか?腹が減った。用も足したい」


ヨシュカはもじもじと身体をよじり、し尿を我慢している様子を見せた。


フェルディがローブからチラリとヨシュカの様子を見る。


「ブリーツ殿・・・・実は私も・・・・」


己のために荷馬車の速度を上げたことを重々承知しているからだろう。


フェルディも我慢していたと恥ずかしそうに呟いた。


「これはっ!気付かず失礼をしました。そうですね、昼時でもありますし少し休憩としましょう」


ブリーツは街道の脇へ荷馬車を停めた。


ドカドカッ!!!

トサッ!!


ヨシュカが荷台から勢いよく飛び下りる。


「お客人、こっちだ。用足ししたいんだろう?」


ヨシュカはスコップを片手に木々の小枝を落としながら森の中へとフェルディを誘った。


「すまぬな、ヨシュカ。雑作をかける」


フェルディはヨシュカに続いて森の中へ入っていった。


「フィィィィ」


ヨシュカとフェルディが入った森の街道を挟んだ反対側から鳥の鳴き声がした。


ブリーツは鳴き声のした木々の上方に目をやる。


「フィィィィィ、フィッ」


鳥の鳴き声と同じ音で口笛を鳴らす。


バサッ!


一羽のハヤブサがブリーツの差し出した左腕に止まった。


影部隊シャッテン隊長ラルフが放った使い魔ルルだ。


カサッ!


ハヤブサの胸の辺りをそっとなでる。


ラルフからの伝令が羽毛の中に隠されていた。


小枝が胸の羽毛に絡まっているとしか見えない。万が一に使い魔が捕えられたとしても伝令であることは常人には解らない影部隊(シャッテン)独特の仕掛けだった。


パキッ!


小枝を折ると小さな木の皮が現れた。


(あお)は東に留まりて、三日月昇る時を待つ。(ビオラ)の光携えて、双翼向かうその先にあまたの星がきらめきを放つ)


ポッ・・・・

サラッ・・・


(いにしえ)の文字で書かれた木の皮の伝令はブリーツが内容を確認するかしないかの内にポッと火がつき跡形もなく消えた。


左腕のハヤブサの使い魔に耳打ちする。


「ルル、ご苦労だった。クリソプを抜けるまで同道しろ」


ファサッ!!


ブリーツが左腕を伸ばすと使い魔ルルは、森の木々の中に静かに飛び立った。


ブリーツはルルを目で追い見えなくなるとガタガタと荷台に入った。


昼食を摂り出しながら記憶したラルフからの伝令を読み解く。


『セルジオ様、エリオス様は東の館に囚われた。お二人の救出と奴隷の解放は三日後。アロイス様がバルド殿、オスカー殿と共に向かう』


『我らも早々に合流せねばなるまいな』


ブリーツはカリソベリル騎士団城塞までフェルディを送り届けてからの行程を頭の中で組み直した。



ガタッガタッガタッ・・・・

ガタッガタッガタッ・・・・


昼食を摂り馬車を休ませたことで車輪の回りもよくなった。


暫く進み森が開けた先にクリソプ男爵居城の南門が見えてきた。


はね橋のある川を右手に街道を進む。


門番ははね橋の上がった南門両脇に配置されている。


通常は南門門番へ荷馬車を走らせながら軽く会釈する程度で荷馬車を止められることはない。


しかし、今日は南門から川にかかるはね橋が下りていた。


しかも、街道脇にクリソプ男爵の近習従士と思しき4人が立っていた。


ギュッ!!


ブリーツは握る手綱に力を込めた。


遠目に見える近習従士は4人で話し込み、橋のたもとから城内の様子を窺っているようだ。


こちらへ目を向ける素振りはない。


ブリーツは普段通りに会釈で通り過ぎるのが得策だと考えた。


荷馬車の速度を少し落とし、軽く会釈をする。


ガタッガタッガタッ・・・・

ガタッガタッガタッ・・・・


「おいっ!そこの荷馬車っ!」


4人の脇を通り過ぎようとした時、1人の近習従士が呼び止めた。


ガタッガタッガタッ・・・・

ガタッガタッガタッ・・・・


ブリーツは荷馬車の車輪の音で聞えないそぶりをする。


「おいっ!!!」


尚も大声で通り過ぎる荷馬車の後ろから声が聞えた。


「あぁ、大丈夫だ。あの荷馬車はラルフ商会だ。男爵領で許可証を出している商会だから止めずともよいぞ」


1人の近習従士が荷馬車の説明をしている。


各貴族の所領で許可を得ている商会は、各々(おのおの)の商会の印を荷馬車に掲げ、往来することが定められていた。


ラルフ商会の印は、荷台の前後左右に紋章の様に記されている。


8頭の(おおかみ)が荷馬車を引いている印だ。


商会の名称『ラルフ』にちなみ馬ではなく(おおかみ)であること、1頭を先頭に4列で描かれていることが統制の取れる荷運び専門の商会であることを象徴していた。



ガタッガタッガタッ・・・・

ガタッガタッガタッ・・・・


ブリーツは荷馬車の速度を変えずにそのまま通り過ぎる。


4人の近習従士の声が徐々に遠のく。


「いいのか?街道を通る者全ての検分をしろと男爵の命だぞ」


「おいおい、荷馬車だぞ。しかも男爵の許可証がある商会の荷馬車まで止めるのか?そこまでしたと男爵の耳に入ってみろ。許可証を出した男爵を信用していないのかと我らの首が飛ぶぞ」


「うっ・・・・それもそうか・・・・しかし、余計な仕事を増やしてくれるな。俺は今日は非番の日だったのに・・・・」


「まぁ、そう言うな。特別な手当を出して下さると仰っていたじゃないか。街道を通る者の検分をするだけだろう?た易い仕事で手当てがもらえるんだ。よしとしておけよ」


「それもそうだな」


「それにしても顔も知らぬ他貴族の騎士などどう見極めればいいんだ?暴れても生け捕りにしろとは大層な命じゃないか?」


「何でも領内で不始末をしでかしたらしい。大方、はめを外して大酒でも食らったんじゃないか?」


「まぁ、我らは言われたことだけしていればいいさっ」


1人の近習従士は荷馬車が通り過ぎても大きな声で自分達が配置された経緯(いきさつ)を語っていた。


ブリーツは南門が遠ざかるにつれ荷馬車の速度を少しづつ上げていく。


フェルディがローブをつまみ顔を覗かせた。


「ブリーツ殿、ベンノ殿の采配に従い同道させて頂いた事、感謝申します」


近習従士の声が聞えていたのだろう。フェルディはブリーツに礼を言った。


「フェルディ様、感謝頂くのは早うございますね。カリソベリル領に入るまでは、気を抜けませんよ。あなた様は今、あたしの亭主の遠い親戚筋で耳が不自由な身。そして、言葉も話せないと商会主人のベンノから聞いています」


「あたしらにとっては、カリソベリル騎士団へお届する大切な荷です。荷運びは信用が第一。道中で大切な荷を傷つけられても奪われてもならない。あたしらの()()()()()も確実にお届する。これが王国一の信用を誇るラルフ商会の荷運びです」


「この先、あたしらに危険が迫ったとしても動かずじっとしていて下さいませね。荷は動かぬものですから」


ブリーツはそう言うとニコリと笑った。


「そうか、私は大切な荷か。そうだな、荷は動かず、話さずであるな。承知した」


フェルディは再びローブを深く被ると少し背中を丸め、小さくうずくまって見せた。


「よい頃合いの格好ですね。少し速度を上げます。ご容赦を」


バシッッ!!


ブリーツは馬の背を手綱で叩く。


ガタッガタッガタッ・・・・

ガタッガタッガタッ・・・・


荷馬車は速さを増して西領門を目指した。




ザワッザワッ・・・・

ザワッザワッ・・・・


「二列に並べっ!通行証を検分する。荷馬車は商会認可証も差し出せっ!」


クリソプ男爵領西の領門へ到着すると荷馬車と人が列をなしていた。


通行証と商会の運営許可証を差し出し、荷馬車は荷台も検分されている。


ヨシュカが言った通り、門番5人とクリソプ男爵の私兵が3人検分にあたっていた。


「よしっ!通っていいぞっ!」


検分を終えた者から西領門をくぐる。


「次っ!!」


差し出された通行証と商会認可証を門番が読み上げた。


「ラルフ商会、通行証、商会許可証、間違えなくあります」


顔なじみの門番だった。


王国内の18貴族所領全てに許認可を得て、荷運びの商会を構えるラルフ商会は、通常、検分で見とがめられることはまずない。


ただ、今回はラルフ商会の門をくぐったフェルディが目撃されている。


ブリーツは素知らぬ素振りを見せるも手に汗を握っていた。


ピクリッ!!


ラルフ商会の名を耳にした私兵がピクリッと反応した。


「ラルフ商会・・・・」


パシッ!


門番が手にした通行証と許可証を無造作に取り上げた。


まじまじと通行証を見る。


「カリソベリル伯爵領へ向かうのか。積荷はなんだ?」


私兵はじろりとブリーツを見る。


「青果と薬草です。後は鶏が8羽」


「ふむ・・・・8羽の鶏はどこに届ける」


ガタンッ!!


私兵は立ち上がると荷台へ歩み寄る。


ブリーツは私兵を目で追いつつ呼応した。


「鶏は3羽がカリソベリル領に入ってすぐのベリル村、5羽が精肉商会です」


私兵が荷台に近づくとヨシュカは荷台の布を上げた。


「お前は?」


ヨシュカをじろりと見る。


「あぁ、息子です。ヨシュカ、ご挨拶して」


ブリーツがヨシュカに頭を下げる様に言う。


ペコリッ・・・・


ヨシュカは荷台に乗ったままペコリと頭を下げた。


鶏が3羽と5羽で2つの篭に収まっていることを確認すると私兵は再び通行証に目を落とした。


「もう一人はどこにいる。通行証は3人となっているな」


私兵がブリーツを問いつめる。


「あぁ、こいつらは一家の荷運びなんですよ。御者台に1人いるでしょう」


門番が御者台を指した。


「ふんっ、一家で荷運びか。あいつは亭主か?」


私兵はブリーツに詰め寄る。


「いえ、今日は亭主の遠い親戚筋の者を連れています。亭主は腹痛で使いものにならなくて・・・・」


ブリーツはラルフの顔を知っている顔なじみの門番をチラリと見た。


門番はわははと笑い、ブリーツに話し掛ける。


「なんだ、ラルフは腹痛か。どうした、食べ過ぎか?」


屈託なく笑っている。


私兵は御者台にゆっくりと歩み寄った。


ブリーツは門番の問いに同じ様に笑いながら呼応する。


「そうなんですよ。あいつったら食べ慣れないものを美味い、美味いって、ヨシュカの分まで食べるもんだから・・・・」


ブリーツと門番のやり取りをよそに私兵は御者台にいるフェルディに声をかけた。


「おいっ!お前っ、顔を見せろっ!!」


御者台にいるフェルディに怒鳴る。


フェルディは私兵の呼びかけにピクリともせず、ローブを深く被ったままの姿勢を崩さなかった。


【春華のひとり言】


今日もお読み頂き、ありがとうございます。


クリソプ男爵領、ラルフ商会主人ベンノの予想通り、追手が放たれていました。


ブリーツとヨシュカ、ラドフォール騎士団、影部隊(シャッテン)の2人は、カリソベリル騎士団第一隊長フェルディと共に西領門を通過できるのか?


ブリーツとヨシュカの活躍をお楽しみに。


次回もよろしくお願いします。


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