表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある騎士の遠い記憶  作者: 春華(syunka)
第3章:生い立ち編2~見聞の旅路~
131/211

第72話 クリソプ騎士団9:信頼を失う時

カツンッカツンッ・・・・

カツンッカツンッ・・・・


石造の地下回廊を進むバルトとオスカーの足音が響く。


2人が先へ進む度に壁面に明りが灯り、過ぎると明かりが消える仕組みになっていた。


バルトの後を歩むオスカーが振り返ると歩んできた地下回廊は真っ暗だった。


ゾクリッ!!!


オスカーは背中に寒気を覚える。


「・・・・バルト殿・・・・何やら背筋に冷たい気が走りました。気のせいやもしれませんが・・・・暗闇から何か得体のしれないものの気を感じます」


オスカーはバルトへ後ろの様子を伝える。


「左様ですね。何かが・・・・ラドフォール影部隊(シャッテン)のアジトですから使い魔が忍んでいるのやもしれません。いささか気味が悪いですね」


バルトの言葉にオスカーはほっとした素振りを見せる。


「そうですか。使い魔ですか。なれば気味の悪さも頷けます。暗闇にての使い魔と言えば、コウモリですね。水辺があるわけではないのに・・・・ラドフォールの魔術は底が知れませんね」


オスカーは感心した様子でバルトに告げる。何か話していないと落ち着かない思いだったのだ。


ピタリッ!


バルトが歩みを止めた。

バルトの先を覗くと石壁に道が塞がれている。


「またしても行き止まりですか・・・・」


オスカーは壁面にバラの文様を探した。

右側の壁面縦にバラの文様が4つ、左側の壁面の横にバラの文様が4つ並んでいた。


バルトが懐から木片を取り出し、バラの文様を見つめる。


「オスカー殿、同じ様に見えて、どこかに違いがあるのだと思います。木片に描かれているバラの文様と同じ文様を探して下さい」


オスカーはバルトが差し出した木片に描かれたバラの文様を記憶する。


中央の蕾の部分から4弁の花びらが外側へ向け8層、徐々に大きくなり広がっている。


茎から伸びる大小8枚の葉が綺麗に並んでいた。


壁面のバラの文様を左右に別れ一つ一つ確認をしていく。


左右を入れ替わり、8つの文様をお互いが見終わった。


「これですね!」


2人同時に指を指したのは左側の突き当りに一番近い文様だった。


バルトとオスカーは顔を見合わせてクスリっと笑う。


バルトは木片の文様を石壁の文様に重ねた。


ゴゴゴゴゴ・・・・

ガコンッ!!!


石壁が右側へ動くと扉が現れた。


トンットンットンッ!


バルトは扉を3回叩いた。


ガチャッ!!!

ギィィィィ・・・・


扉が内側へ開いた。


バルトとオスカーは腰の短剣に手を伸ばす。


部屋の中から漏れる明かりが眩しく目を細めた。


「・・・・」


スチャッ!

スチャッ!


オスカーと左右に別れ開かれた扉の端へ身体を忍ばせる。


サッ・・・・

カランッ・・・・


バルトは体勢を低くすると木片を部屋の床へ滑り込ませた。


カタンッ!!


滑り込ませた木片が部屋の中にいた者の足で止められた。


「バルト殿、オスカー殿、お久しゅうございますっ!」


名前を呼ばれ部屋の奥へ目をむけるとラドフォール騎士団、影部隊(シャッテン)隊長のラルフの姿があった。


バルトとオスカーは腰の短剣から手を離す。


「ラルフ殿、お久しぶりです。その節は数々のお計らい感謝申します」


2人は扉の出入口で左手を胸にあて挨拶をした。


「何を仰いますか。こちらこそ、我らの不躾な所業にご配慮下さり、感謝申します。さっ、どうそ、中へお入り下さい」


ラルフに誘われ、部屋の中に入る。


部屋の奥からザアァと水が流れる音が聞こえた。


ラルフに先導され、進むと地下とは思えない高い天井の所々から光が射し込んでいた。


白い石で造られたアーチ形の柱の間に水路があり、まるで神殿の様な赴きだった。


「この水はラドフォール領地のチェリーク湖より引いています」


ラルフは先導しながら建物の構造の説明をした。


「数々の仕掛をよく通りこられましたね。流石はバルト殿とオスカー殿です。アロイス様、ウルリヒ様、ポルデュラ様が目に掛けられることが頷けます」


ラルフは後ろを振り返りニコリと微笑んだ。


「この先でアロイス様がお待ちです。我らは商会ではなく、表通り東の宿屋からこちらへ入りました。アロイス様の定宿です」


バルトとオスカーは黙ってラルフの後を進んだ。


水路に沿ってアーチ形の柱をいくつか潜り抜ける。


王都の都城を思わせる重厚な扉が現れた。


「アロイス様、バルト殿、オスカー殿をお連れ致しました」


ラルフが扉の外で声を上げる。


「入れっ!」


内側からくぐもったアロイスの声が聞えた。


ガコンッ!!

ギイィィィ・・・・


扉を開けると騎士団城塞西の屋敷の団長居室、そのものだった。


ササッ!!

ササッ!!


バルトとオスカーは部屋へ入るとその場で跪いた。


「アロイス様、お久しゅうございます。バルト、オスカー共お召しに預かり参上致しました」


部屋の奥にある長椅子に座ったアロイスへ挨拶をする。


カツッカツッカツッ・・・・

カッ!!


ラルフはアロイスが座る長椅子の左横へ進むと直立姿勢を取った。


「バルト殿、オスカー殿、よく参られた。我が影部隊(シャッテン)の地下通路を引き返す事なくここまで難なくこられるとは、流石ですね」


アロイスは2人を称賛する。


「いえ、商会門番の方とベンノ殿にご丁寧に説明を受けました故に参上できました。感謝申します」


バルトはアロイスへ呼応する。


「相変わらず謙虚(けんきょ)でいらっしゃる。積もる話もありますが、時がございません。早速、本題に入りましょう」


アロイスは立ち上がるとラルフを伴い、バルトとオスカーを隣室へと誘った。


騎士団城塞と同じく円卓が置かれている。


ガタンッ!!


アロイスは最奥へ腰かけるとバルトとオスカー、ラルフへ座る様に(うなが)した。


アロイスが口を開く。


「セルジオ殿とエリオス殿は益々腕を上げましたね。特にエリオス殿のセルジオ殿を守護する動きに磨きがかかったように感じました」


「カリソベリル騎士団第一隊長フェルディ殿との手合わせを何度か見せて頂きました」


アロイスとラルフは茶色いフードを被りクリソプ騎士団の早朝訓練を何度となく見学していた。


バルトとオスカーは2人が見物人に混じっていることを認識していたが、あえてその事を口にはしなかった。


アロイスが続ける。


「エリオス殿のご成長は、セルジオ殿への想いの深さを感じずにはいられませんね。オスカー殿も頼もしさの反面、ご心配でありましょう」


アロイスはオスカーが抱えるエリオスへの懸念を(おもんばか)る。


「いえ・・・・案ずる思いがないとはいえませんが、エリオス様がなさりたいようにできる環境を整えることが私の役目と思っております」


オスカーは正直にアロイスへ呼応した。


「左様でございましょうとも。バルト殿もオスカー殿もセルジオ殿の守護の騎士であり、師であり、育ての親でもありますから複雑なご心中かと思います」


アロイスはラルフへ目配せをする。


ラルフは頷くとバサリッと円卓へ地図を広げた。


クリソプ男爵領の全体が描かれている。


街道や街中の道とは別に線が引かれ、所々にバツの印が付けられていた。


娼館が立ち並ぶ最東側と所領北側の農村部が大きなマル印で囲われている。


「クリソプ男爵領の細かな地図です」


アロイスがラルフへ説明する様に促した。


「バツ印の場所が地下通路へ通じる出入口があると思しき場所です」


所々にあるバツ印を指し示す。


「街道とは別に地下通路があります。一部の地下通路は所領外へと伸びています」


街道とは別に引かれた線を辿(たど)る。


「恐らくは娼館最東の建物に所領外へ抜ける地下通路への出入口があるかと存じます」


ラルフは大きくマル印で囲われている最東にある娼館を指し示した。


セルジオが髪を分け与え、命を落とした少年が横たわっていた小さな広場は娼館から少し離れた西側にあった。


「例の(おとり)が絶命した場所はこちらです」


「・・・・(おとり)?・・・・」


オスカーが思わず声を上げた。


サッ!!


バルトが左手を机上に出し、言葉を発したオスカーを制した。


「これはっ!失礼を致しました。お続け下さい」


オスカーが一言詫びとラルフは話しを続けた。


「そして、ここっ!この領地は数年前に取り潰された准男爵家の所領です。今は、新たな准男爵を置くのではなく、直接クリソプ男爵が治めています。頻繁に娼館とこの領城を行き来する荷馬車がありました。途中何件もの商会や商店を経由はしていますが、日時を決めてのやり取りがされている様です」


北側農村部に描かれたマル印を指し閉めす。


「取り潰された准男爵の第一子エリス殿は我が影部隊(シャッテン)へ取り込みました。このことはクリソプ騎士団団長アドラー様もご存知ありません。今は娼館組合の(おさ)を任されています」


バルトとオスカーは顔を見合わせる。


セルジオが少年に施しを与え、命を落とした少年を修道院で弔う様に指示していたのがエリスだった。


あの場に直ぐに現れたのもセルジオが青き血が流れるコマンドールと知っていたのも影部隊(シャッテン)であればこそだと納得がいく。


ラルフはここまで話すと左手を胸にあて、軽く頭を下げた。


アロイスは頷くとラルフへ座る様促す。


アロイスが言葉を繋いだ。


「クリソプ男爵領に入られてからの経緯、お解り頂けましたか?バルト殿、オスカー殿」


アロイスが少し厳しい眼を向ける。


「先程の(おとり)は我らが仕掛けたことではありません。クリソプ騎士団団長アドラー殿の仕業です。アドラー殿は(おとり)の少年すらご存知なかった様ですが・・・・」


アロイスは冷たい眼を机上に広がる地図に落とした。


「命の大小や重みは本来、違いがあってはならないことです。されど、貴族とそうでないもの、貴族の序列で命の価値が異なるとされているのが今の王国です。役割と役目の違いはあれど神の前では等しく一人の命であるのに・・・・嘆かわしいことです」


アロイスはバルトとオスカーへ目を向けた。


「アドラー殿から私へ申出がありました。セルジオ殿とエリオス殿を(おとり)にしたいと、そうでなければこの先もクリソプ男爵領ではびこる闇の所業は止めることができぬと、それはそれは熱のこもった文面の書簡でありました」


アロイスは今まで見せた事がない冷ややかで厳しい眼をしていた。


「手段が目的となってはなりません。そうなってしまってはもはや我らの手の内をさらす訳にはまいりません。それ故、本日はバルト殿とオスカー殿のみにこちらへお越し頂きました。我がラドフォールの影部隊(シャッテン)のアジトをアドラー殿にお教えするわけにはまいりませんから」


どうやらアドラーはバルトとオスカーへ進言しようとしていたセルジオとエリオスを(おとり)に奴隷売買の根城を突き止めようとしていたことをアロイスに執成しを依頼していた様だ。


しかし、その事はアロイスの信頼を失う結果を招いた。


国の宝となる青き血が流れるコマンドールとその守護の騎士を(おとり)に使おうなどと発想する事自体が目的を見失っている。


アドラーの焦りがさせた所業だとしても窮地に陥った時に現れる人となりが垣間見えるとアロイスは苦々し気に語った。


普段穏やかで優しい微笑みを携えているアロイスが見せた憎しみとも取れる表情にラドフォール騎士団、影部隊(シャッテン)隊長ラルフは驚きを隠せなかった。


『アロイス様がここまで感情を露わにされるとは・・・・セルジオ様、エリオス様をそれほどまでに大切に想われているのか・・・・』


ラルフはアロイスを見つめていた。


ラルフの視線に気付いたアロイスはハッとする。


一つゆっくりと深い息を吐くとバルトとオスカーへ普段と変わらない微笑みを向けた。


「バルト殿、オスカー殿、ご案じなさいませんよう、セルジオ殿とエリオス殿を(おとり)になどさせません。ラルフと策を練りました。アドラー殿の手は借りません。そこで、お二人に力をお貸し頂きたいのです。お願いできますか?」


アロイスはバルトとオスカーへ懇願する様な眼を向ける。


バルトとオスカーはすぐさま呼応した。


「アロイス様とラルフ殿のお考えに我らは従う様、ポルデュラ様、ウルリヒ様より承っております。我らを存分にお使い下さい」


ガタンッ!!

サッ!!


バルトとオスカーは立ち上がるとその場でかしずいた。


「頼りにしています」


アロイスはバルトとオスカーの姿にホッとしている様であった。

【春華のひとり言】


今日もお読み頂きありがとうございます。


信頼とは長い年月を掛けて築いていくものですが、失う時は一瞬ですね。


一言が、一つの行動が、人となりを映しだす。


アロイスの言葉が身にしみます。


日々の行いを省みたいと思いました。


いよいよ、クリソプ男爵領での『闇退治』が始まります。


次回もよろしくお願い致します。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ