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とある騎士の遠い記憶  作者: 春華(syunka)
第3章:生い立ち編2~見聞の旅路~
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第69話 クリソプ男爵騎士団6:施しの代償

走り去った少年を追い、戻ってきたエマはアドラーへ耳打ちする。


「・・・・そうか、少年の躯はそのままか?」


アドラーがエマへ問いかけた言葉にセルジオははっと顔を向けた。


「はっ!そのままにしてあります。こちらです」


エマは呼応するとアドラーを伴い、少年が走り去った方へ歩みだした。


セルジオはバルトの顔を見上げる。


「バルト・・・・私も行ってよいか?」


バルトは静かに頷いた。


「セルジオ様、己の行いがどのような結果を生みだしたのかをじっくりとご覧下さい」


バルトはセルジオの頭へそっと手を置くとアドラーにつき随う様に促した。


「わかった・・・・」


セルジオは小さく呼応すると小走りにアドラーの後を追った。


娼館が立ち並ぶ建物の間に薄暗い狭い路地があった。

暫く進むと四方を建物に囲まれた小さな広場がある。


小さな広場の中央には小さな噴水があり、水汲みができる様になっていた。


セルジオが小さな広場に到着するとアドラーが小さな噴水の傍で下を向いているのが目に入った。


駆け寄るとエマが膝をつき、何かを検分しているように見えた。


「アドラー様っ!」


アドラーの背中にセルジオが声を掛ける。

アドラーがその声に振り向くとエマも顔を上げた。


「・・・・あっ・・・・」


アドラーの足元にうつ伏せに倒れた小さな身体があった。


「セルジオ様・・・・追ってこられたのですか・・・・」


アドラーが身体の向きをセルジオへ向ける。


うつ伏せに倒れているのが先程の少年だとわかった。


ピタッ!!


セルジオは倒れている少年から数歩離れた所で足を止めた。


バッ!!


バルトがセルジオを背中から抱き上げる。


「・・・・あっ!バルト・・・・」


バルトはセルジオを抱き上げたままスタスタとアドラーとエマに近づいた。


ストンッ!


うつ伏せに倒れている少年の横でセルジオを下す。


「セルジオ様、よくよくご覧下さい。エマ様が躯の検分をされています。どの様に検分をするのかをよくよくご覧下さい」


バルトは少し厳しい表情でセルジオを見下(みおろ)した。


「アドラー様、エマ様、検分拝見させて頂きます」


バルトはアドラーとエマに軽く頭を下げた。


アドラーはすぐさま呼応する。


「承知しました。存分にご覧下さい」


「感謝申します」


バルトは左腕を胸にあて、アドラーへ感謝を伝える。


「我らも同道させて頂きます」


オスカーとエリオスも加わった。


アドラーがエマへ検分を続ける様に促した。


「エマ、そなたが躯を見つけた時に周りに誰もいなかったのか?」


「はっ!どの路地に入ったかが定かではありませんでしたので、こちらへ到着した時は既にこの者の躯があり、誰もおりませんでした」


「そうか。出血はしておらぬが・・・・首か?」


アドラーは死因を確認する。


「はっ!首の骨が折られています・・・・しかし・・・・それだけではないようです」


アドラーはうつ伏せの少年の背中左側にある小さな穴を指さした。


チャッ!!

シャッ!!


腰の短剣を抜くと小さな穴の辺りの衣服を切り裂いた。


衣服の下から除いた真っ白な背中に小指の爪程の大きさの血液が盛り上がっている。


「恐らく、心臓をアイスピックの様な物で刺したのでしょう。少年を殺めた者は盗賊ではなさそうです。確実に少年の息の根を一瞬にしてとめた。根城が露見する要因を排除する始末屋の類でしょう。これでは、いくら探しても根城が判明しないはずです」


エマはアドラーを見上げた。


「思わぬ所で好機と思ったが・・・・やれらたか・・・・致し方あるまいな」


アドラーは少年が命を落としたことより奴隷売買を行う輩の根城が突き止められなかったことに残念そうな顔をしていた。


チャッ!!

サッサッ!!


午前中は人気のない静かな小さな広場に血香(けっか)を感じたバルトとオスカーは腰の短剣に手をかける。


コツッコツッコツッ・・・・

コツッコツッコツッ・・・・


血香の先から3人の人物が現れた。


「あらぁ、アドラーのだんな。随分とご精がでることで。昨今の騎士様は身よりのない子を殺めて・・・・」


3人の先頭にいた赤いショールを纏った女性がアドラーの足元の躯に目を向けた。


「エリス、この躯は我らの仕業(しわざ)ではない。我らが駆け付けた時は既にこのあり様だったのだ」


エリスと呼ばれた女は躯に近づくとしゃがみ込んだ。


「ふ~ん。まぁ、そうでしょうね。騎士様方の手の下し様ではなさそうですしね。お前たち、少年の躯を修道院へ運びな。院長様に丁重に弔ってもらう様にお願いしておいでっ」


チャリンッ!


エリスと呼ばれた女はつき随えていた2人の男に銀貨を数枚渡す。


サッサッ!!!


2人の男は銀貨を受け取ると手慣れた手つきで躯を麻袋に収める。

まるで荷物の様に担ぎ上げ修道院のある領地南へ歩いて行った。


2人の男の姿を見送るとエリスがアドラーへ問いかける。


「アドラーのだんな。あのお2人の騎士様へ物騒な物から手を放す様に言っておくれ」


パンッ!


手にしていた扇子を広げ、マントの下で短剣を構えるバルトとオスカーを見る。

口調はぞんざいだが、その物腰と目を向ける表情から貴族を思わせるとバルトは感じていた。


アドラーがバルトとオスカーへ顔を向ける。


「バルト殿、オスカー殿、この者の血香、ご容赦下さい。娼館街を治めている組合(ギルド)(おさ)で、エリスと申します。これでもかつては准貴族の令嬢だったのです。家名をはく奪されましたが・・・・エリス、こちらは・・・・」


「青き血が流れるコマンドールと守護の騎士様・・・・でしょう?」


扇子の端からチラリと鋭い視線をバルトとオスカーへ向けた。


「なんだ、存じていたのか!流石だな・・・・では、あの少年の事も存じているのか?」


「・・・・」


エリスはアドラーの問いかけにすぐに答えず無言でセルジオへ目を向けた。



「アドラーのだんな。少年どうこうの前に言う事があるでしょう?私のひざ元で・・・・なぜ、こんなことが起きたの?私に一言の話もなく・・・・あんまりじゃない?」


目線はセルジオへ向けたままアドラーへ文句を言う。


「いや・・・・すまぬ。私がちと、厳しく少年を(いさ)めたのだ・・・・しかも例の根城へ帰るのではないかと思い、エマに後を追わせた・・・・それ故、口を封じられたのであろう・・・・すまぬ・・・・」


アドラーは申し訳なさそうにエリスに詫びを入れる。


「違いますっ!!!違うのですっ!!!アドラー様が悪いのではないのですっ!私がっ!私が考えなしに行動したため・・・・なの・・・・です」


セルジオが突然大きな声を上げた。

全員の視線がセルジオへ注がれる。


エリスが扇子をヒラリと揺らした。


「ふ~ん、あんたが何かしたんだ。一体、何をしたら殺される事になるんだろうねえ~。まぁ、お貴族様のなさることはここでは通用しないってことさっ。それがわかったなら二度とこんな所には足を踏み入れにことだねっ!解ったかい?」


スッ!!


エリスは膝を折るとセルジオと目線を合わせた。


セルジオの頭にそっと手を置くと右耳に口元を寄せた。


「よいですか?青き血が流れるコマンドール様、見聞することと関わることとは違うのです。あなた様が関わってよいことと、関わってはならぬことがあるのです。よくよくお考えての行いをなさいませ。青き血が流れるコマンドールとして王国の(ほまれ)になれるまではお命を落としてはなりません。よいですね」


エリスは周りには聞えない程の小さな声でセルジオへ耳打ちをした。


ピクリッ!


セルジオはエリスの耳打ちに一瞬身体を強張らせる。


「わかった」と小さく呼応するとエリスはセルジオの顔を見る。


先程と同じ口調に戻る。


「で?一体、お前は何をしでかしたんだい?」


セルジオはエリスの問いかけに素直に呼応した。


「私が乞われるままに己の髪を与えたのだ・・・・バルトにならぬと言われたのに・・・・考えなしに乞われるままに施しをした」


エリスはセルジオの金色の髪へ目を向けた。


散切りの髪にふっと微笑む。


「そうかい。乞われるままに施しをしたのかい。そりゃ、喜んだだろうね。あの子らは身寄りがなくてね。大方、傷物で品物としては売れないからね、捨てられたんだろうよ。私らの所で面倒をみてる。この先の娼館で下働きをしているのさっ」


「妹が熱を出したと騒いでいたから薬を持っていってやる所だったんだ。もう少し辛抱していれば死ななくて済んだのにねぇ~。あんたが悪いんじゃないよ。金色の髪が売れる事を知っていて、金色の髪を売る場所を知っていた。その事が命を縮めたんだろうねぇ~」


「誰かに何かを乞うことなど知らない子らだ。たまたま、あんたに会った。たまたま、あんたが金色の髪だった。たまたま、売れる事を思い出した。妹を助けたくて乞うたんだろうねぇ~。あんたが悪いんじゃないよ」


エリスはポンポンとセルジオの頭を軽く叩くと立ち上がった。


「アドラーのだんな。そう言うことなんでね。運が悪かっただけさっ。それじゃ、私はこれからあの子の妹の所へ行ってくるよ。薬を届けにね。まぁ、この先、独りじゃ生きてはいけないだろうから・・・・妹の面倒は私の方で何とかするよ。安心しておくれ」


パンッ!!


エリスは扇子を畳むと小さな広場を後にした。


バルトはエリスの後ろ姿を見つめ呆然と立ち尽くすセルジオの傍らに跪く。


「セルジオ様、施しは乞わぬ者に平等に与えねばなりません。公正さが必要なのです。持てる者、国や貴族が(おおやけ)の事として、等しく正しく施すのであればそれは恵みとなります。ある一部の者のみに施しが与えられた結果がこのあり様です」


「この様なあり様が重なるとどうなるでしょう?セルジオ様、お解りですか?あの少年に向けられた矛先は施しを与えた者に向かうのです。乞うた者の罪と与えた者への罰は天が公平に采配するのですよ」


セルジオはバルトの首に両腕を回した。


「バルト、すまぬっ!!」


バルトはセルジオの背中にそっと手を置いた。


「セルジオ様、詫びはいりません。全て天の采配です。今、この時に必要な神の思し召しだったのでしょう。お辛い思いをされましたね」


「・・・・」


バルトはセルジオの小さな背中をぎゅっと抱きしめるのだった。

【春華のひとり言】


今日もお読み頂きありがとうございます。


セルジオの善意の行動が哀しい結果を迎えた顛末でした。


心を持たないセルジオが様々な経験を通して少しづつ、少しづつ、『心のあり様』を学んでいきます。


しかし、自分のせいで誰かが命を落とすことをこの年で経験してしまったとしたら・・・・かなり、きついです。


これからも盛り沢山の過酷な経験が待っています。


次回もよろしくお願い致します。


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