第66話 クリソプ騎士団2:私欲と闇の繋がり
クリソプ男爵領北門から南へ向け林の中を通る街道を小一時間程早がけした。
林の街道を抜けると農村部の集落だった。
所々緑が残る畑が広がり、傾きかけた陽に辺りはオレンジ色に染まっていた。
カコッカコッカコッ・・・・
カコッカコッカコッ・・・・
クリソプ騎士団第一隊長オッシを先頭に一行は畑の中の街道を進んだ。
バルトが手綱を握る馬に跨るセルジオは時折、畑を吹き抜ける風にブルリと身体を震わせる。
「セルジオ様、お寒いですか?」
バルトは頭上からセルジオの様子を窺うとそっと頬に触った。
ローブで身体を包み、フードを被っていてもセルジオの頬は氷の様に冷たく感じた。
セルジオはバルトの手が温かいのか触れられて頬の方へ首を傾ける。
「バルトの手はいつも温かく気持ちがよいな」
スリッ・・・・
頬をバルトの手にすり寄せる。
バルトはセルジオの首の冷たさを感じると胸に当てがっていた布を出し、セルジオの首に巻いた。
「セルジオ様、今少しの辛抱にございます。これでしばし寒さはしのげるかと」
バルトが首に巻いた布から優しいバラの香りがふわりと漂った。
「バルトの香だ・・・・心地よい・・・・」
セルジオは首の布を左手でつまむと顎を引き布の香を胸一杯に吸い込んだ。
「セルジオ様も同じ様にバラの香りが致しますよ。毎夜、ポルデュラ様より頂いたバラの茶を飲んでいますから我ら4人は皆、同じ香りがするのです」
バルトはセルジオの仕草が溜まらなく愛おしくそっと頭に口づけをする。
「そうなのか・・・・我らは皆、同じ香りがするのか・・・・」
セルジオは顔を上げると夕陽に染まる畑へ目をやった。
「この畑は何を育てているのだ?」
クルリと首を後ろへ回し、バルトを見上がる。
バルトは少し厳しい眼を覗かせると前を進むクリソプ騎士団団長アドラーの後ろ姿を見つめた。
「#何を__・__#育てているのでしょうね。アドラー様へお伺いしてみましょう」
カコッカコッカコッ・・・・カッ!!
バルトとセルジオのやり取りを背中で聞いていたアドラーはバルトの言葉に歩みを止めた。
カカッ!!!
カコッカコッ・・・・
後ろを振り返るとバルトへ馬を寄せ並行した。
アドラーは自身をじっと見つめるセルジオへ少し哀しそうな目を向けた。
セルジオはその眼に気付かぬ素振りでアドラーへ先程バルトへ問うた同じ質問をする。
「アドラー様、目の前に広がる畑は何を育てているのですか?」
アドラーはバルトへチラリと視線を向けた。
バルトがセルジオ騎士団に所属していた当時「謀略の魔導士」として国内外で諜報活動をしていた。
アドラーがバルトへ向けた眼は「全てご存知なのでしょう」と憂いを含んだものだった。
バルトはアドラーの視線に小さく頷くと「ありのままをお話し下さい」と声を出さずに呼応した。
アドラーはふっと一つ吐息をもらしセルジオへ真っ直ぐに目を向けた。
「セルジオ様、この一帯は様々な薬草を育てています。今の季節は冬越えができる緑が少しあるだけですが、春から秋にかけては色とりどりの花が咲き誇ります」
サアァァァァ・・・・
アドラーは風が吹き抜ける畑へ眼をやった。
何とも哀しそうな眼を畑に向けるアドラーにセルジオは問いかける。
「アドラー様、薬草を育てることは哀しいことなのですか?」
アドラーははっとしてセルジオの顔を見た。
セルジオは左へ少し首を傾げ深く青い瞳でアドラーをじっと見つめていた。
「・・・・いえ・・・・」
アドラーはセルジオの問いかけに一瞬うつむくと思い至った様に顔を上げた。
「いえ、薬草を育てることは哀しい事ではありません。この薬草で傷や病を治す事ができるのですから。病にかからぬ様に葉を茶にして予防として飲用する薬草もあります。先程、セルジオ様とバルト殿が毎夜お飲みになるとお話しされていたラドフォールのバラの茶と同じ様なことですね」
アドラーはセルジオに微笑みを向けた。
「・・・・しかし・・・・」
言い淀む様に一瞬に下を向く。
「しかし、薬草は良薬にもなれば毒薬にもなるのです。人の心を惑わせ、快楽を誘い、その内に手放すことができなくなる。
精神を崩壊させ、思考を狂わせ、己の意志も意思も喪失させる・・・・そんな恐ろしい毒薬になるのです。そして・・・・」
アドラーはセルジオとバルトへ哀しい眼を向ける。
「そして、その様な毒薬に人は魅了されるのです。魅了される人が増えれば毒薬は多く高く売れます。利を生み、富ませ、権力を手に入れる。良薬ではなく毒薬でです。そこに我ら騎士の正義はあるのでしょうか?利を生み、国を富ませる事は確かに必要です。されど、一方が富む所で一方が崩れる・・・・私はそこに正義があるとはどうしても思えずにいます」
「・・・・」
アドラーの哀しそうな眼をセルジオはじっと見つめる。
アドラーは夕陽に染まる畑へ眼をやる。
「一層の事、全てを焼き払い、薬草を育てることを止めてしまえばよいのにと思ったことがありました。今の当主の元では焼き払った所で意味がないと気付きました。一度、手にした欲はなかなかに拭えません。繋がりを持ってしまった欲は大きく膨らみ闇を呼びよせる。その闇にまた欲が膨らむ。膨らんだ闇と闇が繋がり、更に大きな欲を引き寄せる。今のクリソプ男爵領とスキャラル国との繋がりは欲により引き寄せら大きく膨らんだ闇によって支配されています」
アドラーはセルジオとバルトへ強い視線を向けた。
「北門を当主の近習が統治しているのもこの薬草畑を他貴族に露見させない為です。この先は小麦や大麦等を育てていますから北門から我が領地に足を踏み入れぬ限りは解らないのです」
アドラーはバルトへ顔を向ける。
「バルト殿はご存知でしょう。我がクリソプ男爵の王国に流れる黒い噂の事を」
「・・・・はい・・・・」
バルトはアドラーの問いに呼応した。
「そうですよね。ご存知ですよね。この度のセルジオ騎士団団長名代でセルジオ様方が18貴族騎士団を巡回するお話しが団長の会合で出ました際にセルジオ騎士団団長よりお言葉を頂いたのです」
アドラーはバルトの顔を意を決した様に見つめた。
「この度の貴族騎士団巡回を好機とするか、そしらぬままで済ませるかはそなた次第だと・・・・今を変革したいと考えるならば覚悟を致せと諭されました。結果を考えずともよいと。起こすことこそが覚悟だと。手助けはいくらでもすると。そなた次第だと」
「私は王国にはびこり始めた闇が我が領地から蝕んでいると感じているのです。今ならまだ取り返しがつくと考えています。されば、この度行動を起こしました。北門からセルジオ様方をお通した事は父に対する私の覚悟です。我がクリソプ騎士団は王都騎士団総長のお考えに賛同するとの意思表示です。王国貴族騎士団を一つに束ね、力を合わせる仕組みをつくるには各領主に私欲があってはならぬのです」
アドラーはほうっと一つ大きく息を吐いた。
バルトへ強い視線を向ける。
「バルト殿、私に、我がクリソプ騎士団にお力をお貸し頂けませんか?セルジオ様、エリオス様の御身の安全は極力手を尽くします。されど、父の手が伸びぬとは言いきれません。セルジオ様とエリオス様に危険が及ぶ事が咲けられる場合もあります。それでも今でなければならぬのです。利のみの追求を止め、闇を遠ざけねばシュタイン王国は闇に飲み込まれます。我が領地にて起こる黒い噂の根源を断ち切りたいのですっ!どうかっ!私にお力をお貸し下さいっ!!」
アドラーの語気は徐々に高まり、力強さを増していた。
バルトの後ろからつき随うエリオスとオスカーとカリソベリル騎士団第一隊長フェルディにもアドラーの必死に助けを乞う思いが言葉と共に伝わっていた。
「・・・・」
セルジオは首を後ろへ回しバルトの顔をだまって見上げた。
バルトは心配そうにセルジオへ目を落とす。
セルジオはバルトの深い紫色の瞳をじっと見つめると力強く頷いた。
アドラーが言葉を繋いだ。
「我が領地に起こること、全てをご覧頂きます。黒い噂のことも含めて全てをご覧頂きますっ!闇が広がる前にどうかっ!お力をお貸し下さいっ!」
アドラーは馬上で頭を下げた。
いつしか馬の歩みは止まっていた。
先頭を歩んでいた第一隊長オッシと最後方にいた第二隊長エマがアドラーの両脇に馬を寄せた。
アドラーに倣い馬上で頭を下げる。
セルジオは見上げていたバルトの顔からアドラーへ視線を移すと一つ大きく息を吸った。
姿勢を正しアドラーと両脇で頭を下げるオッシとエマに顔を向ける。
「アドラー様、我が守護の騎士バルトへの助力のこと、セルジオが承りました。セルジオ騎士団団長よりの我らへ課せられたことはシュタイン王国貴族騎士団の強固な結び付きの足掛かりとなることです。どうか、存分にアドラー様のお考えに我らをお使いください」
セルジオの言葉にアドラーが顔を上げた。
ドキリッ!
バルトの前で馬に跨るセルジオの姿が青白く光り大きく見える。
アドラーはゴクリッと息を飲んだ。
「はっ!!青き血が流れるコマンドールと守護の騎士に忠誠をっ!!」
それはアドラーの口から自然に漏れた誓いの言葉だった。
春華のひとり言】
今日もお読み頂き、ありがとうございます。
クリソプ男爵領で囁かれる『黒い噂』の根源を断ち切りたいクリソプ騎士団団長アドラーの想いの回でした。
善悪の基準は時代と状況、立場で異なりますよね。
皆が同じ基準になるのは難しいことで、違いあるから多様性なのですが・・・・
攻撃ではなく受容できれば争いはなくなるのになと思わずにはいれれません。
次回からはクリソプ男爵領での闇を暴き出すセルジオ達の奮闘の日々が始まります。
次回もよろしくお願い致します。