第61話 カリソベリル騎士団6:カリソベリル伯爵の企み
うおぉぉぉぉぉ!!!
うあぁぁぁぁぁ!!!
カリソベリル騎士団城塞の訓練場で湧き起った歓声は近隣へも響き渡っているのではないかと思う程の大きさであった。
スタッ!
スタッ!
スチャッ!
スチャッ!
主審が勝敗宣言をするとセルジオとエリオスはフェルディの腰にかけていた軸足を解き、地面に下り立った。
2口の木製の短剣を鞘に収めると2人並んでフェルディの正面でかしづいた。
セルジオがフェルディへ対戦者への礼を述べる。
「フェルディ様、我らへ胸をお貸し下さり、感謝もうします」
「・・・・」
フェルディは唖然としていた。
参ったと己の口から漏らした言葉は嘘ではなかった。
今、目の前にいる小さな2人の姿がやけに凛々しく、大きく見える。
返事をしないフェルディを見かねて主審が言葉を繋いだ。
「フェルディ様、御前試合は終わりました。
セルジオ様、エリオス様から御礼のお言葉です。ご返答を」
「・・・・」
フェルディは無言のまま言葉を発した主審の顔を見る。
主審はふぅっと一つ息を漏らすとフェルディの右肩に触れた。
「フェルディ様、皆がフェルディ様のご返答を待っています。
セルジオ様とエリオス様へご返答をなさって下さい。
そして、2人の騎士へ、いえ、青き血が流れるコマンドールと
守護の騎士への敬意をお示し下さい!」
少し強めの口調でフェルディへ返答を促すと主審はフェルディの右肩をトントンッと叩いた。
「・・・・はっ!これは失礼をした」
フェルディはやっと状況を把握する。
目の前でかしづくセルジオとエリオスへ慌てて立つ様に促した。
「セルジオ様、エリオス様、手合わせ・・・・
いえ、この度の試合、感謝申します。
私はまだまだ、学ばねばならぬと身にしみております。感謝申します」
フェルディはセルジオとエリオスへ両手を差し伸べ2人を立ち上がらせるとそのまま自身がかしづいた。
フェルディはセルジオとエリオスと目線を合わせる。
「お2方の動きが全く読めませんでした。
それどころか眼で追う事すらできませんでした。
この御前試合、私の完敗にございます。感謝申します」
流石にカリソベリル騎士団第一隊長だけあって、フェルディは素直に負けを認めた。
セルジオとエリオスは顔を見合わせ頷き合う。
「フェルディ様、お立ちください。
我らへフェルディ様が胸をお貸し下さったからこそ、
存分に今ある力を出し切ることができました。感謝もうします」
セルジオの言葉にフェルディが顔を上げた。
ドキッ!!
目の前にいるセルジオとエリオスの背後に重装備の鎧に金糸で縁取られた蒼いマントを纏った騎士の姿が見えた気がした。
バッ!!!
フェルディはその姿に無意識に再びかしづいた。
「はっ!勿体なきお言葉、この後の誉といたしますっ!」
フェルディは無意識に口をついて出た言葉とやけに緊張している自分自身に驚く。
試合前には感じなかった感覚だった。
『なっなんだ?この威圧感は・・・・』
ブルブルと小刻みに身体が震えているのが解る。
『この様な幼子2人に私は脅威を感じているのか?』
フェルディはかしづいたままセルジオとエリオスの足元を見つめていた。
もはや顔を上げる事すらできなかったのだ。
主審がフェルディの様子を怪訝そうな目で見下す。
御前試合は対戦者から主催者への挨拶で納めとする。
主審は一向に立ち上がる素振りを見せないフェルディに主催者への挨拶を促した。
「フェルディ様、そろそろ両伯爵へご挨拶を」
ハッ!
フェルディは主審の言葉に今いる場所が訓練場であったと我に返った。
サッ!!
立ち上がると恐る恐るセルジオとエリオスへ眼を向けた。
2人の背後に見えていた騎士の姿は消えていた。
バッ!!!
主審が訓練場東側に設けられた見物席へ身体を向ける。
バッ!!!
ザザッ!!
主審に倣いフェルディも身体を見物席に向けた。
エリオスがセルジオへそっと耳打ちする。
「セルジオ様、主催者への挨拶で納めとなります。
主審とフェルディ様に倣って下さい」
「承知した」
セルジオは小声で呼応するとエリオスと共に東側見物席へ身体を向けた。
バッ!!!
ザザッ!!!
バッ!!!
ザザッ!!!
フェルディは左手を胸にあて、頭を垂れる。
セルジオとエリオスもフェルディに倣った。
うおぉぉぉぉぉ!!!
うあぁぁぁぁぁ!!!
訓練場を覆いつくす程の歓声が3人の動きを捉えるとピタリと止んだ。
シーーーーン
訓練場場内は静まり返った。
場内が静まり返ると主審が東側見物席へ声を上げた。
「この度の御前試合、セルジオ騎士団の勝利となりました。
両伯爵様よりお言葉を頂戴したく存じます」
主審の言葉に主催者であるカリソベリル伯爵ベルホルトが声を上げた。
「三者、面を上げよ」
スッ!
スッ!
スッ!
3人は揃って顔を上げた。
カリソベリル伯爵ベルホルトと隣に座るエステール伯爵ハインリヒが見物席から場内を見下している。
3人が顔を上げるとカリソベリル伯爵が言葉を発した。
「この度の御前試合、なかなかに楽しませてもらった。
こうしてエステール伯爵ハインリヒ様にもご覧頂け、
カリソベリル騎士団とセルジオ騎士団の結束もこれより益々強固となろう。
三者の戦いぶり、しかと観せてもらった。真に大儀っ!
この先も訓練に励み、シュタイン王国貴族騎士団として大いに力を振るってくれっ!」
カリソベリル伯爵は手合わせを急遽、御前試合にしたことには全く触れず、あたかも最初から御前試合を催す予定であったかのようだった。
カリソベリル伯爵は隣に座るエステール伯爵ハインリヒへも三者への言葉を促す素振りをした。
エステール伯爵ハインリヒの視線は始終セルジオへ向けられていた。
カリソベリル伯爵からの三者への言葉を促す仕草へは眼も向けずにそっと辞退の言葉を口にする。
「・・・・いえ、私はご招待頂いたまでにて、この度は失礼をさせて頂きます」
ギクリッ!!
カリソベリル伯爵は目線も向けず呼応するエステール伯爵が怒りを覚えているのかと思い、身を縮ませる。
「さっ、左様ですか・・・・ハインリヒ様・・・・」
セルジオだけをじっと見つめるエステール伯爵ハインリヒとハインリヒを見つめるセルジオの姿はその場に独特の空気を放っていた。
まるで、2人が見つめ合う空間だけ時が止まっている様だった。
セルジオはこの時初めて実父ハインリヒの姿を目にした。
その姿は初代セルジオとよく似ていた。身に着けている衣服が重装備の鎧と金糸で縁取られた蒼いマントであれば初代セルジオだと思ったに違いない。
ただ、己を見下ろすハインリヒの深く青い瞳がやけに冷たく感じていた。
じっと見つめているとその瞳の中に黒く陰る光が揺らめいていた。
ピクリッ!!
セルジオはハインリヒの瞳で揺れる黒く陰る光に身体が反応する。
ワンッ・・・・
額に熱を感じた。
隣に佇むエリオスがセルジオの変化に気付き、そっとセルジオの右手を握った。
セルジオは右手にエリオスの温もりを感じるとふぅと静かに呼吸を整えた。
エリオスは正面を向いたままセルジオへ告げる。
「セルジオ様、大事ございません。
今は、戦う時ではございません。
制御できておりますよ。大事ございません」
「感謝もうす、エリオス」
セルジオは額に感じた熱を呼吸に合わせて鎮めた。
尚もじっとセルジオを見つめていたハインリヒがセルジオの様子にポツリと呟いた。
「・・・・やはり・・・・
お前をこのままには・・・・早々に対処が必要だな・・・・」
ビクリッ!!!
ハインリヒの呟きにカリソベリル伯爵は飛び上がった。
自分へ向けられた言葉だと捉えたからだ。
慌てて詫びを入れる。
「ハっハインリヒ様っ!大変申し訳ございません。私が無理にお越し下さるようお願い申し上げましたのにお言葉を頂戴したいなどどっ!申し訳ございませんっ!」
カリソベリル伯爵ベルホルトはハインリヒへすり寄る様に詫びを入れた。
「・・・・」
ハインリヒは無言でカリソベリル伯爵ベルホルトへ眼を移した。
セルジオから目線が外れるとハインリヒの瞳に浮かんだ黒く陰る光は消えた。
カリソベリル伯爵の懇願する様な眼差しとふるふると小刻みに震える手がハインリヒの左腕に添えられている。
ハインリヒは今の発言が無かったかの様にすり寄るカリソベリル伯爵へ御前試合の締めを促した。
「ベルホルト殿?何を仰せですか?
私へのお気遣いは無用にて。御前試合の締めと致しましょう」
そう言うとハインリヒは立ち上がった。
ガタンッ
カリソベリル伯爵も慌てて立ち上がる。
ガタンッ
「はっはいっ!」
一言呼応すると御前試合の締めの言葉を発した。
「セルジオ騎士団団長名代セルジオ様、並びに守護の騎士エリオス様、バルド殿、オスカー殿、カリソベリル騎士団団長フレイヤはじめ騎士と従士に告ぐ。これにて御前試合は閉幕とする。皆、大儀っ!この後も訓練に励めっ!」
「はっ!!!」
カリソベリル伯爵ベルホルトの言葉に訓練場にいる全ての騎士と従士が呼応した。
カリソベリル騎士団団長フレイヤが解散を宣言する。
「解散っ!各自、このまま訓練に入れっ!」
「はっ!!!」
訓練場に再び呼応の声が響くとカリソベリル伯爵ベルホルトとエステール伯爵ハインリヒは訓練場見物席から退場した。
セルジオはエリオスに右手を握られたまま訓練場から立ち去るハインリヒの姿を目で追っていた。
エリオスへ初めて目にした実父に感じた事を告げる。
「エリオス、父上様は初代様によく似ていらっしゃるな。
衣服が初代様と同じであれば初代様だと思ってしまう程に似ている。
だが、瞳がとても冷たく感じた。瞳の中に黒く陰る光も見えた。
父上様にとって私は邪魔な存在なのであろうな。
西の屋敷でポルデュラ様とバルドが話していたことがやっと解った。
父上様にとっては私は、青き血が流れるコマンドールの再来などなくてもよいのだと」
セルジオはエリオスへハインリヒの感想を告げながらラドフォール騎士団で出会ったヨシュカの事を思い出していた。
ヨシュカから向けられた悪意ある言葉に衝撃を受けた時と同じ感覚に駆られる。
「エリオス、父上様が私をご覧になる瞳を見ていたら
ヨシュカに言われた言葉を思い出した。
あの時と同じ様にこの辺りが痛みを感じる・・・・」
セルジオはそう言うと胸の真ん中に左手を置いた。
エリオスへ向けられたセルジオの眼を今まで見せた事がないように哀し気だった。
「セルジオ様・・・・」
ギュッ!!!
エリオスは返す言葉が思いつかず握っていたセルジオの右手に力を込める事しかできなかった。
カツッカツッカツッ・・・・
カツッカツッカツッ・・・・
訓練場を後にしたエステール伯爵ハインリヒとカリソベリル伯爵ベルホルトはカリソベリル騎士団城塞の客間へ向かっていた。
「・・・・」
カリソベリル伯爵は無言で進むハインリヒの顔をチラチラと窺い、言葉を掛ける機会を探っていた。
ピタリッ!
ハインリヒが突然に足を止め、カリソベリル伯爵へ目線を向けた。
「ベルホルト殿、私はこのまま失礼をします。
城塞の出入口まで道案内を願えますか?」
先ほどまで殺気が漂っていたハインリヒはいつもの穏やかさでカリソベリル伯爵に道案内を頼んだ。
カリソベリル伯爵は慌てて呼応する。
「はっはいっ!承知致しました。
ハインリヒ様・・・・・この度のこと・・・・
ご気分を害したのではないかといささか懸念しておりました」
カリソベリル伯爵は上目遣いでハインリヒの様子を窺う。
ハインリヒはにこやかに返答をした。
「なぜ、これほどまでのご配慮を頂いたベルホルト殿に
気分を害することがありましょうか。
この様な機会を設けて下さるのはベルホルト殿の他にはありますまい。
初めてセルジオを目にすることもできましたし、感謝申します」
ハインリヒはカリソベリル伯爵へ微笑みを向けた。
カリソベリル伯爵はほっとした表情を見せる。
「さっ左様でしたかっ!それはようございました。
いやはや、私としましてはこの度の御前試合で
青き血が流れるコマンドールの再来と謳われるセルジオ様が
真かどうかを確かめられればと思っておりました」
カリソベリル伯爵はハインリヒをチラリと見る。
ハインリヒの表情から微笑みが消えた。
ビクッ!!!
微笑みが消えた表情にカリソベリル伯爵はまたもや身体を委縮させる。
「いっいえ、ハインリヒ様のお考えはよくよく存じておりますっ!
争いの火種になる者も事もシュタイン王国から
排除が必要であるとのお考えっ!私は賛同しております」
カリソベリル伯爵は慌てて言葉を繋ぐ。
自身の言葉にハインリヒの口元が歪むのを見て取るとカリソベリル伯爵はニヤリといやらしい笑いを浮かべた。
「されば、事が起こる前に火種の源を
御前試合の席にて断つ所存でございました。
ハインリヒ様が常々申されているシュタイン王国を栄えさせ、
他国からの侵略などものともせぬ国にするには富と地位と力が必要だ
とのお言葉に賛同する一人として、ハインリヒ様のお考えに
少しでもお役に立てたらと願っております」
ハインリヒはカリソベリル伯爵の言葉にふっと笑いを漏らした。
「ベルホルト殿、感謝もうします。
ご賛同頂けていると思っておりました。まだまだ、時はございます。
ベルホルト殿のお気持ちにいずれお返しできることがありましょう。
感謝申します」
ハインリヒとカリソベリル伯爵は話しを終えるとカリソベリル騎士団城塞出入り口へ歩みを進めた。
カリソベリル伯爵家はシュタイン王国5伯爵家序列第三位であった。
伯爵家に名を連ねているとはいえ序列三位となると当主会談での発言権や決定権が強いとは言えない。
利を生む新たな策を講じようともすんなりと事が運ぶ事が少なかった。
そこでカリソベリル伯爵ベルホルトは序列第一位エステール伯爵ハインリヒの意図する所を汲んで動けば決定権はないにしても発言権を確保できると考えたのだ。
エステール伯爵ハインリヒが今一番に懸念しているのは青き血が流れるコマンドールの再来であることが確定したセルジオが王国内で争いの火種になることだった。
それは100有余年前の王国を滅亡の危機にまで追い込んだエステール騎士団団長初代セルジオとマデュラ騎士団団長ギャロットの私怨による争いを再び蘇らせる事になると考えていたからだった。
カリソベリル伯爵はそのハインリヒの懸念を排除する事で家名の発言権を増すことを企んでいたのだった。
カツッカツッカツッ・・・・
カツッカツッカツッ・・・・
カリソベリル騎士団城塞出入口へハインリヒを案内しながらカリソベリル伯爵は考えを巡らせていた。
『ハインリヒ様へ私の意図は伝わったはず。
時があると申されたのは我が領地でなくてもよいと言う事か・・・・
ふっふっふっ・・・・どう動くか、楽しみになってきたはっ・・・・』
ほくそ笑むカリソベリル伯爵ベルホルトはこの時知る由もなかった。
己の考えがカリソベリル騎士団団長フレイヤや騎士団の騎士と従士とは異なっていることを。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
カリソベリル伯爵の企みが明らかになりました。
利と欲はコトは同じであっても背景が異なると行動が変わりますよね。
王国のため、王国で暮らす民のためではあるのでしょうが、あまりに悲しい親娘の対面でした。
次回もよろしくお願い致します。