第47話 ラドフォール騎士団35:六芒星の魔法陣
幼い頃にジプシーの占星術士ウルリーケによって封印されたバルドの魔眼『深淵を覗く眼』が解放された。
封印が解かれたバルドの深い紫色の瞳は色の変化はないが、光が波打つように輝きを増していた。
ポルデュラはバルドを円卓へ向かせると自身も円卓をぐるりと回りバルドの向かい側、ベアトレスの隣の席に戻った。
ポルデュラはバルドの魔眼の封印を解いたことで喉が渇いたのか、ベアトレスへラドフォール公爵家特製のバラの花の茶を煎れて欲しいと頼む。
ベアトレスは予め木製のワゴンに用意していたティーポットからバラの花の茶をカップへ注ぐと円卓に集う9人分のお茶の用意をした。
ベアトレスのお茶の準備が整うとポルデュラは皆にお茶を薦めた。
「皆、何事もなくよかったの。まずは一旦、休憩としようぞ」
ポルデュラは美味しそうにバラの花の茶をすすると一緒に出された焼き菓子を口にした。
バルドの右隣に腰かけるセルジオへ目をやる。
普段であれば焼き菓子に目がないセルジオはポルデュラが焼き菓子に手を付けるのを見ると嬉しそうに焼き菓子を頬張った。
自我が深淵に落ちている今は、円卓をぼんやり見ているだけで焼き菓子に手を伸ばすその愛らしい姿を目にする事はできなかった。
バルドがセルジオの口元にバラの花の茶が注がれたカップを運んだ。
セルジオの顎へそっと左手を添え、少し上へ向けるとカップを口に向け傾ける。
コクリッ
口の中に流し込まれたバラの茶をうつろの目線のまま小さく飲みこんだ。
「セルジオ様、もう少しお飲み下さい」
バルドは再びカップを傾ける。
ダラリッ・・・・
口角からバラの花の茶が溢れ、こぼれた。
バルドは慌てて、布でセルジオの口元とバラの茶が流れた込んだ首元を拭く。
「セルジオ様・・・・」
バルドの何とも言えない哀し気な表情にポルデュラは手にしていた焼き菓子をソーサーの上に置いた。
「兄上、アロイス、カルラ、喉を潤したらバルドをセルジオ様の中におられる初代セルジオ様の元へ送る。手助けを頼みたいのじゃ。これからの術はアロイスとカルラは初めてとなる。実戦の経験がほとんどないそなたらには少し負担をかけることになるのじゃが・・・・」
ポルデュラはアロイスとカルラへ目を向けた。
アロイスはバルドとセルジオへ向けていた目線を正面に戻すとポルデュラへ真っ直ぐな視線を向けた。
「叔母上・・・・いえ、ポルデュラ様、私は先祖オーロラに姿が生き写しで生まれました。青き血が流れるコマンドールへの思い入れはラドフォール騎士団の中で随一と自負しています。そして、水の城塞の主として、ラドフォール騎士団団長として、青き血が流れるコマンドールの再来を待ち望んでおりました。今、ここで青き血が流れるコマンドールを永遠に失う訳にはまいりません。青き血が流れるコマンドールを月の雫をお救いすることが叶うのであれば、この身にいかなる事が起ころうとも構いません。どうぞ、私に月の雫をお救いする手助けをさせて下さいっ!」
アロイスは力強い視線をポルデュラへ向け、自らの意思を伝えた。
「叔母上、私も兄上と共に従います。火の精霊サラマンダー様はセルジオ殿の手助けとなれと申された。セルジオ殿の青き血の目覚めも、蒼玉の共鳴も全てサラマンダー様からのご指示で動いた結果です。この先もセルジオ殿を手助けする事が我らの使命と考えます。どうぞ、兄上ともども存分に私目をお使い下さい」
カルラはいささか気性が荒く、思いつきで行動する事が多い。火焔の城塞第一隊長で御守役のベアテから事ある毎に咎められ、火焔の城塞の主としての威厳を持つようにとくどくどと言われている。そんな様子は微塵も見せる事なくカル神妙な面持ちでアロイスと共に従う事を宣言した。
甥と姪の頼もしい姿にウルリヒとポルデュラは顔を見合わせて微笑む。
「そうか、2人共協力してくれるか。感謝するぞ」
ポルデュラはアロイスとカルラに軽く頭を下げた。
ガタンッ!
「叔母上っ!頭をお上げくださいっ!
その様なこと我らにされてはなりません」
アロイスが椅子から腰を上げ慌てて頭を下げたポルデュラを制した。
「それだけ、ポルデュラがそなたらに頭を下げねばならぬ程、
そなたらに負担が掛かる魔術なのだ」
ウルリヒが椅子から腰を上げたアロイスへ座れと言わんばかりに顔を向けた。
「叔父上・・・・」
ストンッ!
アロイスはウルリヒの厳しい視線を見て取ると椅子に腰を下した。
「アロイスとカルラが命を落とすことはないとは思うがな・・・・セルジオ様が落ちた深淵にバルドがたどり着き、そこからセルジオ様を連れ帰るまで、堪えてもらわねばならぬのじゃ。持久戦なのじゃよ。短時間で大きな魔術を使う事は慣れているじゃろう?訓練施設でもその様にしてきたからな。ふむ・・・・例えて言うならば訓練施設の石塔を一日中、宙に浮かせておく様な魔術なのじゃ」
アロイスとカルラは顔を見合わせる。
正直、そこまで持続的な魔術を試みたことはなかったからだ。
「戦場では、当たり前のことなのだがな。
そなたらは戦場に出たことがないからな」
ウルリヒがバラの花の茶のカップを口元に運びながら言う。
「そう言うことじゃ。それ故、そなたらには経験のないことと申したのじゃ。まぁ、これから東の歪みを正すことの役目もあろうからよい訓練位に思っておればよい。そうであろう?兄上」
ポルデュラは少し厳しい表情を浮かべているウルリヒに同意を求めた。
「そうだな。
4つの元素を合わせての大魔術となるからな。
またとない訓練ではあるな」
ウルリヒはバラの花の茶のカップをソーサーに戻しながらポルデュラに同調した。
ポルデュラがエリオスとオスカーへ顔を向ける。
「エリオス様とオスカーにも手助けをしてもらうぞ。
愛と正義が必要なのじゃ」
突然、話の矛先を向けられたエリオスとオスカーは戸惑う。
「・・・・ポルデュラ様、我らは魔術を使えませんが・・・・」
エリオスが驚きの表情と共にポルデュラに問いかけた。
「よいのじゃよ。エリオス様はセルジオ様と宿世の結びを果たされた。そして、今世もセルジオ様を心から愛されているからな。オスカーも同じじゃ。エリオス様を愛し、正義を貫く強さを持っておる。エリオス様とオスカーの愛と正義の珠が必要なのじゃよ」
ポルデュラはセルジオを愛していると言われ、少しはにかむエリオスとそんなエリオスを愛おしそうに見つめるオスカーへ微笑みを向けた。
「では、そろそろ始めるかの」
円卓に置かれたバラの花の茶が入ったカップが空になるのを見るとポルデュラは立ち上がった。
ガタンッ!
ポルデュラは先程よりも更に力強く、円卓に集う面々に宣言をした。
「セルジオ様を深淵からお戻しするため、六芒星の魔法陣を敷くっ!南の頂点にカルラの火、北の頂点にアロイスの水、東の頂点に兄上の土、西の頂点に風の私がつく。正義のオスカーは北東の水と土の中央につけ、愛のエリオス様は南西の火と風の中央につかれよ。円卓上に六芒星の6つの頂点を固める。バルドはセルジオ様と共に円卓の中央に座るのじゃ。セルジオ様の深淵にバルドを向かわせる機会は一度のみじゃ。皆が気の調和を図らなければバルドはセルジオ様の深淵にたどり着くことはできぬ。バルドがセルジオ様を連れて戻るまで、どれほどの時が掛るかも解らぬ。皆のセルジオ様を青き血が流れるコマンドールをお救いする決意のみが助けとなる。頼むぞっ!」
ポルデュラはまるで戦場で騎士を鼓舞するかの様に言葉を発した。
ガタンッ!
ガタンッ!
円卓に座していた7人は立ち上がるとポルデュラに呼応した。
「はっ!」
ベアトレスはこれからこの円卓の間で正に戦闘が始まるのだと感じていた。
円卓の上に優雅に並べられていたカップと焼き菓子をそっと片付ける。
円卓を囲む皆をよそにぼんやりと一点を見つめたまま椅子に座っているセルジオの頭を優しくなでた。
「セルジオ様、皆様がお助け下さいます。
バルド殿がお迎えに行かれます。早々にお戻りになって下さいね」
ベアトレスは腰を屈めてセルジオの頬に口づけをした。
ベアトレスは木製のワゴンにカップと焼き菓子を乗せ、部屋の隅に片付けるとこれから使われるであろう青いヒソップの花びらが入った籠を手にする。
それぞれがポルデュラから指示された六芒星の頂点につくのを見届けるとベアトレスはポルデュラの後ろに立った。
皆がポルデュラからの合図を待つのであった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂き、ありがとうございます。
自らの深淵(潜在意識の中の設定です)に落ちたセルジオの救出の準備が整いました。
想いを一つにするに行動へ移す為にはじっくりと認識のすり合わせが必要ですよね。
今も昔も変わらず難しいことは想いの共有かもしれないな、と感じた次第です。
いよいよ、バルドのセルジオ救出劇が幕を開けます。
セルジオ、早く目覚めてくださ~い!
明日もよろしくお願い致します。