第41話 ラドフォール騎士団29:始まりのとき
トサッ!
カチャリッ!
ブルルルルゥ・・・・
夜明け前の肌寒い風が厩舎前の広場を吹き抜けている。
「ベアテ、準備はできているか?」
ラドフォール騎士団第一の城塞、大地の城塞を治める先代団長ウルリヒが馬の背に荷物を固定させながら近づいてくる第一隊長ベアテに訊ねる。
「ウルリヒ様っ!
また、その様な事は我らで致します」
第一隊長ベアテと近習従士が慌ててウルリヒに駆け寄った。
「なに、これくらいの事は己でできる。
皆、東の守りに就いているのであろう?」
ウルリヒは長い銀色の髪を後ろで一つに束ねながら答えるとベアテと共に駆け寄った近習従士に荷の固定を任せた。
「はっ!今すぐに動きがあるとは思えませんが・・・・
アロイス様から依頼された剣の行方ににさん動きがありましたので、
土の魔導士が行方を追っております」
「・・・・そうか・・・・動きがあったか。
アロイスの察しの通りクリソプ男爵領か?」
「はい、左様にございます。
アロイス様は流石でございますな。
まさか、東の歪みをあぶり出す種を剣に仕込まれるとは。
影隊も一個隊が既にクリソプ男爵領に入っているとのこと。
抜かりはございません」
「そうか。アロイスは水の精霊ウンディーネ様に仕えておるからな。
水がある所であればあやつの手が及ばぬ所はない。
ベアテ、フェルスも東へ就いているのか?」
「はっ!フェルス率いる第二隊が本隊となっております。
昨日、ウルリヒ様から東の守りは任せるとの
お言葉でしたので、早速、赴きました」
「わかった。ベアテは直ぐに出立できるか?」
「はっ!全て準備は整えてございます。
火焔の城塞への2週間滞在の事、カルラ様へは使い魔を遣わしました」
「大儀。では、出立するとしよう」
ウルリヒは馬に跨ろうと馬の手綱を掴んだ。
ベアテが慌ててウルリヒを引き留める。
「ウルリヒ様っ!お待ち下さい!」
「なんだ?他にも何かあるのか?」
ウルリヒは怪訝そうな顔をベアテに向ける。
「い、いえ・・・・
何もございませんが・・・・その・・・・」
「なんだ?申してみよ。
一刻も早く出立し、火焔の城塞に入りたいのだ。
早く申せっ!」
普段は温厚なウルリヒが珍しくベアテを急き立てた。
「はっ!
その、そのお姿で参られますのでしょうか?
鍛造用の衣服のままでいらっしゃいますが・・・・」
ウルリヒは「そんなことか」と言った呆れた顏をベアテに向ける。
「そうだ。このままの姿で向かう。敢えてだ。
私が大地の城塞を留守にしていることが
他へ漏れることがあってはならぬからな。
敢えてこの格好でよいのだ」
「鍛冶師か何かが火焔の城塞に向かったと言う事にしておこうぞ。
そなたもそのつもりで・・・・
その重装備の鎧とラドフォール騎士団の深紫色のマントは脱ぐのだ・・・・
そうだな、昨夜、伝えておけばよかったな。
すまぬがベアテも鍛冶師の装いにしてくれ」
ウルリヒはニヤリと笑う。
影隊でもない限り、ラドフォール騎士団大地の城塞の第一隊長が変装をするなど通常では考えられないことだったからだ。
「はっ!考えが及ばず申し訳ございません。
小一時間程、お時間を頂きます」
ガチャリッ!
ガチャガチャ・・・・
ベアテは一言告げると一目散に自身の居室がある隊長棟へ走っていった。
「その様に急がずとも・・・・まっ、よいか。
変なプライドは持ち合わせておらぬと言う事だな。
ふむ、流石に我が第一隊のベアテだ」
ウルリヒは後ろで一つに束ねた銀色の長い髪を風になびかせ、重装備の鎧で走るベアテの後ろ姿を見送った。
東の空が薄紫色の光を放っている。
「夜が明けたな。ここからが始まりの時だな・・・・」
ウルリヒは徐々に明るくなる東の空を見つめポツリと呟いた。
パカラッパカラッパカラッ・・・・
パカラッパカラッパカラッ・・・・
リビアン山脈に連なるトリツァ山とアウィン山の尾根を2頭の馬が疾走していた。
ゴゴゴゴゴゴ・・・・
ヒュルルルル・・・・
ザアァァァァ・・・・
2頭の馬の行く手の尾根が狭まると轟音と共に空から何かで押しつぶされる様に峰筋が広がっていく。
小さく砕けた岩石が立ち上ると風が吹き飛ばす。
土の魔導士ウルリヒと風の魔導士ベアテは火焔の城塞へ尾根伝いに向かっていた。
通常は城塞麓まで下り、城塞南城門からシュピリトゥスの森を抜ける。
大地の城塞から火焔の城塞へは通常の経路をたどると早がけであっても二日半は要する。
一刻も早く火焔の城塞へ到着したいと考えたウルリヒは非常時の手段を取ったのだった。
土の精霊ノームに仕えるウルリヒは、出立前に尾根を広げる許しを得ていた。
自身が守護する精霊の許しを得てまで火焔の城塞へ一刻も早く到着したいと考えるのには理由があった。
蒼玉の共鳴が起こった事、アロイスから依頼された東の歪みをあぶり出す種が動いた事、そして、バルドへ23年前のダグマルの星読みの言の葉を伝える事だった。
これら3つの事柄は徐々に浸透し始めているシュタイン王国の歪み『禍の兆し』であることに間違いないとウルリヒは考えていたからだ。
後ろで一つに束ねた銀色の長い髪が馬の疾走に合わせてなびく。
パカラッパカラッパカラッ・・・・
パカラッパカラッパカラッ・・・・
まるで天空を2頭の馬が走っている様だった。
ピィィィィン・・・・
バルドとオスカーが腰に携えていた蒼玉の短剣から一筋の蒼い光が放たれている。
蒼い光は火焔の城塞から少し登ったアウィン山の一部を射し示していた。
バルドとオスカーは蒼玉の短剣をカルラへ手渡し、火焔の城塞に到着した翌日の早朝から
カルラの先導で蒼い光が射し示す場所へ同道していた。
セルジオとエリオスは火焔の城塞の滞在部屋で待機させていた。
蒼玉の共鳴が起きた時、セルジオとエリオスは耳と胸に痛みを覚え、何らかの強い影響を受けると思われたからだ。
カルラ、バルド、オスカーの3人は蒼玉の採掘場から東へ向かっていた。
早朝から蒼い光が射し示す先を辿っているが、目的地がどこなのかもわからずに既に夕暮れ時近くになっていた。
突如、木々に覆われた先に岩山が姿を現した。
カルラは蒼い光が射し示した岩山を前に足を止める。
「・・・・ここは・・・・
ここは、未だ採掘されたことがない場所です。
この様な所に新たな蒼玉が眠っているのか・・・・」
カルラは2口の蒼玉の短剣を交差するように両手で持ち、高々と頭上に掲げた。
ピィィィィン!!!
蒼い光が強さを増すと岩山の中腹を突き刺す様に照らした。
ピシッ!!!
ビシッッッ!!!
岩山に亀裂が入る。
「カルラ様っっ!!」
ババッ!!
バルドがカルラを抱きかかえ、後ろへ下がった。
ビシッッッビシッッッ!!
ガラッガラッガラッ・・・・
ドッドドーーーン・・・・
亀裂が入った岩山の中腹が崩れ、空洞が姿を現した。
ブワッ!!!
蒼玉の短剣から放たれる蒼い一筋の光が扇状に広がる。
蒼い扇状の光は岩山の空洞の中へ吸い込まれた。
キラキラキラ・・・・
キラキラキラ・・・・
岩山の空洞の中一面に蒼い光が星の様に輝いている。
「・・・・何と美しい・・・・
この様に一面の蒼玉、見たことがありません・・・・」
崩れ落ちる岩石から身を守るためバルドに抱えられ後ろに下がったカルラがフラフラと空洞へ近づいていく。
蒼玉の短剣から発せられていた蒼い光は、空洞の中を扇状に照らすと静かに消えていった。
カルラは両手でしっかりと握っていた蒼い光が消えた蒼玉の短剣へ目を落とす。
「・・・・役目が・・・・
蒼玉の短剣の役目が終わった様ですね。
光が消えました」
2口の蒼玉の短剣を胸に引き寄せ、目を閉じるとそっと口づけをする。カルラは胸の前で2口の蒼玉の短剣をV字に立てた。
「慈愛と誠実の二柱に導かれ、
アウィンの蒼玉、姿を現しき事、
火の精霊サラマンダーに仕えし火焔の城塞カルラの名の元に刻印する」
ボッ!
V字に立てた蒼玉の短剣の間に真紅の炎が湧き立った。
ブワンッ!!
真紅の炎の形がラドフォール公爵家裏の紋章、薔薇を模る。
「刻印っ!」
ブワンッ!!!
V字に立てた蒼玉の短剣の間に模った真紅の薔薇の炎が岩山の上部に放たれた。
バシッバシッ!!!
真紅の薔薇が岩山に刻印される。
カルラは続けて結界の呪文を唱えた。
「真紅の薔薇の許しなき者、
立ち入らば火龍の業火で身を滅ぼす」
ワンッ!!
カルラが呪文を唱えると空洞の入口に大きな八芒星の魔法陣が敷かれた。
カシャンッ!
カルラはV字に立てた2口の蒼玉の短剣を合わせる。
ふっと一息つくとバルドとオスカーへ微笑みを向けた。
「バルド殿、オスカー殿、感謝申します!
いえ、感謝の言葉だけでは言い表せません。
古の文献と我が火焔の城塞に伝わる逸話、
『慈愛と誠実の二柱』はお二人の事でした。
魔を退ける、東の歪みを正すための新しき蒼玉が
我らの元へ姿を現してくれました。感謝申します」
サッ!
カルラは2口の蒼玉の短剣を胸に抱き、バルドとオスカーにかしづいた。
バルドとオスカーは慌てる。
「カルラ様っ!
その様なことお止め下さい。
我らへその様なことをされてはなりません!」
バルドとオスカーはかしづくカルラへ駆け寄り、カルラの前で平伏した。
「我らが手にしております蒼玉の短剣は
ポルデュラ様より授けて頂いたものです。
ポルデュラ様は全てを見通されてのことと存じます。
カルラ様にその様にされては蒼玉の短剣を
この先、我らが手にする事ができなくなります。
なにとぞ、お止め下さい」
バルドとオスカーはカルラへ懇願する。
カルラは2人の姿に申し訳なさそうにすると立ち上がった。
「わかりました・・・・
しかし、それでもお二人でなかったら・・・・
この蒼玉の短剣を叔母上が授けることはなかったでしょう。
それほど、お二人は我がラドフォールにとって、
シュタイン王国にとって、かけがえのない騎士なのです。
その事、お忘れになりませんよう」
カルラはバルドとオスカーへ真剣な眼差しを向け諭すように言った。
バルドとオスカーは顔を見合わせるとカルラへ呼応する。
「はっ!
我らカルラ様のお言葉、謹んでお受けいたします」
バルドとオスカーは蒼玉が光を放つ空洞の前で佇むカルラにかしづいた。
パカッパカッパカッ・・・・
パカッパカッパカッ・・・・
そこへ馬の蹄の音が近づいてきた。
3人は近づいてくる馬の蹄の音の方へ目を向ける。
街道がある訳でもない岩山に馬蹄を着けた馬が通る等考えられない。
スチャッ!!
スチャッ!!
バルドとオスカーは蹄の音が聞こえてくる方向へ身体を向けると短剣を手に戦闘の構えを取る。
2人はカルラの前に進み出た。
【春華のひとり言】
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
23年前の星の魔導士ダグマルの予見が動き出しました。
鍵を握るバルドの元へ急ぐウルリヒ。
偶然はひとつもなく、全てが宿命で必然と言っていたポルデュラの言葉を重く受け止めています。
ポルデュラが旅立ちの前にポツリと呟いた「全てが宿命で必然」の回は
第3章 第5話 壮途に就く:出立の日
となります。
よろしければご覧下さい。
次回もよろしくお願い致します。