ネゼムと二人?旅 1
いつか「果ての果て」へ行こう――
※話の進行は遅いです。投稿速度もゆっくりマイペースに行きます。
完結目指してガンバルゾー٩( 'ω' )و
いつもこのぐらいの時間に投稿したいですね。
「さぁ、マスター。早く私の願いを叶えるです」
それが、目を覚ました少女――リブカの第一声だった。
「願いだぁ……?」
少し前に目を覚ましていた俺は、その声を聞いて重い体を起こした。すると、そこに少女の姿はなく、鎖に縛られた一冊の本があるだけだった。古びてボロボロだったその本は、まるで新品のように真新しく傷一つない。
本からは少女のわざとらしい溜息が聞えてくる。
「はあー、そこから? そこから話さなければならんのです?」
「そこからもなにも、俺はお前の名前以外、ほとんどなにも聞いていないんだが。最初から全部わかりやすく説明して欲しいね」
「私は世界写本。この世をあまねく記し、遺すことで初めて霊書としての役目を果たせるです。そのために世界を巡り、各地で起きるすべてを余さず記録してきたのです。そして残すは「果ての果て」のみとなったところで……」
そこでリブカは不自然に言葉を切った。
「ところで?」
仕方なく先を促すと、リブカは怒りに震える声で続けた。
「理不尽にもアホの人族に封印されたです! おまけに人の身体を何枚も何枚も好き勝手に毟りやがって……今思いだしても腸が煮えくりかえりまくりなのです!! あー、ムカつくですー!!」
なんだか知らんが、もの凄くやさぐれてるな。五百年封印されていたとか言ってたし、あんな辛気くさい場所に閉じ込められてたなら、無理もないのかも知れんが。
「と、言うわけで、同じ人族のお前には責任を取って、私が「完成」するまで付き合ってもらうです! まずは、人族の賢者に奪われたページを取り戻すです!」
「はぁ?」
何が、と言うわけ、何かサッパリわからん。俺はこいつとは何の関係もないというのに、人族だからってだけで責任をとれだと? 濡れ衣も良いところじゃないか。
「つべこべ言うなです変態! 私だってお前みたいな変態願い下げなのです。でもこれ以上所持者になれそうなやつを待っていても埒があかないから、仕方なく妥協してやっているのです」
清々しいほど自分本意なやつだな。「ムカつく」は俺のセリフだが、俺は大人だからな。本相手に切れるような子供じみた真似はしないぞ。あと、俺は変態じゃない。
「それで? 他に質問は? 今ならおつむの弱い変態にも理解できるようにわかりやすく答えてやるですよ」
「じゃあ聞くけど、霊書って何だよ。あと、俺は変態じゃねぇ」
「霊書は霊書なのです」
「……そうか、じゃあ、さっき魔物を倒したやつ。あれは何だったんだ?」
「あれは私の彩能なのです」
「…………らーかって何だよ」
「彩能は彩能なのです」
こいつ……。
「よしわかった。お前が何一つまともに答える気がないってのはよーくわかった。けどな、これはきっちり答えてもらわないと困るぞ、この鎖はどうやったら外せるんだ」
「外れんです」
そうか外れないのか。これで一番の疑問は解決したな。そうかそうか外れないのかぁ、なるほどなぁ。
「……は?」
「は? じゃねーです。外せんですよその鎖は」
「は、外せないってどういう事だよ」
「言葉どーりの意味です。この封印の呪鎖は、魔術を使用した本人にしか解けないのです。そーいう魔術なのです」
「な、なんだよ。じゃあそいつなら解けるんだな」
「まー確かに。ただ、そいつは五百年前にすでに相当のジジィだったですからね。くそったれの人族だったですし、どれだけ寿命を延ばせたとしても、とっくの昔にくたばってるですよ」
そ、んな……。なら俺は一生このままだって言うのか。そんなのあんまりだ。これじゃなにをするにも不自由するし、さっきから妙に力が入らないのも、この鎖の封印のせいなんだろう。動けないほどじゃないにせよ、このだるさは早く何とかしたい。
何より、会うやつ会うやつに変態と思われるのは耐えられない。燃え滓でも間抜けでも良いが、変態はイヤだ。
「なぁ、どうにか外せないのか?」
「方法はあるです」
「本当か!?」
焦らせやがって、だったら最初からそれを言えっつーの。
「封印は発動した時の形を残しているものにしか適応されないです。一度形を失えばいいのですよ。一旦死んでから生き返るとか」
できるわけねぇだろ。巫山戯んな。
頭を抱えたくても、両腕が縛られてるせいでそれすらできない。軽く絶望している俺に、リブカは事も無げにいった。
「ま、私が力を取り戻せたなら、この程度の封印どうとでもできるですがね」
にやりと口の端を上げたのを幻視できそうなほどのどや声だ。
つまり、鎖の封印を何とかしたきゃこいつの失くしたページとやらを探すしかないってことか。
「わかったよ。俺もこんな鎖とはおさらばしたいしな。お前の完成に協力してやる」
「初めから大人しくそう言ってりゃいーのです。よろしくしてやるですよ、マスター」
満足そうなリブカの声に、知らず溜息が漏れた。気乗りしないと感じるのは、この封印のせいじゃなさそうだな。
辺りは無秩序に木々が生い茂り、少しでも気を抜くと張り出した木の根や下草に足を取られそうになる。そんな道なき道を、俺は両腕が使えない中、一歩ずつ確かめながら慎重に進んでいた。登ったり降りたりしているからわかりにくいが、どうやら少しずつ下に下に向っているらしい。だが、一向に目的地は見えてこない。後どれだけ歩けば良いんだろうか、こう景色が変わらないと流石に退屈だな。
「なぁ……」
「何です、変態マスター」
呼び掛ければ、腰にぶら下がったリブカが返事をする。鎖を調度良い長さになるように腰に巻いて、ベルト通しに引っかけるような形でぶら下がっている。腕が上手く使えない状態でこうするのは骨が折れた。
廃墟から出発するにあたって、手に持つのも邪魔だし、引き摺られたくなかったら自分で歩けといったのだが、面倒くさいからと断固拒否したのだ。すったもんだの末、この形に収まった。
「その呼び方は止めろ。俺がまるで変態を極めし者みたいな誤解を生む表現をするな」
「じゃあ変態」
「違う。俺は変態じゃない。普通に名前で呼べば良いだろ」
「間抜けネズミ」
「ネズミじゃねぇ! ネゼムだ」
「……ッチ」
今、舌打ちしやがったかこいつ? 本の分際で器用な真似を。
「細かいことでうるさいやつなのです。なら仕方なく、渋々、やむを得ず『マスター』と呼んでおいてやるですよ。ほら、これでいいですか、ま・す・た・あ」
ここまで敬意の籠もっていない主呼びもなかなかないな。まぁ別に俺はこいつの主人でも何でもないから良いけど。
「で、一体なんのようなのですか、マスター。私の昼寝を邪魔するだけの価値のある用事なのです? どうでも良いことだったらぶっとばすですよ」
なんだってコイツはいちいち攻撃的なんだ。旅を初めて早々こんなやつと出くわすとは、ついてない……。俺は心の中でため息を吐きながら、話を切り出した。
これは非常に切実な問題で、だが、生きていれば誰だって陥りうる、ありふれたものだ。そして、今の俺にとっては、これ以上ないほど致命的な問題でもある。
「う○こしたい」
「…………………………………………――ハァ?!」
素っ頓狂な声を上げたリブカは人の姿を取り、全力で飛びのいた。鎖の伸びる限界まで距離を取る。華奢な少女の姿からは想像できないほど機敏な動きだ。
「お前、まっ……急に何言いだしてやがるです!?」
「急じゃねぇよ! ちょっと前からずっと我慢してんだよ! だけど、こんな状態じゃズボン降ろすこともできねぇんだ!! お前、腕は自由に動かせんだろ? 代わりにズボン降ろしてくれよ!!」
「ぜっっっっっっっっっったいに嫌なのですー! こ、これ以上近づくな! 近づくと、塞ぐですよ!」
「何する気だよ!?」
言い争っているうちにもどんどんと限界は近づいてきている――! いつもならもう少し冷静に考えられるはずの頭も、今だけは全く上手く働かない。足踏みして気を紛らわせようとしてみても効果なし。むしろ、振動が腹に響いて余計不味い状況に追い込まれていく。
「うぐぅ……冗談じゃない。こんなとこで漏らして堪るか……!」
よろよろとした足取りでリブカに近づくが、その分リブカも後ずさるせいで少しも距離が縮まらない。くっ、未だかつて、ここまで追い詰められたことがあっただろうか。いやない。煙突掃除中に針でつつかれたり、煙突内に火を放たれたりしたときだって、ここまでは慌てなかった。梟の魔物に襲われて逃げていたときだって、心の何処かに余裕があって、そのおかげで助かる方法を思いついた。
だが今は違う。微塵も余裕がない。信じてもいない神に祈りそうになるくらいに。この世で今いちばん不運なのは俺だとか考えてしまうぐらいに。いや、ウンがあるから困ってんだけど……って下らないこと考えてる場合じゃねぇ。
「うぅう……逃げてんじゃ……ねえよ。マジでやばいんだって、所持者の危機だぞ、お前は自分のマスターが漏らしても良いって言うのか……? それもでかい方を……!」
「ぐっ、それは確かに嫌なのです」
「だったら……」
「でも、変態のズボンを下ろすのはもっと嫌なのですー!」
「だから俺は変態じゃ――ぐぅ!」
や、やばい! 力んだせいで腹が……。げ、限界だ。もう一歩でも歩いたら確実に暴発する。
こうなったら自分でやるしかない。手首から先しか動かせないが、これでどうにかズボンを下ろすしか……。だが、焦れば焦るほど手元が狂ってベルトが外れない。初めて着た服だから、構造もいまいちわかっていないせいもある。
やばいやばいやばいやばいあ! せめてもう少し、あとちょっとでも腕が自由に動かせれば――!
「え!」
その声を出したのはは俺かリブカか。
いつの間にか、あれ程厳重に俺の身体に巻付いていた鎖が消えていた。正確には、左手首に一本だけ巻付いていたが、それだけだ。
い、一体何故。何がどうしてこうなったんだ……?
「――って、今はそれどころじゃなイィいい!」
俺は茂みの奥に飛びこみながら、自由になった腕で急いでズボンを下ろした。
俺はしばらくの間、助かった、助かった、と無意識に繰り返していた。ここまで心の底からほっとしたのは、初めてかもしれない――そう思った。
色々と後始末も終えて、俺達は再び険しい森の中を行く。景色は変わらないが、俺の心中はこれ以上ないほど爽やかだ。最大の危機を回避したし、大手を振って歩けるというのが素晴らしい。
人型で少し後ろをついてくるリブカが、憮然とした表情で言う。
「おい、マスター。一体どうやったです? なぜゆえに封印が緩んでいるですか」
なぜゆえって、変な言葉だな。まぁ、どうでもいいや。今はとにかく気分がいいからな。
「俺が知るかよぉ。いつの間にかほどけてたんだから。でも、完全に封印が解けたわけじゃなさそうだな、まだ左手に鬱陶しい鎖が残ってやがるし」
そう言って俺が左手を揺らせば、鎖がじゃらじゃらと音を立てた。話に出されたせいで、鎖の感触や重さ、身体のだるさなんかを思いだして晴れ晴れした気持ちに水を差される。
そう考えたのがいけなかったのだろうか。
『鎖』がまるで生き物のようにうねり出し、嫌な予感がしたときにはすでに俺の上半身を元通り雁字搦めに縛り上げていた。
「…………」
何も言えずにリブカと顔を見合わせる。
するとリブカはにやっと邪悪な笑みを浮かべた。
「うぷぷ、間抜けな人族には相応しい姿なのです。似合ってるですよマスター」
「喧しい! あーもう、何なんだよこの鎖はぁああああああ!!!」
こんな話で今週の投稿を終えて良いのか非常に迷いましたが、マァいっかとなりました。
のろのろもたもた進んでいきます。