ネゼムと間抜けネズミ
いつか「果ての果て」へ行こう――
※話の進行は遅いです。投稿速度もゆっくりマイペースに行きます。
完結目指してガンバルゾー٩( 'ω' )و
間に合いました。
俺の名を聞くと、少女は息を飲んだ。深い青の瞳を大きく見開いたその姿は、なにか驚いているようだった。そして、
「ぷっ」
と噴き出した。
「ぷくう! ぷくくくく!」
「何で笑う!?」
「あはははははははは!」
必死に声を抑えようとしていた少女は、とうとう腹を抱えて笑い出した。
な、何なんだコイツは。つーか、あまりの衝撃に聞き流したが、さっき人のこと「愚か」だ「矮小だ」とか言ってやがらなかったか? しかも人の名前聞いて笑うとか、礼儀がなってないのはどっちだ。
「おい、いい加減笑うのを止めろ! てか、何で笑ってんだ!!」
少女はスッと笑いを引っ込めると、あからさまに馬鹿にした目つきで俺を見た。
「はん。わからんのです? 今のはコヨートの国の言葉で『間抜けなドブネズミ』って意味なのです」
「なにぃ!?」
ということは俺は、どうも間抜けなドブネズミですって自己紹介したって事か? いや、それより、「間抜けなドブネズミ」って本当なのか? あいつら、俺にそんなこと教えてくれなかったぞ。
「そんなはず……」
「嘘じゃねーです。ほら」
少女が空中で何かを描くように複雑な動きで指を振ると、白魚のようなその指先から銀色の『それ』が染み出し、宙に浮かんだまま形を作る。
「にゅっ」「にゅっ」「にゅも」「にゅー」
綺麗に列をなした『そいつら』は、こう言った。
『間抜けなドブネズミ《ネゼム・ディブーシハ》』
「………………」
多分俺は今、うっかりこぼれ落ちるんじゃないかというほど目を見開いているんだろう。少女が、その手から『あいつら』を産み出した様に見えた。一体どうやって……?
『あいつら』はさっきの本を『家』と言っていた。本が家っていうのも可笑しな話だが、まぁそれは良い。元々得体の知れない生き物だし、そういう事もあるかもしれない。この少女が、あいつらの産みの親なんだろうか? 本がなくなって、少女が現れた。つまり、この少女が本? どうしてこんな辛気くさいところで、鎖なんかで縛られていたんだ。封印って言っていたが……?
いくつもの疑問が、頭の中をぐるぐると回る。だがしかし、そのすべてが今はどうでも良い。
「誰がマヌケなドブネズミだ!」
『あいつら』今の今まで一言もそんな事言ってなかったぞ。おかげでいらん恥をかかされたじゃねぇか!! ちょっと音の響きが気に入っていたところもあったのに、そんな意味だったなんて…………許せん! 今すぐあの間抜けボディを叩き潰してやる
フヨフヨと漂う『やつら』に思い知らせてやるべく飛びかかる。腕は使えない。それならとばかりに、噛み付こうしたが、すんでの所で『そいつら』は少女の腕に吸い込まれるように融けていった。
目標を失った俺は、飛びかかった勢いそのままに壁に突っ込んでしまった。
「へぶっ」
「なにアホやってるです、この間抜けネズミ」
「ネズミじゃねぇネゼムだ! 間抜けでもねぇよ!」
思わず声を荒げる。音は驚くほど強く反響し、壁の土が剥がれて床に落ちた。少女に気を取られてよく見ていなかったが、ここはかなり脆くなっている。今にも落ちそうに軋む天井を見て、肝が冷えた。兎に角ここは一度落ち着くべきだろう。いっぺんに色んな事が起こりすぎて、頭が混乱している。俺は冷静になるためにもその場で大きく深呼吸をして……
「ゲホッ、ゴホッ……!!」
盛大にむせた。
ひとしきり咳き込んだあと、呆れきった顔でこちらを見ている少女に向き直る。色々聞きたいことはあるが、まず最初に聞かないといけないのは、この鎖の事だ。
「お前、どういうつもりだ? 所持者だかなんだか知らんがいきなり縛り付けるなんて、なに考えてんだ」
「おい、マスター。何でマスターが封印の呪鎖で縛られてるです?」
少女はまるでたった今気がついたかのように、俺を縛る鎖を見て首をかしげた。
「俺が知るか! 部屋に入った途端いきなり絡み付いてきたんだ! お前がやったんだろ! ほどけよ!」
「言いがかりは止めるです。そんなことができるなら、とっくの昔に自力で封印を解いてるですよ」
「だったらどうしてこうなってるんだよ。実際に俺はこうして縛られてるんだぞ。てか、どうなってんだよこれ」
鎖は俺の上半身をがっちりと拘束していて、ちょっとやそっとじゃほどけそうにない。そのせいか、さっきから上手く力が入らない。身体全体が気怠い感じだ。
「私が知るわけねーです。ただ言えるのは、これは封印が解けたのではなく、対象が移ったという方が近い……しかも無理矢理干渉したせいで私にもまだ封印の影響が残ってるです? 全く、なにをどうしたらこうなるですか」
少女は自分の首にも巻付いている鎖を手に取ってみせる。鎖を玩びながらこちらを見るその瞳には、俺を非難しているような色があった。
「俺はなにもしてねぇよ!」
「なにもしてなかったらこうはならんのです。どんな彩能を持ってるか知らんですが、封印対象を無理矢理自分に移すなんて……重度の変態なのです」
「どうしてそうなる!?」
ええい、くそ。なんなんだコイツは。間抜けの次は変態呼ばわりかよ。とんでもない口の悪さだな。コイツの罵詈雑言を聞いていると、町の奴らの方がまだましだったと思える。
「と言うかだな、お前のいってることはさっきから何一つとして理解できないんだよ。この鎖は何なんだよ? 封印ってどういう事だ? それに、れいしょ? とかラーカ? って何だ? わかりやすく説明してくれ」
一気に疑問を捲し立て、答えを待つ。しかし少女は答える代わりに、半分死んだような目で俺を見てため息を吐いた。
「な、なんだよ」
たじろぐ俺に構わず、少女は台座の上で膝を抱えた。
「はぁ……早まったのです。五百年解けなかった封印を解けるような力の持ち主だし、魔力の質もギリギリとはいえ適していて量も充分以上……これ以上ないくらいの逸材だと思って期待したのに……まさかこんな蒙昧で、あまつさえ自分から縛られに来る変態だなんて。とんでもねー奴を所持者にしちまったのです」
「待てやおい! 最初のはともかく、後ろのは取り消せ!! 俺にそんな特殊な性癖はねぇぞ!」
「チェンジを要求するです。というわけで、もう行っていいですよ人間。ばいばい」
「俺だってそうしたいがな、この鎖がほどけなきゃ動けないんだよ」
「身体を細切れにすれば封印からも抜け出せるのでは? その位ならサービスするですよ」
「いらんわそんなサービス! 殺す気か!!」
不毛な言い争いをしていると、不意に外から妙な気配がした。唸り声に、獸の臭い。口を閉じて壁の隙間から外を覗けば、見慣れた魔物共と目があった。
「あいつら……こんな所まで追ってきやがって」
今襲われるのは非常に不味い。一番ヤバいあの梟はいないみたいだが、それでも絶望的なのは変わらない。鎖のせいか上手く身体に力が入らないし、そもそも両腕も物理的に封じられている。戦うのは論外だが、これじゃ走って逃げることもままならない。
「なぁ、本当にこの鎖解けないのか? このままじゃ俺達二人とも魔物のエサだぞ」
「……すぅ」
振り向けば、少女は台座の上で丸くなり、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「寝てる!? おい、起きろ! 魔物がすぐ傍にいるんだぞ!!」
「う~ん。…………あと五十年……です」
必死に声をかけるが返ってくるのは寝言だけ。五十年とかどんだけ寝る気だコイツは。
心の中で突っ込みを入れている間にも、魔物の一匹が壁の穴に手を突っ込んでくる。それだけで脆くなっていた石壁は簡単に崩れ、隙間が広がる。
「待て待て!! 本当に起きろって、こんな状況で放置する気かおい!!」
俺が身体を揺すって訴えると、鎖で繋がっている少女の首ががっくんがっくんと揺れる。鬱陶しそうに目を開けた少女はまたも俺を見下した。その目には明らかに不機嫌そうな色が浮かんでいる。
「……目覚ましにしても、悪趣味なのです」
「誰が目覚ましじゃ! 良いから外を見ろ。何とかしてここから逃げないと……」
「逃げる? 何処にそんな必要があるです?」
余裕を含んだ少女の言葉に、俺は耳を疑った。いきなり何を言い出すんだ、こいつは。あの魔物の群れが見えていないのか? それとも頭がおかしくなったのか?
「あのな? そういうの今は良いから。とにかく逃げないと殺され――」
「再現――」
少女が何事かを呟いた刹那。また身体の奥から何かが抜けるような感覚に襲われ、気怠さが増す。
「――踊る雷撃」
少女の指先から放たれた銀の雫が、男女の姿をした雷に変わり、廃墟を飛び出して外の魔物を蹂躙する。舞踏を踊るような動きで縦横無尽に駆け回った雷は、天へと登り出す。分厚い雲にその姿が吸い込まれた瞬間、大きな落雷が地上を舐め尽した。
後に残ったのは、炭化した魔物の死骸。運良く生き残った魔物も、半死半生で逃げ出していく。
「おや、殺しきれないとは。封印のせいで半分も再現できてねーのです」
呆然とする俺の横で、少女の欠伸まじりの声でそう言った。
「静かになったですし、もう一眠りするですよ……ふぁぁ」
少女はまるで何事もなかったような顔で台座に丸まり、再び目を閉じた。少しして我に返った俺は、慌てて少女に駆け寄った。
「お、おい、今の何――?」
踏み出した足が床に触れたと思ったら、視界がぐるりと回転する。壁に激突したと思ったらそれは床で、気づけば俺はぶっ倒れていた。
立ち上がろうにも、もう指一本動かせない。瞼が急激に重みを増していく。
「あ……まず……こんなとこでねたら…………」
思いだしたかのように襲ってきた眠気に抗う間もなく、俺は意識を暗闇に引きずり込まれていった。
明日はもう少し早い時間に投稿できるように頑張る所存。
ほんとに頑張ります。
ほんとです。