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灰彩ネゼムと世界写本  作者: 豊豆樹(ほうずき)ゆうちく
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燃え滓ネゼムと世界写本

いつか「果ての果て」へ行こう――



 ※話の進行は遅いです。投稿速度もゆっくりマイペースに行きます。

  完結目指してガンバルゾー٩( 'ω' )و


 やっと出て来たよ、リブカ


 旅の始まりってのは、もう少し穏やかなものだと勝手に思っていた。


 町から追い出されたとはいえ、俺はそこまで悲観的になってはいなかった。何と言っても一人旅、自由に行きたいところに行けるというのは悪くない。


 交易都市とやらには人や物が集まるらしいし、そこで仕事を探して金を貯め、一通り必要なものを買い揃えてから、果ての果てを目指す。そんな大雑把な計画だって、馬車に揺られながら立てていたのだ。


 行った先で、『あいつら』の話にあったような色々なものを見たり、聞いたり。そう考えれば、わくわくするなと言うほうが無理な話である。


 しかし、現実はどうだ。


 都市に行けると思ったら、魔物の出る危険地帯に放り出され、案の定、魔物に追われて死にそうになっている。


「だぁあああああああ、くそくそくそっ! いつまで追いかけてくりゃ気が済むんだよぉおおお!」


 黒の森に放り出されて三日。黒ずんだ景色の中を駆け抜けながら、どうして未だにこんな場所にいるのか振り返ってしまう。


 初めは俺だって、この森から出ようと考えた。すぐに馬車が来た道を引き返そうとしたのだ。追いかけてくるのが、魔物梟だけだったのなら、苦労はしてもそう難しくはなかっただろう。木のうろなんかに入り込んでやり過ごせば、幾らでも逃げようはあった。


 ただ、そうは問屋が卸さなかった。道を戻ろうとした俺の前に、別の魔物が現れたのだ。


 黒梟ほどじゃないが、鋭い牙と爪を持つ、六つ足の狼。そいつが瞳をぎらつかせながらのっそりと姿を現した。それも一匹や二匹ではない。大勢だ。


 俺は突然のことに混乱しながらも、捕まらないように全力で逃げた。そして、魔物に追い立てられるうち、気がつけば森のより深く深くまで来てしまい、もう元の道に戻るのは絶望的だった。


 なんだって俺がこんな目に遭わなけりゃならんのか。何かにつけ理不尽な世の中だが、ここまで酷い目に遭ったのは初めてだ。こういうのをなんて言うのか、全くもって遺憾……ちがう。怒髪天を衝くとかだ。俺をこんな場所に放り出した町の奴らに対する怒り、そしてしつこく追いかけてくる魔物共への怒りである。


「くそったれ! こんな事で俺を殺せると思うなよ。何が何でも生き残ってやるからな!!」


 その怒りを力に変えて、逃げ続け早三日。


 そろそろ限界が近い。だというのに、魔物共は一向に諦める気配がない。


 今も獰猛なうなり声がすぐ後ろから聞えてくる。


 この魔物共、いい加減しつこすぎる。町の奴らには嫌われていたが、魔物にまで嫌われているとは知らなかった。俺が一体何をしたっていうんだ。やっぱりこの髪の色が悪いのか? この色が、何か魔物を興奮させるような性質でも持っているのだろうか。どうしたら許してもらえるんだ? あれか? 謝れば良いのか?


 柄にも無く後ろ向きな思考になってしまうが、仕方ないことだろう。昼夜問わず追いかけ回され、休める場所と行ったら木のうろか岩の隙間。たとえ休めてもそれはほんの短い間だけ、碌に眠れもせず走りっぱなしなのだ。追いかけてくる魔物も、いつの間にか種類と数が増えている。上空を飛ぶ梟、地上を走る狼以外に、全身針を生やした猪、地面を掘り進んでくる巨大百足、羽の生えた小さな蜥蜴などなど。


 全員が全員俺を追いかけ続けているわけではなく、魔物同士で争って途中で脱落したり、一時は何処かに行っていて戻ってきたりする奴らもいるが、全体としての数は日に日に増している。これが数の暴力というやつなのか。


 確かに、田舎町にいたらできないような経験に心躍らせてはいたが、こんなものを望んでいたわけじゃないぞ。


「くそ……」


 走り続けていた俺は、ようやく足を止めた。


 振り切ったわけではない。まだ魔物共は追いかけてきている。


 道がないのだ。


 いつの間にか、断崖の上まで追い詰められていた。


 崖下を覗きこめば、遥か下に木々の頭が揺れているのが見える。すぐ後ろでは、魔物共が俺に襲いかかろうと様子を窺っている。


 前方の崖、後方の魔物の群れ。どっちに進めば、生き残れる確率が高いだろうか。疲れ切った頭では答えは出ない。


 頭上に影が差した。


「――っ!」


 何事かと顔を上げた俺は、声が出なくなるほど驚いた。身体が凍り付くような感覚がして、血の気が引いていく。


「ホーホー……」


 四つの羽を持つ怪鳥。遥か上空を飛んでいた梟が、俺が足を止めたのを見て降りてきたのだ。格の違う怪物の登場に、その場のすべての生き物が呼吸を止めたかのように静まりかえった。梟は首を百八十度傾け、その様子を眺めると、おもむろに翼を大きく羽ばたかせた。その瞬間凄まじい風が吹き荒れ、身体を浮遊感が襲う。


「お、おぉおあああああああああ!!」


 疲労しきったところに吹きすさぶ風。耐えきれるはずもなく、崖から身を踊らせた俺はそのまま真っ逆さまに転落していった。

「ホー……?」

「ほーじゃねぇこのくそとりがぁああああああああああああ!」



 高所から落ちた人間が地面に叩きつけられたとき、一体どんな声を出すのだろうか。


「ぐぇええ」


 正解はこんな声。


 こういうことも、町にいたら一生経験できなかったと考えれば、少しは前向きになれる。


「そんなわけねぇだろ! ……けほっ」


 激痛が走る身体を地面から引き剥がし、辺りを窺う。さっきまで追いかけてきていた魔物たちの気配は無かった。


 崖から落ちたときは死んだかと思ったが、生い茂った枝葉が良い具合にクッションになってくれたようだ。我ながら運が良い。いや、運が良いならそもそも魔物に追いかけられたりしないんだが。


 一旦安全を確認した俺は、その場で大の字に寝転がった。


「はぁー……生きてる」


 当たり前の事実をかみしめて震えていると、茂みから見慣れた『やつら』が飛び出してきた。


「にゅ」「にゅにゅ」「もー」


 銀色の身体を波立たせながら、ミミズのようにくねくねとこちらに近づいてくる。


『ネ、ネゼ……ディ、シハシハ』


「元気そうだなお前ら……」


 俺は周りでわさわさする『やつら』に返事をする気力も無く、体力が回復するまで休息をとった。


「さて……」


 落ち着いてきたところで、これからどうするかを考える。まず、ここは何処なのか。余裕も無く突っ走ってきたから、自分が今どの辺りにいるのかまるでわからなくなってしまった。周囲は相変わらずの森。ただ、この辺りの木々は黒ずんでおらず、普通の色をしている。奇跡的に黒の森から抜け出せたのだろうか。しかし、町の近くにあった森とは、また雰囲気が違う。辺りは不気味なほどに静まりかえっている。


『こっち、こっち』


「ん?」


『こっち、来て』


 気がつくと、周りを囲んでいた『やつら』が移動して、とある方向に集合していた。


「そっちに何かあるのか?」


 まぁ、ちょうど行き先も見失ったところだし、取りあえずついて行ってみるか。『こいつら』は物知りだから、ひょっとしたら森を抜ける道を案内してくれるかもしれん。


 そう考え、ちょろちょろと移動する『やつら』の後に付いていく。しかし、そんな俺の期待に反して、『そいつら』はどんどん道なき道を進んでいく。森は沈黙を守り、自分の足音と息づかい以外は何も聞えない。魔物どころか普通の獣すらいない。沢の水で喉を潤し、その辺になっていた木の実を囓りながら俺は首を傾げた、食い物があるのに、それを食べる動物がいないっていうのは、少し異常だ。


「なぁ、何処に向かってるんだ?」


『おうち、家、住処』


 少しの間を置いて、そんな答えが返ってきた。


「いえ?」


 ……そういや今まで気にしたことなかったけど、『こいつら』って一体何処からやって来てるんだろうか。木の根っことか石の下とかに住んでるイメージだったんだが、実際はどうなんだろう。


『ここ』


 考え事を中断して顔を上げると、半ば土に埋もれるようにして、石造りの建物があった。それは箱といった方が近いかもしれない。入口も窓も無い、四角い箱。壁の一部が崩れて外と繋がっており、銀色のミミズが身をくねらせて中に飛びこんでいく。俺も中を覗くと、外からの光に照らされたそこは、恐ろしく殺風景な場所だった。


「何処だよここ……。ん、何だこれ、本……か?」


 埃臭く澱んだ空気を我慢して部屋の中に頭を突っ込む。ほとんどただの空洞で、中央の台座と、その上の本以外は何も無い。中央の本は、深みのある青の装丁に、まるで龍のような模様の銀細工があしらわれたもので、鎖で何重にも縛られて台座に固定されている。家って言ってたけど、こんな場所に住んでたのか。俺の寝起きしてた家畜小屋も酷かったが、ここも大概だな。


『ネ、ネゼム……ディブー、シハ』


 本の周りに集まった奴らが、何か訴えるようにうごうごしだした。


「なんだ?」


『助けて』


 助ける? 誰を?


『助けて、おうち、家』


『助けて、ネゼム』


 もしかして、家ってその本のことなのか? 鎖で縛られてるし、帰れなくて困っているとか? それで俺に何とかしてほしくてここまで連れてきたのか……。


 あわよくば森を抜けられないかという期待は、当てが外れたところだが。


「まぁ、お前らには色々助けてもらったしな」


 ぶっちゃけ今はそれどころじゃない気もするが……。こんなのでも、シラを除けば唯一? 俺とまともに話してくれた『やつら』だしな。それにここまで森で生きてこられたのも、『こいつら』からもらった知識が役立ったからだ。森での気配の隠し方とか、危険な獣から逃げる方法とか。


 流石に見捨てるのは忍びないし、できるんなら助けてやりたいが……。


「とは言っても、どうすれば良いんだ? 鎖を外せば良いのか?」


 言いながら、廃墟の中に足を踏み入れた瞬間。床が強く光り出し、奇妙な紋様が浮かび上がった。それに合わせて、本を縛っていた鎖も不気味に輝き出す。


「な、なんだ?」


 慌てて後ずさりした俺の腕を何かが引き留めた。見れば、本を縛っているのと同じ鎖が、俺の腕にも巻付いている。


「何だよこれ!? くそ、離せ!」


 咄嗟に振り解こうと腕を引くがまるで意味が無い。それどころか、鎖はさらに勢いを増して俺の両腕を巻込むように上半身を拘束した。同時に、身体の中の何かがごっそりと抜け落ちるような感覚に襲われ、力が抜ける。その拍子でバランスを崩し、顔面を床に強かに打ち付けた。


 やがて周囲を覆っていた光が落ち着き、元の静けさを取り戻した。


「何だってんだよ一体……」


 鼻の痛みを堪えてどうにか起き上がり、状況を確認しようと顔を上げた俺は、


「…………」


 台座に腰掛けた少女に目を奪われた。


 さっきまで古ぼけた本が置かれていたはずのその場所に、美しい銀髪の少女がいた。人間の子供より、さらに一回りほど小さい。少女は天の川のように輝く銀髪を腰まで流し、海のように深い青の瞳を瞬かせ、悠然と台座に腰掛けていた。身に纏う白と青の装束は繊細で、まるで物語のお姫様が着ている衣装のようだった。


 その首には異質な鎖が巻付き、俺の身体を縛る鎖と繋がっていた。


 少女が、淡く色づいた唇を開く。


「ざっと五百年……です?」


 鈴を転がすような声が、廃墟の中で凜と響く。


 自分の身体を確かめるように呟くと、少女は次にこちらを見た。


「愚かで矮小な人族。不完全とはいえ、長らく解けなかった封印を解いてくれたことには感謝してやるです。褒美に、私の望みを叶えるまでの間、お前を私の所持者マスターにしてやるです」


 呆気にとられる俺を見下して、少女は続けた。


「私は銀の霊書、世界写本リブカ・イーブ。原初にして終焉の書。遍く世界を記述し記録し綴じるもの。一時とは言え、この私の所持者になれること、光栄に思うといーです」


「……」


「人族、名は?」


「え?」


「え? じゃねーです。耳が腐ってるですか? テメーの名前を教えろって言ってるですよ。こっちに名乗らせておいてだんまりとか、どういう神経してやがるです? これだから礼儀を知らない人族は」


「あ、ああ、俺は……」


 初対面のくせに随分口汚く罵られている気がするが、今の俺にはそんなことに反応するだけの気力もなく、ただただ目の前のことに圧倒されるだけだった。身体に巻付く鎖のことも、この時ばかりは気にならなかった。


「俺は……」


 名前、名前か。


 果たしてこの少女にどう名乗るべきか、俺は咄嗟に迷ってしまった。


 恐らく、多分だが、俺にも「名乗るべき名前」があるんだろう。町の奴らが口にするような「燃え滓」だの「疫病神」だのとは違う何かが。


 ただ、思い出せなかった。記憶が無いことで困ったと感じたのは、ひょっとすると今この瞬間が初めてかもしれない。


 焦りを感じる頭の中で、閃くものがあった


「……ネゼム・ディブーシハ」


 ずっと気になっていた、謎の言葉。これは、名前だったんじゃないだろうか。『あいつら』はずっと俺をそう「呼んで」いたのでは? そう考えると、しっくりくる。名前、俺の名前。そうか……そうだな。


「俺の名前……ネゼム・ディブーシハ」


 ずっと耳にしてきた言葉だからか、口に出すと案外すんなりと受け入れられた。


 ネゼム。燃え滓なんてのより、よっぽど良い名前だ。


「ネゼム・ディブーシハ。これが俺の名前だ」



 こうして俺は、一冊の少女と出会った。


 原書にして終焉の書。遍く世界を記述し記録し綴じる銀の霊書。


 世界写本リブカ・イーブ


 この瞬間から、俺はリブカの所持者マスター、ネゼム・ディブーシハになった。



 ……なってしまった。


 今週はここまでです。

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