燃え滓と突然の旅立ち
いつか「果ての果て」へ行こう――
※話の進行は遅いです。投稿速度もゆっくりマイペースに行きます。
完結目指してガンバルゾー٩( 'ω' )و
ジョジョを読んでいたら遅くなりました。すみません。
ようやく岩場から抜け出したときには、すでに日が登り始めていた。隙間の入り口には深々と抉られたような爪痕が残っていて、昨日の化け物の危険さを再認識させられた。
それにしても昨日は最悪だった。俺が挟まった隙間に雨水が染み込んできて、一晩中寒さに震えっぱなしだったのだ。今日だけは、煙突の中が恋しいぜ。暗くて狭くて汚くても、取りあえず温かいからな。
疲れ切った身体を引き摺ってようやく町に戻ると、森の入り口に親方がいた。親方だけじゃなく、町の大人たちが集まっている。昨日森で絡んできた男たちもいて、あれこれと話し合っているようだ。シラも神父服を着た壮年の男に付き添われてその場にいる。
「おまえ……何で生きてるんだ!?」
戻った俺の姿に気づき、弓矢男が驚きと恐怖に染まった顔を向ける。周りの大人たちも、何を聞かされたのか、今までの忌み嫌うような表情に、恐れの色が混じっていた。
「お前らはもう良い。家に戻っていろ」
「で、でも……」
「良いから戻れ! 勝手に森に入ったこと、後できっちり話をしなけりゃならんからな」
弓矢男の父親だろうか、何処か顔立ちが似ている気がする。強面の男に一喝されて、昨日の三人はすごすごとその場から去っていった。
「シラ、あなたも」
「……はい」
神父服に促されてシラも踵を返す。
「シラ」
「ッ……ごめ、なさい」
一瞬だけ立ち止まったシラは、振り向かないまま逃げるように走り出した。
思わずシラを追いかけようとすると、俺の前に神父服の男が立ち塞がる。
「君には、少し話があります」
「知るか」
シラを追うために横をすり抜けようとすると、俺の腕を神父服が掴んだ。意外にガタイが良く、もの凄い力で捻られ、関節が悲鳴を上げる。
「いッ――! 離せよ!!」
「さて、町長。先程のお話ですが、私は冒険者の店に依頼するのは反対です」
話を向けられた気の弱そうな男は、その言葉に首を傾げる。
「何故ですかな、神父様」
「今回目撃された梟の魔物は、かなり危険な部類に入ると思われます。退治するとなれば、纏まった数の実力者が必要になります。そうなれば、よそ者を大勢招かねばなりませんよ? 中には、町を荒らすような粗暴な輩もいることでしょう。私も今でこそ敬虔な神の信徒ですが、昔は冒険者まがいのことをしておりましたから、その当たりには詳しいのです」
「ううむ、しかし――」
何か口を挟もうとした町長を制して、神父服が続ける。
「依頼して騒ぎが大きくなれば、領主様や、最悪王国の方にもこの事件が知られてしまうかもしれませんな」
「それは困る!」
親方が頬の肉を揺らしながら叫んだ。
周囲の視線が一斉に突き刺さり、親方はばつが悪そうに一歩下がる。
神父服は静かに、諭すような口調で周りに語りかけた。
「話によれば、この少年が魔物を呼び出し、使役したとのこと。つまり、魔物を退治せずとも、この少年さえどうにかしてしまえば解決するわけです。ですが冒険者に依頼したことで騒ぎが大きくなり、そのような危険な存在をかくまっていたと知られれば、町の住民、皆さん全員が魔物の手先としてなんらかの処罰を受けるやもしれません」
は、魔物を呼び出した? 俺は殺されかけただけで、なにもしてないぞ? こいつは何を言ってるんだ?
困惑する俺を置き去りに、神父の言葉によってにわかに大人たちがざわついた。
「かくまってなんていないわ!」
「こ、こいつが買ったのが悪いんだ。こんな気味の悪いやつ、俺達は反対したのに」
「俺だけのせいにする気かよ!」
醜い争いを始めた大人たちにむけて、神父服が手を挙げて注目を集める。
「落ち着いてください。皆さんに罪がないことは私がよく知っています。ですが、領主様が我々のような下々の言葉を信じてくださいますか?」
その問いに、大人たちは皆黙り込んでしまう。
「で、ではどうすれば……教会に助けていただけるのですか」
おどおどしながら口を開く町長に、神父服は残念そうに首を振る。
「教会に報告するのも上手くはありません。魔物の根絶を教義として掲げておりますから、過激な方に目をつけられれば、面倒なことになります」
「そ、そんな……どうにかならないのですか」
顔を青くする彼らに、神父服は深く肯いてみせ、安心させるような声で語る。
「わかりました。私の立場としては報告すべきなのでしょうが、皆様のためにも、今ばかりは口を噤みましょう。後はこの少年のことですが、こちらも私にお任せ下さい」
神父服の言葉に皆ほっとした顔になる。
「それで、どうなさるのですか? やはり、この場で処刑を?」
強面の男が恐ろしいことを口にする。周りの大人たちも、口には出さないが、目で賛成の意思を示しているようだ。冗談じゃない! 魔物を呼び出しただか使役しただかしらねぇが、えん罪で殺されるなんてまっぴらごめんだ。たとええん罪でなくとも、殺されて堪るかっての。
「いいえ、下手に刺激して魔物がやって来たら不味いでしょう。それより、昔の知り合いに、こうした呪われた子供に詳しい者がおります。ちょうど交易都市の方に居を構えておりますので、その者の元にこの少年を送りましょう」
「それはありがたい! ぜひ、是非お願いします! これ以上こいつを町に置いておくわけにはいかんですからな」
町長は縋り付かんばかりの勢いで神父服に頭を下げる。他の大人たちも皆助かったという表情で張り詰めていた空気が弛緩していく。親方だけは顔の皺を深くしていたが、どうでも良い。
「それで町長。代わりというわけではないのですが、一つお願いがありまして……」
「は、何でしょうか?」
「空いている畑を少しばかりお貸しいただきたいのです。以前から孤児院の子供たちにも、作物を育てさせたいと考えておりましてね」
「ほぉ、それは良いですな!」
こうして、本人には全く説明も弁明も機会すら与えられないままに、俺の処遇が決まったらしかった。
どうやら俺は、この町を追い出されるようだ。
「くっそ。なんだって俺がこんな事」
御者台に座る親方が、もう何度目かわからない悪態を吐いた。
俺は交易都市に売りに行くという荷物と共に馬車の荷台の中に収まっていた。服はいつものボロではなく、普段町にいる人間が着ているくらいのまともな服装にはなっている。町長たちとの話を終えた後、神父服に連れられていった孤児院で着せられたものだ。孤児院では水浴びもさせられて、今の俺はかなりサッパリとした様子になっている。
誰に対するどんな配慮なのかわからないが、まぁ追い出す前の餞別のようなものとでも思えば良いんだろうか。孤児院にいるだろうシラとは、会わせてもらえなかった。シラはもう、俺には会いたくはないのだそうだ。町の人間にどう言われても気にはならないが、シラにそう言われたとなると流石に堪えた。昨日のことを思えば仕方ないのかもしれんが、正直ちょっと、いやかなり傷ついた。そんな事もあり、俺は大人しく荷台に載せられ、町を出ることにした。
俺を都市まで送る役目を負ったのは、親方だ。俺を人買いから買って町に引き込んだ元凶というか、その責任を取るという意味もあって、この役を押しつけられたわけだな。いい気味だと言っておこう。きっちり交易都市まで送り届けてくれよ。
町を出て数時間、今は森に通る道を走っていた。荷物が重いのか親方が重いのか、馬の進む速度は随分ゆっくりだ。昨日の雨が嘘みたいに空は晴れ渡り、柔らかく差し込む木漏れ日と、とろとろと進む馬車の震動に眠気を誘われる。
俺は馬車に揺られながら、これからのことを考えていた。
町を追い出されて、神父服の知り合いの元に行くらしいが……そんなのは俺の知ったことではない。せっかく町から出てでかい都市に行けるのだし、このまま「果ての果て」を目指すのも悪くないかなと思うのだ。
現状、先立つものも何も無いが、そこはどうとでもなるし、どうにかするしかないだろう。
自分でもどうかと思うくらい楽観的な考えだが、実際なるようにしかならないのだから仕方がない。
そう考えて、まだ見ぬ都市の光景に想像を膨らませていると、徐々に森の木々が黒ずみ始める。木が茂って日を遮っているのではない。木の幹や、木の葉自体が、黒々と色づいているのだ。
これが噂の「黒の森」か。そのまんまだな。子供の躾けに使われるくらい危険な場所として有名だが、ここを通らないと都市には行けないのか? 親方に聞いたら、めんどくさそうに「近道だ」と言われた。
黒ずんだ下草を踏みつぶしながら進んだ馬車は、やがて速度を落として止まった。
「どうして止まった?」
「馬が疲れちまったんだよ。少し休ませて、水も飲ませてやらなくちゃならねぇ。お前、ちょっと近くの沢行って水を汲んでこい」
荷台に積まれた空桶を指差して親方が言う。
「どうして俺が」
馬が疲れたんだとしたら、そいつは十中八九親方の腹についた余計な重りのせいだと思うんだがな。
「お前は座ってるだけだろうが! 少しは働け! 俺は疲れたから少し寝る。起きるまでに帰ってこいよ」
こいつは最後まで……。まぁ良いか。俺だって早く都市に行きたいし、この際水くらい汲んでやろうじゃないか。都市に着きさえすれば、この油顔ともおさらばだ。
「沢はどっちだ?」
「知るか! そんなもん自分で探せ」
そう怒鳴ったきり、親方は横になっていびきをかき始める。俺はこれ見よがしにため息を吐き、荷台を降りた。とにかく沢を探すか。水の流れる音が聞えないか耳を澄ませ、適当に草を踏み分け歩きだす。
直後、馬のいななきが森に響く。
驚いて振り向けば、馬車が元来た道を戻っていくのが目に入る。寝ていたはずの親方は起きて手綱を握っている。親方は俺に気づいて手を振った。
「あばよ燃え滓。町のためにも、お前はここで死んでくれや!」
乱暴に鞭を打たれた馬によって、馬車は来たときの倍の速度で遠ざかっていく。
「クソ神父はガキ共の言葉を真に受けてたみたいだが、あの燃え滓が魔物を操るなんざあり得るかっての! 都市まで連れていかずとも、ここに捨ててきゃ勝手に野垂れ死ぬしかないぜ!」
しかし、少し進んだところで馬が急に立ち止まり、馬車は止まってしまった。
「おい、何してんだ! とっとと走れ!」
どれだけ強く鞭を打たれても、馬は走り出そうとしない、むしろ後ずさりしそうな勢いだ。それも無理のない話だろう。
木々の隙間から、滑るように巨大な梟が出現したのだから。
「ホー……ホー……」
昨日襲ってきたやつだ! 梟を見た親方は怯えきった顔でその巨体を見上げた。
「あ、あぁ……」
「ホー!」
梟は俺と目が合うと、興奮したように翼を広げて突進してきた。それだけで凄まじい突風が吹き荒れる。
「グギャ――……!!」
途中にいた親方の乗る馬車はもろに巻込まれ、梟の鋭い爪に引き裂かれる。
あまりにもあっけなく、親方は血の海に沈んだ。上半身が激しく抉れ、一目で息をしていないのがわかった。
悠長に観察しているような余裕もなく、馬車を引き裂いた梟は俺の方へ頭から突っ込んでくる。
気づけば目の前に迫っており、躱す間もない。
衝撃。
肺の中の空気を強制的に吐き出され、視界が明滅する。
「ホー……ホー……?」
目の前に降り立った黒い梟が、奇妙に回転した頭で俺を見下ろした――。
今週は土日に一本ずつ投稿していく形になります。