燃え滓と夢
いつか「果ての果て」へ行こう――
※話の進行は遅いです。投稿速度もゆっくりマイペースに行きます。
完結目指してガンバルゾー٩( 'ω' )و
午前中の内に投稿しようとしていたのを、お昼を食べた後に思い出しました。
「やっぱりここにいた」
「そうか、シラか」
やって来たのは栗色の髪を短く切り揃えた、柔らかい目元の女の子、シラだった。それで『あいつら』、慌てて逃げ出したんだな。ゆっくりと歩いてくるシラの手には木製のトレーがあった。
「お腹空いてると思って」
そう言うと、シラは俺のとなりに腰を下ろす。二人で河原に並んで座るかたちになった。シラがおいたトレーには、パンやスープ、粗末な食事が乗っている。どう見ても一人分だが、シラは固いパンを苦労して二つに割ると片方を俺に差し出した。
「毎日毎日、来てくれなくてもいいんだぜ」
「えっと、迷惑だったかな?」
シラはばつの悪そうな顔で手を引っ込めそうになる。俺はその前に手の上のパンをひったくり、一口で頬張りながら、首を横に振った。
「ありがたいけどよ、探すの大変だろ?」
俺は別に毎日森の同じ場所にいる訳じゃない。むしろ、変に町の人間に出くわさないように頻繁に場所を変え、見つかりにくいところを選んでそこで過ごしている。だというのに、シラはそんな俺のところにやって来ていつも食事を分けてくれる。四六時中腹ぺこな身からすれば飯がもらえるのは素直に嬉しいし、自分の分を分けてくれるというなら、なおさら、迷惑なんて欠片もない。
ただ、俺の方がシラに何かしてやれるわけでもないのに、そこまでしてもらうのは悪い気がする。
俺の言葉に、今度はシラが首を振る。
「大丈夫。君がいるところはすぐにわかるから。探すってほどじゃないもん」
なに? こっちは見つかりにくい場所に隠れてるってのに、すぐ見つけられるだと……。シラめ、おっとりしてそうなのに意外な才能を持ってやがるらしい。あるいは、俺が隠れるのが下手かのどちらかだな。どちらにしても、もう少し隠れる場所を考えた方がいいだろう。次はもっと森の深い場所にするか。
そう決意しながら、俺は話を続けた。
「でもいいのか? 孤児院を勝手に抜け出してきたら怒られるだろ」
「……それも平気。いんちょうたちは、あたしが外でご飯を食べてても気にしないから」
「ふーん。シラは信用されてんだな」
「しんよう?」
俺はスープの残りを飲み干してからうなずいた。
「ま、シラは俺のことを変に差別しないし、飯を分けてくれるくらい良いやつだから、院長たちに信頼されるのもわかる話だな」
「…………」
返事がないのを不思議に思って顔を上げると、シラはほんの少し困ったように眉を下げた。
「そう、なのかな。よくわかんないや。それにしてもさ。難しい言葉を使うよね、シンヨウとかシンライとか」
これはまた急に話が変わったな。
「そうか? まぁ俺は大人だからな」
実際のところ、これは『あいつら』のお陰だろう。いろんな話を聞いていると、知らず知らずいろんな言葉を覚える。『あいつら』のする話は、例え聞いたことのない言葉でも自然と意味が理解できてしまうのだ。色々と興味深い知識も増えたりして、ただ面白いだけではないのが『あいつら』の話の良いところだな。
「ふふっ」
得意になって胸をはると、シラはおかしそうに笑いを漏らした。
「どうして笑うんだよ?」
「だって、どう見てもあたしと同じくらいの年なのに、自分を大人だ、なんて言うんだもの」
おいおい、そいつは聞き捨てならないな。どう見てもってのはどういう意味だ? まるで俺が小さな子供だとでも言うみたいじゃないか。
「それはわからないぞ。記憶がないから定かじゃないが、俺はお前よりうんと年上かもしれないんだからな? エルフとかみたいに」
決してドワーフみたいとは言わない。俺はそこまで小さくないからな。
「君はえるふなの?」
「違うだろうな。耳もとがってないし」
「じゃあやっぱり」
「だけどな? 耳のとがってないエルフだってこの世界にはいるかもしれない。その可能性は絶対になくならないんだぞ?」
「うーん……?」
シラは混乱した様子で首を捻った。そのまましばらく沈黙が続く。聞こえるのは川の流れと、時おり吹く風の音だけだ。この辺りは、森でも平和な場所だな。やってくる獣もまれだし、もし現れても、襲いかかってはこない。おそらく、森の安全地帯というやつなんだろう。
「ねぇ。この町のこと、どう思う?」
「どうって……」
広い畑にまばらな家々が立つ、のどかな町の風景を思い起こす。良くいえば牧歌的、悪く言えば、芋臭い田舎だ。ちょくちょく行商人が来ると言うのに、宿すらない。割と近くにここよりでかい都市でもあるのだろう。そしてきっとそこの方が何倍も発展して賑やかにちがいない。ここより人も多くて、畑の代わりに建物がひしめいているような場所なんだろうな。行ってみたい気もするが、何百もの煙突が生えている景色を想像してげんなりした。
やはりここは良い町だ。町と言いつつ村程度の規模しかないし、煙突のある建物なんて数えるくらいしかないからな。町の住民は冷たいが、シラみたいなやつもいるし。
「それなりに良い所なんじゃないか」
「煙突掃除って大変?」
「それなりだな」
「辛くない? 記憶もなくて……町のみんなもああだし」
これは、気遣ってくれてるのか? 本当に良いやつだなシラは。この町の奴らと同じ土地で生きてることが信じられないぜ。
「心配ないさ。記憶はなくても飯を食えば腹は膨れるし。それに、言いたい奴らには好きに言わせておけば良い。耳元で騒がれなきゃ、そよ風と一緒だ」
俺がそう言うと、なぜだかシラは顔を伏せた。
「そう……強いんだね」
ふいに強い風が吹いて、シラの栗色の髪を揺らしていく。
う―ん、どうも様子が変だな。シラは基本大人しいやつだが、今日はいつもより元気がない。……よし。
「行くぞ、シラ」
「え、行くってどこへ」
戸惑うシラの手を引いて俺は駆け出した。しばらく行くと森を出て、小高い丘の上に登る。そこからはちっぽけな町全体が見渡せてしまう。
「わぁ……!」
「良いところだろ」
この場所は森をうろついていたときに偶然にみつけた。町から遠くて、周りに道も無いから、まず人はやってこない。見晴らしが良く、風が気持ちいい、俺のお気に入りの場所だ。今日は良く晴れて、綺麗な青空が広がっている。おかげで、町の奥の広大な景色までを一望できた。
南の方角を指差してシラに言う。
「あっちには、空に浮かぶ巨大な球状の都市がある!」
「え?」
指をそのままスライドさせ、今度は西に向ける。
「向こうにはドワーフの住む大山脈があって、その向こうにはエルフたちの森がある! んで、その森のさらに向こうには、妖精の楽園に通じる道がある」
最初は戸惑ったシラも、黙って俺の話を聞いてくれる。俺はさらに指を向ける先を変え、今度は北に。
「そして、あっちが魔族領。その先の世界の果てには、魔王が作ったという巨大な塔がある! そしてそのさらに先、そこが『果ての果て』だ」
ここで言葉を切って、もう一度口を開く。
「俺はいつか、この町から出て『果ての果て』に行くんだ」
「そこにはなにがあるの?」
俺は首を振る。
「わからない。今まで誰一人到達したことがないからな」
「わからないのに行くの?」
「わからないから、行くんだ」
「危なくない? 魔族の領土には魔物が一杯いるんでしょ?」
「だろうな。でも、行ってみたいんだよ」
シラも俺の指差す遙か北をみつめる。そして、まるで独り言のようにぽつりと漏らす。
「そっか。あたしもこの街を出たいな……そして、あたしの事なんて誰も知らない場所に行きたい。それこそ、世界の果ての果てへだって」
「行けるさ。なんなら、一緒に来るか?」
「いいの?」
驚いてこっちを見るシラに、俺は肯いてみせる。
「もちろん。シラには世話になってるしな。その位ならまかせとけ」
「じゃあ、お願いしようかな。いつか、その時が来たら、一緒に世界の果ての果てに行こうね」
シラがいつものように優しく笑ったのを見て、俺は少し安心した。
「ああ、約束だ」
心地良い風が吹き渡る丘の上で、俺達はしばらくの間何をするでもなく、ただ町の景色を眺めていた。
今日はもう一回投稿します。