ネゼムと森荒らし
いつか「果ての果て」へ行こう――
※話の進行は遅いです。投稿速度もゆっくりマイペースに行きます。
完結目指してガンバルゾー٩( 'ω' )و
ゆっくりでも 進めばいつか 辿り着く 今日も今日とて のんびり行こうぜ
森の中を突っ切って進み、しばらくすると少し開けた場所に出た。のぞく空の色には、少しずつ朱が混ざりだしている。周囲を探してみるが、確かに人間らしき影は見当たらない。
「誰もいないねー」
「そんなはずないの。本当についさっきまでこの辺りにいたはずなの」
「もうっ。どこに行ったのよ!」
しかしその光景は、どこか見覚えのある物だった。
あの時と違い、周囲の木々は黒化している。夕闇が迫る空とも相まって、受ける印象は大分違うが。それでも、見間違いようのない物がそこにはあった。
「なぁ、ベス」
「どうしたの? ネゼムお兄ちゃん」
「お前達は、この森の中でのことなら、何でも把握してるって言ったよな」
俺が確認すると、ベスは肯いた。
「そうなの。森の生命達が見聞きしたことを何でも教えてくれるから。その声を聞き集めれば、わからない事なんて無いの。だから、森に入ってきた人間を見失うなんて、あり得ないの」
「森って言うのはよ。一体どこまでが『森』なんだ?」
「え?」
「例えば、森の外にある人間の街なんてのは、明らかに森じゃねぇよな。家も沢山建ってるし、畑はあっても、木も草もほとんど生えてねぇ」
「そんなの当たり前でしょ。だからなんだって言うのよ!」
「それじゃあ、森の中にある廃墟とかはよぉ、これは森って言えるのか?」
「あ……」
俺の視線の先にあるのは、崖に半分埋まったようにしてある、石造りの廃墟。窓も扉もなく、入口らしいのは崩れかけた石壁の隙間だけ。
あの時、黒の森で魔物に追い回され、死にかけていたときに、リブカと出会った場所だ。出会ってしまった場所だ、と言い換えておこう。
正確には、その残骸と言った方が正しいかもな。もともといつ崩れてもおかしくない程脆かったが、天井も壁も綺麗さっぱりなくなり、中央の台座が野ざらしになっている。
瓦礫で塞がっていたはずの階段が、どかされて上れるようにされている。瓦礫を取り除こうとして、部屋が崩れたのか。階段の先は、絶壁にぽっかりと空いた孔のようになっており、見通せない闇で埋め尽くされていた。
廃墟と言っても、昔は人が使っていたであろう建物だ。ここが森の中ではないのなら。そして森荒らしがこの中に入っていたなら、妖精達に居場所が掴めなくても不思議はない。
「もしかして、この先に……?」
妖精達が息を飲んだ音がきこえた。
「行くぞ」
俺達は、夕闇を背に、光の届かない廃墟へと突入した。森荒らしは、きっとこの先にいる。
ベスが呼んでくれた数匹の蛍が足下を照らす。
階段はまっすぐ伸びているわけではなく、左曲の螺旋階段だった。カーブしているせいで先が見通せず、どこまでも続く階段を、それこそ永遠に登り続けているような気分になる。道幅は大人五人が並んで歩けるほど広いが、暗いせいか圧迫感がある。
「暗いし、狭いし、嫌なところね。早く外に出たいわ」
「メグねぇ怖いの?」
「バッカ、エイミー! あんた何言ってるの? 怖いわけないでしょう? このアタイに怖い物なんてないんだから! ていうか、あんたもアタイがこういう場所が苦手だって知ってるでしょ!」
「ベスも早く外に出たいの。ここは花もないし、空気が澱んでるの」
「おい、あんまり騒ぐなよ。相手に気付かれて、逃げられたら面倒だ」
妖精達は階段を上り始めてから調子が悪そうだ。メグとベスは得に、暗い中でもはっきりとわかるぐらい顔色が悪い。
「お前らだけでも戻るか?」
「ううん、大丈夫なの。ベスはお兄ちゃんと一緒に行くの」
「アタイだって、あんた達が森荒らしを退治するとこ、きちんと見届けるまで帰らないわ」
それからは黙々と進んだ。メグ達の願いが通じたのか、程なくして階段の終わりが見えてくる。階段の幅に見合った大きさの重厚そうな鉄扉は、すでに開け放たれ、中の様子が丸見えだ。
扉の先は、荒れ果てた廊下が続いている。左右の壁には、いくつもの扉が並び、見上げるほど高い天井は何カ所か孔が空いており、空が覗いていた。
並んだ扉の一つ。その中を覗くと講堂のような広間になっており、かろうじて原形を留めた机が階段状に並び、扇形に配置されていた。前の黒板は壁から外れかけ、教壇は天井から落ちた石材で粉々に砕かれている。
実際に目にしたのは始めてだが、これが教室……『学び舎』なのか。腕だけ蜥蜴は全部消し飛ばしたとか言っていたが、まだ一部は残っていたんだな。廃墟だけど。
「ん?」
血。黒っぽい血だ。
ひび割れた石畳の床に、汚れがついている。かがんで詳しく見てみると、結構新しい。つい最近ついた物みたいだ。円い血痕が階段の方から廊下に伸びている。
森荒らしは怪我をしているのかもしれない。森で結構激しく争っていたみたいだしな。そう思って血の跡をたどるが、血は廊下の途中で途切れてしまっていた。そこは天井に空いた孔のちょうど真下で、空からの弱い光が差し込んでいる。光源があるのを幸いに、近くの床や壁を調べてみるが、変わったところはない。
妖精達は俺の傍で大人しくなっていた。外に出れば元気になるかと思ったが、建物の中だとダメなのか。さっきよりは顔色も良さそうだが、依然として沈んだ顔をしている。
捜索を再開しようと立ち上がった俺の背中に、突然声が弾けた。
「こそこそつけてくる者がいるのは分かっていたが。どんな奴かと思えば、驚いたな。まさか、こんなところで君に会うとはね」
振り返ると、廊下の奥の扉から、一人の男が姿を見せるところだった。
背が高く、ガタイも良い。明らかに荒事慣れした雰囲気の、目つきの鋭い男だ。その手には、革紐で縛られた紙束と、一巻の白い巻物が握られていた。
その男は、見覚えのある神父服を着ていた。
「お前、町にいた神父だよな。名前は確か……そういや聞いたことなかったな。まぁいいや、なんでこんな所にいるんだ?」
「それは此方の台詞だよ。てっきりこの森の何処かでおっちんでいるかと思えば、生きてこんな所にいるとはね。それに、生きているのも意外だが、その状態はなんだ? 一体全体なにがあればそうなるのか、是非とも聞かせてもらいたいね」
神父服はえらく上機嫌にそう訊いてきた。町で会ったときはもう少し落ち着き払った態度だったが、今のコイツは欲しかった玩具が手に入った子供のように見える。鼻歌でも歌い出しそうな笑顔が、ひたすらに不気味だった。
「そいつは気にしなくても良い。先に質問したもは俺だぜ、答えろよ」
「確かにそうだ。失敬、質問に質問で返すのは無粋だったな。すまない。実は今とても気分が良いんだ。年甲斐もなくはしゃいでしまったようだ」
そう言って大げさに肩をすくめる。初めて見たときも思ったが、いちいちかんに障る野郎だ。
「良いだろう。君の問いに答えよう。私がこの森に来たのは、こいつを探し集めるためだよ」
神父は手にした紙束をちらつかせた。その紙には、破り取ったような跡がある。まさか。
「私のページ!!」
リブカが叫んだ。
やはりそうか。しかし、なんで神父の奴がそれを持ってる? 探してるだと?
神父は突然聞えた声を俺の発言だとでも思ったのか、訝しむような顔をした。そして、俺の腰についているリブカに目を留めた。一転して、先ほど以上に笑みを深める。
「おやぁ? おやおや、おいおいおいおい。そいつはもしかして」
神父服はそのまま俺に向かって歩いてきた。紙束を懐にしまい込みながら、驚くほど無造作に、何の警戒もなく近づいてくる。
「『支配者の書』じゃないのか?」
俺の腰にぶら下がった本をじっくりと眺めている。
神父の発言に疑問を覚える。支配者の書? 何だそれは。リブカのことか? コイツは確か世界写本、とかそう言う名前じゃないのか。どっちにしろたいそうな名前だが。
「やっぱりそうだ! 『支配者の書』! 世界を手にするための本! 遂に見つけた!!」
神父が歓喜の叫びを上げる。
手を伸ばしてくる神父に向かって、蹴りを放つ。
「おっと。危ないじゃないか」
神父は気味の悪い笑みを貼り付けたまま、簡単に躱した。
「てやー!」
そこに妖精達が襲いかかる。別の場所を探していたのが、声を聞いて戻ってきたのだろう。横合いからの奇襲に、神父も流石に驚いた様子で距離を取る。
「ようやく見つけた。あんたが森荒らしね! 覚悟しなさい!」
「妖精か……初めて見る。珍しいな。ふふふ」
「なに笑ってんのよ! 気持ち悪いわねあんた!」
「これが笑わずにいられるか? かもが葱を背負ってくるどころか、宝の山を引き摺ってきてくれたんだ。喜ばずにいられるか!」
神父の瞳は欲望で濁っていた。そんな目に舐めるような視線を浴びせられ、妖精達は震えた。
妖精は滅多に人前に姿を見せない珍しい種族だ。もし捕まえて売り飛ばせば、莫大な財が手に入る。そんな考えが透けて見えた。そうなると、俺がかもで、リブカが葱ってことか。
「全く最近ついてないことばかりだと思ったが、あいつを手に入れてから私にもつきが回ってきたようだな」
神父はさっきからずっと握っている巻物に視線を落とした。
「あいつ……?」
そう言えば、この神父。どこも怪我をしていない。あれだけ森で争っていたはずなのに。それに、コイツが怪我をしていないなら、この通路に垂れた血は誰のものなんだ……?
「見たいかね? ちょうど戻ってくる頃だし、見せてあげよう。実を言うと、誰かに自慢したくて仕方なかったんだ」
突然、天井から何かが降ってきた。
猛然とした勢いで降りてきたそれは、床すれすれで翼を広げて勢いを殺した。とても静かに。そのまま神父服の傍らに音もなく着地した。
「ボォオオオ……」
「そんな……」
メグが息を飲んだのが聞えた。他の三人も驚いて固まっている。
「どうして、塗師がここに……」
「塗師? こいつが……」
現れたのは、巨大な黒梟。
俺が町を追い出されるきっかけになった魔物。黒の森に来てからも、一番執拗に俺を狙ってきたあの梟だった。
もう一本投稿します。




