表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰彩ネゼムと世界写本  作者: 豊豆樹(ほうずき)ゆうちく
22/27

ネゼムと森荒らし

いつか「果ての果て」へ行こう――


 ※話の進行は遅いです。投稿速度もゆっくりマイペースに行きます。


  完結目指してガンバルゾー٩( 'ω' )و


ゆっくりでも 進めばいつか 辿り着く 今日も今日とて のんびり行こうぜ

 森の中を突っ切って進み、しばらくすると少し開けた場所に出た。のぞく空の色には、少しずつ朱が混ざりだしている。周囲を探してみるが、確かに人間らしき影は見当たらない。


「誰もいないねー」


「そんなはずないの。本当についさっきまでこの辺りにいたはずなの」


「もうっ。どこに行ったのよ!」


 しかしその光景は、どこか見覚えのある物だった。


 あの時と違い、周囲の木々は黒化している。夕闇が迫る空とも相まって、受ける印象は大分違うが。それでも、見間違いようのない物がそこにはあった。


「なぁ、ベス」


「どうしたの? ネゼムお兄ちゃん」


「お前達は、この森の中でのことなら、何でも把握してるって言ったよな」


 俺が確認すると、ベスは肯いた。


「そうなの。森の生命達が見聞きしたことを何でも教えてくれるから。その声を聞き集めれば、わからない事なんて無いの。だから、森に入ってきた人間を見失うなんて、あり得ないの」


「森って言うのはよ。一体どこまでが『森』なんだ?」


「え?」


「例えば、森の外にある人間の街なんてのは、明らかに森じゃねぇよな。家も沢山建ってるし、畑はあっても、木も草もほとんど生えてねぇ」


「そんなの当たり前でしょ。だからなんだって言うのよ!」


「それじゃあ、森の中にある廃墟とかはよぉ、これは森って言えるのか?」


「あ……」


 俺の視線の先にあるのは、崖に半分埋まったようにしてある、石造りの廃墟。窓も扉もなく、入口らしいのは崩れかけた石壁の隙間だけ。


 あの時、黒の森で魔物に追い回され、死にかけていたときに、リブカと出会った場所だ。出会ってしまった場所だ、と言い換えておこう。


 正確には、その残骸と言った方が正しいかもな。もともといつ崩れてもおかしくない程脆かったが、天井も壁も綺麗さっぱりなくなり、中央の台座が野ざらしになっている。


 瓦礫で塞がっていたはずの階段が、どかされて上れるようにされている。瓦礫を取り除こうとして、部屋が崩れたのか。階段の先は、絶壁にぽっかりと空いた孔のようになっており、見通せない闇で埋め尽くされていた。


 廃墟と言っても、昔は人が使っていたであろう建物だ。ここが森の中ではないのなら。そして森荒らしがこの中に入っていたなら、妖精達に居場所が掴めなくても不思議はない。


「もしかして、この先に……?」


 妖精達が息を飲んだ音がきこえた。


「行くぞ」



 俺達は、夕闇を背に、光の届かない廃墟へと突入した。森荒らしは、きっとこの先にいる。


 ベスが呼んでくれた数匹の蛍が足下を照らす。


 階段はまっすぐ伸びているわけではなく、左曲の螺旋階段だった。カーブしているせいで先が見通せず、どこまでも続く階段を、それこそ永遠に登り続けているような気分になる。道幅は大人五人が並んで歩けるほど広いが、暗いせいか圧迫感がある。


「暗いし、狭いし、嫌なところね。早く外に出たいわ」


「メグねぇ怖いの?」


「バッカ、エイミー! あんた何言ってるの? 怖いわけないでしょう? このアタイに怖い物なんてないんだから! ていうか、あんたもアタイがこういう場所が苦手だって知ってるでしょ!」


「ベスも早く外に出たいの。ここは花もないし、空気が澱んでるの」


「おい、あんまり騒ぐなよ。相手に気付かれて、逃げられたら面倒だ」


 妖精達は階段を上り始めてから調子が悪そうだ。メグとベスは得に、暗い中でもはっきりとわかるぐらい顔色が悪い。


「お前らだけでも戻るか?」


「ううん、大丈夫なの。ベスはお兄ちゃんと一緒に行くの」


「アタイだって、あんた達が森荒らしを退治するとこ、きちんと見届けるまで帰らないわ」


 それからは黙々と進んだ。メグ達の願いが通じたのか、程なくして階段の終わりが見えてくる。階段の幅に見合った大きさの重厚そうな鉄扉は、すでに開け放たれ、中の様子が丸見えだ。


 扉の先は、荒れ果てた廊下が続いている。左右の壁には、いくつもの扉が並び、見上げるほど高い天井は何カ所か孔が空いており、空が覗いていた。


 並んだ扉の一つ。その中を覗くと講堂のような広間になっており、かろうじて原形を留めた机が階段状に並び、扇形に配置されていた。前の黒板は壁から外れかけ、教壇は天井から落ちた石材で粉々に砕かれている。


 実際に目にしたのは始めてだが、これが教室……『学び舎』なのか。腕だけ蜥蜴は全部消し飛ばしたとか言っていたが、まだ一部は残っていたんだな。廃墟だけど。


「ん?」


 血。黒っぽい血だ。


 ひび割れた石畳の床に、汚れがついている。かがんで詳しく見てみると、結構新しい。つい最近ついた物みたいだ。円い血痕が階段の方から廊下に伸びている。


 森荒らしは怪我をしているのかもしれない。森で結構激しく争っていたみたいだしな。そう思って血の跡をたどるが、血は廊下の途中で途切れてしまっていた。そこは天井に空いた孔のちょうど真下で、空からの弱い光が差し込んでいる。光源があるのを幸いに、近くの床や壁を調べてみるが、変わったところはない。


 妖精達は俺の傍で大人しくなっていた。外に出れば元気になるかと思ったが、建物の中だとダメなのか。さっきよりは顔色も良さそうだが、依然として沈んだ顔をしている。


 捜索を再開しようと立ち上がった俺の背中に、突然声が弾けた。


「こそこそつけてくる者がいるのは分かっていたが。どんな奴かと思えば、驚いたな。まさか、こんなところで君に会うとはね」


 振り返ると、廊下の奥の扉から、一人の男が姿を見せるところだった。


 背が高く、ガタイも良い。明らかに荒事慣れした雰囲気の、目つきの鋭い男だ。その手には、革紐で縛られた紙束と、一巻の白い巻物が握られていた。


 その男は、見覚えのある神父服を着ていた。


「お前、町にいた神父だよな。名前は確か……そういや聞いたことなかったな。まぁいいや、なんでこんな所にいるんだ?」


「それは此方の台詞だよ。てっきりこの森の何処かでおっちんでいるかと思えば、生きてこんな所にいるとはね。それに、生きているのも意外だが、その状態はなんだ? 一体全体なにがあればそうなるのか、是非とも聞かせてもらいたいね」


 神父服はえらく上機嫌にそう訊いてきた。町で会ったときはもう少し落ち着き払った態度だったが、今のコイツは欲しかった玩具が手に入った子供のように見える。鼻歌でも歌い出しそうな笑顔が、ひたすらに不気味だった。


「そいつは気にしなくても良い。先に質問したもは俺だぜ、答えろよ」


「確かにそうだ。失敬、質問に質問で返すのは無粋だったな。すまない。実は今とても気分が良いんだ。年甲斐もなくはしゃいでしまったようだ」


 そう言って大げさに肩をすくめる。初めて見たときも思ったが、いちいちかんに障る野郎だ。


「良いだろう。君の問いに答えよう。私がこの森に来たのは、こいつを探し集めるためだよ」


 神父は手にした紙束をちらつかせた。その紙には、破り取ったような跡がある。まさか。


「私のページ!!」


 リブカが叫んだ。


 やはりそうか。しかし、なんで神父の奴がそれを持ってる? 探してるだと?


 神父は突然聞えた声を俺の発言だとでも思ったのか、訝しむような顔をした。そして、俺の腰についているリブカに目を留めた。一転して、先ほど以上に笑みを深める。


「おやぁ? おやおや、おいおいおいおい。そいつはもしかして」


 神父服はそのまま俺に向かって歩いてきた。紙束を懐にしまい込みながら、驚くほど無造作に、何の警戒もなく近づいてくる。


「『支配者の書』じゃないのか?」


 俺の腰にぶら下がった本をじっくりと眺めている。


 神父の発言に疑問を覚える。支配者の書? 何だそれは。リブカのことか? コイツは確か世界写本、とかそう言う名前じゃないのか。どっちにしろたいそうな名前だが。


「やっぱりそうだ! 『支配者の書』! 世界を手にするための本! 遂に見つけた!!」


 神父が歓喜の叫びを上げる。


 手を伸ばしてくる神父に向かって、蹴りを放つ。


「おっと。危ないじゃないか」


 神父は気味の悪い笑みを貼り付けたまま、簡単に躱した。


「てやー!」


 そこに妖精達が襲いかかる。別の場所を探していたのが、声を聞いて戻ってきたのだろう。横合いからの奇襲に、神父も流石に驚いた様子で距離を取る。


「ようやく見つけた。あんたが森荒らしね! 覚悟しなさい!」


「妖精か……初めて見る。珍しいな。ふふふ」


「なに笑ってんのよ! 気持ち悪いわねあんた!」


「これが笑わずにいられるか? かもが葱を背負ってくるどころか、宝の山を引き摺ってきてくれたんだ。喜ばずにいられるか!」


 神父の瞳は欲望で濁っていた。そんな目に舐めるような視線を浴びせられ、妖精達は震えた。


 妖精は滅多に人前に姿を見せない珍しい種族だ。もし捕まえて売り飛ばせば、莫大な財が手に入る。そんな考えが透けて見えた。そうなると、俺がかもで、リブカが葱ってことか。


「全く最近ついてないことばかりだと思ったが、あいつを手に入れてから私にもつきが回ってきたようだな」


 神父はさっきからずっと握っている巻物に視線を落とした。


「あいつ……?」


 そう言えば、この神父。どこも怪我をしていない。あれだけ森で争っていたはずなのに。それに、コイツが怪我をしていないなら、この通路に垂れた血は誰のものなんだ……?


「見たいかね? ちょうど戻ってくる頃だし、見せてあげよう。実を言うと、誰かに自慢したくて仕方なかったんだ」


 突然、天井から何かが降ってきた。


 猛然とした勢いで降りてきたそれは、床すれすれで翼を広げて勢いを殺した。とても静かに。そのまま神父服の傍らに音もなく着地した。


「ボォオオオ……」


「そんな……」


 メグが息を飲んだのが聞えた。他の三人も驚いて固まっている。


「どうして、塗師がここに……」


「塗師? こいつが……」


 現れたのは、巨大な黒梟。


 俺が町を追い出されるきっかけになった魔物。黒の森に来てからも、一番執拗に俺を狙ってきたあの梟だった。



もう一本投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ