表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰彩ネゼムと世界写本  作者: 豊豆樹(ほうずき)ゆうちく
2/27

燃え滓と謎の珍生物

いつか「果ての果て」へ行こう――



 ※話の進行は遅いです。投稿速度もゆっくりマイペースに行きます。

  完結目指してガンバルゾー٩( 'ω' )و


 煙突の中ってのはこの世界で一二を争う最悪な場所だと思う。


 狭いし、暗いし、何より、煤の臭いが充満してるのが最悪に過ぎる。


 朝も早い時間から柄の短い刷毛を片手に煙突に入り、内側にこびりついたタールを刮ぎ落とす。埃や煤ならすぐに取れるが、タールは何度擦ってもなかなか落ちない。だが、あまりもたもたしていると腹の出っ張った親方に針のついた棒でつつかれるのだ。


 痛みに声を上げる俺を見るときの親方のにやついた顔といったら……。この手に持った煤まみれの刷毛を、あの脂ぎった顔面に投げつけてやろうと何度思ったか。実際に何度かやったけどな。


 今の俺は針でつつかれる前に掃除を済ませるし、もしつつかれても我慢するようになった。俺も大人になったものだ。


 ただな、毎日毎日朝早くからたたき起こされてみろ。そんな状態でまだ温かさの残る煙突に入ったら、眠くなるのも無理ない話だと思わないか? なのに、あのクソ親方、俺がうたた寝してるのを見て、当たり前のような顔して針でつついてきやがった。逃げ場もない中でそんなことされたらひとたまりもないぜ。その時は驚いて刷毛を投げつけてしまい、それがあいつの顔に直撃した。煤だらけになった親方の顔を見て爆笑していたら、火を放たれて無茶苦茶焦った。


 あれも今となっては良い思い出……なわけないな。


 煙突に落ちて死ぬ、挟まって死ぬ、もたついていれば親方に殺されそうになる。


 とにもかくにも、煙突掃除ってのは最悪だ。


 だが、それが俺の仕事だっていうんだから仕方がない。


 森で倒れていたのを、人買いに拾われたのが運の尽きだ。


 最寄りの田舎町まで運ばれた俺は、柄の長い刷毛よりも安い値段で親方に買われた。以来、最低限より最低限の衣食住 を与える代わりに、町の煙突を掃除する毎日。


 まぁ、ボロボロの貫頭衣を着て森に倒れていた時点で、運も何も無いけどな。ついでに言えば記憶も無い。だから、自分がどうして森にいたのか、そもそも自分が何者なのか、それすらわからん。


 そういうわけだから、むしろ、今こうして生きていられるだけ幸運なのかもしれない。でもどうせなら、綺麗な女の人に買ってもらいたかった。あんな脂ぎったオッサンじゃなくて。


 やくたいもないことを考えつつ、今日も最後の煙突を磨き終える。


「やっと終わったか燃え滓。次は水路のどぶさらいだ。それが終わったらゴミ拾い。全部終わったら休んで良いぞ。もしサボったら……承知しねぇからな」


 親方がでっぷりとした腹をさすりながら言う。その顔は苦い虫を噛みつぶしたかのように歪んでいる。


 因みに、燃え滓というのは俺の呼び名だ。ただし、これは煙突掃除で身体が煤まみれだからではない。俺の目と髪の色が、黒みがかった灰色、つまりは燃え滓のようだからだそうだ。


「……へいへい」


 返事をした途端頭を棒で叩かれる。額が切れたのか、目の上から赤いのがたれてきた。


「返事は一回だと何度言わせる気だ? 良いか燃え滓、お前のような不吉で汚らわしいやつを雇ってやってる俺の慈悲を理解しろよ。本当なら犯罪奴隷のように鉱山行きになっていたところを、わざわざ雇ってやったんだ」


 親方は鼻から空気をぷひぷひ漏らしながら捲し立てる。


「わかるか? お前の居場所はここにしかないんだよ。わかったら二度と生意気な態度を取るんじゃねぇぞ! さもなけりゃ、ここを追い出して『黒の森』に放り込むからな!!」


「………………」


 黙って親方の顔を見上げる。親方は少したじろいだ後、俺を憎々しげに見下した。


「何だその目は……」


「……別に」


 また何か面倒なことを言い出す前に目を逸らす。そのまま掃除道具を片手に水路に向った。煙突掃除が終われば、日も昇り、町の人間も次々に起き出してくる頃だ。


「穢らわしい……」

「一生煙突の中にいれば良いのに……」

「あの不吉な目と髪……。あんなのと同じ空気を吸うだけで嫌になるぜ。穢れが移りそうだ」


 すれ違う奴らの話し声が耳に入ってくる。そいつらもまた、親方と同じような目を俺に向けている。どうも、煙突掃除がどうというよりは、この目と髪の色が気に入らないらしい。連中曰く、灰色は死と滅びを意味する不吉な色なんだと。


 そう言えば、この街の人間は茶髪か金髪、たまに黒髪というやつばかりで、目の色も青か茶色か黒ばかり。ときどきやってくる行商人やその護衛の冒険者にも、俺と同じ色の目と髪の人間はいなかったな。


「早くこの街からいなくならないかしら……」


 町人たちの雑言を背中で聞き流しながら、俺は黙々と掃除を続けた。



 昼も過ぎた頃 、どぶさらいやゴミ拾いも終われば後は自由時間だ。真面目に仕事していたら日が暮れるので、適当に目につく箇所だけやった。どうせ親方も碌に確認もしないし、バレる心配はない。掃除から解放された俺は、煤と泥にまみれた服と身体を洗うために森の中にある川に来ていた。


 町の井戸は使わせてもらえないから、毎日ここに来て身体を洗う。『黒の森』の手前の安全な森だが、町からはそれなりに遠く、往き来するのはかなり面倒だ。それに、森に入るとなぜだかやけに虫に刺されたり猪や鹿なんかに体当たりされそうになる。何処が安全なのか良くわからないのだが、俺としても森に行けるのは都合が良いので文句はない。


「にゅも」「にゅー」「にゅにゅ」


「お、今日も来たな」


 川に入って身体と服を同時に洗っていると、森の茂みから何かが近づいてくる声がする。しばらくすると、『それ』は俺の前にひょっこりと顔を出した。


「にゅ」「にゅも」「ぬ」


 木漏れ日を反射して銀色に輝くそれは、まるで染みのような、ノッペリとして凹凸がない、不思議な物体だ。平面的なのに、妙に立体感のある塊。細くのたうつそれは、スライムのように不定型に見えるが、確かなカタチを持っているようだった。


 それが少しずつ数を増しながら何体も現れ、『それら』となる。


「にゅも」「にゅ」「にゅー」


 『そいつら』はしばらく無秩序にうごうごしてしたが、やがて俺の前に規則正しく並び始めた。


『聞いて、聞いて』


「おう、今日はどんな話なんだ?」


 川から上がり、日に当たって服と身体を乾かしがてら『こいつら』の話を聞くのが、俺の日課である。癒やし、と言い換えても良いかもしれない。「聞く」とは言っても、直接『こいつら』が喋っているわけではなく、頭に直接言葉が浮かぶような感じだ。


 『こいつら』は俺が森で独りでいるといつもこうしてやって来る。最初は魔物かと思って踏みつぶそうとしたのだが、意外にすばしこく、ようやく踏みつぶしてみても影のように何の手応えもなかった。どうしようもなくて放置して眺めていたら、今日のようにおかしな方法で話しかけてくるようになったのだ。


 『こいつら』がするのは、主にこの世界の話。そのどれもに引き込まれるような力があって、俺は『こいつら』の聞かせてくれる話に夢中になった。


 ここは一つの大陸だそうで、いくつかの地方に分かれている。大陸の北は悪魔などの強力な魔族が蔓延り、魔王が支配する魔族領。そのすぐ南には多くの種族が暮らすソヨクト地方。そしてそのさらに南には、東から順に勇者の生まれた王国があるというコヨート地方。賢者や魔術師が多く集い、空中都市や海底都市など、最先端の魔術を駆使した7つの魔術都市があるトヨー地方。エルフや妖精が住む大自然に恵まれたゼントウ地方がある。


 俺の今いる町は、コヨート地方の端のほうでは無いかと思っている。どうしてかというと、町の中央広場には勇者の像が立っていたり、この国は勇者の末裔が興した、なんて話を町で聞いたからだ。確証なんてないが、きっとそうだろう。森も近いし、内陸の方かな。


 それはさておき、こいつら語る世界の話は多種多様で、幾ら聞いても飽きが来ない。


 曰く、霧深い草原の奥には、妖精の楽園に通じる道がある――


 曰く、大山脈の何処かには全身を結晶で覆われた種族が住み、すべてが水晶でできた地下都市がある――


 曰く、魔族領の先、世界の果てには、魔王が創り出した巨大な塔があり、その塔は別世界に通じている――


 曰く、世界各地にあるという神々を祀る神殿には、伝説の宝具が眠っている――


 曰く――曰く――曰く――


 ほかにも深森に住み自然と共に生きるエルフとか、大山脈の地下に巨大な国を持つドワーフとか、獣人の部落だとか、大陸に暮らす色々な種族の話。魔王を倒すために旅をする勇者の活躍とか、ほかにも英雄と呼ばれた冒険者たちの話や、財宝を守るドラゴンの話など、ほんとか嘘かわからないお伽噺のようなものまで。泣けたり笑えたり、何もない退屈な町での生活で、ずいぶんと楽しませてもらっている。


 今日の話は、『滅びを告げる龍』のものだった。何でも、その龍が姿を見せる場所では、戦争や飢饉、流行病などが起こり、国は滅び大地は死に絶えるらしい。人々に絶望と恐怖を振りまくとんでもない存在だ。魔王よりも恐ろしいこの世界で最強最悪の怪物。これまでも数々の英雄がこの龍に挑み、その命を散らした。龍は彼らの装備を財宝と共にその棲みかに溜め込んでいるとかいないとか。


『ネ……ゼム』


「またそれか」


 話が一段落して、次はなんの話が聞けるのか心を躍らせて待っていると、聞こえてくるのはそんな言葉。


 これまでもときどき聞かされた、『こいつら』の話の中で、唯一意味不明な音の連なり。


『ネ、ネゼ……ネゼム』


『ネゼム・ディブーシハ』


「だから、それは一体なんなんだって。教えてくれよ」


「にゅ」「にゅも」「にゅー」


 うんざりしながら尋ねても、答えらしきものは返ってこない。


 ふいに『そいつら』はバラバラに崩れ、慌ただしく何処かに去っていく。


 蜘蛛の子を散らすってこういう感じか。


「おい! 今日はもう終わりなのか?」


 声をかけるが、皆そのまま森の奥へと消えてしまった。なんだ? 今日はいつもより早いな。


 俺が首を傾げていると、背後の茂みががさごそと音を立てた。


「やっぱりここにいた」



次の投稿は明日の予定です。

予定は未定。

つまりそういうことさ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ