ネゼムと妖精四姉妹
いつか「果ての果て」へ行こう――
※話の進行は遅いです。投稿速度もゆっくりマイペースに行きます。
完結目指してガンバルゾー٩( 'ω' )و
のんびりと
「お兄ちゃん! 今日もお話ししてほしいの」
ベスが他の妖精たちを連れてふよふよとやって来た。拾ったときは結構酷い怪我だったのに、今はもう傷も癒え、体力も取り戻したみたいだ。花の蜜が欲しいと言われたので適当に摘んだ花の蜜を与えると、三日ほどですっかり良くなり、飛べるようになった。どういう理屈か聞いたら、「ベスは花と風を司る妖精なの」と、答えになっているんだかいないんだかわからない答えが返ってきた。
腕だけ蜥蜴の解説によると、妖精は自分が司る要素に触れることで、その命を維持する種族なのだそうだ。ベスの場合は、花と風。気持ちいい風の吹く花畑に置いておけば、ほとんど永遠に生き続けられる。
森に住む妖精はみんな、自然に関わる何かしらを司っている。妖精たちは自然から命の源をわけて貰う。代わりに、妖精の住まう森は、普通よりも豊かに、そして秩序を持って発展することができる。持ちつ持たれつというやつだ。
しかし今、妖精たちは俺達と一緒に谷底に住んでいる。ベス以外にも怪我をしている妖精はいるし、本当なら森に帰るべきなんだろうが、まだ自分たちを襲った魔物が暴れているかと思うと、森に戻るに戻れないらしい。
「今日は早いな。まだ朝なのに」
「えへへ、お兄ちゃんのお話、楽しみで待ちきれなかったの」
ベスにはここ数日でえらく懐かれてしまった。来る日も来る日も沢山話を聞かせたせいか、俺の方も流石にもう非常食扱いはできなくなっていた。
「そこまで言われちゃ仕方ない。じゃあ、そうだな、こんな話を知っているか?」
「わーい!」
集まってきた妖精たちがにわかに沸きたつ。
その数は、始めにベスが集めたのよりも増えている。噂を聞きつけたのか、今では森中の妖精が集まっていると言われても驚かないほどの数だ。
ここまで喜んでもらえると、やっぱり悪い気はしない。だからページ集めもできずに話を始めてしまうのだ。幸い、一年間聞き集めた話のストックはまだまだ尽きない。それに、最近でもリブカが寝ているときは『霊字』がちょろちょろ出て来て新しい話を聞かせてくれるので、レパートリーは増え続けている。
「…………」
俺が妖精たちに話を聞かせているのを、リブカが離れた場所からじっと見詰めていた。
「なんだよ、何か言いたそうだな」
「……別に、変態に言う事なんて何もねーです」
俺があいつの中身を「読んだ」と知ってから、ずっとあの調子である。人の姿の時は、ある程度の距離から近づいてこない。本になっていても、うっかり手で触れようもんなら、警戒心丸出しのうなり声が聞えてくる。まぁ、特に害もないし、前からあんな感じだったし気にする事もないかと放置している。
そうこうしながらまた一つ話終え、次の話を始めようとしたときだった。
「やぁあっと、見つけたー!!」
そんな声が谷底に響き渡った。その声は、ここにいる妖精たちの物ではない。降ってきた声に顔を上げれば、そこには赤い衣の小さな黒髪少女。見たことのない妖精だ。腕組みをしてふんぞり返りながら、ゆっくりと空から降りてくる。
「みんな急にいなくなったと思ったら、こんなとこにいたのね! アタイ心配したんだから!」
そいつの怒気を孕んだ声色に、妖精たちは皆さっと顔を逸らした。
「メグが怒ってる!」「逃げろー」「逃げるー」
水辺の妖精たちは、そそくさと川に飛びこもうとする。しかし、それを遮るように、川からも小さな少女が飛び出してきた。
「ちょっと、メグ。勝手に先に行かないでって言ったでしょう」
澄んだ川の水みたいなシアン色の髪に鱗の浮いた顔。川の妖精は、青い衣を着ていた。
そして、今度は川沿いの坂を何かが勢いよく駆け下りてくる。
「あれー、一杯いるー! 何で皆集まってるのー? あはははは!」
後ろに土煙を立てる勢いで走ってきたのは、サイズ的には妖精だろうが、他のとは少し見た目が違っていた。上半身は人間の少女だが、下半身が獣のように毛で覆われ、足は蹄だ。そいつは黄色い衣を纏っている。
衣の色的には、上空から赤、川から青、坂から黄色だ 。
そいつらが現れた瞬間、楽しげだった空気がいきなり気まずい物に変わった。一体コイツらは誰なんだ?
「ベス、あいつら誰か知ってるか?」
「あうぅ、ベスのお姉ちゃん二人、メグとジョー。あと妹のエイミーなの」
ふーん。あれが話してたベスの姉妹か。でも、なんでそいつらが来ただけでこんなおかしな雰囲気になるんだ? それにベスの様子も変だ。現れた三人から隠れようと俺の背中にしがみついて縮こまっている。身体は隠せても羽が見えてるけどな。
「あら、最近見ないと思ったら、ベスもここにいたのね」
そして青いの、多分ジョーが身体隠して羽隠さずなベスを見つけてしまった。
「ほんとだー! ベスねぇもいるー!」
「ちょっとベス! 無事だったならどうしてすぐ連絡しなかったの! アタイたち心配したのよ!」
見つかったベスは渋々といった様子で俺の背中から顔を出した。
「ご、ごめんなの。メグおねえちゃん。ジョーおねえちゃん。エイミー」
「うん、いいよ! じゃあベスもまたアタイたちと探検に行こうベス! ほら、みんなも! アタイ立ちで森を荒らしてるやつをやっつけるんだ!」
「それは、イヤなの……」
にこにこと笑いながら差しだされた手を見て、ベスは首を横に振った。
「うん? どうして?」
「今日はここで、お兄ちゃんのお話を聞くの。探検より、お兄ちゃんのお話の方が楽しいの」
「そうだーそうだー」「探検飽きたー」「怖いのやー」「痛いのきらーい」
ベスに続いて次々に妖精たちが声を上げる。
そこで初めて三人の妖精が俺を見た。特に、メグという赤いやつからは不穏な光を感じる。
「え、俺?」
「むー。ベスたちをたらぶかしたのはお前か!」
「たぶらかす、よ。メグ」
なんだなんだ。たぶらかすだと? だんだんとおかしな流れに向かっているのを感じ、口を挟もうとする。が、メグがそれより早く口を開いた。
「お前、人間だな! それに見たこと無い奴だ。お前が森を荒らしてる犯人だな!」
「はんにんー! あはははは!」
「は? 森を荒らすってなんのこと――」
「とぼけるな! 森の生き物を意味なく殺したり、縄張りを荒らしたり、お前は悪い子だ!」
メグの言葉に、当然俺は困惑した。生き物を殺すだの、縄張りを荒らしただの、そんな事言われても心当たりなんか――あったわ。
森に放り出されてすぐ、俺を襲ってきた魔物を沢山引き連れて森を駆け回った。
リブカとあってからは、リブカの彩能で死んだ魔物もいるし、俺もあの狼蟻を殺した。
「確かに……ちょっとぶっ殺したな」
「やっぱり!」
「けどそれは――」
だが、それは向こうが襲ってきたからだ。抵抗しなきゃこっちが殺されていたのだし、そんなことで目の敵にされる謂われはないはずだ。
「人間、アタイと勝負しろ! アタイがお前をやっつけてやる」
だが、目の前の妖精は聞く耳を持ってくれない。むしろさっきより怒りが増しているような気がする。
どうしたものかと俺が考えてる間にも、赤いのは騒ぎ立てている。
「勝負しろ!」
「しょーぶ! しょーぶ! あはははは!」
ところでさっきからあの黄色いのは何がおかしくてあんなに笑ってんだ。青いのは青いのでなんか黙ったままこっちを見てるし……。
どうする、闘うか? 正直気が進まない。未だに鎖で縛られているとは言え、あんなちっこいの相手に負けることはないだろう。だが、相手はベスの姉妹だ。
ちらっと振り返ってベスを見ると、ギュッと目を瞑って首を横に振る。
周りにいた妖精たちは、巻込まれないように距離を取って成り行きを見守っている。
俺と赤いのはお互いに睨みあう。その時。
「あーちょっとよいか?」
俺達の間に割り込むように、腕だけ蜥蜴の巨体が差し込まれた。
「あー腕のおじさんだ!」「つまんないおじさんだ!」「腕だけお化けだー! あはははは!」
「ええい喧しい! つまんない言うでないわ! ……オホン。お主ら、戦うのは良いが、もしやるなら離れたところでやってくれんか。万が一書物に汚れや傷がついたら嫌じゃからのぉ」
なんだよ、こんな時に本の心配かよ。どうせならこの赤いのに闘うのは止めろって説得してくれりゃ良いのに。
そう抗議しても、返って来る言葉は冷たい。
「我にそこまで言う権利もないしのぅ。じゃが、騒がしくするならちょっと本気で放り出すが」
その時は是非、赤いのだけで頼むぜ。俺に闘う気はないんだからな。
腕だけ蜥蜴は言うべき事は言ったとばかりに元の位置に横たわった。
「さて、どうする? 俺は闘いたくないんだが、もしやるなら場所を移さないといけないみたいだぞ」
改めて赤いのに向き直ると、赤いのは口を開いたまますっかり青ざめていた。青いのも軽く目を見開いて身体を震わせている。黄色いのは依然笑い続けていた。大丈夫なのかあいつ、変なキノコでも拾い食いしたんじゃないのか?
「ちょ、ちょっと、ジョー。あれ龍じゃないの?」
「ええ、信じられないけどそうみたい」
赤と青が何か小声でぼそぼそと話し始めた。相談が終わると、赤いのがこっちを向いた。さっきまでの威勢はどこへやら、膝ががくがくに震えている。
「に、人間……さん。あんた、あれと友達なの?」
友達? 友達で良いんだろうか。まぁ、なんだかんだ良いやつだし、町の奴らと比べたら仲は悪くない。そう思って、俺は曖昧に頷いておいた。
「へ、へぇ~。そそそうなんだー……」
一体どうしてしまったのか、急に勢いがなくなった赤いのに、また、青いのが耳打ちする。
「ねぇメグ、あの人間、本当に森を荒らしている犯人なのかしら。確かに格好はもの凄く怪しいけど」
「どういう事? だって、聞いたとおり人間で、しかも鎖よ」
「そうね。でももし、犯人だったとしても、闘うのは危険だわ。知ってるでしょう。あの龍は滅びを呼ぶ龍、昔あれが暴れ回ったせいで、大陸のほとんどが死の大地に変わった。時代が一つ終わったのよ。あの人間はその仲間なのよ? 相手をするべきじゃないわ」
何を話しているのかは聞えないが、赤いのは青いのの言葉を聞いて、俺と、腕だけ蜥蜴を交互に何度も見やっている。
そのうち、何かを諦めた表情になると、悲壮な決意を固めたような瞳で、まっすぐ俺を見た。
「龍を仲間にしてるからって、森を荒らした人間を前に逃げ出すなんてできない。絶対にアタイがやっつけてやる!」
「メグ!」
「あんたはみんなを連れて逃げなさい」
赤いのは、優しく諭すように青いのの手を握った。
なんだこれ。別に俺は闘う気はこれっぽちもないんだが、どんどんおかしな方向に話が進んでいく。どうすりゃ良いんだ。
最早途方に暮れていると、俺の後ろに隠れていたベスがそっと前に出た。
「メグおねぇちゃん」
「ベス! あんたも早くそんな危ないやつから離れなさい」
「違うの、メグお姉ちゃん。ネゼムお兄ちゃんは森を荒らす悪い人じゃないの。怪我してたベスを助けてくれた優しい人なの」
ベスの言葉を聞いて、赤いのは目を丸くした。
「え? ベス、それ本当なの?」
ベスは小さく肯いた。
「森の外の楽しいお話も沢山聞かせてくれるし、ネゼムお兄ちゃんが悪い人なはずないの」
「ベス……」
どうやら赤いのを説得しようとしてくれているみたいだ。それに、俺のことを優しい人だと。俺のことをそう言ってくれたのは、シラ以外では初めてだ。ベズよ、なんて良いやつなんだ。非常食にしようなんて考えいたのが申し訳ないな。
しかし、赤いのは今ので納得してくれたか? 赤いのはまだ俺のことをじいっと観察している。
やがて、赤いのが口を開いた。
「な~んだ。そうだったの。 アタイてっきりコイツが森を荒らす悪い子なのかと思っちゃった! ベスを助けてくれたのね、ありがとう!!」
これまで鋭い目をして堅かった顔が、ほっとしたように破顔した。赤いのは俺の顔を見て、
「でも、それならそうと、早く言ってくれれば良いのに!」
「お前らが俺の話も聞かずに勝手に勘違いしたんだろ!」
思わず突っ込むと、赤いのはぷくっと頬を膨らませた。
「だって、聞いてた話とそっくりだったし。魔物も殺したって言ったから、てっきりそうなんだと思ったんだもん」
「いや、魔物を殺したのは本当だけど」
「えっ!?」
ベスも含め、妖精たちがぎょっとした声を上げたのを聞いて、慌ててつけ加える。
「でもあれは襲われたから反撃したんだ。それも森を荒らしたことになるのか」
それを聞くと、ベスがほっとした顔で首を振った。
「ならないの。ね、ジョーお姉ちゃん」
「そうね。自分の命を守るためにしたことなら、森の秩序に反しはしないわ」
ベスに話を振られて、ジョーが肯いた。
「ならよかった。それで、気になったんだが、聞いた話ってなんだ?」
俺が聞くと、メグが元気いっぱいに答えてくれた。
「ここ一か月ぐらい森全体が騒がしくって、アタイ達気になってたの! でね、森のみんなに話を聞いてみたら、鎖を巻いた人間が一人、森のあちこちで魔物を殺しまくってるって言うじゃない! だから、アタイ達でその人間を追い出そうとして、探してたってわけ」
「はぁ。本当はこういう荒事は塗師の仕事なんだけど。住処に行ったらすでに出払っていたのよね」
「どこに行ったかわからない塗師に頼るより、アタイ達が自分で解決した方が良いじゃない!」
明るい顔で言い切るメグを見て、ジョーは疲れた表情でため息を吐いた。なんとなくコイツらの関係性が垣間見えるやりとりだな。
それにしても、さっきの話には一つ引っかかる。メグに寄れば森が荒れ始めたのは、一か月ほど前だということだ。だが、俺が町を追い出されて黒の森に放り出されたのは、大体一週間と少し前。流石に計算が合わない。
つまり、森に俺以外の人間がいるってことだ。
一体誰だ? 町の人間は絶対に近づかないだろうし、遠くからやって来た冒険者の類いかもしれないな。それにしても、何をしにこんな場所までやってくるんだか。
もう一本投稿します。




