ネゼムと妖精2
いつか「果ての果て」へ行こう――
※話の進行は遅いです。投稿速度もゆっくりマイペースに行きます。
完結目指してガンバルゾー٩( 'ω' )و
今回は話の進展がないです。
あれからいくつかの話を聞かせた。区切りのついたところで、簡単に自己紹介をすませることにした。
「俺はネゼム、よろしくな。お前は、ベス、だっけ?」
「はいなの。妖精四姉妹の三女、ベスなの。よろしく願いしますなの。ネゼムお兄ちゃん」
そう言って、ベスは恥ずかしそうにはにかんだ。
俺はその反応に違和感を覚えた。
「お前、なんとも思わないのか?」
「ぇ? 何ってその鎖のことなの? それは確かに気になってるの」
「いやそっちじゃなくてだな。まぁこの鎖は気にするな、ちょっといろいろあったんだ。それより、名前だよ名前。俺の名前を聞いてもなんとも思わないのか」
「え? 珍しい名前だとは思うの。でも素敵な名前なの!」
ベスはちょこんと首を傾げるだけだ。なんと、俺の名前を聞いても笑わないでいてくれる奴がいるとは……。それに素敵だってよ!
「お前、良いやつだなぁ」
「? ……?」
「単に言葉の意味を知らんだけじゃろ。お主の名は随分と昔の国の言葉じゃからな、知っておる者はもうほとんどおらん。この妖精も、つい最近生まれたばかりのようじゃしのぅ」
「そうなのか?」
ベスはこくりと頷いた。
「? はいなの。ベスは百年ちょっと前に生まれたばかりなの」
百年がつい最近って、どういう感覚してんだよ。
「まぁ、妖精は基本的に寿命という概念がない種族じゃし、そんなものじゃ。それより、我としては四姉妹というのが気になる。お主の他に血が繋がった妖精がおるということか? 妖精がどのようにして生まれてくるのかは未だにはっきりとしたことがわかっておらんのじゃ、この機会に是非聞いてみたい」
なんだか知らんがさっきの自己紹介が腕だけ蜥蜴の琴線に触れたらしい。活き活きと語るのを聞く間、ベスはしきりに周囲をキョロキョロしている。
「どうしたんだ?」
「あの、この怖い声。どこから聞えてくるの?」
「ぬ、我のことか? ほら、ここじゃここ。我は怖くないぞ~」
ここで、今まで横になっていた腕がぬうっと持ち上がる。横になっているとただのでかい岩にしか見えないが、手の指を握ったり開いたりして動いているところを見ると、ちゃんと腕なんだよな。
「……っ!!?」
ベスはいきなり現れた巨大な腕に若葉色の目を見開いて固まり、俺の髪の中に隠れてしまった。
「おわ、止めろよくすぐったいだろ!」
「お、脅かすつもりはなかったんじゃ……そんなに怯えんでも」
ブルブル震えて出てこないベスにショックを受けたのか、腕だけ蜥蜴は悲しそうに横たわった。
「ほら出てこいよ。別に噛み付きゃしないって、あんななりだけど悪いやつじゃないぞ、多分」
「多分は余計じゃ」
「べ、別に怖いわけじゃないの……ちょっとびっくりしたけど」
そうなのか? てっきりあいつの見てくれのせいで怯えてるのかと思ったんだが。
「ベス、知らない相手とかが、苦手なの……」
「うん? 俺もそうだろ?」
「ね、ネゼムお兄ちゃんは沢山お話聞かせてくれるし、もうお友達だから、大丈夫なの」
どっちも会ったばかりには違いないと思うんだけどな、そういうもんなのかね。
「あいつは腕だけ蜥蜴だ」
「よろしくなの、腕さん」
「腕……。まぁ、よろしくじゃ」
「あ、そうだ忘れてた。この本もな、リブカって言うんだけど。コイツには気を付けろよ。今は寝てるけど、起きたら見境なく相手に噛み付く危険なやつだからな」
「ひぇ」
「ひとを獣みてーに言うんじゃねーです。そこの日陰妖精も、こんなアホの言うことを真に受けるんじゃねーですよ」
げ、何だ起きてたのかよ。リブカはこう言うが、結構あたってる気がするんだけどな。ベスのことを日陰妖精とか言ってるし。まさかコイツ、自分の口が悪いという自覚がないのか?
ともあれ、自己紹介もそこそこにようやく妖精ベスから話を聞き出すことができた。
「ベス、森で皆とお話ししてたら、急に森の塗師さんに襲われたの」
「ヌシ?」
「そうなの。いつもは仲良しなんだけど、なんだか様子がおかしくて。ばさばさってして、がおーって、すっごく怖かったの」
このベス って妖精は、舌っ足らずな口調で必死に話してくれてはいたが、あまり多くのことはわからなかった。わかったのは、魔物か何かに襲われたということぐらいか。
「ふむ、確かに妙じゃな。妖精は森にとっても有益な存在じゃ。たとえ知恵の無い獣でも、その事は本能で理解しておるはず。森に住む者が妖精を襲うとは考えにくいが」
「あのね、ベスのお友達もここに呼んでいい?」
一通り話を聞き終えた後、ベスが不安げな顔で聞いてきた。ここは安全そうだし、ベスのように住処を追われた妖精にここのことを教えたいのだと。
「それに、皆にもお兄ちゃんのお話聞かせてあげたいの」
「なるほど、そこまで言われたら仕方ない。いいぞ」
「ちょ、何勝手な事言っとるんじゃおぬし」
岩のようにじっと考え込んでいた腕だけ蜥蜴が急に口を出してきた。
「べつに良いだろ? お前も、こんな所にずっと独りでいて退屈だって言ってたじゃんか」
「確かにそうじゃけども、う~む……」
「早速呼ぶの! 」
ベスの小さな身体からは想像できないほどの大きな声が谷底に響き渡る。その瞬間、身体を持って行かれそうな程の強風が吹き荒れた。
リブカ共々吹き飛ばされそうになるのを、腕だけ蜥蜴が壁になってくれる。助かった。
「なんだこの風……!?」
「妖精の声じゃな。彼らはああして自然に自らの声を乗せて、遠方までその意思を伝えることができるのじゃ。そして、その声は自然の声に耳を傾けられる妖精たちにしか伝わらぬ。妖精語というものじゃな。妖精たちは噂好きじゃから、こうして話を広める『口』と『耳』を持っておるのじゃ。いや、この様な力を持つがゆえに噂好きとなったのか……?」
風は少ししたら嘘のようにぴたっと止んで、谷底は元の静寂を取り戻した。
と思ったら、今度は何かが近づいてくる音がした。それに、ベスの時にも嗅いだ花の匂いが漂い出す。それだけでなく、水の匂い、森の中にいるような濃い緑の匂い、そういう自然の香りが、急に強くなった。
「じゃーん!」
「うわー大っきい腕だー!」
「なにこれー、いっぱい本があるー?」
「ここどこー? 変な場所ー!」
そして、川や空、土の中から次々に妖精たちが姿を現した。男もいれば女もいて、姿もベスに似た羽のあるやつや、魚に似た鱗があるやつなど様々だ。だが、皆ベスみたいに薄いヴェールを身に纏っている。
呆気にとられて見守るうちに、谷底の島はあっという間に妖精だらけになった。友達って、こんなにいるのか……これは流石に予想してなかったな。
「ううむ、やはりこうなったか。騒がしいのは好かんのじゃが……」
「みんな! 今からこのお兄ちゃんが楽しいお話を聞かせてくれるの!」
「ほんとー?」
「聞きたい聞きたい!」
おいおい、今からって……。さっき散々話したばかりなのに。妖精たちの無邪気な期待の眼差しから目を逸らして、俺は本のままのリブカに呼び掛ける。
「なぁ、今度はお前が話してやってくれよ」
「知らんです。連れてきたのはマスターなんだから自分で相手をするですよ。第一、私の中にはガキを喜ばせるような話はねーのです」
「そんなことはないだろ」
俺が『霊字』を通して知った話は、リブカの中に記されている話そのままなのだ。俺にできて、リブカにできない道理はない。
「ズィジゥ鳥の翼の上にある街の話とか、聞かせてやったら喜ぶんじゃないのか?」
記憶にある話を例に挙げてみると、リブカが驚きに震えるのがわかった。
「何でそんなほとんど誰も知らないような街のことを……っ! さっきから聞いていて、妙に聞き覚えのある話ばかりだと思っては板ですが……まさか、私の中を覗いたです!?」
リブカはいきなり人の姿に戻って、信じられない顔で俺を見た。
「いや、覗いたっていうかお前の『霊字』のほうから色々と」
「黙れです! 勝手に人の中身を覗くなんて信じられねーです……この変態!! のぞき魔!」
「えぇ……」
何なんだよ。どちらかと言えばリブカの方が俺に勝手に色々聞かせてきた形だと思うんだが。てか、何をそんなに怒っているのかがわからん。
俺が訳もわからず黙っていると、リブカは怒り疲れたか本に戻ってしまった。それ以降は、いくら呼び掛けてもなしのつぶて。まぁ、あいつが俺に協力的だったことなんてほぼ無いからこの際気にしないでおこう。
「ねぇねぇ、早くお話聞かせてよー!」
「仕方ない、腕だけ蜥蜴。代わりに何か話してやってくれよ」
「む、何じゃと」
「どっちでも良いからお話聞かせて!」
妖精たちにせがまれ、腕だけ蜥蜴は渋々といった声で応じた。
「ふー……では、ここは我が一つ話をしてやるとするか」
腕だけ蜥蜴は、いつものように小難しい口調で小難しい話をし始めた。そして、開始数分で「つまんなーい!」と妖精たちから不評の嵐を受けた。
「な、何じゃ皆して……もう知らん、我も寝る!」
最後には腕だけ蜥蜴が拗ねたせいで、結局俺が妖精たちの相手をする事になったのだった。
来週も投稿します。




