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今さらなのに

最終話です。

ジオーレノ17歳。ダリアータ15歳。

ダリアータ。やり直すチャンスはまだまだ有るよ、という事で、婚約解消です。

かなり長めです。

「では、恐れながら。我がルベル公爵家に養子縁組の許可を」


本当に望みを言っていいのなら、とダリアータは口にした。


「それは、そなたが婿を取らないということか」


「分かりません。……陛下。折角のお声掛かりでの婚約でしたが。私はジオーレノ様に初対面から嫌われておりました。あの方は最初から名乗りもせず、挨拶すらして頂いておりません。今は便宜上名前を呼ばせて頂いておりますが、名乗ってもらえない私は、あの方の名前をお呼びする事すら、許されない。そのような婚約でした」


「ヴィヨロン公」


「は」


「そなたの息子故、あまり言いたくないが、王命の意味も理解していない上に、相当のクズだな」


「……育て方を間違えました」


「陛下。恐れながら、義父君様と義母君様が悪いわけでは有りません。あの方には出会った時から愛する女性が居た。それだけの事でございます。……ただ。この髪と目が厭われる対象である事も確かで。あの方はそれが気に入らなかったのでございましょう。私は両親と使用人達に愛され慈しんで貰ってきました。それでも。それでも見向きもされない10年に心が疲れてしまいました」


ダリアータの目から一粒の涙が零れ落ちる。しかし、そこで泣いた事を恥じるかのように深呼吸をして涙を止めると、望みを口にした。


「陛下。私は自分の心を労わるために、不敬と知りながらも、婚姻の有無を自分で決めたいのでございます」


「……そうか。我の命がそこまでそなたを追い込んでいたか。ならば許そう。ルベル公。養子縁組を許可する。同時にダリアータ嬢の婚姻に関しては、特例を持って令嬢自身が決める権利を与える」


「ありがとうございます、陛下」


ルベル公爵はようやく、ようやく娘が自由になれると安堵した。


「ダリアータ嬢。ルベル公とファーストダンスを踊り終えたら帰って良いぞ」


「ありがとう存じます。陛下。義父君様、長い間ありがとうございました。不肖の私をお許しください」


「いいや。愚息が悪かった。ダリアータ嬢、今までの分を取り戻すくらい幸せに、な。新しい婚約者が出来た時は、私が第2の父として相手を見定めてやるからな」


その心遣いにダリアータは心からの礼を尽くして、国王陛下の元を辞去した。挨拶にしては長いやり取りに、聡い貴族はダリアータが国王から目をかけられている、と気づき始めていた。それ故に、ダリアータの婚約が解消されると分かれば、その婿の座を狙う貴族達は多くなるだろう。

ダリアータを含め、年頃のご令嬢たちは令息よりも少なく、息子の結婚相手に悩む親達は、息子を国外へ行かせるべきか、と思うくらいだ。


それに対し、国王は特例として、一妻多夫制を用いるべきか、という法案を考える程だった。絶える家をあまり出すわけにはいかないからだ。

若しくは平民を養女にして婚姻させる事も視野に入れる程、令嬢は少ない。そんな中、宰相で公爵家の一人娘の婚約が解消される。熾烈な争いになるのは、誰の目にも明らかだった。それを踏まえれば、ダリアータに自由を与えるのは、かなり無謀な決断とも言えた。だが、1人の少女の10年を結果的に無駄にしてしまった事の詫びをしてやりたかった。




この後直ぐに、2人の婚約は解消された。大々的に言う事では無いが、あっという間に貴族達に話は広まった。同時にルベル公爵家への見合い話が殺到する。灰色の髪と漆黒の目を我慢してでも公爵家へ婿入りしたい令息は多い。


「見合い話が来ているが」


「あれほど私の髪と目を厭うていたのに、現金なものですね」


苦笑したダリアータは、それでも見合いをしなくてはならないだろう、と考えていた。父が養子を取らないと言うからだ。


「1年……」


「うん?」


「お父様。1年だけ見合い話を断って下さいな。1年経っても望んで下さる方が居ましたら、お見合いを受けます、と」


ダリアータは自分の価値を低く見積もっていた。婚約者に長い間疎まれ嫌われ、周囲からも厭われ同情されて来ただけに、ルベル公爵家目当ての縁談が、1年経っても欲しくなる程、魅力的なモノだとは思っていなかった。それ故に1年もすれば落ち着くだろう、と思っての発言だった。

この髪と目は変えられない。それならせめてお互いを信頼出来る相手と結婚したい。それがルベル公爵家の一人娘で、引く手数多で有りながら自身には何一つ価値が無いと思い込んでしまったダリアータの唯一の結婚条件だった。


ルベル公爵は10年の歳月の長さを悔やむ。

いくら王命とはいえ、娘がこれほどまでに自己評価の低い人間になるとは思っておらず、その時間の長さを後悔していた。妻と2人で娘の10年を無駄にさせてしまった事を後悔し、もっと早く国内の貴族達を一つにまとめられていたら……とまで思い悩む程だった。

ルベル公爵は知っている。

自分の娘こそが、王妃派と側妃派に分かれていた貴族達を一つにする切っ掛けを作ったのだ、と。ヴィヨロン公爵の娘への態度が変わり、その妻の態度も変わった時から国内の貴族達を一つにしよう、と、ヴィヨロン公爵がルベル公爵に申し出て来たのだから。


その影の立役者が娘である事をどれほどの貴族が知っているのか。

ただ、ヴィヨロン公爵の息子は、間違いなく知らない部類に入り、現実を知ろうともしないバカである、とは評していた。




さて、婚約が解消されて1ヶ月した頃。ダリアータ付きの侍女からルベル公爵と夫人は、恐ろしい報告を耳にし、愕然としていた。


「それは本当か? マリカ」


「……はい。旦那様も奥様もお忙しい中でお嬢様にお会いされていらっしゃりましたが、やはりお気付きにはなられていないか、と思いまして悩んだ末にご報告させて頂きました。……間違いなくお嬢様は、笑えません」


「そんな……。笑えない、の?」


「正確にご報告させて頂きますと、ご本人は笑っているつもりでございます」


「……どういうことだ?」


「私はお医者さまではありませんので、何とも言えないのですが。お嬢様の大好きなアップルパイを料理長がお出しした時。いつもなら笑顔で食べられるのに、全く笑顔が出ませんでした。やはりご婚約に疲れてしまわれたのだろう、と思いました。声は嬉しそうに弾んでいらしたので、気遣われているのか、と胸が痛む思いをしました。その後、1週間続けて料理長がアップルパイを出しても、笑顔は無いまま。お嬢様が気を遣わなくてもいい、と仰ったために暫くアップルパイをやめましたが」


マリカは、悲しげな表情を浮かべて一度言葉を切って深呼吸をしてから続けた。


「昨日、またアップルパイを出したところ、声は嬉しそうなのに、笑ってはおられず。思い切ってお嬢様に伝えました。無理に嬉しそうなお声で食べられる事は有りません、と」


「それで?」


「お嬢様は心から嬉しいわよ、と不思議そうな表情を浮かべた後に、真顔になってから、ほら、()()()()()()()笑っているでしょう? と仰って……。私、その時、何も言えませんでした。旦那様。お嬢様は心の病に罹っておられるのでは無いでしょうか」


ルベル公爵夫妻は、その報告が信じられなかった。マリカが嘘をつくとは思っていない。それでも、娘が笑えないなど、信じられず。娘の元へ足を運べば、「お父様、お母様」と笑顔を浮かべて迎え入れてくれるはずの娘は、真顔だった。


「どうしましたの、お父様、お母様」


「ダリアータ。笑顔を見せておくれ?」


「まぁどうしましたの? 本当に。お父様が仰るなら、私はこの笑顔じゃダメという事でしょうか。最高の笑顔が宜しいんですの?」


ルベル公爵夫妻は、娘が本当に笑顔を浮かべている、と思っている事に愕然とする。これは早急に医師を招くべきだ、と理解した。だが、残念ながらルベル公爵では心の病に関する医師を知らず、ヴィヨロン公爵に事情を話して紹介してもらう事になった。


「愚息が、ダリアータを追い詰めた結果なのかもしれないな」


とは、事情を話した時のヴィヨロン公爵の呟きだった。元帥として戦にも出たヴィヨロン公爵だから、心の病を抱えた同輩や部下を見て来た。だから原因にも直ぐに気付けていた。何かあれば、力になろう、とヴィヨロン公爵はルベル公爵に申し出た。


結論から言えば、ダリアータは笑顔だけが浮かべられない病だった。慎重に医師がダリアータと話した結果、おそらく、直接的なきっかけは、デビュタントの場で、婚約者だったジオーレノが他の女性に笑顔を浮かべていた事だろう、との診断だった。どこまでも娘に負担をかけるジオーレノに、ルベル公爵は苛立っていた。結果をヴィヨロン公爵に報告をすれば、ヴィヨロン公爵は痛ましいと頭を下げて謝った。




それから半年。ダリアータの病は一向に改善する事は無いまま、過ぎていった。


「お嬢様」


「なぁに?」


マリカに声をかけられて、苦手な刺繍から顔を上げたダリアータ。その顔は真顔で、真顔の時は笑顔を浮かべているつもりなのだ、とマリカは既に気付いていた。だから自分も笑顔を心がけていたが、今のマリカには無理だった。元凶が現れたからである。


「ヴィヨロン公爵のご令息がいらしております」


「……あの方が?」


「はい。お嬢様にお会いしたい、と」


「……今更?」


「はい。追い返して宜しいでしょうか」


「……そういうわけにはいかないわ。お会いします。支度をお願い」


支度を整えたダリアータは、応接間で待っていたジオーレノに会釈をした。生憎、父は宰相の仕事でおらず、母も断れない茶会で居ない。溜め息を溢しそうになって、それを呑み込んでジオーレノの前に座った。


「お待たせ致しました」


「いや」


「何かご用でしょうか」


初めて聞いた返事が「いや」の一言か、とダリアータはどこか他人事のように思う。


「その、婚約について、だが」


「はい」


まさか半年も経ってから婚約の話をしてくるとは思わず、ダリアータは首を傾げた。


「解消になった、のか?」


「……今更、ですか?」


その質問には、さすがのダリアータも眉を顰めた。何を言い出すのだろう、と。


「いや、だいぶ前に母から聞いていたが……冗談か、と」


「本当です」


「何故」


「何故? あなた様は私との婚約を望んでおらず、他に愛する女性がいるご様子。陛下の望む派閥無しの国内に落ち着きましたし、婚約を続ける利点は有りませんでしょう? 陛下も国内が落ち着き、私の10年を憂いて解消を承諾して下さいました」


冷静に、冷静に理由を述べる。こんな事、ダリアータが話すのではなく、ヴィヨロン公爵と話し合えば、直ぐに解るのに、と思いながら。


「私の事が好きだっただろう?」


この時ダリアータは、カッとなった。

あまりの無神経な発言。

ダリアータの気持ちを知っていた上での、この10年の仕打ちか、と。それほどまでに嫌われるような人間だったのか、と。

そして、ダリアータの気持ちを知っていた上で蔑ろにしていたジオーレノに対して虚しさも覚えた。ここまで蔑ろにしてくるのだ。ダリアータの気持ちは迷惑だった、と宣言しているようなもの。

それならば尚更、婚約解消はジオーレノに喜ばしい事だろう。


「半年前までの話です。私が婚約を望んでいない事が惜しくなりましたか」


婚約解消してから半年も経つのに、更に胸を抉られるような想いをさせられるとは、ダリアータは思ってもみなかった。


「いや、その」


「馬鹿にするのも大概にして下さいませ! 今更何の用なのですか!」


話しているうちに、あまりにも要領を得ないので、ダリアータは声を荒げる。今まで話しかけても聞いて貰えずにいて、婚約を解消してから話を聞く態度を見せたと思ったら、これか。

こんなに惨めな想いをさせるために、此処に来たのか、とジオーレノに恨みがましい気持ちを抱いて憤る。もっと早く、こうして感情を露わにするべきだった?

けれど、それは淑女として、はしたない事。だからジオーレノと婚約している間は、感情を露わに出来なかった。解消をしている今は、我慢する必要も無い。だからやっぱり、今が怒る時なのかもしれない。


頭の片隅でそんな事を冷静に考える。だから少し驚いた顔を見せたジオーレノに気付き、深呼吸をして落ち着くと、ダリアータはもう構わないで欲しい、と心から願って最終宣告をした。


「もう、私との婚約は無くなりました。どうぞ嫌いな私に構わず、愛する女性とお幸せになって下さい。……二度と私の前に現れないで」


お引き取りを、と擦れた声で告げたダリアータは、マリカを含む使用人達に、ヴィヨロン公爵ご令息がお帰りになるから見送りを、と命じて応接間から立ち去った。


一顧だにしなかったから、ダリアータは知らない。

今まで女性を振る事はあっても、女性から二度と顔を見せるな、と言われた事が無いジオーレノがショックを受けた事を。

同時に、そんな態度を取るなんて……と強烈に興味を持たれる事を。




しかし、全ては遅過ぎた。

せめて婚約期間中に、少しでもダリアータに見向きをしていたならば。


……ジオーレノは、ルベル公爵家への出入りを禁じられたのである。

ヴィヨロン公爵と夫人の耳にも入り、2人どころか、ずっと弟の酷い態度に苛立っていた兄さえもジオーレノを叱り飛ばしたのである。ついでに言えば、ヴィヨロン公爵は、ジオーレノを殴って、二度とルベル公爵家とは関わるな、と厳命する程だった。


全くもってジオーレノは、気づくのが遅過ぎたのである。


その後。ヴィヨロン公爵・夫人がルベル公爵家に謝罪に向かい、ダリアータに心から謝る。それを以てジオーレノとの婚約は本当に「無かったこと」とされた。

自分の事が好きだ、というダリアータの気持ちに胡座をかいて蔑ろにし続け、そしてどうせ王命だから……と何もせずとも、ジオーレノの気持ちなどに構わず結婚させられるのだろう、とまるで自分こそが被害者のように思い込んでダリアータを疎んでいたくせに。


婚約を解消にされてようやく縋り付くなど全くもって情けない、と両親からも兄からも言われ、寧ろこの10年に対して謝るのが最初だというのに、謝る事すらせずに、一体何を言い出すのか、と両親に呆れ果てられた。




そうして婚約を解消したダリアータが、自分の目の前で様々な男性に言い寄られる夜会を見て、初めてダリアータの価値を知ったのである。俗に言う逃した魚は大きいというヤツだが夜会で会っても敬遠され、挨拶一つされない事に、ジオーレノはダリアータが自分の妻にならない事実を初めて理解した。


ダリアータと言えば、心の病が癒えないままに、寄ってくる男性達に辟易して常に壁の花を目指しているのだが、そうは問屋が卸さないとばかりに更に男性達に近寄られ、王命を盾に1人でいることを主張する日々を送ることになる。

少し解説。

ダリアータはジオーレノから名乗ってもらえなかったので、ジオーレノを呼ぶ時は「ヴィヨロン公爵子息様」と呼びかけていました。

ジオーレノがダリアータを呼ぶ事は、一切無かったですが、ダリアータが名乗っているので、もしジオーレノが呼ぶとしたら「ダリアータ」と名前を呼ぶ事が出来ました。


2020年5月9日執筆完了。




完結です。

読んで下さりありがとうございました!

また前作【愛を貫きたい……そうです】も沢山のご愛読をありがとうございました!


連載に戻るつもりですが……エブリスタでの執筆もあるため、連載にどれだけ戻れる事やら。でも頑張ります。

そしてまたいきなり、連載じゃなくて新作書いていたらすみません……。では。

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