婚約者の目に映らない
すみません。新作です。そんなに長くならない予定です。
2020年5月7日執筆開始
(あの人の心は、私に向いて無いのね)
15歳。デビュタントを迎えて、仕方なくエスコートに来た婚約者の心が、自分に向いていない事は初めから理解していた。
政略を目的とした婚約関係。本当に政略なのだ。
今の国王陛下が王太子殿下だった頃。愛していた王太子妃が男子を1人産んだところで病に罹った。その病の影響で、子の出来ない身体になってしまった王太子妃は、泣きながら側妃を娶る事を王太子殿下に進言したらしい。
王太子殿下は側妃を娶るのを嫌がったが、臣下達から圧力がかかった。王太子殿下の他に男子が居ないからである。王家の血が絶えるわけにはいかないのに、王太子妃が男子を1人産んだだけでは、その男子に何かあったら困るのだ。
実際、それが理由で側妃の話を出した臣下は何人居たのか。表向きがそんな理由で実際は、自分の娘を側妃に、と考えている臣下の方が多かったのも事実だろう。押し切られた王太子は側妃を娶り、その側妃は娘を2人産んだ。側妃として迎えた以上は、誠意を持って接したし、娘2人は可愛い。だが、王太子が愛しているのは、やはり正妃である王太子妃。
やがて王太子が国王に即位し、王太子妃は王妃に、側妃はそのまま側妃でいた。その側妃が国王を愛していたのか、それとも王妃に成り代わりたかったのか。真意は不明のまま、王妃に刺客を放った。捕らえられた側妃は幽閉されたものの、娘2人は王妃の助命嘆願があって、助かった。
その王妃の子であり、現在の王太子殿下は身体が弱かった。側妃の娘2人のうち、姉の方は強かでそれなりに賢かった。いや、狡賢い性質だった。それ故に王太子殿下を追い落として自分が王太女……ゆくゆくは女王になろうと画策した。その画策は失敗し、母である側妃と同じく幽閉対象になったが余波は起こった。
もうその頃には、王妃派と側妃派に分かれていた城内。政敵と化していた2派に心を痛めた国王が、王妃派の先鋒として有名な宰相の娘と、側妃派として有名な兵団の元帥の息子とを婚約させて、国内の貴族達を一つに纏めようとした。
国王の王命である以上、宰相も元帥も受け入れなくてはならず、仕方なく2人を婚約させた。
宰相令嬢。ダリアータ・ルベル。ルベル公爵家の1人娘。5歳で婚約者と顔を合わせて婚約者に一目惚れした少女。汚いと陰で嘲笑われる灰色の髪と、闇に囚われていると怯えられる漆黒の目を持った平凡な顔立ちをしている。
これが美女と囁かれる母似であれば良かっただろうが、顔立ちは平凡な父に似てしまっていた。更に、髪の色が父で目の色が母で、逆の色合いか、せめて髪と目が父若しくは母に似ていれば未だこんなに揶揄と恐怖を周囲から持たれなかっただろう。
彼女の父は灰色の髪に太陽を思わせる明るいオレンジの目。彼女の母は漆黒の目を持つものの若葉を思わせる明るいグリーンの髪だった。公爵家の使用人達からは、どこまでも不憫なご令嬢として扱われていた。
但し、両親は彼女を愛していたし、使用人達も優しい心根の彼女を敬っていた。その外見で彼女を判断する周囲は、彼女の優しい心根も聡明さも穏やかな笑顔も知らずに揶揄と侮蔑と恐怖を抱いているだけ。
そんな彼女は5歳で婚約者に一目惚れをしたが、その婚約者に最初から嫌われているのも理解していた。
ダリアータの婚約者は元帥であるヴィヨロン公爵の令息・ジオーレノ。太陽に照らされた海のような青い髪に、夜に輝く満月を閉じ込めたかのような銀色の目をした天使のような可愛らしい顔立ち。元帥である父に似たのは髪の色だけで、目と顔立ちは母そっくりである。ダリアータと並ぶと、見事に釣り合わない。
ヴィヨロン公爵はこの王命が気に入らないし、その妻であるヴィヨロン公爵夫人は、将来の嫁になるダリアータの外見の汚さが我慢ならなかった。可愛い息子に並んで見劣る外見。しかも汚い髪色と恐ろしい目の色。王命だから仕方ないが、歯軋りしたくなる程、腹立たしい。
実は夫人の姪(姉の娘)とジオーレノを婚約させよう、と夫人は目論んでいたから余計だった。姪は、自分とジオーレノと同じ銀色の目に、夜の帳が落ちる前のような薄紫の綺麗な髪をしていて、息子であるジオーレノとはお似合いだった。年齢もジオーレノと同い年で2人はとても仲が良かったのだ。
姉と2人でいつ婚約させようか、と話し合っていた矢先の事だった。ジオーレノも姪も7歳。直ぐにでも婚約させておけば良かった、と後悔してもしきれない。だから、夫人の恨みは全てダリアータに向かっていた。この娘さえいなければ……というものである。
「はじめまして。ダリアータ・ルベルでございます」
ダリアータは5歳にして既に空気の読める娘だった。それはそうだ。使用人達から同情の視線を向けられて育った子。自分は可哀想な子なのだ、と思いながら育っても仕方ない。おまけに聡明である。余計に空気は読めた。それでも辿々しくも丁寧なカーテシーと精一杯の笑顔を婚約者に向けた。婚約者の天使のような外見に一目惚れだったのである。
だが、その婚約者はダリアータを一目見て不愉快そうに眉を顰めて顔を逸らした。
それを見たジオーレノの両親は揃って愉快だ、と言わんばかりに満面の笑みを浮かべていた。
その時にダリアータは理解した。自分は婚約者にもその両親にも嫌われたのだ、と。
見た目はどうしようも無い。
髪も目も変わらない。
それなら中身に磨きをかけるだけ。
聡明なダリアータは、そう決意した。
自分が政略結婚の駒だと理解している。彼もそこは理解しているだろう。だったら、好かれなくても良い。せめて信用くらいは得たい。僅か5歳にして、ダリアータはそんな決意を胸に秘めた。
話しかけてもこちらを見ないジオーレノ。
それどころか「ああ」とか「うん」とかの相槌すら無い。それでも政略である以上、3ヶ月に1度は交流を持つ事を王命で決められた。
それからダリアータは、勉強を頑張り、マナーを覚え、教養を深めた。淑女として刺繍の一つくらいは、と拙いながらも作り上げたハンカチ。月に1回出す手紙と共に送っても、一度たりとも手紙の返信は無い。ハンカチは捨てられているかもしれない、と思っても口にしたら認めることになりそうで、何も言わなかった。
義父になる方が元帥だと知った時から、令嬢には不要と言われながらも、剣の稽古も始めていた。3ヶ月後のお茶会で話題に出来たら……とは思ったが、令嬢らしくないのは解っていたので、結局黙っている事にした。
そうして1年が過ぎ、3年が経過した頃には、ダリアータの手は剣を持つ者特有の剣ダコが出来ていた。それに気付いたのは、苦々しく息子と王命による婚約者との関係を見守っていたヴィヨロン公爵だった。
「そなた、剣を扱うのか?」
お茶会が終わり、今日も視線すらもらえず、相槌さえもらえないまま、悄気たダリアータに、初めて元帥が声をかけた。場所は交互に互いの家を訪れていて、今回はルベル公爵家だったため、終わったと解って、さっさと馬車へ向かった息子の背から視線を外したヴィヨロン公爵は、初めて息子の婚約者に声をかけた。
驚いたダリアータだが、急いで返答する。
「はい。義父君様が元帥とお伺いしましたから、ジオーレノ様が我がルベル家に婿入りされるとしても、義父君様と同じく元帥を目指されるかもしれない、と思いまして。それならば、妻になる私も自分の身くらい守らなくてはならない、と稽古をつけて頂いております」
ヴィヨロン公爵は目を眇めて、愛用の剣をダリアータに持って来させた。ダリアータに剣を構えよ、と言えば、その姿はサマになっている。ちょっとかじっただけでは、こんな姿にはならない。
「どのくらい練習している」
「毎朝1時間しか練習出来ません」
その返答には、ヴィヨロン公爵が驚いた。令嬢が剣を持つ事さえ有り得ないのに、毎朝1時間も練習をしているのか、と。
この時、ヴィヨロン公爵は、初めてこの娘を認めた。この娘になら、息子を婿入りさせても良い、と。ヴィヨロン公爵には既に長男が居るので、跡取りには問題無かった。
「ダリアータ」
「は、はい!」
ヴィヨロン公爵から名前を呼ばれるのは、初めての事だった。
「今度から私が稽古を付ける。都合が良い時は連絡するから我が家に来なさい」
「よ、宜しいのでしょうか」
「構わん。そなたは我が息子の婚約者だからな」
こうして、ダリアータはヴィヨロン公爵を自覚無しに陥落させた。
相変わらず思いつきの見切り発車ですが、短いです。3話くらい?1話1話が長めかもしれません。