第三話 人形少女は治療師に会う
「……」
目が覚める。
視界に入るのは、昨日と同じ白。
(夢じゃ……なかった)
自分が#牢獄__あそこ__#から抜け出せるなんて思ってなかった。
だから今までのことは全部私にとって都合のいい夢で、目が覚めたら元に戻っているんじゃないかと思っていた。
彼もいなくなってしまうんじゃないかと。
少しだけ……嫌……だった。
こんなこと思っていいわけないのに……。
(それよりも……ここが夢じゃなくて、現実なら……)
私はどうしてここにいるんだろう。
そんな疑問が頭に浮かぶ。
(“あの人達”がそう簡単に私を手放すはずがない)
鎖で縛り付けて、牢屋にいれるくらいだ。
見張りだっていた。
そんな環境で過ごしてきたからこそわかる。
“あの人達”がそう簡単に私を逃がすはずないと。
(なら……どうして私はここに……?)
あそこでのいい思い出なんてなにもない。
できれば、思い出したくなんかない。
でも、思い出さなければ私がここにいる理由も分からない。
(思い出さなきゃ……)
集中しようとしたその時、コンコンとノックの音が聞こえた。
「……っ!?」
「ごめんね。入るよ」
(彼だ)
すぐに分かった。
忘れるはずがない。
「おはよう。よく眠れたかい?」
「(コクリ)」
(まぁ、嘘だけど)
本当はあまり眠れてない。
ここが夢なんじゃないかと思ってたから。
覚めるのが怖かった。
結局私は……嫌だと抜け出したいといいながらもその影に囚われている。
「そうか。よかった」
彼は微笑んだ。
彼は昨日の言葉通り、また私の元に訪れた。
でも今日は彼だけじゃなかった。
「こんにちわ、ちょっと失礼」
赤茶色の髪と金色の眼の白衣姿の女性。
(同じいろ……)
彼の瞳と同じ色をしていた。
「彼女はうちの専属治療師の一人だ。君の手当ても彼女がしたんだ。今後も君の治療は彼女に担当してもらう」
「メリル・アッカーソンよ。よろしくね」
(これ……あの人がしてくれたんだ)
自分の体に巻かれた包帯に目を向けた。
『ありがとう ご ざ い ます……メリル さん』
彼が置いていってくれた紙とペンに感謝の言葉を書いたあと、それを差し出しながら静かに頭を下げた。
「これ……何て書いてあるの?」
どうやら彼女は彼と違って、#魔法言語__日本語__#を読むことはできないらしい。
それとも私の字が単純に汚いだけなのか……?
「ありがとう……だそうだ」
と、彼が通訳してくれた。
そして私には
「普通の人に魔法言語は読めない。もちろん書くこともだ」
そうささやいた。
彼女は私が書いた言葉の意味を聞いて、顔をほころばせ
「そう。礼には及ばないわ。他でもない殿……じゃなくて彼の頼みだからね」
そう言った。
優しい顔をしていた。
けれど、途中でなにか言いかけたみたいだが、彼女は彼の顔を見るやいなや言葉をつまらせ、言い換えた。
「……?」
『どう か しま した か ?』
「いや、なんでもないよ」
いい笑顔で彼は答えた。
でも……
(これじゃない……)
これはなんだか……黒い?……気がする。
「さて、じゃあ早速で悪いけど初めていいかな?」
「……あぁ」
と、聞かれた彼はどこか不機嫌そうに言った。
「……?」
そのようすに私は首を傾げた。
「そんな顔しなくても……全く」
やれやれと言いながら、彼女はこちらへやって来た。
片手には謎の水晶玉を持っている。
「起きたばっかりで悪いんだけど、今から簡単な診察をしてもいいかな?」
「(コクリ)」
「ありがとう」
そういうと彼女は水晶玉のみを私の方に差し出した。
「……?」
「あぁ、これかい?これはかつて聖女が残した遺産のひとつでね。鑑定石と呼ばれるものなんだ。これを使えば、患者の病気はもちろん、魔力の乱れや、素性、状態異常なんかもわかる優れものなのさ。だから、これを使えば君のことは丸わかりってわけ。だから我々治療師は診察のときはこれを使うんだ」
(なるほど……)
すごく便利なアイテムだ。
それに、素性は私も知りたいところだ。
『お願い します』
「ただ……」
「……?」
「実はこれにはひとつだけ難点があってね。患者の血を少量たらさなきゃいけないんだよ」
と、申し訳なさそうに言った。
でも、私はそんなことか、程度にしか思わなかった。
「体調が治ってもないのに血をよこせ、なんて酷なことだとは分かってるんだが……少しでいいんだ。これで、君の血をこの水晶にたらしてくれないかな?」
そう言って、銀のナイフを差し出した。
(どれくらいたらせばいいんだろう……まぁ、いいか)
そう思い、私は自分の手首をそのナイフで切りつけた。
「「っ!?」」
「ちょっちょっと!何してんの!?」
「気でも狂ったのか!?」
その様子を見た彼らが声をあげた。
ダラダラと鮮血が流れ、水晶に落ちる。
彼女は急いで、包帯を手に取った。
が、それよりも先に彼が動いた。
そして、未だに血をながし続ける私の手をとり、こう言った。
「『治せ』」
(日本語だ……)
彼の手から光が溢れると共に私の傷が消えていった。
これが彼の言う【魔法】なんだろう。
(これが……魔法。あったかい……)
初めて見た。
私はそれをぼうっと眺めていた。
そして、あらかた傷がなおると……
「この馬鹿!」
と、彼が怒鳴った。
「っ!?」
彼が怒るのは珍しいのか、メリルさんも目を見開かせていた。
私は久々の怒声に思わずビクリと体が震えた。
「もし死んだりしたらどうするんだ!ただでさえこんなに痩せ細ってるのに……!出血多量で死んだらどうするつもりだ!それに……どうして躊躇もなく自分を傷つけるんだよ!!もっと自分を大切にしろよ!私の前でそんなことするな。この私が……許さない」
こんな彼は初めてだった。
大声を張り上げ、感情的に言い放った。
昨日の落ち着きのある、丁寧で、慎重な彼とは大違いだった。
彼は怒っていた。
他でもない私に。
でも、怒っているのに泣きそうな顔だった。
(こんな顔もするんだ……)
心がもやもやする。
(……息苦しい)
今になって自分の行動を悔い改める。
彼を……優しい彼に怒らせてしまった。
(ごめんなさい)
私は目の前の彼に手を伸ばし、そっとその頭を引き寄せた。
そうせずには、いられなかった。
だって、彼は私以上に泣いてくれているから。
何も感じない私の代わりに怒ってくれているから。
「……なっ……///」
突然の行動に彼は驚きの声をあげ、頬を染める。
でも、特に嫌がるような行動は見られなかった。
私はそのまま、彼の頭を抱えるように抱き締める。
そうすることで、少しだけもやっとした気分が落ち着いた。
(……ありがとう)
そう、口にした。
でも、案の定声はでなかった。
だから、伝わってないかもしれない。
それでもいい。
いずれ、喋れるようになったら……ちゃんと自分の口で伝えればいい。
(なんだろう……この感覚……)
胸の辺りがじんと熱くなる。
不思議な気持ち。
でも悪くない。
暖かくて、優しくて……ふわふわする。
そんな感覚だった。
きっとこれも彼のお陰なんだろう。
私の中で黙ってさせたいようにさせてくれている彼のお陰。
(…………ありがとう)
と、私はもう一度口にした。
その後、「もう限界だ」と顔を真っ赤にさせて口にした彼の言葉で長いようで短いような時間が終わった。
メリルさんは
「確かに私が血をたらせっていったけどさぁ……指先切る程度でいいのに……なんで手首ザックリやっちゃうのかなぁ」
と、呆れたようにいいながら
「結果はあとで伝えるから、今はちゃんと食事と睡眠をとって回復に努めるように」
と私たちに告げて一人去っていったのだった。
あとは若いものたちでやってくれ、と言い残して。