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第8話 パンツを見れただけで、俺は生きていてよかったと思う。

 鼻を掠める優しくも暖かな潮風。目線の先にはどこまでも続く青い海が広がり、砂浜にはアリのように小さな人の影がチラホラ見える。


 遠くではあるが見知った人影も見られた。小さな船の上で何かの作業をしているようだから、おそらく漁の準備か何かだろうけど。


 今はそんな事を気にしている場合ではないのだ。


「本当、いつ見ても良い景色ですよね。そうは思いませんか? 勇者様」


「ひ、ひぃぃぃ!! ひぃぃぃぃぃ!!」


 多分、煙草を吸っているであろうフェリたんの声が上の方で聞こえてきた。


 どこまでも雄大な自然が広がる景色を眺められるのは素晴らしい事だと思う。フェリたんの言う通り、この場所から見る景色はいつ見ても絶景だと言えるだろう……本当、絶景だと思うよ、うん。



 断崖絶壁に吊るされなければ……。



「ぎゃぁぁぁぁ!! 怖い怖い怖い!! フェリたん早く上げて、これ死ぬから!!」


 いつものように斧でシメられた俺は、気を失っている間に村長の香草畑がある崖へと連れてこられていた。


 昨日、必殺グマに文字通り胸を鷲掴みにされた場所だ。


 俺の体にロープを括り付け、フェリたんは俺を断崖絶壁に吊るしたのだ。


 腕ごとロープで縛られているので自力で上がることも出来ず、もとより手を伸ばしても届かない位置にまで俺を曝しているから意味がない。


 俺を縛っているロープは崖の木製の柵に縛り付けてあるようで、いわばこれが今の俺の生命線。どうして何本も縛り付けてあるのかは分からないけど、重みでピンと張られたロープが岩に擦れてギジギジと恐ろしい音を立てている。


「何しても死なない体なら、何しても良いでしょう?」


「そりゃ死なないかもしれないけどさ!? さすがに崖から飛び降りた経験ないよ!?」


 俺の足元には良い感じに尖った岩が密集し、今にも迫ってきそうな勢いだ。それにこの高さからじゃ……何があっても即死だ!! 潰れた生卵みたいになっちゃう!! いいや、それだけならまだしも、串刺しとかだったらシャレにならない! そんな死に方ごめんだ!


「そうなんですか? 良い経験ができますね」


「こ、この悪魔!! 死なない体でも痛いのは痛いんだぞ!!」


「へぇ……そんな口を聞いてて良いんですかね?」


 上から残虐的なフェリたんの声が聞こえた後、何やら擦れるような音が響いた。その直後、体を縛っていたロープの一部が緩み、ロープが地面に落下する。


「うぎゃぁぁぁぁ!! おおおお落ちる!! 怖い怖い怖い!! 本当ダメこれダメ!! 心臓に悪いって!!」


 体が少し傾いただけでも跳ね上がる心臓。


 俺を縛っていたロープの一部が切れたようだ。


 まじやばい。怖すぎてちびった。


「……舐めた口利いてると、一本ずつ切っていきますよ」


「マジであんたサイコパスだよ!!」


「さてと、次はどのロープを切りましょうかね?」


 嬉々としていくつかの木の柵に縛り付けられたロープを本気で選ぼうとしているフェリたん。


 木の柵に伸びているロープが背中側にあるから何本のロープが俺に縛り付けられているのか分からないけれど、そっと手で探ってみるに……残り3本!?


「本当マジでごめんなさい! 舐めた口利かないんで早く上げて下さい! 本当マジで!! 次やられたらガチの失禁大サービスになっちまうから!」


 男の失禁サービスとかどこにも需要ねえよ! 本当、誰も得しないぞ!


「さて、どうしましょうか? そこまで言うならもちろん仕事しますよね?」


「え? そ、それは……」


「ほれほれ、早く選ばないと本当に一本ずつ切り離していきますよ?」


「フェリたんサイコパス! マジでサイコパス! 畜生! 絶対に屈するもんか! ニートはこんな程度で絶対に屈しないからな!――ッあぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 再びロープの一本が切り落とされ、俺の体がガクンと揺れる。


 でも、それはほんのわずかなもので生命線はまだあと2本残っている。


「き、鬼畜! サディスト! 貧乳! 悪魔! ぺったんこ!」


「あァん!?」


「ひぃぃぃぃぃぃぃ!! ご、ごめんなさい! ごめんなさい! は、働く! 働きます! 馬車馬のごとくは働きますから!」


 恐怖のあまり思わず飛び出た悪口に、フェリたんは激怒し再び一本を切り離した。


 残る一本になってしまったところで、俺はとうとう屈してしまう。


 いくら死なないからだとは言っても痛みがあるのは欠点だ。怖いものは怖い。まあ、今日半日だけでも働いているふりをしてればいいか。


「やっとやる気になりましたか。手間かけさせないでください」


「そ、その割には結構楽しそうだったけど?」


「そりゃあもちろん」


 いや、本当。フェリたんヤバいな。


「それじゃあ、引き上げますよ?」


 木の柵の結び目を解いたフェリたんはロープを引っ張りながら俺の体をゆっくりと引き上げている。


 良かった……とりあえずは助かったか。こんなところから落ちたら一溜りもないしトラウマになるところだったからね。


「よいしょっと」


 かわいらしい声を漏らしながらフェリたんは俺の体を引き上げる。それに伴って俺の体は徐々に回転し、岩肌の方へと向けられる。


 ちょうど上にいるフェリたんの姿も顔を上げれば見えて――――ッ!?


「……? 何ですか?」


 俺の反応を怪訝に思ったのか、フェリたんが首をかしげていた。


 だが、そんな事は気にもならなかった。俺の目はとある場所にくぎ付けになったのだ。


 全ての男が求める理想郷。穢れのないユートピア。


 それはもはや男の性とも言っていい。ま、まさか……あのサイコパスでサディストなフェリたんが!


「う、ウサギ柄のピンクだと!?」


 スカートの中に見える布。


 白く柔らかそうでむっちりとした太ももの奥に見えるそのきめ細やかな布切れには、ピンク色でウサギの模様のイラストが施されていた。下地は白。ピンクと白のコントラストがフェリたんの性格にギャップを与えている。


 な、なんという事だ!? 半年にもわたり一緒に過ごしてきたフェリたんがこんな趣味だったなんて!


 見かけによらず、フェリたんは可愛い物好きなのか!?


「……」


 唐突に感じる、刺すように冷たい視線。


 蔑むように静かに俺を見下ろすフェリたんは、一言も発する事なくロープを掴んでいる手をそっと放した。


 静かに、本当に静かに下された私刑宣告。良いところまでいったのに結局こうなっちゃうのか。


 いいや……でも、俺は幸せだよ。最期にあんな天国を見せてくれたのだもの。


 これぞラッキースケベ。これぞ天から授かった贈り物。フェリたんのパンツが見れただけで俺の人生は意味があるものだった。


「全く、パンツってのは最高だ――ブッ!?」


 俺は最後の最後までフェリたんのパンツを眺めながら遺言すら最後まで言う事が出来ずに、ぐしゃりと不快な音が耳で響いたと同時に意識が途切れてしまった。

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