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第7話 領主なんてどうせみんな悪党だろ!? そうだろ!? 絶対そうだよ! そうだと言ってくれ!

「はぁぁぁぁぁ…………暇だなぁ」


 村を挙げての熊鍋パーティの翌日。


 度数の強い酒を一気飲みしたことでアホみたいな醜態をさらしてしまった俺はどうやら俺の家のベッドに寝かされていたようだ。


 あれからどれくらい寝ていたのかは分からないけれど、一瞬でぶっ倒れるほどの酒を一気飲みしたにもかかわらず何の症状も出ていないって事は……気を失っている間に回復したんだろうな。


 目が覚めてから特に何をするわけでもなくただひたすらにベッドの上でゴロゴロと時間を潰しているが、さすがに暇すぎて生きている意味さえ見失いそうだ。まあ、いつもの事だけどね。


 暇すぎて寝る事しかできないので、俺は頭下の小窓から村の様子を眺める事にした。


 村の警備……もとい護衛だ。


 何という事だろう。家にいながら村を護衛する事が出来る。俺は素晴らしい仕事をしているんだ。


 無邪気に走り回る子ども達。せっせと汗水垂らして働く大人。


 この村が安泰なのも、こうして俺が日々この小窓から警備しているおかげだな。何も警戒する事なく外で遊べて仕事が出来る。すべては俺のおかげ。


 俺は外を眺めながら再び大きなあくびをする。


 ああ……自分の縄張りほど安心するところはない。外に出れば血糖値と血圧の振り切れたマジキチな王女様がいる訳だし。超絶可愛いフェリたんだけど、顔を見るたび働け働けとうるさいからね。家から出なければ問題なし。


「あんな見た目してサイコパスで腹ん中真っ黒なんだから……こうしているうちもどこかで聞き耳立てていたりしてね。まさかね〜アハハ」


 笑いながら一瞬だけ小窓から目を逸らし再び戻すと、窓の外に張り付くように立っているフェリたんがいた。目をカッと見開いて残虐的な笑みを浮かべている。


 俺はそれを見つめながら静かにカーテンを閉めた。


 え? 何あれ、怖すぎない!?


 というか、いつの間にあそこにいたんだよ。やばいな、マジで聞き耳立てていそうだな。


 ベッドから起き上がり恐る恐るカーテンを開けるがフェリたんの姿はない。


 怪訝に思ってそっと窓の外を覗き込んだ。顔を窓に張り付けて見える範囲のギリギリまで見回すが、やっぱりフェリたんの姿はない。


 あれ? 確かにフェリたんいたよな? ついにフェリたんの幻覚まで見えるようになってしまったのか!?


「ヒャッ!?」


 そう考えていると唐突に扉がノックされ、俺はあられもない声を上げて飛び上がった。


 や、やっぱり……今の愚痴をフェリたんに聞かれていたんだ! まずい! 今度は首を斬られるくらいじゃ済まない殺され方をされるぞ!


 きっとフェリたんなら、俺を死なない程度のギリギリのラインを保ちつつねちっこく拷問するに違いない! ……ちょっと興奮するな。


「勇君? 起きてる? アタシよアタシ。勇君のママが来てあげたわよぉ」


「誰がママだコラァ!!」


 飽きるほど聞いてきた声が扉の外から聞こえ、俺は勢いよく扉を開け放ちながら叫ぶ。


 そこには割烹着姿のままの村長が、ハーブを練り込んだパンを入れた紙袋を持って立っていた。


 子供のように無邪気な笑みを浮かべて俺を見つめている。


「あら? もう長い付き合いなんだからママみたいなものじゃない?」


「たかだか半年じゃないか……それに、村長は男でしょ」


「もう……つれないわね。まあいいわ。ほら、約束してた通り、ハーブ入りのパン作ったわよ」


 村長は余裕そうに笑みを浮かべながらため息を吐き、紙袋を差し出した。


 俺はそれを受け取るが、明らかにパンだけが入っているとは思えないほどずっしりと重い。何か硬い物が入っているようだ。


「何だろ? 何かほかの物も入ってる?」


 俺は紙袋の中に手を突っ込み、パンをつ潰さないように慎重に掻き分けながら取り出した。


 それは、ぎっしり色とりどりのクッキーが詰められた瓶だった。オレンジ、黄色、緑、白っぽいものまで見える。


 瓶はほのかに温かく、口にはコルク栓がされていたがそれでも甘い香りは漂っていた。


「それ、今朝作ったお野菜のクッキーよ。キャロッテ、ホリンダー、ポトリン、パプフルをそれぞれ練り込んでいるのよ。お砂糖を使わずに作っているのよ? 凄いでしょ?」


 自慢げに胸を張りながら説明する村長。


 その腕にはもう一つ、俺と同じ紙袋が抱えられている。


「あれ? 村長……それって」


「ええ。フェリたんにも同じ物をあげるつもりよ。フェリたん甘い物だい好きでしょ? けど、お砂糖ばかり摂っていたら体に悪いからね。お砂糖を使っていないクッキーを食べさせてあげようと思ってね。ついでに勇君の分も作っちゃったのよ」


「俺はついでなのかい」


 まあ、フェリたんは極度の甘い物好きだから村長が気にかけるのも無理はないよな。普段から氷砂糖を持ち歩いているくらいだし。


 そういった点では村長が作った砂糖未使用のお野菜クッキーは効果があるかもしれない。


 キャロッテはニンジン、ホリンダーはほうれん草、ポトリンはジャガイモ、パプフルはカボチャ、名前は違うがそれぞれ日本でも親しみのある野菜と同じ物だ。ただ……ほうれん草のクッキーってどうなんだ? 青臭くないのか?


「このホリンダーのクッキー、青臭さとかあると思うんだけど」


「ふふふ……食べてみたら分かるわよ」


 村長はそれでも余裕そうな表情は崩さない。


 ほうれん草の青臭さを想定して何かを仕掛けているんだろうか?


 俺は怪訝に思ってクッキー入り瓶のコルクを抜き、緑色のクッキーを取り出して口へ運んだ。


「おおお!! これって!!」


 咀嚼した瞬間に感じるほうれん草の深い味わいとその奥に感じる柑橘系の酸味と甘み。


 青臭さは完全にぬぐい切れていないもののそれを旨味と感じてしまう。


 でも……何を練り込んでいるんだ?


「そうよ。そのクッキーにはホリンダーとは別に、オーラジェルとアレッパを練り込んでいるの」


 オーラジェルと言えば……日本ではオレンジとして親しまれている果物だ。アレッパは異世界特有の果物。リンゴと桃を足して2で割ったような果物だ。でも……どちらも水分の多い果物だからクッキーを作るのには適さない気がするけど。まあ、クッキーなんて作ったことないから勝手なイメージだけどね。


「オーラジェルの皮を領主様から頂いたハチミツに漬け込んで、クッキー生地に練り込んであるわ。アレッパは薄くスライスした後に日光に曝して水分を抜いて、これも刻んで入れてあるわ。ホリンダーだけじゃ青臭くて食べられないからね」


「うわぁ……こんな村で料理していなかったら、絶対プロになっていただろうに」


「え? どういう事?」


「何でもないよ」


 首を傾げ、怪訝そうにしている村長。


 この類まれなる料理センスをこんな村で発揮してていい物じゃないんだろうけど…………他に行かれたら俺の食う分が無くなってしまうから今後は黙っておこう。


 …………ん? ハチミツ?


「ちょっと待って村長。今、ハチミツって言った?」


「え、ええ。そうよ。オーラジェルの皮のハチミツ漬けを練り込んでいるの」


「ハチミツって砂糖を使っているんじゃないの!?」


 ハチミツって水あめとか色々加えて作っているものだと聞いたことがあるから、それだと村長の砂糖未使用は破綻する事になる。


 あの領主がどうやってハチミツを作っているのかは知らないけれど……。


「大丈夫よ。天然のハチミツには砂糖は使われないもの。領主様が作っているハチミツは全て純粋なハチミツよ」


「う、うそっ!?」


「まあ、市場に出回っているものは砂糖を加えている人口の物が多いけどね。純粋なハチミツを出しちゃうとどうしても高価になっちゃうから」


「ああ……そういう事か」


 つまり俺が今まで口にしてきたハチミツって人口の物だったんだね。


 コンビニで500円くらいで売っていたあのハチミツももしかしたら……いいや、考えたくないな。


「でも、そんな高価なハチミツを領主から貰ったって……やっぱりお金取られたんじゃないの?」


「まさか。領主様のハチミツは自家製でしかも趣味で作っていらっしゃるから。お野菜とか家畜とかも全部趣味で育てているのよ。もちろん、全て自分のお金で賄っているそうだけど」


 まさか……あんなヤクザみたいな人相と体格している領主が?


 ありえないね。ひとたび村に出向こうなら一軒一軒その家の扉を蹴り上げて金を徴収していそうなあの人がそんな訳。


 俺もこの村に来た当初、一度会ったことはあるが一目見ただけでこの領主が悪役であることは容易に予想できた。


 人相の悪い奴は大体悪役パターンなのだ。というか領主は大体悪党だ。そうだ。きっとそうに違いない。アニメを死ぬほど見てきた俺にはわかる。


 馬鹿みたいにでかい屋敷に住んでメイドさんを侍らせているくらいだ、きっと毎日酒池肉林の限りを尽くしているに違いない。


 まるでバイキング感覚で、毎晩毎晩色々なメイドさんにエロい事をしてるんだろう。


 ああ……なんて羨ましいんだ。俺もメイドさんにチヤホヤされたい。エロイ事したい。


 いや、むしろ俺はされたい方だな。


「そういや、最近領主には会っていないな。姿は何度か見た事あるんだけどさ」


「閉じこもってばかりいるからじゃない? 最低でも月に4度は村を見に来る方だから」


「マジかよ……」


 そんな二村を見て回っているとか、どんだけこの村心配してんだよ。


 いいや、待てよ。もしかすると本当に一軒ずつ家を回っては恫喝して金品を巻き上げているんじゃね?


「それにね。領主様にお野菜とかあげると、数日後には大量の野菜とハチミツ、ミルクが村に配給されるのよ。まあ、普段から無償で送ってくださる人でもあるのだけどね」


「それどこの傘地蔵なわけ?」


 いいや、もしかすると毒入りだったり、食べると病気になって一生寝たきりになってしまう呪いとか掛かっているに違いない。


 どうしよう俺、食べちゃったよ!? まあ、俺には毒や呪いの類は効かないのだけど。


「村でこうして安心して暮らせるのも領主様がいてこそなのかもねぇ」


 うっ……急に胸が痛くなってきた。


 べ、別にジェラシー感じてるわけじゃないし!? 金持ちでメイドにチヤホヤされてて慈善事業みたいに自家製の農作物を無償で提供してる領主なんて裏で何考えているか分からない真っ黒な奴に間違いないし!? いまに化けの皮剥がれるぞ! ぜ、絶対!


「まあ、勇君も頑張ってね。アタシはフェリたんのところに行くから」


「あ、はい……」


 そう言って笑顔を浮かべる村長は軽く手を振りながらフェリたんの家へと向かった。


 その背中が見えなくなるまで見送り、俺は一息吐く。


 はぁ……なんか俺、何もしていないよな。


 い、いやいや! 流されるな二階堂裕也! 俺は無職師範の名に恥じない由緒正しきニート道を歩むと誓ったではないか!


 ニートであることを誇りに思わないとダメだ!


 俺はニート。働かない事を生業としたニート勇者だ! 無職師範の辞書に労働という二文字はないのだ。


「さーて、閉じこもって腹ごしらえと洒落こもうかなっ!」


 そう言ってニヤケながら振り向くと、そこには腕を組みながら仁王立ちしているフェリたんがいた。


 残虐的な笑みを浮かべながら白い歯を見せ、血走った目を限界まで見開いている。


「おや? おやおやおや? また閉じこもる気ですか勇者様。サイコパスで腹の中真っ黒で地獄耳な私が迎えに来てあげたというのに」


 俺は笑みを振りまきながらも大量の冷や汗が噴出していた。


 あっ……終わった。終わりました二階堂裕也。享年17歳。どうか村のみんな、俺を忘れないでください。


 恐怖で震えながらも精いっぱいの笑みを浮かべて、


「やあ、おはようフェリたん」


 震える声でそう遺言を残した直後、俺の目前にフェリたん自慢の斧が飛んできた。

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