第6話 酒の一気飲みはダメ、絶対!
「熊鍋だぁぁぁぁぁぁ!!」
「うおおおおおおおお!!!」
「「美味ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」
村中の人々が集まり、グツグツと煮えたぎる大きな鍋がいくつも並ぶ。
鍋の中には様々な野菜と捌いて臭みを取り除いた熊肉がぶち込まれ、鼻にツンと来る香辛料と魚介出汁の香りが鼻をくすぐった。
何かで例えるとするならば、キムチ鍋といった感じだろう。
もう一つは魚介出汁と搾りたてのミルクを入れた小さな子供向けの鍋で、食べている子ども達はハフハフと頬張った具材の熱さを和らげながら満面の笑みを浮かべている。
料理を担当した村長とフェリたんが汗水垂らしながらせっせと鍋の前に綺麗に並ぶ村人達にふるまっている中、俺はというと、
「やべぇなおい! 結局鍋かよとは思ったけど、めっちゃ美味いじゃん!」
早々に食べ始めていた。
舌に感じるピリッとした刺激とあっさりとした魚介出汁。もう一つの方はシチューに似たような味わいで本当に子どもが喜ぶように味付けがされている。熊肉も口の中でホロリと解れて……なんだこれ、今まで食べた熊鍋の中でもダントツで美味い!
俺は二つの器に盛られたそれぞれ味の違う熊鍋を掻っ込み、子ども達と同じようにハフハフと熱さを和らげるように息を吐きながら食べる。
熊肉は異世界に来てからしか食べた事がなかったからな……日本では猪肉、鹿肉、馬肉は食べれる事は知っていたけれど、まさか本当は熊も食べれたんじゃないのか? その辺はまぁ、知らないからもうどうでもいいけど。
「手伝いもせず一人だけさっさと食べるとは……随分と御立派な勇者様ですね」
皆が熊鍋を食べ歓喜の声をあげている中、フェリたんがドスの聞いた声で俺の前で仁王立ちしていた。
「……やだなぁ。そんなに褒めても何も出ないよ?」
「今のを褒めていると解釈出来るなんて、どれだけ自分に都合がいいんですか」
「こういうポジティブさが生きるためには必要なのよ。後ろ向きで生きていたって行く先が見えなきゃ簡単に躓いちゃうでしょ?」
「あなたという人は……」
呆れ果て、頭を抱えて嘆息するフェリたん。
半年も行動を共にしている以上、フェリたんもそれ以上の事は言えないらしい。
俺の事をちゃんと理解して、受け入れてくれている証拠だな!
これはもう可及的速やかに結婚するべきでしょ!?
「その気色の悪い笑み……またロクでもない事を考えていますね……はぁ、本当にこの人は」
ほくそ笑む俺を不愉快そうに顔をしかめて睨むと、フェリたんはポケットから革で作られた手のひらサイズのポーチを取り出した。
中から手製の紙巻き煙草を取り出し口に咥え、指を鳴らす。その指先には小さな火が出現し、フェリたんは煙草を口に咥えたままその火に近づけて煙草に火を点けると、ため込んだ空気を吐き出すようにゆっくりと白い煙を吐き出した。
「ああっ。フェリたんまた……」
「良いじゃないですか。あなたの相手をしているとストレスも溜まるんですよ」
そう言いながらフェリたんはなるべく俺や村のみんなに煙が流れていかないように配慮しながら煙草を吸っていた。
王女様が煙草!? という時期も確かにあった。けれど、半年も一緒に過ごしていれば慣れるものだ。
というか正直、めちゃくちゃ格好いい。フェリたんはどちらかというとキャピキャピした頭の悪そうな女性というよりもクールビューティな女性という印象が強い。
王城にいた頃のフェリたんも見た事はあるけれど、ドレス姿で着飾っているフェリたんよりも今のフェリたんの方がフェリたんらしくて良い気がするな。まあ、ドレス姿のフェリたんもギャップがあって好きなんだけどぐへへへへ……おっと、ヨダレが。
「別に吸うなとは言わないけどさ。他の人の前では吸っちゃだめだよ。特に子どもとか妊婦さんとかさ」
「あなたではないのですから、それくらい分かっていますよ」
火の点いた煙草を指で摘まみ、フェリたんは俺のすぐ隣の木製の柵に腰掛けた。
鍋を食べたり酒を飲みながら愉快に談笑する村のみんなを眺めているのか、どこでもない空虚を見ているのか、どちらともいえない表情をしながら静かに煙草を吸っている。
「何ですか? 人の顔をじっと見たりして」
俺の視線に気付いたのかこちらに目を向けて不愉快そうに顔を顰めた。
「い、いや! 何でもないよ!?」
俺は思わずフェリたんから目を逸らしてしまう。
物思いに耽るフェリたんにドキッとして、声が上擦ってしまった。
あれ? 俺って自分で思っているよりもフェリたんにマジゾッコンラブしてるんじゃね?
「魔王討伐のために召喚されたあなたが、今や日がな一日中食っちゃ寝生活しているだけなんて……一年前のあの勢いは何処へやら」
煙草を指で摘み、煙をため息混じりに吐き捨てながらフェリたんは呟く。
一年前の、俺が召喚されたあの時、フェリたんもあの場にいたらしい。さすがにあの時は自分が異世界に召喚された事に感極まって全く気にしていなかったけれど。
まあ、正直……あの頃の勢いを失っている事は自覚してる。
「俺が魔王討伐をしない事で、他に召喚された奴らがそれを出来る機会を作り、感謝される希望を与えているのさ。そういった点では俺は良い仕事をしていると言える! それに……」
俺はそこまで言って口を噤んだ。
その後を聞こうとしたのかしばらく黙っていたフェリたんが首を傾げ、
「それに? 何ですか?」
「いいや。何でもないよ」
俺は誤魔化すように首を横に振った。
あのまま魔王討伐を続けたところでかつての冒険仲間とのいざこざが消える事はない。
それに……誰かがそばにいてくれるこの心地良さを感じていたいから、魔王討伐が出来なくても大勢の人から祝福されなくても、俺はこのままでも良いと感じている。
「こうしてみていると…………何だかサボっている自分が恥ずかし――――」
「――――勇者様! 良いお酒がありますよ! 一緒に飲みましょうよ!」
「うひょおおおお!! 飲む飲む! 飲ませて!!」
何かとんでもない事を口走りそうになったけど……何だったっけ? まあいいや。どうせどうでもいい事だろ。それより酒だ! 酒!
後ろで呆れ果てたフェリたんのため息が聞こえた気がするのもお構いなしに俺は呼び掛けてくれた村人の下へと駆け寄る。
その村人が座るテーブルには様々な酒瓶が置かれ、すでに酔い潰れた数名の男女が椅子や地面に横たわっていた。
「ゴルドーの爺さんが作った酒なんですけど、これがもう昇天するほど美味しいですよ!!」
そういって指をさす先には、初老ながら溌剌とした笑みを浮かべてグッドサインを送る、口元に髭を蓄えた小柄なお爺さんが木製の柵に腰掛けていた。手に持っている酒瓶に直接口をつけてゴクゴクと豪快に飲んでいる。
「ほらほら! 勇者様も一杯、グイっと行っちゃってくださいな!」
べろべろに酔っ払い手元が震えている村人から酒を注がれ、俺はコップを受け取った。
未成年飲酒禁止法? そんなもん知るか!
それは日本の法律であってこっちの世界の法律じゃない。俺はこの世界では十分に飲める年齢だ。
ジョッキのように大きな木製のコップに注がれた酒は強いアルコールの匂いを漂わせ、その中に柑橘系の甘酸っぱく爽やかな香りも感じた。
「行っちゃえ! やっちゃえ! 飲んじゃって! 行っちゃえ! やっちゃえ! 飲んじゃって!」
周りにいた村人も俺が酒を飲もうとしている事に気付いたようで、酒を一気飲みするように煽ってくる。
「よっしゃぁぁぁぁぁ!! 行くぜ野郎ども!!」
「「いぇぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
周りの最高潮に達したテンションに乗せられて俺も気分が昂ぶる。
腰に手を当てながらジョッキに注がれた酒を一気に流し込み……そして、
ものの見事に意識が吹っ飛んだ。