第5話 サイコパスなフェリたん、目覚める?
「どうぞ。依頼通り、香草を収穫してきました」
「あ、ありがとう。お疲れ様」
必殺熊との死闘を終え……というか二度は死んだけど、とにかく俺を囮にしやがったフェリたんは、俺が襲われている隙に熊に一撃を食らわして、討伐してしまった。
さすがに日に何度も殺されては体力がもたない。これで心が病まない俺を褒めて欲しい。普通の奴だったら気が狂ってると思うぞ。
香草をフェリたんから受け取った村長はボロボロの姿の俺達を見て、顔を引きつらせて引いてしまっている。
それもそうだ。俺はともかく、フェリたんはボロボロなだけではない。
熊の首を斬り落としたせいで返り血を浴びてしまい、服は真っ赤に染まり顔にも血が飛び散っていた。
斧には生々しく血の跡が残っており、べっとりと汚れている。
だが、それだけでもない。
あろうことかフェリたんは、斬り落とした熊の頭を持ち帰ってきたのだ。
切断面からは血が滴り、口を半開きにしたままの熊の頭。頭を片手で掴んだままそれを堂々と村長の家の中まで持って上がり、何食わぬ顔で香草を渡したのだ。
あのクソ国王……絶対育て方間違ったでしょ。なんか猟奇的なDVDでも見せたんじゃないの? こんなに性格捻じ曲がる?
「はぁ……はぁはぁ、フフフフフ」
ほら、血を浴び過ぎておかしくなってるし。
肩を震わせながら引き笑いを続けているフェリたん。その顔は恍惚に染まり、息を荒げている。
さすがに俺以外に手を掛ける事はないよね? そうだよね?
「えっと……フェリたん? 床に血、血がね……」
そんなもの持って上がらないでくれ、と言いたげに熊の頭を指差す村長だが、完全に怯えてしまってはっきりと言い切れないでいる。
まぁ、真っ白いカーペットに血が滴って……ああっ、もうこれ染みになるな。完璧に。
ちなみに胴体の部分はさすがに抱えて持って帰るには大きすぎるので、今は事情を説明して村人達に運んでもらうよう手配したところだ。
見た目はどうであれ、貴重な蛋白源。俺も街で何度か食べた事があるからその味は知っている。
鍋とかにしたら最高なんだ、これが。
「フェリたん。とにかく、頭はお外に置いて来ようね。汚れたものを人様の家に持って上がってはいけないよ。あと、体洗ってきなさい。服も着替えてね」
「フヘ……フヘへ」
フェリたんは恍惚に満ちた笑みを浮かべながらよろよろと村長の家を出ていった。
マジで大丈夫か? あんなフェリたん、初めて見たんだが……。
殺人衝動に駆られないと良いんだけど。
「そ……それにしても、あれって必殺熊でしょう? 森で襲われでもしたの?」
「そうなんだ。この辺りって魔物はいないんじゃなかったの?」
「うーん。確かにいなかったはずなのよねぇ。少なくとも、人畜無害な魔物を除いては……だけど」
まあ、半年この村にいて一度たりとも魔物に襲われたなんて聞いた事はなかったし、その辺に嘘はないと思うんだけど。
魔物が現れるようになったなんて知られてしまったからには、村の護衛をしなきゃならないって事だよな。
ああ……面倒臭いな。このまま出てこなくて良かったのに……サボっていたかったのに。
凄く嫌な予感がするなぁ。嫌だなぁ。働きたくないなぁ。
「村が襲われる事になったら一大事だし……勇君、村周辺の偵察をお願いできないかしら?」
「……」
村長は申し訳なさそうな表情をしながら両手を合わせてお願いするようなポーズをとる。
よし、明日から扉を封鎖して閉じこもろう。
と、言いたいところだけど、この村の人達には良くしてもらっているし……ここではっきり断った後々面倒だしなぁ。
まあ、こんなところに召喚される前の俺だったら、問答無用で断っていたけれど。
ああ……全力でサボりたい。ぐうたらしたい。ゴロゴロしたい。
「……はぁ、分かったよ。元々そういう話だったから」
俺はサボりたい感情を腰殺して渋々受け入れた。
偵察だけなら歩き回るだけで良い。それに魔物が出てこなかった分、村周辺に何があるのかもそんなに把握していないからな。
何だか……ちょっとワクワクしてきた。どうしよう、冒険心をくすぐられる。
働きたくないのに……何でだろう?
「あら? 普段は労働は嫌だなんて駄々をこねるのに、意外とあっさり受け入れるのね」
「本当なら断固として断りたいところだけどね……」
魔物が出てくるようになった原因を突き止めなければ、このままずっとサボれないまま延々と偵察する事になってしまう。
そんなのは嫌だ。無職師範の名に懸けて、ニート道が脅かされる事はあってはならない。
サボるために働く……何だか矛盾しているけど、良い響きだ。
「勇者様! 言われた通り必殺熊の死体、回収してきましたよ!」
「ああっ! すみません、ありがとうございます」
村長と話をしている間に、必殺熊の回収を終えた村人達が帰ってきた。
そのうちの一人が、村長の家の空いた窓からタイミング良く俺を見つけたようで、顔を覗かせて俺に声を掛けてくる。
村長は窓へ駆け寄り、必殺熊の姿を見に行ったようだ。
「すみません。ありがとうございました」
「良いですよ。勇者様の頼みですから!」
俺は外に出て他の村人達にもねぎらいの言葉を掛ける。
村の男達は無邪気な笑みを浮かべながら親指を立てて俺に突き出した。
「うわぁ……相当デカいのね。こんなのが潜んでいたなんて」
「そうですよね。女子供がこんなのに出くわしていたらどうなっていた事やら」
「俺達でもこんなのと出くわしたら死んでるな」
「勇者様とフェリアス様のおかげですね!」
そういって村の男達は俺の体を突いたり背中をバンバン叩いたりとやりたい放題だったが……。
厳密に言えばコイツを殺ったのはフェリたんな訳で、俺は何も出来ず囮にされて二度も殺されていたんだよな。
「それで……どうします? このまま放置する訳には……」
「そりゃもちろん。捌いて食べましょうよ!」
「「おおっ!」」
「どうせなら村の皆に振舞っちゃおうかしら?」
「「おおおおっ!!」」
村長の提案に、村の男どもに混じって俺も叫ぶ。
村長の振舞う熊料理! どうせなら全部鍋としてぶち込むより、色々なレパートリーが欲しいところだ。
「じゃあ、村を上げての熊料理。始めちゃうわよ!」
「「おーーーー!!」」