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第4話 勇者だからって何でもできるなんて思わない事だっ!

「凄いですね。綺麗な景色です!」


「そうだねぇ……」


 村長から香草収穫の依頼を受けた俺とフェリたんは、村から西側にある香草の群生地帯を目指して山へと足を踏み入れた。


 傾斜が急な上に足場の悪い山道をひたすら歩き続け、ようやく開けた場所にたどり着く。


 引きこもりのニートにとって登山は過酷だ。ほんの数分山道を歩いただけで息が上がってしまう。


 群生地帯は森のように木々が生い茂っているわけではなく、木々に囲まれた開けた草原のようになっていた。


 目線の先は崖のようになっており遠くには海も見えて、かなり景色は良いようだ。崖の手前には落ちないように柵が設けられている。

 

 いやいや、フェリたん。景色に目が行ってるけど、もっと気付くべきところがあるじゃん。


 村長の言っていた群生地帯には、明らかに人の手が施されたような柵が立ててあり、その中には様々な種類の花を咲かせた植物が生えていた。


 それが香草の群生地帯のはずのこの地にいくつも作られている。


 これ……群生地帯っていうより、単純に香草の畑があるだけなんじゃないの?


 不審に思いながらも畑の傍まで足を進めると、いくつかに区切られた畑の中心に手製の看板が立てられていた。


 そこには可愛らしく丸っこい字で『そんちょーの畑』と書かれていた。


「あの野郎……やっぱりか! 俺を騙したなぁ!! 騙してくれたなぁぁぁぁぁぁ!!」


 何が群生地帯だ! ただの香草畑じゃねぇか!


 てっきり自生しているものだと思っていたのに……畑作っているって事は自分でも来れるって事だろ!? だったら自分で来いよ!


 俺はぶつけようのない怒りを空に向かって放つ。


 そんな俺を気にもとめず、フェリたんは黙々と香草を収穫し始めた。


 ……そこは何かリアクションしてくれないと寂しくなっちゃうじゃないか。


 気恥ずかしくなる気持ちを隠しながら俺は渋々香草の収穫に取り掛かる。


 自慢じゃないが、香草……というより、この世界の植物関連についての知識はない。


 俺が今、収穫している香草が、ロリア―スタという名前である事を畑の看板で今初めて知ったくらいで、用途とか効能とかは知らない。


 多分あれだ。ロリなんて名前が付くくらいだからロリロリしてんだろ。


 ……何言ってんだ? 俺。

 

「でも、よくこんなところに畑を作ったな。わざわざ村から離れたところに作らなくても……」


「土地が良いからだと思いますよ」


「え? そうなの?」


 土地の問題? この場所に特別な何かでもあるのか?


「ここは風通しも良い分涼しいですし、土も柔らかく水分を多く含んでいるみたいです。香草は硬い土ではまず育ちませんし、人工的に作った土でも育ちにくいデリケートな植物ですから、この場所は香草を限りなく自然な環境に近い状態で育てるのには打ってつけなんでしょう」


「なるほどねぇ。確かに言われてみれば村よりもここの方が涼しく感じるな」


 それにどことなく、吹き抜ける風に海の香りを感じるような……まあ、近くに海があるからだろうな。


「大体、それくらいの知識、勇者のあなたなら持っていて当然だと思いますけど?」


 溜息を吐きながら不満げに吐き捨てるフェリたん。頭をワシワシと片手で掻き乱し、呆れているみたいだ。


 むっ……聞き捨てならないな、今の言葉。


「出たよ出たよ。勇者なら何でも知ってて当然なんていう理不尽な話」


 俺はザル一杯に収穫した香草を手に持ちながら立ち上がり、反発した。


 普段は論破されてばかりだが、負けてばかりではいられない。言うべきところは言う、それがニートだ。


 まさか反発されるとは思ってもいなかったのか、ここで言い返してくるはずのフェリたんは何故だか目を大きく見開いて押し黙った。


 驚いて声も出ないのか? まあいいさ。好都合だ。


「大体、俺は魔王討伐を任された勇者として、この世界に召喚されたんだよ? なのに何で植物が育つ土地の条件やら気候やら知っておかなくちゃいけないんだ。農耕の知識なんて魔王討伐に必要か? ああ。あれか? 魔王でも耕そうってのか? 種を植えたらニョキニョキって魔王が生えてくるのか?」


「いやいや、何もそんな風に言ってませんよ。何を勘違いしているんですか? バカなんですか? 私は勇者様全般でなくあなた一人に対して言っているんですが?」


「……へ?」


 おっと……なんだか割と早く空気が変わった気が。


 いいやまさかな。まさかそんな。


「だってフェリたん、さっき勇者のあなたならって言ってたじゃん! それは勇者である俺を意味する言葉だろ?」


「あなたが魔王討伐から退こうと、勇者である事には変わりません。大体ここで生活する以上はそういった知識を持っておくことは普通でしょうが」


「うっ……」


 開始数分で見事に論破される。


 俺のヒットポイントはもうゼロに近い。体力ゲージが赤色だ! まあ、そんなものは見えないしないんだけど。


 だが、ここで負けるわけにはいかない。人間としてのプライドは捨ててもニートのプライドはある。


「俺はこの村に護衛任務で来てるはずだよ? いい? 護衛だよ護衛。けどどう? 周りを見てみなよ? 村を襲ってきそうな、人に危害を加えるような魔物なんて一匹もいやしない。 そんな知識持っていたって腐るだけだと思うけど?」


「何をいけしゃあしゃあと……例え魔物がいたとしても、あなたは働かなかったでしょうが」


「分かってるじゃん。さすがに半年も付き合いがあればそういうの理解する――――」


 と、俺が言い終わる前に頭に強い衝撃を受けて俺は目の前がブラックアウトした。


 直前に地面が迫って来たのを考えると……また首を斬られたらしい。今日一日で三度目だぞ。


 数分で意識が戻ると、俺は何事もなかったかのように立ち上がった。


「全く……いきなり首を落とすなんてどういう教育――フェリたん?」


 溜息を吐きながらフェリたんを見ると、フェリたんは表情を強張らせながら俺を睨んでいるようだった。


 え? 何? 俺、何で睨まれているの?


「ちょっとフェリたん!? 怖いよ! そんなに怒る事じゃないじゃん!」


 別にいつものやり取りなんだし、そんなガチでキレなくても……俺が働くの嫌なのは今に始まった事ではないのにさ。


 いや……もしかしたら俺に惚れたとか? いいや、それこそないな。フェリたん、最初から俺に惚れてるし。


「何を馬鹿な事を言っているんですか! 後ろですよ! 後ろ!」


 斧を構えるフェリたんが叫ぶ。


 普通でないフェリたんの行動に、俺は怪訝に思いながらも振り向いてみると。


「ガルルル」


 小さな唸り声をあげる体長2メートルを余裕で超えるような巨大な熊が仁王立ちしていた。


 牙を剥き出しにして、相当ご立腹らしい。


「……わお」


 俺は驚きのあまり、覇気のない声が出てしまった。


 え? 待って? おかしい。普通におかしい。何でこんなあからさまに危険な奴がいるの?


 ここら辺に、こんな危険な生き物いなかったはずだよね?


「――!? スクワッツ!!」


 驚いている俺に、目の前の熊は強烈な熊パンチを繰り出してきた。


 俺はギリギリのところでそれを屈んで避ける。その隙に、フェリたんの元まで下がった。


「あれは……必殺熊だよな。とんでもない怪力がある超危険な魔物じゃん! 何でこんなところに!?」


「私だって知りませんよ! ほら! 本命のお仕事が降って湧いたんですからとっとと倒してください勇者様!」


「何言ってんの!? 無理だよ! 武器なんて持って来てるわけないじゃん」 


 収穫クエスト中に上級モンスターが乗り込んでくるとか……どんなクソゲーだよ! 


「アレな力で武器を呼び出したりできないんですか?」


「俺を何だと思ってるの!? 例え勇者でもそんな事出来ないって!」


 いくらチート能力を持っているからってどこからでも武器を召喚できる訳ないでしょ!


 大体、俺のチート能力は不死身と再生なだけで、武器のチート能力自体もそんなものは付与されてないんだから!


「全く……お父様から頂いた大切な神器を物干し竿代わりに使っているからこんな事になるんですよ!」


「仕方ないでしょ! 他に代用できるものが無いんだから!」


 そう……あのクソ国王から召喚の特典として貰った神器は武器としての役目を終え、今は物干し竿として機能している。

 

 冒険する必要もないから持ち歩かなくていいし、村には魔物も出ないんだから良いだろって思っていたけど、まさかここでそれが裏目に出るなんて……。


 でもあれ、重いんだよなぁ。持ち歩いていると腰痛くなるし。最初の数日は腕の筋肉パンパンになって痛かったんだから。選んだの俺だけど。


「なあ、勇者様。この場を切り抜けられる唯一の方法があるんですよね」


「そうなの!? ぜひとも教えて! 言っとくけど、俺は戦えないからね?」


「別に大丈夫です。戦う必要はありません」


 必殺熊は二足歩行のまま俺達の方へ歩み寄っている。


 こんな状況で、フェリたんはどんな作戦を? でも、今武器を持っているのはフェリたんだから、ここはフェリたんの作戦に期待するしかない。


 俺はいつでも必殺熊の一撃を避けられるように相手の出方を注意深く伺った。


 一方でフェリたんは何故か俺の背後に下がり、俺の背中へ手を置く。


「えっと……フェリたん? 何してるの?」


「大丈夫ですよ。これでいいんです」


 いやいや、何が良いの!? 俺を盾にしたところで意味ないよ!?


 なんだかすごく嫌な予感がする。これ……大丈夫だよな。


 不安がよぎり俺はフェリたんの方に振り向こうとした時だった。


「え!?」


 グッと力一杯背中を押される感覚。


 あらぬ方向からの力を受けて俺の体は前に押し出される。


 向かう方向には必殺熊。


 待ってましたと言わんばかりに腕を高く上げ。


「フェリたんの人でなしぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! ゔっ!!」


 胸に耐えがたいほどの衝撃を受けたかと思うと、途端に俺の意識はふっ飛んでしまった。

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