第3話 無職師範の名に懸けて労働だけはしたくない! けれど、食べ物をちらつかせたら働くようです
「マジで済みません調子乗りました!!」
俺は村人の衆人環視の中、恥ずかしげもなくフェリたんに対して土下座をする。
プライド? そんなもの、俺が元々住んでいた家のゴミ箱にでも捨ててあるだろうよ。
フェリたんは何を思ったのか、土下座している俺の頭を足で踏みつけ軽く体重を掛けてきた。
「知っていますか? 土下座っていうのは場合によっては相手を不快にさせるだけっていうのを」
「いえいえ、俺はマジで反省しているんですよ。いやなに、見事な土下座じゃないですか」
「なるほど……」
自分でも、この土下座はかなり出来が良いと思っている。
さすがに衆人観衆の中、こんなに見事な土下座を目の前でされちゃ、いくらフェリたんでも……。
「そこまで反省しているのなら、熱した鉄板の上でも土下座できますよね?」
「ファッ!? どこで覚えたのそんな事!!」
おいおい! フェリたんがあの有名な『焼き土下座』を知っているだと!?
あれって、まじで洒落にならないんじゃ……こんがりローストなんて御免だ。
「ほら、私はお父様の娘ですから、お父様に向かって土下座する人達を何度も見ているんですよ。でも、不思議なものですよね。土下座って深く謝罪の意がある際に敢行するものじゃないですか。それなのに……」
そういってフェリたんは慈しむような表情を浮かべながら俺の耳元まで顔を近付ける。
吐息が耳に掛かり、体を震わせた。やばっ……気持ちいい。
けど、この展開……さすがにヤバいよな。何を囁くつもりだ?
「本気で反省している人って全然いなかったんですよね」
「……」
しなを作って媚びるような声で、そんな事を囁いた。
一瞬だけ、そのエロい声に興奮したが……その言葉の意味をすぐに理解し、興奮による震えは恐怖に成り代わる。
やばい……このままじゃ、焼き土下座をマジでされちまう!
「はぁ……冗談ですよ。それよりも都合よく熱々の鉄板なんてありませんからねぇ? どうしましょう?」
「そ……そうですねぇ。どうしましょうか?」
血走った目でギロリと俺を見つめるフェリたん。
これはアレだ。絶対に、何かしないと気が済まないタイプだ。
やだなぁ……面倒臭いなぁ。死なない体といっても痛覚は健在なんだから。
「丁度良い無様な格好ですけど、首を落とすだけじゃさっきと変わりないですもんねぇ。はて、どうしたものでしょう? 何をされるのがお好みですか?」
そこを選ばせちゃう? まあ、個人的には『なにもされない』というのが一番良いのだけど。
それじゃ、フェリたんの腹の虫は絶対に治まらないだろうな。
うーん、一番苦しむことなく痛みもなく、フェリたんが満足する事って何だろう…………俺と結婚とか? そうだ! そうに違いない!
「なんだか、クソつまんない事を考えて良そうなので……やっぱり首を落としましょうか」
「うえっ!? ちょ、待—―ふぐっ!?」
顔を上げようとするも頭を足で踏みつけられ地面に押し付けられる。
位置を調節しながらフェリたんはマジで俺の首を斬り落としにかかった。
「あ、あの……フェリアス様!」
そんな光景を見ていた村人の一人が、申し訳なさそうに声を上げる。
こんな状況でフェリたんに声を掛けるなんて、なんて命知らずなんだ! 殺しを邪魔されたフェリたんは超機嫌悪いんだぞ!
「何でしょうか?」
俺の頭を踏みつけ、斧を首にあてがったままフェリたんは返答した。
ほら、邪魔するから凄く不機嫌そうな声しているじゃないか。
「えっと……無礼を承知で申し上げますがその辺で許してあげてください。皆の前ですし、中には子供もおりますから」
村人は弱々しい声でフェリたんを宥めようとする。
子どもに首チョンパなんて見せちゃ、性格がひん曲がった大人になっちゃうこともあるよね。フェリたんみたいに。
まあ、そこがフェリたんの可愛いところなんだけど。
「……分かりました。許しましょう」
フェリたんはしばらく俺の頭を踏みつけて斧を首にあてがっていたが、堪忍したのか俺を解放してくれた。
村人の頼みとあれば、断ることは出来ないのだろう。ましてや子どもの前だったらなおさらだ。
「ありがとうございます。フェリアス様」
「それと、もういい加減王女様扱いはお止めください。私は護衛任務のためにここにおりますが、今は村の住人の一人です。地位の差で壁が出来てしまうのは私は好ましく思っておりませんので」
「勿体なきお言葉です。肝に銘じておきます」
村人達は事が治まるとゾロゾロとその場から離れていった。
本当、村人は良い人達ばかりだ。お裾分けはくれるし、サボってても怒らないし。
ニートにとってはこの上ない環境だ。まあ、ネット環境が無いのは辛いところだが。
「さて……」
「あがっ!?」
フェリたんは村人達が解散するのを見守った後、俺の頭を鷲掴みにして地面に押し付けた。
そのまま足で踏み、頭を上げられないように押さえ付ける。
「ちょ!? ちょっとフェリたん!? さっき許してくれたじゃん! どういう事!?」
「あら? まさかとは思いますけど、私をコケにしておいて許されるとでも思ったのですか?」
「いや、だってさっき許すって言ってたのに」
「あら、村人の方も仰っていたではないですか。皆の前で、ましてや子供もいるのだからと」
フェリたんはそう言いながら俺の首から斧を離す。斧を振り下ろそうと構えているのだろう。
その言葉の意味はすぐに理解した。
「皆の……ましてや子どもの前でなかったのなら、どうだっていいって事ですよ」
フェリたんはそう告げると、一気に斧を振り下ろした。
地面に這ったままの俺は、その衝撃を感じたとともに視界がブラックアウトする。
今度は叫ぶ暇もなく、私刑が執行された。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「あら? フェリたんと勇君じゃない? 何か用事?」
「ええ。何か仕事があればそれを受けようかと」
「労働は嫌だ労働は嫌だ労働は嫌だ労働は嫌だ」
「うっさい!」
「……」
首を斬られた後、再生した俺はフェリたんに首根っこを掴まれながら引きずられ、村長の家に連れてこられた。
ひっきりなしに呟く俺に痺れを切らしたフェリたんが黙らせようと怒鳴り散らす。
「あらあら、相変わらずよね。勇君もなんだかんだ働いているじゃないの」
「フェリたんが休ませてくれないんだ」
この村――ベリド村の村長であるこの男は、ジーノ・クライツェルベルン。噛みそうな名前だ。
口調通りのオネェで人柄も良く、王都から追放された俺や一緒に付いて来たフェリたんを迎え入れ、空いている家に住まわせてくれた張本人だ。
俺はハゲイク村長と呼んでいる。別に禿げている訳じゃないが、語呂が良いのでそう呼んでいる。実際に口に出したことはない。
「働いて当たり前でしょう。何のためにこの村に来たんですか」
「え? バカンスでしょ? フェリたんと楽しいひと時を過ごすために」
「こんなのに付き合わなくて良いのなら即刻王都へ帰ってやるのに……」
「フェリたん酷い……」
フェリたんは道端に落ちてる糞でも見るような目で俺を見つめ、吐き捨てるように言った。
でも、俺は信じている。これは照れ隠しだ。フェリたんは本当は俺と一緒にいたいのだ。
「まあまあ、良いじゃないの。アタシも働くの嫌だもの。ゆったりできるに越した事はないわよね」
「おお! 思ったよりも分かってるじゃん! ニートバンザイ! 無職バンザイ!」
「勇君も働きたくないなら働かなくても良いわよ?」
「マジで!?」
まさか、村長自らそんな言葉を言ってもらえるなんて、さすがに村長からの言葉ならフェリたんは反発する事は出来ない。
さすがは村長、だてに半年も一緒に過ごしている訳じゃないな。ニートの事をよく理解している。
「働かない分、支払いを免除してあげている分の税金を徴収するだけですもの」
「鬼! 悪魔! キモイぞ村長!」
「フフフ……何とでも言いなさいな。ところで仕事の件だけれど、ごめんなさいね。今日は仕事の依頼は来ていないのよ」
「そうですか。何かあれば良かったんですが……」
フェリたんはその場で腕を組み、考え込んでしまった。
この村では魔物の出没があまりないせいか、村人からのクエスト依頼がほとんど持ち込まれない。
ある時といえば、牧場の牛の世話や畑仕事、村の外に出ての食材調達などなど雑用めいた仕事ばかり。
住人が少なく、そんな中でも年齢層が高めなこの村では、かえってそんな依頼が多くなるのだ。
「あれ? そういえば村長。その恰好……料理の途中だったの?」
何かを作っているとちゅうであったのか、村長は真っ白な割烹着姿だった。
どことなく、嗅いだことのある良い匂いが漂っている。これって……パン?
「ああ。今ね、パンを作っているところだったの。ああ! そうだわ! 丁度あったわよ、お願いしたいお仕事」
「うげっ」
村長は何かを思い出したかのように心底楽しそうに笑みを浮かべながらウインクをする。
ああ……これはあれか。墓穴を掘ってしまったか。やだなぁ……。
「実はね、香草入りのパンを作りたいのだけれど、肝心の香草を切らしててね……ここから西へ行ったところの森に香草の群生地帯があるから、適当に採って来て欲しいのよ」
「香草ですか……分かりました」
「ぶーぶー! 仕事ないんじゃなかったのかよ! 家に帰って寝たい」
「ごめんね。今思い出した事なの。香草を採ってきてくれたら出来立てのパンをお裾分けするから。ね? お願い」
「よっしゃ! すぐ行きますやってやりますよ! ほら、フェリたん行くぞ!」
おっさんにお願いなんて可愛く言われても萌えないどころか吐き気さえ感じるけれど……まあその、香草入りパンには興味があるし、というか村長の作る料理はどれもピカ一で美味い。そんな国宝級の報酬を香草の収穫如きで貰えるのなら願ったり叶ったりだ。
「食べ物で釣られて……まあ、やる気になったのなら何でも良いですよ」
やれやれと言った表情で頭を抱えるフェリたん。
本当は嬉しいくせに、本当、照れ隠しが上手な王女様だ事。
「じゃあ、お願いね。ザル一杯の香草があれば十分だから。ザルは裏の倉庫に置いてあるからそれを使って頂戴ね」
「分かりました」
「りょーかいです!」
こうして村長から香草収穫の依頼を受けた俺とフェリたんは、目的の森へと向かった。