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第34話 獣の歌姫は負けず嫌い。俺の歌は睡眠妨害。 HAY! YO!

 そういえば、俺が目覚めてから姿を見ていないな。


 アネモニアが出現した時も甲板にはいなかったから、昨日から姿を見ていない気がする。


 航海中の船の中とは言え、少し心配だな。少し探してみるか。


 俺はフェリたんを起こさないように部屋の明かりを消してそっと部屋を後にした。


 廊下の明かりは、足元を照らす弱弱しい光を灯したランプだけ点いているだけのようで、しんとした静けさが漂っている。


 波の音が船内に聞こえてくるのがはっきりと分かるほど静まり返っていた。


 騒がしい声とかバタバタと足音も聞こえてこないから、乗客はもう寝静まった頃なんだろう。


 こうなってくるとどこかの部屋にいるとは考えにくい……というか、あのベアトリスが誰かの部屋にお邪魔しているなんて事はないだろうし。


 そもそも一人でどこかに出歩くほど、警戒心が弱いとも思えない。一体どこへ行ったんだろうか。


 そう思いながら何となく甲板の方へと足を進めていると、波の音に混じって微かに誰かの歌声……なのか、ゆったりとした歌声が聞こえてきた。


 ただ、ひたすらに「ルルル」と、その歌の歌詞までは知らないのか、一つの言葉だけの歌声が響いている。


 俺はそれに誘われるように甲板へと足を運ぶ。


 進むたびにその歌声はより鮮明になって、波の音と相まって心安らぐメロディーへと変化していた。


 何だか……凄く綺麗な歌声だな。ルルルって言っているだけなのに、なんでこんなに惹かれるんだろうか。


 何か魔術的な……そう、誰かを意図的に誘い出すような、そんなものじゃない。


 ただただ純粋に、無意識に、人を引き付ける力がある。そんな歌声にも感じる。


 素人の俺でも分かるほど、その歌声は洗練された美しさを感じた。


 夜の月明かりに照らされた甲板に足を踏み入れたものの、周りを見渡してもその歌声の主は見つからなかった。


 でも、やっぱり歌声はまだ続いている。船首にいるのだろうか。


 そう思って目を向けると、目線の先に一人、物陰に隠れて船首の方をじっと眺めている人影が映る。


 かなり見入っているのか、俺には全然気づいていないようだ。


 あれって、神宮寺じゃないか。こんなところで何してんだ? この歌声に誘われたとか?


 俺は怪訝に思って神宮寺の元へと歩み寄る。


「おう……」


「ひうっ!? な、何だ。二階堂君か」


 突然後ろから声を掛けられて小さな悲鳴を上げた神宮寺は、俺の顔を見るや否や胸を押さえてを安堵した表情を見せた。


 こいつ……俺が背後まで近づいても全然気づかなかったな。そんなに集中するほど何を見ているんだ?


 そう思って選手へと目を向けた俺の目の前には、船首の手すりから足を曝け出してブラブラと足を揺らしながら、手すりに掴まって歌を歌い続けるベアトリスの姿があった。


 月明かりに照らされるベアトリスがどこかとても儚げで、それでも底知れぬ力強さを感じるような、神秘的な感覚に襲われる。


 美しい歌声のせいなのか、俺は思わずベアトリスに見入ってしまった。


 そうか……神宮寺が見入ってしまうのも納得がいく。


「ほら! 君も隠れなよ!」


「ちょ、ちょっと!?」


 神宮寺は気付かれないように囁きながら俺の袖を引っ張って物陰に引き寄せる。


 俺はバランスを崩しそうになったが幸いにもベアトリスは歌に夢中で気付いていないようだ。


「な、なぁ……あの子って」


「ああ。いや、びっくりするほど歌が上手いな」


 物陰に隠れ、二人でそう囁きながら顔を見合わせる。


 何の歌なのかはさっぱりだしメロディーだけでも思い当たる節なんてある訳ないのだが、曲の種類としてはバラードといった感じだと思う。


 穏やかな旋律がこの雰囲気に絶妙にマッチしていて、凄く心地良い。


「……さて、僕はそろそろ部屋に戻るよ」


 まだベアトリスは歌っている途中だったが、神宮寺は物陰に身を隠したまま囁くようにそう言った。


「良いのか? もっと聞いていればいいのに」


「いいや、もう十分聞かせてもらったよ。それに元々、一人でいるところをたまたま発見して心配で見守っていただけだからさ。声を掛けようかとも思ったんだけど、夢中で歌っていたから邪魔したくなくてね。見守っているうちについつい歌声を聞き入っちゃって……えへへ。でも君が来てくれたからこの場は任せるよ」


 神宮寺は照れ臭そうに頬を染めて笑みを零しながらポリポリと頬を指で掻いていた。


 そんなピュアで素直な仕草に俺の心臓がトクンと高鳴る。


 ……え? 何で俺、コイツにドキッとしたんだ??


「ま、まぁ? 俺もベアトリスがいなくて探しに来たですからね!? 分かったであるよ。任せときなさい」


 ごまかすように平静を保ってみるものの焦ったせいで言葉の節々で変な嚙み方をしてしまった。語尾がめちゃくちゃだ。


「それは良かったよ。じゃ、また明日ね」


 神宮寺は囁きながら軽く手を振り、なるべく邪魔をしないようにとそろりそろりと足を忍ばせて船内へと戻っていった。


 どうせならツッコんで欲しかった。いいや、そっちの意味での突っ込むじゃないよ? 触手で懲り懲りだからさ。


 いや、待てよ?


 もしかして……もしかすると俺はホモだったんだろうか。


 女性とほとんど縁がなかった俺が拗らせて、男ならオッケーと心のどこかで考えてしまっていたからさっきの神宮寺のあの仕草にドキッとしたのか!?


 いいや落ち着け、落ち着け二階堂裕也。


 俺にはフェリたんという国宝級の超絶美少女なフィアンセがいるじゃないか。


 ほら見ろ! 俺にはまだ縁のある女性がいたじゃないか!


 まだ……まだ大丈夫。俺はあいつの仕草にドキッとなんてしてない。そうだ、してないんだ。


「…………」


 自分にそう言い聞かせながら一人納得しようとしていた矢先、何か奇妙な視線を頭上から感じて俺は顔を上げた。


 そこには物陰の奥から身を乗り出してこちらを覗き込んでいるベアトリスがいた。


 ずっと歌声を聞かれて恥ずかしかったのかそれとも嫌だったのか……不満げに口をへの字に曲げているものの心なしか頬が赤くなっている。


「よ、よう! ベアトリス」


 俺は気まずくなって顔を引きつらせながらも何か言わねばと思って声をかけてみる。


 一瞬ビクッと体を震わせ身を引いたベアトリスだったが、再び身を乗り出してコクリと頷いた。


 おっ? 絶対逃げ出すだろうと思ってたのに今日は反応が全然違う。


「……」

 

 何かを言いたげに口をもごもごと動かしながら視線を落として自分の指同士を絡める仕草をするベアトリス。


 だけど、恥ずかしくて言えないのか目をギュッとつぶってとうとう泣き出しそうになっていた。


「ちょっ!? 何で泣くの!? まさか聞かれたくなかったとか!?」


「……!」


 俺の問いかけにベアトリスはバッと顔を上げて涙で潤んだ瞳で俺を見つめて首を激しく横に振る。


「うーん。だったら……俺が怖いとか?」


 少し冗談交じりにそう切り出すと、ベアトリスは俺から目を逸らして人差し指の先同士を突き合わせながら申し訳なさそうにしている。


 なんだよその。それもそれで理由ではありますけど、みたいな反応は。分かっている事だから別にいいけどさ。


「はぁ……もしかしなくても下手だと思われたくなかったって事か?」


 その言葉に、ベアトリスはハッと目を見開いて俺に再び目を向けた。


 こいつ……見た目の割にはかなりの自信家だな。結構負けず嫌いな一面があるのかもしれない。


 ともあれ、上手いと思ったことは事実だしな。


「安心しなよ。びっくりするほど上手かったからさ」


 少し格好つけてドヤ顔キメて言ったつもりだったが、ベアトリスは引きつった笑みを浮かべて嘆息していた。

 

 あれ? 今ので好感度爆上げ間違いなし、ベアトリス攻略完了って感じだったのに。何かいけなかったのか? 選択肢間違えた?


 いいや、でも今ので惚れなかった女はいなかったはずだ。恋愛シミュレーションゲームで隠しキャラ合わせて全キャラコンプリートを成し遂げた俺がこんな事で選択肢を間違う訳が。


 ベアトリスは再び船首から足を曝け出すように座り、先の見えない真っ暗闇に向かって歌い始めた。


 うーん。まだまだ知り合ったばかりだからベアトリスの行動とか感情とか全然分からないな。


 俺はベアトリスの横に立ちその歌に耳を澄ませるように目を閉じる。


 こうしてみると波の音とベアトリスの美しくも優しい歌声がより一層際立って耳に入ってくるようだ。


 こりゃ、何度だって聞いていられるな。


 俺はベアトリスの歌が終わるまでじっとその場で聞き続けていた。


 やがて歌声は静かに溶けていき、辺りは波の音一色と化していた。


 俺は静かに目を開けてベアトリスへ目を向ける。


 穏やかで、でも子どもの無邪気さが隠しきれていないような笑みを浮かべてじっと遠くの海を見つめている。


 ベアトリスはそんな俺のしせんにき付いて俺に目を向けると、ビシッと勢いよく指を差して得意げに微笑んだ。


「え? 何? 何なの?」


「あー、あー」


 俺の戸惑いなど全く気にもしていないのか、ベアトリスは単調な声を出しながら再び俺を見つめている。


 何だ? あーあー言われたって何が言いたいのか分からないんだけど。でも、これがベアトリスと俺達とのコミュニケーションの手段だしな。

 

 理解してあげられないのが苦痛でしかないけど、思いつく限り回答を見つけ出すしかないよな。


「えっと……腹減ったとか?」


「……!!」


 どうやら違ったらしい。首振ってるしめっちゃ睨まれた。


 首を傾げる俺にベアトリスはヒントを与えてくれたようで、あーあーと声を出す口の前で手を握ったり広げたりを繰り返していた。


「えっと? 声を出せ? …………あっ、俺も何か歌えって言ってるのか?」


「……!!!」


 伝えたい事がようやく伝わったようでコクコクと嬉しそうに頷くベアトリス。


 姿勢をピンと伸ばして目をキラキラとさせながらまだかまだかと待ちわびているようだ。


 参ったな……歌なんてずっと歌っていなかったし。才能溢れるベアトリスの前で歌ったところで格の差を思い知らされるだけだもんな。


 でも、ベアトリスは自分の優越感を満たしたいがためというよりもただ純粋に目の前の男の歌声を聞きたいという期待が籠められているようにも感じる。


 仕方ない……でも、ベアトリスは喋れないのだから歌詞をそのまま歌ってもあれだからな。ここはベアトリス式に。


「ルールール、ルルルール、ルルルールー! ルールール、ルルルール、ルルルールールー!」


 俺は少し恥ずかしくなりながらもベアトリスの視線を気にしないように目を閉じて歌い始めた。


 曲は元居た世界の誰だって知っている、小さいころに一度は耳にしたことのある童謡。


 この海という場では最も最適な歌だろう。日が昇っている時が一番しっくりくるのだろうけど。


「うるせぇぞ! 下手な歌を大声で歌ってんじゃねぇ、眠れねぇだろ!」


 歌っている途中で、どこからともなく聞こえてきた怒号。


 恥ずかしさを紛らわすために少々声を張り上げてしまったのが悪かったのか、乗客か船員の睡眠を妨害してしまったらしい。


 隣には口元を押さえてクスクスと笑うベアトリスの姿が。


 この世界はいつだって俺に冷たい。


 ……泣いていいかな? いいよね?

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