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第33話 王女様だって酒の力を借りたい時はある。

「はぁ……災難だったよ」


 ケツの穴に挿入された触手で思いきり串刺しにされてから意識が途切れてしまった俺は、気付けば部屋のベッドに寝かされていた。


 外はすっかり暗くなっていて、船は昼間の騒ぎなど無かったかのようにゆっくりと波に揺られている。


 性癖の新開拓なんてものじゃない。酷いトラウマを開拓されてしまった。


 痛みなんて感じないけれど、どことなくケツの穴に異物感があるな……気のせいだとは思うけど。


 俺はベッドに正座になった状態でそのまま上体を倒し、腰を上げてケツを突き出した体勢で自分のケツの穴を弄った。


 触った感じ、穴が広がっているわけではないけれど、やっぱり何かで広げられている感覚があるな。


 まあ……あれだけ太い触手を無理やりねじ込まれたら余韻が残るのは当然か。


「…………何やっているんですか」


「ひうっ!? って……何だ、フェリたんか」


 突然、後ろから声を掛けられて俺は慌てて体勢を元に戻して声がした方へと目を向ける。


 酒瓶とコップを持って扉の前に立つフェリたんが可哀想な子でも見るかのような憐れむような眼を俺に向けていた。


「いやいや……何だ、じゃないでしょう。何安心しているんですか。無様な醜態を(さら)しておいて」


「だって相手はフェリたんだし。今更あんなところ見られたって苦じゃないよ」


「もうちょっと恥じらいってものを持ったらどうですか。ついでにモラルとか、勤勉さとか、後は頼りがいとか」


「ちょっと? どさくさに紛れて何追加してるの?」


 俺のハードディスクは無職、怠惰、惰眠でいっぱいだから、そんな無価値な物を入れる余裕なんてない。


 大体、俺が勤勉とか……ぶはっ! 何それウケる。今世紀最大のネタだな。


「まあ、何でもいいじゃありませんか。それよりも……」


 そう言って適当に流したフェリたんは、手に持っている酒瓶とコップを見せびらかして怪しい笑みを浮かべている。


 な、何だ? まさか俺に毒でも盛るつもりか? まあ、服毒は経験済みだからどんな毒だろうと死なないけどさ。


「一人で飲むのもなんですし、たまには一緒にどうですか?」


「……え? 何だって!?」


 少しばかり警戒しているところに予想だにしない言葉が飛んできて、俺は聞こえているはずなのに聞き返してしまう。


 そんな反応にフェリたんは不満げに口をへの字に曲げると、開けた扉をバタンと強く閉めて俺に歩み寄った。


「だから、一緒に飲みましょうって言ってるんですよ」


「えっ!? ちょっと……わ、分かったから引っ張らないで!」

 

 やや強い口調でそう告げると、俺の手を強引に引っ張り、俺の言葉を無視して部屋の小窓の前に設置してあるテーブルに座らせた。


 フェリたんは俺の向かい側に座ると、自分と俺の目の前にコップを置いてそれぞれにお酒を注ぐ。


 赤く半透明なお酒のようで甘酸っぱい香りが漂っている。でも、全く粗さのないすっきりとした香りだ。


 何か……嗅いだことがある香りのような。


「ベレルベリーのお酒ですよ。果実酒ってやつですね。昨日もお姉様と飲んでいたんですが、これはかなり美味しいですよ」


「へぇ……フェリたんがそこまでベタ褒めするなんて。これはちょっと期待だね」


 俺はコップを手に取り口をつけようとするが、自分のコップを俺に近づけてほほ笑むフェリたんが見えて手を止めた。


 あぁ……乾杯ね。それもそうだよね。


 俺のコップをフェリたんのにコツンと当てた後、二人同時にベレルベリー酒を口に運ぶ。

 

「おぉ……凄く美味しい! ジュースみたい!」


 ゴルドーの爺さんが造った酒を飲んでいるからあまり感じないのもあるけれど、このベリルベリー酒はアルコール特有の風味はあまり感じる事はなく、むしろ果実の味がより強く強調されているように感じた。


 まるで、搾りたてのベリルベリージュースを飲んでいるかのよう。


 この味……そうだ、イチゴだ! やっと思い出した! イチゴ酒なんて初めて飲んだな。


「あなたが村でいつも飲んでいるお酒は、ゴルドーさんが造っているものですからね。あの方が造るお酒は強いものばかりですから。市場に流通している一般的なお酒はみなこういう風な弱い物が多いのですよ。強いものは高価な物が多いですから」


「まあ、庶民向けのお酒は飲みやすい物が良いんだろうね。そう考えるとあの爺さんが造っている酒って売れば高い値が付くんじゃないの?」


「そうだと思いますよ。あの方のお酒は質が良いものばかりですから。欲しいと思っている方々はいるでしょうね」


 へぇ……だとしたら、ゴルドーの爺さんに酒造りのノウハウを学ぶのも悪くないよな。


 よし! 良い金儲けの情報を得られたぞ。村に帰ったら早速殴り込みだ。


「でもさ。それだけ価値がある物を造っているんだったら売ればそれなりの儲けになるんじゃないの? あの爺さん、金儲けのために造っている訳じゃないんだろ?」


「さぁ、お金の道具にしたくないんじゃないんですか? あの手の方はどこにだっているものですから。良く言えば自分の信念を貫いている、悪く言えば頑固者と言ったところだと思いますよ」


「確かにね。見た目そういう雰囲気を感じるけど。そういうの、本人の前で言っちゃだめだよ?」


「当り前じゃないですか、あなたじゃあるまいし。そんな無神経な事言う訳ないでしょ」


「……その言い方だと俺がまるで無神経みたいじゃないか」


「あら? 自覚無かったんですか? だとしたら、客観的な意見を聞けた良い機会でしたね。いや、良かった良かった」


 そうやって微笑みながら皮肉っぽくうんうんと頷くフェリたん。


 コップに注がれた残りの酒を一気にグイっと飲み干すと、再び酒をコップに注ぐ。


「勇者様も追加どうですか?」


「いやいや、俺のはまだ入ってるから。自分のタイミングで注ぐよ」


 差し出された酒瓶を手で遮って断る。


 普段はこんな事しないのに、今日はどうしたんだ? 何か変な感覚だ……落ち着かない。


「そういえば、村長から貰った食材があったんだった。お酒だけじゃ物足りないしな……摘まめるものがあった方がいいでしょ?」


 俺はそう言ってフェリたんと俺の分の紙袋からドライフルーツと干し肉を取り出した。


 どれも一人分の量としては少しばかり多すぎるようにも感じるが、何かあった時の保険って事だろうしな。


 再び席に戻り、それぞれテーブルの上に広げる。

 

「良いですね。丁度口寂しく思っておりましたので」


 フェリたんはテーブルに広げられた干し肉を一つ手に取り口に咥える。


 もごもごと口を動かして徐々に嚙み進めているようだ。


「へぇ……これ美味しいですよ。スパイスがいい感じです」


 そんな感想を呟いてお酒をゴクゴクと飲み、再び干し肉を口にしてまたお酒を飲んでを繰り返していた。


 そんなにお酒が進むって事は、この干し肉結構美味しいみたいだな。


 俺も試しに一口、干し肉を食べてみる。


「おお……何か、ビーフジャーキー? とはどこか違う気がするけど、かなり美味しい。ちょっとクセがある……かな?」


 スパイスでだいぶクセが抑えられているようにも感じるけど……一体何の肉を使っているんだ、これ。


 怪訝に思いながらも、ドライフルーツの方にも手を付けてみた。


 得体のしれない干し肉に比べて、ドライフルーツはどれも食べた事がある果物で作ってある。


 うん。ドライフルーツも美味しいな。でも、お酒が果実酒だから逆に果実の風味を殺している気がする。


「そうえばさ、あれからどうなったの?」


 俺がアネモニアに串刺しにされてからの事は、まだ聞いていなかった。


 まあ、みんな無事だとは思うけれど……フェリたんがどうにかしてくれていそうだし。


「ああ。勇者様が串刺しにされてから爆雷砲(ばくらいほう)で一気に攻めて討伐しました。お姉様達が捕まっている状態だと巻き込んでしまう危険性がありましたからね。不死身のあなたがどうなろうがどうせ生き返るんですし」


「あっ、ああ。そうか。まぁ……俺は死んでた訳だから良いけどさ。で? 捕まってた人達は? エリアスはどうなったんだ?」


 何か釈然としねぇけど……もうどうでもいいや。それよりも捕まっていた人が心配だし。


「問題ありませんよ。休養を取って今は皆さん元気にされています」


「ふぅ……とりあえず安心だな。後は……神宮寺なんだけど」


「あの勇者様も……大丈夫ですよ、一応。完全に塞ぎ込んでしまいましたが……」


 まぁ……あんな醜態を見られてしまったら、恥ずかしくて合わせる顔もないって思うよな。


「仕方ない。励ましておくか……変な性癖に目覚めていないと良いけど」


 あんな過激な触手プレイを受けたんだから、刺激が強すぎて忘れられなくなるとか絶対あるし。


 元の世界にいたら普通じゃ味わえない感覚だよな、あれ。俺も殺されてなけりゃ目覚めてたよ。


「あなたって、そんな事をするような人でしたっけ? 見て見ぬふりをする人だと思っていたんですけど。そんなに心配なんですか?」


「ばっ!? そんなわけないでしょ!? 誰が心配なんか!」


 怪訝そうに首を傾げて呟くフェリたんに、俺は焦って反論してしまう。


 や、やべぇ……何で取り乱してんだろう、俺。


「はぁ……まぁ、そうですよね。どうせ何かろくでもない事を考えての事でしょうし」


 フェリたんは嘆息しながら、五杯目のお酒をグイっと飲み干す。


 そしてまたすぐに六杯目をコップに注いだ。


 大丈夫かフェリたん。飲み過ぎなんじゃ。


「はぁ……あなたとあの勇者様、随分と性格が違いますよね。先陣を切って戦いに身を投じる勇者様と、面倒ごとは他人に丸投げして自分は安全地帯で踏ん反り返る勇者様……なるほど、これでは人が寄ってこない訳ですね」


 フェリたんはテーブルに腕を投げ出し、頬を擦りつけながら嘆く。


 かと思えば、ガバッと身を起こして六杯目のお酒を一気飲みしてコップを握ったまま勢いよくテーブルに叩きつけた。


 どこか上の空と言った俺を見ているようで見ていない、焦点の定まらない目を向けている。


 ほんのりと頬が上気しているようだ。


「いやいや、そんな分かり切ったことを改めて説明せんでも。ていうかフェリたん、大丈夫?」


 ゆっくりと体を揺らしてぼーっと俺を見つめているフェリたんは不愉快そうに俺を睨んできた。


「毎日毎日働きたくねぇとか、うるせぇ! こっちは何のためにここにいると思ってんだ! って何度も言っているのにあの有様。こっちの身にもなってみろって思いますよ」


「いやいや、聞いてる聞いてる。本音だだ洩れだよフェリたん」


 フェリたんまさか、俺が目の前にいる事分かってない?


 いやでも、俺だってことは分かっていたからそんな事はないはずだけど。


 フェリたんは再びテーブルに突っ伏すと、また盛大なため息を吐いた。


 こりゃあれだな。完全に酔ってるな。


 でもフェリたんって、そんなにお酒に弱かったっけ? このお酒もそんなに度数強くないと思うのだけど。


 …………まさか、俺を誘う前にも飲んでいたとか!?


「本当…………あの勇者、様みたいに……もう少し、頼り、がいがあれば……あ、あなたを…………」


 消えかかりそうな声で途切れ途切れに言葉を紡ぐフェリたんは、最後まで言い終える前にすうすうと寝息を立て始めた。


「え? フェリたん?」


 俺はフェリたんの体に触れて揺すってみるが、全くと言っていいほど起きる気配がない。

 

 あぁ……寝落ちしちゃったよ。


 フェリたんが何を言おうとしていたのかは、もう二度と聞ける機会はないだろうけど。


 そんな事よりも、さすがにこのまま放置って訳にはいかないよな。


 俺は仕方なくフェリたんの体を抱えようと膝の裏と背中に手を回して持ち上げようとするが、


「うぐっ!? お、重っ!?」


 俺よりも身長の高いフェリたんを貧弱な俺が抱きかかえる事なんて出来るはずもなく、ちょっと浮かせるくらいが限界だった。

 

 こりゃどうするよ。でも、放置だけはしたくないからなぁ。うーん。


「フェリたん……フェリたん起きて」


 俺は考えに考え抜いた末、結局もう一度肩を軽く叩きながら声をかけてみる事にした。

 

 これで起きなかったらもう一つ手はあるけど、それもダメなら最悪、上から掛布団を掛けるくらいの事はしてあげないと。


「……うーん。ううう」


 運よく俺の声が届いたようで不愉快そうに眉を寄せて唸っている。


「フェリたん? 寝るならベッドで寝なよ。風邪引くから」


「……うーん」


 声を掛けたもののフェリたんは動こうとしない。


 もう仕方ない。多少強引だけどやるっきゃないか。


 俺は一度フェリたんから離れてベッドの掛布団を引っぺがす。


 テーブルの上のコップや酒瓶を零れないようにフェリたんの移動スペースの外に移動させた後、移動しやすいようにフェリたんの座っている椅子を力任せに引きずってテーブルから離した。


 力なく項垂れるフェリたんの腕を俺の方に回して、俺の腕をフェリたんの腰に当てた。


「フェリたん? とりあえず立って。支えるから」


「……う、うーん」


 返事なのかただ唸っているのか分からないが、とりあえず立たせるか。


 俺は腰に回した手でズボンを掴み、前に倒れないように体を支えながらゆっくりと起き上がる。


 どうにかフェリたんは自分の足で立つことが出来たようだが、やっぱりどこか力が入っていない。


 下手をすれば床に倒れてしまいそうだ。気を付けて進まないと。


「ほら……ベッドまでもう少しだから、歩くよ?」


 俺の声に反応しているようでフェリたんはゆっくりとした足取りでそれでも着実にベッドへ歩み寄る。


 でも、フラフラとしていて危なっかしい。体を支えておいて正解だった。


「ああっ! 危ない!」


 ベッドに近付いた途端、フェリたんは飛び込むようにベッドに突っ伏すと完全に落ちてしまった。


 ベッドの端に足だけを曝け出した状態で今にも転げ落ちそうだ。はぁ……まぁ、これだけ出来ればいいか。


 俺はフェリたんの体を仰向けにした後、ベッドの反対側に移動してフェリたんの体の下に手を入れてベッドの中心まで引き寄せる。


 頭側、足側と交互にやるしかない。腰のあたりに手を入れて引き寄せれば一気に中心に移動できたのだろうけど、俺には力がないからな。


 なんとかベッドの中心までフェリたんを引き寄せて、引っぺがした掛け布団を掛けた。


 できればパジャマに着替えさせたかったところだけど、そんな事をしたら絶対気付かれるし殺されるからやめておこう。


 下手な事はしない方がいい。


 俺はそう自分に言い聞かせながら、乱れた掛け布団を整えて一息つく。


「あぁ……一気に疲れた」


 俺はテーブルの上のドライフルーツや干し肉を片付けて紙袋へ入れた。


 床に置いた酒瓶とコップをテーブルの上に移動させ、コップに残ったお酒を飲み干した。


 酒瓶にも少ししか残っていなかったようなので、それも飲み干してしまう。


「それにしても……こんなフェリたん初めて見た気がするな。もうちょっとそういうのってちゃんとしていると思ってたんだけど」


 フェリたんは穏やかな表情をして静かに寝息を立てている。


 お酒の力を借りて愚痴を言いたかったんだろうな。相手が俺っていうのがちょっとアレだけど。


 酔うまで酒を飲むイメージなんてなかったから新鮮な感じだ。こうでもしなきゃやってられなかったんだろうな、きっと。


「まぁ、これは見なかった事にしておこうかな。記憶があればそれはそれで仕方ないけど、気にしても仕方ないし。俺も寝よう」


 俺はそう言いながら部屋を見渡してふと気づく。


「あれ? ベアトリスがいない」

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