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第30話 どうして俺の腕を撃ったんだよ!!

「はい? そうですけど……何かおかしいですか?」


 涼し気な顔で振り向くと、淡々とした口調でそう返した。


「あっ……いいや。なんでもありませんの」


 その悪びれもしない反応に、エリアスは口にしかけた言葉を呑み込んではぐらかす。


 そりゃそうなるよな。行動を共にしている勇者の腕を斬り落としただけじゃ飽き足らずそれを海に捨てるなんて狂った行動、普通はしないもんな。


 フェリたんと俺、ベアトリスを除いた面々がその一部始終を目の当たりにして複雑な表情をしてる。


 特にサロスとフィリアに至ってはお互いに肩を抱き合って目に涙を浮かべ、震えているようだった。


「ほ、本当に大丈夫なのかい? 痛い……訳ないよね、普通。というか、両腕を切断されてるのにどうしてそんなに平気な顔してられるのさ! 一大事でしょ! もっとリアクションしなよ! 腕が無くなってるんだよ!? 腕が!」

「大丈夫大丈夫。そう慌てなさんな」


 余りの異常さに捲し立ててくる神宮寺を宥めながら俺は両腕が沈んでいった箇所に目を向ける。


 ……うーん。時間的にはそろそろだと思うんだけど。


 俺はそう考えながらしばらくその方向へ目を向けていると、


 ザバァ!! っと、勢いよく水しぶきを立てて海の中から何かが飛び出した。


 それは空中で急に進路を変え、俺達の方向へと向かってくる。


 そう……フェリたんが結界に封じ込めて海に投げ捨てた、俺の両腕だ。


「ぎゃぁぁぁぁ!! なんじゃありゃぁぁぁぁ!!」


「ひぃぃぃ!! う、腕が! 腕が独りでに飛んでくるですの!」


「せ、精霊様のお怒りじゃぁぁぁ!! きっと災いが起こるのじゃぁぁぁ!!」


「なんなのあれ!? 新種の魔物なの!?」


「う、腕だけの魔物って……まさか、海上で無念の死を遂げた船員の亡霊が実体化した奴なのか!? うわぁぁぁぁ!! この船は終わりだぁぁ!!」


 神宮寺とエリアスの叫び声を皮切りに、甲板にいた他の乗客や船員達もパニックを引き起こしていた。


 その場にいた船員の一人がすぐに船内に駆け込み、他の船員は乗客達の避難を促す。


 素晴らしい連携プレーだが……あれは死んだ船員の亡霊でもなければ新種の魔物でもない。


 何度も言うが俺の腕。再生するために切断面に向かってきているのだ。


 それはさながらミサイルのように。軌道がずれることなく一直線に向かってきている。


「砲撃よーい!!」


 向かってくる腕を眺めながらじっと待っていると、船の下からそんな声が聞こえてきた。


 砲撃って……まさか!?


 俺は手すりから身を乗り出し、船の真下を見てみると、小窓から飛び出した黒い筒のようなものが一定の間隔で並んでいた。


 こ、これって……嘘!? まさか!?


「ちょ、ちょっと待っ!!」


「こら! 危ないから下がっててください!!」


 慌てて止めようとしたが、俺の体を背後から羽交い絞めにした船員に言葉を遮られてしまった。


 フェリたんやベアトリス、神宮寺の仲間達も船員達に船内に入るよう誘導されているようで俺一人だけが必死に抵抗する。


 いいや、待ってくれ! あれは俺の腕なんだ! 魔物じゃないんだよ!


「何をしているんですか! 心配せずとも問題ありません。あれは我々がすぐに処理いたしますから!」


「それが問題なんだよ!! 良いから離して―—」


「――砲撃始め!!」


 抵抗空しく船内にまで引きずられた俺を最後に、船の真下から合図が聞こえる。


 その合図の直後、船の真下から凄まじい爆音が鳴り響いた。


 や、やめてくれ!! 俺の、俺の可愛い腕が!! このままじゃ。


「あっ!? コラ!!」


 船内まで引きずり込んだ事を良い事に力を緩めた船員の隙を突いて、俺は腕の中から抜け出し再び甲板に飛び出す。


 幾重の砲撃を避けながらまるで親に飛び込んでくる我が子のようにただただ一直線に飛んでくる愛しい俺の両腕。


 俺はそれをためらいなく受け止めようと、慈しむように笑みを浮かべながら手を広げる。


 それを目の前にして安心したのか、両腕は立ち上る煙を貫くように俺目掛けて飛んできて、


 ズドォォォォォォォォォォォォン!!


 一発の砲弾が俺の両腕に直撃し、爆炎が晴れた頃には跡形もなく消えていた。


 ボチャボチャと、その真下の海に何かが落ちる音が聞こえる。きっと粉々になった俺の腕だ。


 「う、ううううう!!!」


 そのあまりにも無残な光景に、俺はその場に膝を突いて崩れ落ちた。


 酷い……酷過ぎる。俺が心底愛してきた両腕。恋人のように接してきた俺の両腕。


 それが……それがっ!!


「どうしてだよぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 俺は悔しさと悲しさで床を拳で叩きつけながら叫んだ。


 だがそれは空虚を舞うだけで、実際は肘から上の腕の身が上下運動を繰り返すのみ。


 拳なんて腕を斬り落とされてからあるはずもないのに、こうせずにはいられなかったのだ。


 こんな仕打ち……何でこんなことを!!


「ぐっ……ううっ!! どうして…………どうして撃ったんだよ!! ううっ!!」


 恋人を目の前で失い、俺はひたすらに嘆く。


 するとつかつかと俺に歩み寄る足音が聞こえてきた。


 それは何度も聞いた足音で、顔を見ずともそれが誰なのかすぐに分かるほどだ。


「勇者様……」


 フェリたんは甲板にうずくまる俺を心配してか、弱弱しい声で語り掛けてくる。


 ああっ……フェリたん。君はなんて優しい子なんだ。


 君はきっと優しい子だから、(恋人)をなくした俺を一生養ってくれるはずだ。


 ああっ……お願いだフェリたん。悲しむ俺を慰めて……!?


「グエホッ!!?? カハッ!?」


 そう考えていた矢先、うずくまる俺の横腹をフェリたんは思いきり蹴り飛ばした。


 両腕を切断された俺は、その衝撃を受け止める事も出来ずただただ飛ばされるがままにマストに背中から激突する。


 衝撃で肺の中の空気が一瞬で吐き出されたかのような感覚に陥り、俺は一気に空気を吸い込んだ。


「ごおおおっ……おうう、おおお……ぐおお」


 蹴られた横腹と激突した背中の痛みに人間が出すような声でないくらいの呻き声を上げながら足をバタバタとさせて苦悶する。


 そんな状態の俺にフェリたんは再び歩み寄り、俺の頭元に屈み込んだ。


「何バカな事をしているんですか。腕を撃ち落とされたくらいで」


 い、いやいや。いやいやいやいや!! バカな事って……いやいやいやいや!! そうかもしれないけどさ! 蹴る必要あった!?


 全く必要ない蹴りなのに、それをしておいて何をバカな事をって……フェリたんってリアルにサイコパスなんじゃないのか!?


「放っておいても自然に再生するんですから、あんなゴミ……好きに撃たせてやりゃいいんですよ」


 お、王女様らしからぬ思想じゃないか。でも、そこまで言う子だったっけ?


 なんかいつにも増して言葉に棘があるような。生理生理言ってた時のキレ方じゃないよな、これ。


 フェリたんは何を思ったのか、一度船内にいるベアトリスや神宮寺、エリアスに何かを告げている。


 神宮寺は心配そうに俺に視線を送っていたが、渋々と言った感じで船内の奥へと戻っていった。


 それを見届けたフェリたんは再び俺の方に戻ってくる。


「さてさてさてと…………男の性だ何だとほざいていたゴミカス勇者様にはお灸を据えてやらないといけませんね」


 手をポキポキと鳴らしながら、ニヒルな笑みを浮かべている。


 え? ……そんな事で怒っていた訳? あの程度の事で!?


「いやいや、男の性がどうのこうのって……別に普通の事じゃん? そこまで怒る必要ないでしょ?」


「へぇ……うちのお姉様の胸揉みしだいておいて、普通の事とはなんとまぁ……実にあなたらしいクズな考え方ですね」


「い、いやいやいや!! 揉んでないからね!? 揉もうとはしたけど揉んでないからね!? 未遂だよ未遂!!」


「何を言ってるんですか白々しい。未遂だろうが何だろうが、私があの場で止めなかったらあなたは構わず揉んでいたでしょうに。そんなに大きいのがいいですか」


 フェリたんにしては言ってることがめちゃくちゃじゃないか。まあ、間違ってはいないんだけどさ。


 でも、なんかすごく理不尽な物言いだな。大体最後の方、完全に(ひが)みじゃないか。


「白々しいって……ケッ! 自分には揉まれる胸がねぇから(ひが)んでるんだろ! …………あっ」


 負けじと反論した後で気付く。


 今、途轍もない事を口にした事に。


「ふぇ、フェリたん……ヒッ!?」


 恐る恐るフェリたんへ目を向けると、背筋が凍るほどの満面の笑みを浮かべて立っていた。


 それはもはや、笑顔の仮面をつけて立っていると言っても良いほど、そこには正反対の感情が載せられていて、


「はい、私刑」


 フェリたんは笑顔のまま、そう告げた。


「いやだぁぁぁぁぁ!!!!」


 俺は痛みなど構わず起き上がり、逃げ出そうとするが、


「煌暁魔法六十六番―—六架方錠固縛りっかほうじょうかたじばり


 フェリたんが唱えた魔法により、槍状の六つの光が俺の腰の周りに突き刺さり、そこから伸びた太い光の紐のようなものが疎らに巻き付いて固く縛る。


 突き刺さってはいるものの肉を抉られたような感覚はなく、でも確かにそこに存在しているものである事は分かった。

 

 バランスを崩した俺は、そのまま投げ出されるように床に倒れ込んだ。


 頭の先から足の先までギチギチに縛り付けられ、片目と口だけが曝されているのみの状態だった。


 縛られたままどういう訳か体が浮き上がり、そのまま海の方へと曝される。


 足元は完全に青々とした海で、ここからじゃ海の底なんて確認できるはずもない。


 待って!! 待ってよ!! この状態じゃ俺、完全に溺れ死ぬじゃん! 


 いや、腕がないからどのみち溺れるって……俺泳げないからそれにしたって結果は同じじゃん!


 俺は慌ててフェリたんに目を向けると、どういう訳かフェリたんは胸に両手を構えるようなポーズを取っていた。


 その両手の中に溜まっていくのは、赤い炎のような球。それはピンポン玉のようなサイズから徐々にバスケットボールサイズまで膨れ上がる。


「ちょ、ちょっと待って!! 何する気!? 何する気なの!?」


 理解の及ばない行動に俺は焦りながら大声で尋ねると、


「言ったじゃないですか。お灸を据えなきゃいけないとね。炎熱魔法三十番―—灼熱砲(しゃくねつほう)!!」


 すでに運動会の時の大玉転がしの大玉レベルにまで膨れ上がった炎の球はフェリたんが魔法を唱えた直後、俺に向かって放たれた。


 まだ直撃もしていないのに数メートルの時点でその熱を感じて、肌がピリピリと痛む。

 

 こんなの……こんなのって、


「お灸を据えるレベルじゃねぇだろおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 その悲痛な叫びを残して、凄まじい熱とともに俺の意識は吹っ飛んだ。

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