第29話 海へのポイ捨てはやっちゃだめだよ! たとえ人の腕でも
「だ、誰がおっぱいですの!!」
けしからんおっぱいを指差して叫ぶ俺に、エリアスは頬を赤らめて腕で胸を隠す動作をする。
だが、胸が大きいせいで隠れるどころか寄せ上がってより一層その存在感を際立たせていた。
なんていうけしからんおっぱいだ。生で見るとやっぱりエロい!
「あはは、このやり取りも久しぶりに見た気がするよ」
「も、もう! 笑っている場合ではないですの!」
傍で俺達のやり取りを見ながら楽しそうに笑う神宮寺に、エリアスは慌てて声を上げる。
そういえばあの村に追放される前もこんなやり取りがあった気がするな。
「そ、そういえばあなたがいるという事は……フェリアスはどうしたんですの?」
おっぱいの話に気を取られていて存在を忘れていたらしい。
ふと気づいたように周りを見渡しながら問い掛けてきた。
「あー……なんか船に酔っちゃってさ。今はトイレでゲロってるところだよ」
「お、王女様に対してゲロってるって……相変わらずだね、二階堂君は」
「何を言っているんだよ。王女様だろうが王様だろうが魔王だろうが俺はいつだってこんな感じだ。俺はこれに誇りを持っているんだよ」
「モラルは持っていないですのね……」
な、何だよ……俺だってそこのイケメンみたいに分け隔てなく接しているじゃないか。
なのに何でそんな憐れむような眼を向けられなきゃならないんだ?
「でも、意外ですわね。あの子……体は丈夫だと思っていましたのに」
「まあ、色々とあってね。今のフェリたんは揺れに敏感なんだよ」
おっ……揺れに敏感? 何か良い響きだ。エロさを感じる。
でも、揺れる胸がないんじゃ……あっ、これは本人には言っちゃだめだな。
「そうなんですの……」
顎に手を当てて呟きながら口をへの字に曲げている。
そういえば、フェリたんがあの村に来てから外に出た事は一度もなかったから、ここでエリアスに合うのは半年ぶりになるのだろうか?
護衛任務で離れる事が出来ないとはいえ、今回は例外。他の勇者達との動向を許されている自分の姉ちゃん達に合える絶好の機会になるはずだ。
でもフェリたん、家族との再会とか喜ぶような性格に見えないけどな。
……そんな事よりも。
俺は怪しまれないようにエリアスの胸へ目を向ける。
今は油断しているようでがら空き。あの大きさではどうぞ自由に揉んでくださいとプラカードぶら下げていなくても、揉めと言われているようなものだ。
おっぱいは男達の理想。女性の体の中で唯一母性を感じる部位。男が胸にこれだけ執着するのは揉みしだいて吸いたいという一種の願望を本能的に胸に抱いているからだ。
「そんな事より乳を揉ませろ!!」
「ヒッ!? 嫌ですの!」
俺はそろりそろりとえりあすに気付かれないように距離を詰め、一気に飛び掛かった。
小さく悲鳴をあげながらエリアスは必死に抵抗して見せる。
フヘヘ! フェリたん相手なら絶対にぶち殺されていただろうし、そもそも揉む胸なんて皆無に等しいのだが。
こんな上玉目の前にして、揉まない訳にはいかねぇだろ!
「炎熱魔法十五番―—炎衝刃」
胸を揉みしだこうと腕を伸ばした直後、円形の炎の塊が俺の前を横切りそのまま空中で消滅した。
その後、ゴトリと何か重い物が二つ落ちたかのような鈍い音がして俺は足下に目を向ける。
そこにはいつの間にか切り落とされていた俺の左右の腕が落ちていた。
恐る恐る自分の両腕に目を向けると肘より少し先を切断されているようで、しかも断面は完全に黒く焼け焦げ血の一滴すら流れていなかった。
「え? ええええ!?」
「ひゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
痛みを感じる間もないほど一瞬の出来事に、俺はしばらく硬直した後驚きの声を上げる。
一方でそんなスプラッター描写を目の前でまじまじと見せられたエリアスは王女様らしからぬ断末魔のような悲鳴を上げた。
「懐かしい声が聞こえていると思ってきてみれば、うちのお姉様捕まえて何してるんですか」
そんな冷ややかな事を口にしながらつかつかと歩み寄るフェリたん。
顔色もすっかり元に戻って、体調も回復したようだ。
「何って、男ってのはそこに胸があれば揉むのが性なんだ。そうだろ? 神宮寺」
「なっ!? ぼ、僕に振らないでよ!! そ、それに僕は胸より足の方が……」
「え? 何だって?」
「何でもないさ!!」
顔を真っ赤にしながら慌てて否定する神宮寺。だが、言葉の途中で何かをボソボソと呟いている。
なんかボソボソと呟いて何を言っているのか分からなかったけど……この反応って事は。
ははーん。さてはコイツもエリアスの胸が揉みたくてたまらなかったんだろうな。とんだムッツリだな。
イケメンは全員がムッツリスケベだって事は本当だったようだ。
「そ、それよりも大丈夫なのそれ。腕を切断されているみたいだけど」
神宮寺は怯えたように声を震わせながら床に落ちた腕を指差した。
あー、そっか。俺の体に宿ったチート能力については話していなかったんだっけ?
「ああ、大丈夫大丈夫。フェリたん、腕を拾ってくれないかな」
「は? 嫌ですよ汚い」
フェリたんにお願いしたものの、蔑んだ目で俺を見下ろして突っぱねるように断られてしまう。
うわぁ……めっちゃくちゃ冷たい目で見られてる。でも、汚いなんて言う事ないでしょ、だったら切断なんてしなければいいのだし。
「はぁ……面倒ですが仕方ないですね」
そう言って渋々と言った感じで頭を掻きながら、フェリたんは俺の腕が落ちている真上に手を広げて翳した。
「煌暁魔法二十番―—四界封壁」
フェリたんがそう唱えると腕をその中に収納するかのようにオレンジ色の結界が展開され、俺の腕をその結界の中に封じ込めた。
「風嵐魔法二番―—上」
次にそう唱えると、床に展開された俺の腕を封じ込めた結界が宙に浮き、フェリたんの手元まで浮き上がる。
へぇ……風系の魔法って浮力にも応用できるのか。デバフを掛けたり攻撃するだけではないってところなんだな。
魔法のバリエーションってすげぇ。って、感心している場合ではないだろ。
一体何をするつもりなんだ?
フェリたんは結界を手元に浮かせたまま何を思ったのか海に一番近い右の手すりの方へ体を向けると、
「流水魔法三十番―—爆水砲!!」
声を張り上げるように魔法を唱えて、構えた右腕から渦巻くように出現した水。
それは強力な威力を誇る水鉄砲となり、腕を封じ込めた結界を大海原へと撃ち飛ばした。
絶対に手の届きそうにない場所まで放たれた結界はチャポンという寂しい水の音を立てて、吸い込まれるように沈んでいった。
「ちょいちょいちょいちょい!! 何してくれてんのさ!!!」
いきなり多くの魔法を使った展開でワクワクが止まらなかったが、冷静に考えてみたらフェリたんがやった事は、切り落とした俺の腕を海に投げ捨てたって事だよな!?
「何って……ゴミを捨てただけですが?」
さも当然のようにキッパリと言い放つフェリたん。
いいや、ゴミってフェリたん。それはないでしょ!
「海にポイ捨てなんて、そんな事しちゃだめだよ!」
「…………え!? いやいや、え!? そういう問題!?」
話を聞いていた神宮寺が横やりを入れてくる。
そうもこうもない! 海にポイ捨てなんて、そんな子に育てた覚えはないよ! フェリたん!
「フェリアス……あなたっていつもこんな事しているんですの?」
さすがのエリアスもこれにはドン引きしているようで、苦笑いを浮かべていた。