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第2話 異世界に行けば人は変われるなんて、そんなのは幻想だ。

「生きていますね」


「……」


 首を斬られた感覚がしてしばらくして、俺は再び意識を取り戻した。


 どうやって切断された首が元に戻ったのかは知らないけれど、どうやら首を切られても死なないらしい。


 なんということでしょう! 切断面もまるでなかったかのように繋がり、傷一つ残っておりません! 天才外科医もびっくりだね。


「ところで、俺はどうやって生き返ったんですか? 見ていたんでしょう?」


「……」


 我が愛しのフェリたんに聞いてみるが、頭を抱えたまま家の柱に手を付いて項垂れ答えてくれない。


 なんだ? どうしたんだ?


「まさか……まさか、切り離した頭の断面から足が生えて、自分からくっ付きに行くなんて!」


「何そのメルヘンのへったくれもないような超ホラーな再生の仕方! 今までそんな感じで再生してたの? 怖いよ!」


 頭の切断面から箸が生えて……器用に切断面同士をくっ付けたっていうのか!? 想像したくない。


「てっきり、勇者様が前に言っていたように超凄いアレな魔法でどうにかするのかと……何でしたっけ? アレ。そのー……ピロピロ?」


「いやいや、あれは万能殺人バットで自らぶっ殺した相手をそのバットとメルヘンな超凄い魔法で超速再生しちゃうから……って、あれは唱える人がいるから成立しているんだよ」


 大体あれは魔法唱えないとできないんだから、唱える側が死んでたら意味がないじゃん。

 

「ただ、不思議ですよね」


「え? 何が?」


 俺が倒れていた床を見つめ、顎に手を当てながら首を傾げるフェリたん。可愛い。


「首が繋がった途端、飛び散った血も体に吸収されるように消えていったんですよね。何度も見てはいますけどそこだけは不思議です」


「まあ、失った血まで再生しないといくら傷が再生しても失血で死んでりゃ意味ないですからね」


 多分吸収されなくても自動的に血液が生成されるんじゃないかって思うけど……うん。まあ、未だにこのチート能力については俺も理解していない。でも、死なないって事は分かる!


「まあ、私としてもその方が嬉しいですし」


 そういってフェリたんは天使のような笑みを俺に向けた。


 ああ、可愛い。結婚して欲しい。というか、フェリたんが俺に身を案じてくれていたなんて……腹黒貧乳なんて村中に言いふらしてごめんなさい。


「血が残ってしまったら、掃除が大変じゃないですか」


「こりゃあ酷い……」


 この容赦のなさがフェリたんの良いところであり悪いところだ。


 俺の心配より掃除の心配。壁のシミ以下の価値しかないのか俺は。


 まぁ、どうせまた照れ隠しのためにそんな強気な事を言っているのだろう。全く、可愛い奴め。


 俺はフェリたんの姿をまじまじと見つめながらほくそ笑む。この可愛さはもはや人類の叡智の結晶といってもいい。


 俺が唯一、あのクソ国王に感謝する事といえば、こんな生物兵器を生み出してしまった事だ。


 フェリたんの可愛さがあれば戦争はたちまち終結し、魔王も滅びる。


 可愛いこそ正義! 可愛い以外に正義などない!


 と、フェリたんの可愛さを再確認している余所で、フェリたんはリュックを背負い、紐で腰に斧を括り付けていた。


 乱れた衣服を整えて、フェリたんは座っている俺に手を差し伸べる。


「さあ。そろそろ働きに出かけますか」


「そうなの? いってらっしゃい。頑張ってね」


 こんな辺鄙な村まで来ているにも関わらず、働く意思のあるフェリたんに激励の言葉を送りながら俺は玄関へ向かう。


 さて……フェリたんが働いている間は暇だし、また寝ようか。


「おい……」


 扉のドアノブに手を掛けたところで俺の背後から低いトーンで唸るような声が聞こえた。


 額から滲み出る冷や汗。ドアノブを握っている手にも汗を掻き、ドアノブを湿らせる。


 背後から感じるすさまじい殺気は、俺の背筋を凍らせるのに十分だった。


 この後の展開は読める。とにかく、構えるしかない。


「死ねコラ!」


「スクワッツ!!」


 フェリたんの怒号が飛んだとともに、俺は瞬時にその場に屈み込んだ。


 その直後、髪に何かが触れたような感覚がしたのと同時に頭上でバキッと何かが裂けるような音がする。


 目を向けると、フェリたん専用の斧がドアに突き刺さっていた。


 刃の部分がドアに突き刺さり、木目に沿って大きく縦に裂けている。


「ひぃぃぃ!!」


「逃がすか!!」


 あられもない声を上げてフェリたんの家を飛び出す。


 フェリたんは斧をドアから引き抜くと、俺を鋭く睨みながら追い駆けてきた。


「働けこのクソニート!!」


「労働は嫌だ労働は嫌だ労働は嫌だ労働は嫌だ労働は嫌だ!!」 


 斧を振り回しながら追い駆けてくるフェリたんから必死に逃げ回る。


 周りの村人はそんな姿を見て、またかと言わんばかりに苦笑いを浮かべていた。


 いやいや! 止めて! 誰か止めて! 俺が死なないから放置してんだろうけど、普通に止めてよ!


「はっ、はっ、はっ……しんどい! しんどい!」


「ゲハハハハハハ! 引き籠ってばかりのひよっこのクセに私から逃げられるとでも思ってんのか? あァん!?」


「そんな下品な笑い方しないの! あんた一応は一国の王女様でしょうが!」


 目をギラギラとさせて狂気的な笑みを浮かべるフェリたん。

 

 いいや、待て。この状況、よくある浜辺のシーンに置き換えたらどうだろうか。


『あははっ! 捕まえてごらん~』


『うふふ。待て待て~』

 

 とかいうあれだ。

 

 わざと追いかけてくる女の子に捕まって、イチャイチャのキャッキャウフフが出来るご褒美シーン。


 あれに置き換えて想像すればフェリたんにわざと捕まれば……捕まれば……。


 死は免れない!!


 フェリたんは狂ったように目を見開いてケタケタと笑いながら迫る。


 マジこの娘、サイコパス。フェリたんサイコパス。絶対に殺るつもりだ。


 ……仕方ない。あんまり使いたくなかったけど、やるしかないか。


 俺はポケットからピンポン玉程度の球を3つ取り出す。


 普通は魔物から逃げるための目くらまし程度にしか使えないものだけど、人間にだって十分に効果はある。


「喰らえ!」


「……!?」


 俺は一度足を止め振り返り、その球を全て一度に地面に叩き付けた。


 それはすぐに軽い破裂音を鳴らし、すぐさま白く濃い煙が立ち込める。


 3つも叩きつけたから、俺の姿を隠すのには十分な煙の量だ。


「うっ!? ゲホゲホッ! なにこれ、目に沁み……痛い。涙が」


 煙の中に突っ込んできたフェリたんは煙たそうに咳き込みながらその場に立ち止まっていた。


「アハハハハハハ! このけむり玉には唐辛子の成分が入ってるんですよ! 世間知らずな王女様はこんなもの知りませんでしたもんねぇ! アハハハハ! ねえ、どんな気持ち? ニートの俺にやられてどんな気持ちですかぁ?」


「テメェこの、殺し……ゲホゲホ! ああっ、上手く声が出せっゲホゲホ! ああああああクソムカつく!!」


「アハハハハッひう!? ギャァァァ! 目がぁぁぁ!!」


 腹を抱えて笑っている俺に、風に乗った煙が俺にも襲い掛かった。


 それは即座に目を刺激し、猛烈な痛みを伴う。涙が止めどなく流れ、目をまともに開けていられなくなった。


 何だこれ! めっちゃ痛い! すんげぇ痛い! どんだけバカなんだよ!? 普通自分で食らうか!?


「そこか!?」


「うわっ!? あぶねぇ!!」


 煙の中からフェリたんの声がしたかと思うと、間髪入れずに煙の中から斧が飛び出す。


 それは回転しながら俺に襲い掛かってきたが、寸前のところで俺はそれを避ける。斧はそのまま回転を続け、木の幹に突き刺さった。


「ひぃぃぃ!!」


「おい! 待てコラ! ゲホゲホ!!」


 目の痛みに耐えながら俺はその場から離れた。


 目をまともに開けてしまうと、風が目に当たってそれが引き金になり痛みを強めてしまう。


 涙で視界も滲むけど、逃げなきゃ働かされちゃう! それだけは嫌だ! 労働は嫌だ!


 叫ぶフェリたんを無視してしばらく走り続けた。後ろを振り返ってみると、もうフェリたんは追って来ていないようだ。

 

「さすがにだいぶ離れたから、もう追って来ないだろ」


 気付けば俺は村の反対側まで来ていたようだ。


 畑や小さな牧場などがあるようで、少ないが乳牛もいるようだ。


 牧場の傍には古びた倉庫もある……丁度いい、あそこに隠れて今日一日はあそこで寝よう。


 俺は周りを警戒しながら牧場の倉庫へ向かい、扉へ手を掛ける。


 幸い、鍵は掛かっていないようで難なく中へ入る事が出来た。


 中には様々な器具が置いてあり、少しばかり異臭が漂っている。牧場だから仕方ないか。


 俺は牧草が積まれている位置まで移動すると、そこへ腰を下ろした。


 牧草もやや異臭を放っていたが、今は文句は言ってられない。

 

「はぁ……本当、魔王討伐から離れれば楽できると思ったんだけどなぁ」


 俺は牧草に寝転がって天を仰ぐ。


 異世界へ召喚されてから、夢と希望に満ち溢れた冒険を期待していた俺に降りかかった現実。


 必死に勉強した訳でもない働こうと懸命に努力した訳でもない。ただただ理不尽な現実から逃げて、守られた環境の中で毎日意味のない生活をしていただけ。


 そんな奴が、異世界にいけば変われる?


 バカだ。そんな事はアニメやマンガだけの話だ。


 どこで何をしても、負け組は負け組のまま。それだけの事だった。


 俺は……何も変わっちゃいない。根っこのところは何も。


『アンタに合わせろなんて言われても無理よ! こっちはアンタみたいに強くないんだから!』


『もっと周りを見て行動してくれないか!? むやみに力を行使しないでくれ、俺達まで巻き込む気かよ!?』


『そうやって威張ってて恥ずかしくなんですか? 仲間を危険に曝しておいて』


 かつて、魔王討伐を目的として冒険していた仲間からの言葉。


 それは今でも、鮮明に蘇る。


 元々、人付き合いが得意じゃなかった俺は、こんな時どう返したらいいか分からなくなって――。


『うるせぇな! お前らが弱いからだろうが! 人のせいにしてんじゃねぇよ!』


 なんて、暴力的な言葉を突き付けた。


 それ以降、冒険仲間は俺の前から姿を消した。消息は分からない。生きていて欲しいと思ってはいるけれど。


 それでも俺はどこか自信があったのかもしれない。いいや、意地になっていたのかも。

 

『あんな奴らいなくても、一人でやれる』


『今までも一人だったんだから、大丈夫』


 そんな根拠のない自信を掲げて、俺は旅を続けたが……一か月も続かなかった。


 冒険する気力も失せて……最後に立ち寄った街で、クエストで稼いだ金とクソ国王からの支援金が果てるまでただ宿に引き籠り続けた。


 そこからはまあ、色々とあって国王に激怒されこの村へ追放。


 勇者としての職務をはく奪されて、俺は『この村の護衛任務を無期限で行う』という名目でここへ送られた。


 その時に監視役として一緒に付いて来たのがフェリたんだった。


「まあ、護衛任務なんて言っても村には魔物は襲って来ないし、実質働かなくていい訳だけどね」


「言い訳ねぇだろうが……」


「え?」


 独り言のように呟いた言葉に返事が返ってくる。


 俺の頭元の壁の外で聞こえたようだ。


 その声の主は壁を斧で切り崩し、頭が通るほどの穴を空けた後でグイっと俺を覗き込んだ。


 瞼は真っ赤に腫れあがり、酷く充血した目。


 その声の主は俺の姿を見つけると、目をカッと見開いてニヒルの笑みを浮かべた。


「ミイツケタ」


「イヤァァァァァァァァ!!」


 恐怖に染まった俺のあられもない叫び声が村中に響く。


 村人たちはそれを聞いてきっとこう呟くだろう。


「またか」

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