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第28話 イケメンで誰にでも優しくお人好しな勇者はこの世界に必要ですか? いいえ、即刻送還するべきです。 本当帰って! 帰ってよ!!

「海だぁぁぁぁ!!」


 船が港町を離れて数十分経った頃、俺達は甲板へと足を運んでいた。


 どこまでも続く青い海には小さな島々が浮かび、照り付ける太陽がどうにも暖かい。


「何を馬鹿な事を叫んでいるんですか」


 俺の後ろに立っているフェリたんが、腕を組みながらそう吐き捨てる。


「馬鹿な事じゃないよ! 誰でもよくやる事じゃないか!」


「海に来て海だー! なんて叫ぶなんて……そりゃ海に来てるんですから海でしょうよ。わざわざそんな事を叫んで何がしたいんですか」


「うっわ! 真面目過ぎるよフェリたん。これはいわば雰囲気だよ雰囲気。気持ちを鼓舞するための儀式なんだよ」


「全くもって意味が分かりません」


 フェリたんにはこの儀式の崇高さが理解できないらしい。非常に残念だ。


 べナードと別れた後、客室へ案内された俺達。


 空いている客室が少ないという事で、俺とフェリたんは必然的に同室となってしまったわけだが、フェリたんはかなり不愉快そうだった。


 まだすうすうと気持ちよさそうに寝息を立てているベアトリスをベッドに寝かせて、出航まで時間もあったのでもう少しだけ寝る事にしたのだ。


 そこからどうやら寝ている間に出航してしまっていたようで、気付けば港町からすっかり離れていたのだ。


 今いる場所がどの辺なのかはピンと来ないが、反対側の遠くの景色にうっすらと広い土地が見えるから、おそらくあれがフォルモンド王国なのだろう。


「…………!」


 フェリたんの後ろに隠れていたベアトリスも、広大な海の上にいる事が不思議でならないようで甲板の手すりに足を掛けて身を乗り出し、目を輝かせて景色を眺めていた。


「こらこら、落ちたら危ないですよ」


 フェリたんは優しく諭すと、ベアトリスの体をぎゅっと抱き寄せて甲板の上に立たせた。


 それでもやっぱり海を眺めていたかったのか、今度は手すりに足を掛けるようなことはしなかったものの、僅かに身を乗り出してあちらこちらに視線を送っている。


「…………!!」


 かと思えば、ベアトリスはいきなり何語なのか全く読み取れない言葉を海に向かって叫び、ニコニコと満面の笑みをフェリたんに送っている。


 小さくて毛玉のような尻尾をヒクヒクとさせて、かなり上機嫌のようだ。


 …………もしかしたら、俺の真似をしているのか? 海だーって叫んだのかな?


「本当に……あんまり燥いで周りに迷惑を掛けないようにして下さいね?」


「……!!」


 子どもに語り掛けるような優しい口調でそう告げると、ベアトリスはうんうんと無邪気に頷いて再び海へと視線を戻した。


「うっ……も、もう限界です」


「あっ、やっぱり酔っちゃった?」


「はい……」


 口元を押さえて手すりに摑まるフェリたん。


 船に揺られて気分が悪くなったようだ。昨日の龍車の揺れのせいで、それに対してかなり体が反応しやすくなっているらしい。


「部屋に行って休んでたら? それかトイレで吐いてしまえば楽になるかもよ?」


 残念ながら酔い止めの薬なんていう都合のいいものは持ってはいない。

 

 一応丸薬として流通している酔い止めの薬がこの世界にはあるっちゃあるんだが、薬はその効能によって高価な物が多く、原料である薬草も入手が困難で割高になっている。


 こんな事ならヴェダ―マーレで薬を買っておけばよかったのだろうけど……もうこうなっては仕方がない。


「そうですね。ちょっと吐いてきます」


 フェリたんは前かがみになりながらのそのそと重い足取りで甲板を離れ、トイレへと向かった。


 ありゃ、相当アテられてたな。あと一日……いいや、今日一日ですら乗り切れるか心配だぞ。


「……」


 フェリたんが離れた事に全く気付かず、海を眺める事だけに集中しているベアトリス。

 

 うーん。なんかベアトリスと二人きりになると途端に気まずくなるな。


 俺、かなり警戒されているようだし……ベアトリスの事だから俺から逃げ出してフェリたんの事を探し回るだろうな。


 今はベアトリスに構っていられるほど体調的にも気分的にも余裕はないだろう。


 ここは黙って隣にいるのが一番だ。


「…………二階堂君?」


 ベアトリスとともにゆっくりと流れる海を眺めていると、聞き覚えのある声で呼びかけられた。


 思わず振り向いてその声の主を目の当たりにした途端、俺の表情は強張ってしまう。


「二階堂君ではないか! 久しぶり!」


 俺の顔を見るなりぱっと光が灯ったかのように笑みを浮かべて、俺の手を握りブンブンと振る俺と同じ年くらいの男性。


 一番会いたくないコイツとまさかこんなところで会うなんて想像もしていなかった。


 最悪だ……せっかくの船旅が初日の数十分で全て台無しに……。


「お、おう……久しぶりですね」


 俺は愛想笑いを無理矢理に浮かべながら返答した。


 何で俺、同い年のコイツに愛想笑いを浮かべて敬語を使っているんだ? 本能的に相手が上だと感じてしまったのか?


「おいおい、敬語はよしてくれって何度も言っているじゃないか。僕と二階堂君の仲でしょ?」


 えっ? そうだっけ? 一体いつからそんな錯覚を? どうやら五感が支配されているらしい……可哀想に。


「そ、そうだね……あははは」


 ま、マジで気持ち悪い。


 こいつに対してでなく、反射的に負けを認めてしまっている俺が何とも気持ち悪い。


 この男––神宮寺優志(じんぐうじゆうし)は俺と同じく日本から召喚された勇者だ。


 俺より先にこの世界に召喚され、多くの危険な魔物を討伐してきた功績を持つ。


 そのくせ、その功績を盾に鼻にかける態度はとらず、人のためにとあっちこっち駆け回っているお人よしだ。


 向こうで人が困っていれば駆けつけ、こっちで人が困っていれば駆けつけ……と、そのお人よしはもはや異常とも言っていい。


 誰とでも分け隔てなく接し、ただそこに存在するだけで誰もがコイツに引き付けられる。


 例えるなら、暗黒の全てをその眩い光で照らす太陽。雲で陰る事さえない。


 その優しさと寛容さでか、コイツの周りにはいつも人が集まってくるのだ。


 コイツと一緒に冒険をしたいと言っている冒険者がギルドに殺到して乱闘が起こった、なんて話もあるくらいだ。


 更に、チート武器を携えながらそれだけに頼ることはせず剣術や武術などの戦闘方法を学び日々鍛錬を怠らず、その他薬学、錬成など、とにかくこの世界に存在する学術や技術など、そういった戦闘に一見関係のないものまでまんべんなく勉強していると言った文武両道な一面も持っている。


 それだけでも反吐が出るほど完璧超人なのに、顔まで完璧と来た。


 俺はコイツが苦手だ。コイツの笑顔が……一点の曇りもない笑顔が眩しくて耐えられない。


 コイツと一緒にいたら俺が落ちこぼれだって事が目立っちまう。


 こいつが太陽なら、俺は影の存在だ。


 影が太陽を嫌う事に何らおかしなことはない。


 だがこいつはそれでもお構いなしに踏み込んでくる! その領域を脅かすように!


 やめろ! やめてくれ! 俺は真面目君になりたくない!


 「おえぇぇぇぇ!!」


 神宮寺の圧倒的な存在感に拒絶反応を起こしてしまい、俺は盛大に嘔吐く。


 だめだ……コイツとこれ以上いたら、劣等感で死にそうになる。


「だ、大丈夫かい!? 酔ったのかい!? どうしよう……丁度薬は切らしててないし……」


 慌てて俺の背中を摩る神宮寺。


 片手で自分のポーチの仲を弄りながらどうにかしようと焦っているようだ。


「だ、大丈夫大丈夫……気にしないで」


 お前の眩さに劣等感を感じて吐き気を催したなんていえるわけないだろ。


 ふと、ベアトリスへ目を向けると神宮寺をじっと見つめながらポカンと口を開けていた。

 

 ベアトリスでもコイツの格好良さに惚れてしまったのか? イケメンは動物すら引き付けると聞いたが本当のようだな。


「……二階堂君も亜人を仲間にしているのかい?」


「えっ? もってどういう……」


「「勇者様ー!」」


 俺の言葉を遮るように二人の亜人が神宮寺の元へ駆け寄ってきた。


 一人は犬耳の男の子の亜人。もう一人は猫耳の女の子の亜人。


 どちらもベアトリスと同じとしくらいの年だろうか? ただ、この二人の亜人は言葉を話せるらしい。


 ベアトリスはこの国の言語にまだ慣れてないから話せないだけだろうけど。


「おいおいサロス、フィリア。走ったら危ないでしょ?」


「えへへ! ごめんなさいっ」


「ごめんなさいっ、勇者様」


 嬉しそうに笑みを浮かべる二人の頭を神宮寺は撫でる。


 どこで知り合ったのかは知らないが、神宮寺は二人の亜人を仲間にしているようだ。


 しかも、二人とも武器や防具を身に着けていて戦闘の経験があるような雰囲気を醸し出している。


「あっ、悪いね。紹介もなしに。この子がサロス、この子がフィリアって名前なんだ」


 犬耳亜人がサロス、猫耳亜人がフィリアというらしい。


 名付け親は神宮寺なのだろうか。クソ領主みたいに単純でなければいいのだけど。


「この二人は元々、元の主人に過酷な労働をさせられたり不当な扱いを受けていてね……居ても立ってもいられなくて二人を助けたんだ。今ではこの通り、凄く仲がいいんだよ」


 うわぁ……異世界モノのテンプレだな。


 奴隷を助けたがる主人公。腐るほど見てきた展開だ。


 まあ、非人道的な扱いを受けているのを目の当りにして何もしないのもそれはそれでどうなんだって話だけど。


 こいつがそれをやるってところが気に入らない。いや、嫉妬じゃないよ?

 

「君の隣の子もそうなのかい?」


「いいや、ベアトリスは……まあ、経緯についてはサロスやフィリアと同じなんだろうけど、俺は主人から一時的に預かっているだけなんだ。社会勉強をさせたいからって事で」


「その胸の刺繍……なるほどね。フリードさんところの亜人なのか」


「知り合いなの?」


「いいや。実際にお会いしたことはないのだけれど、あの方は亜人排斥主義の撤廃を訴えている第一人者として有名だからね」


 まあ、あれだけの亜人を侍らせているからそういう亜人排斥主義に対して否定的なのは当然だろうけど。


「もう! サロス、フィリア! 探した―—」


 息を切らして駆け寄ってくる人物。


 黒いローブに黒いトンガリ帽子を被った、どこからどう見ても魔導士を思わせる服装。

 

 だが、その中には確実な神々しさと普通の冒険者でない異様な存在感を放っていた。


 ブロンドの肩まで伸びた長い髪。色気のある風貌に開いた胸元から見える双丘。


 この人は、俺も見た事がある。


 フェルモンド王国が誇るアストレア・フォルモンド陛下の4人の娘。


 その中の一人……第一王女で、けしからんおっぱいの持ち主、エリアス・フォルモンドだ!


「出たな! おっぱい!」

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