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第26話 二人っきりで一夜を過ごすのはまだ早いよね! 

「なるほどねぇ……そんな商会があったなんて知らなかったよ」


 てことは、この街に商人が出入りしているのもこの商会があるからって事なのか?


 そもそも『商会』と聞いてもイマイチピンと来ないのだけど、会社みたいなものなのか?


「えっ!? 本気で仰られているのですか!?」


 べナードが手綱を握りながら上擦った声を上げる。


 本気も何も、俺はこの街に来た事すらあんまり覚えていなかったからな。


 そんな商会の事なんざ、眼中にないよ。マジで。


「はぁ……本当に無能な勇者ですね」


 フェリたんも呆れたように嘆息する。


「えっ、別に勇者が商会の名前なんて知らなくても生きていけるでしょ。なんかおかしなこと言ったのか俺」


「あのですね。彼は行商と貿易商を主な仕事としているんですよ。もちろん、ベリド村へ行商に来る事もあります。あなたが着ている服も履いている靴も、ここにあるバッグだって、持っている物のほとんどがべナード商会の行商人に取り寄せていただいたものなんですよ?」


「ま、マジ!? 嘘でしょ!?」


「ベリド村に追放されることになった時、生活に困らないよう色々と根回してあげていたんですから。村の物だけでは村民の方々に迷惑がかかると思ってこちらでも準備するよう考えていた際に、べナードが快く引き受けて下さったのです。おかげで最低限、生活に悩む事はなかったんですからね?」


 お、俺が知らない間にそこまで根回ししていてくれたなんて。


 そこまで考えていたフェリたんも凄いけど、そこで名乗りを上げて色々と手配してくれていたべナードも凄い。


 こ、これってまずくね? そんな恩人の事すら知りもしなかったなんてかなりまずくね?


 俺は恐る恐るべナードに目を向けると、その視線に気付いたのか気まずそうに俺に目を向けた。


 ヒッ!? これはマジでヤバいぞ。あいては商人のプロだ。この仕打ちに内蔵売るレベルの借金を背負わせるに違いない。


 べナードが手配してくれた品物がどれくらい多いのか知らないけれど、その金額分耳揃えて返せって請求書を突き付けられるかもしれねぇ。


「ま、本当に済みませんでした!! マジで何にも知らなくて済みませんでした!!」


 俺はその場で床に額を擦りつけながら、許しを請う。


 借金背負わされるなんて御免だ。そんな事するくらいならおれは恥もプライドも捨てた土下座をしてやる。


 あいにく、フェリたんには何度も見せた土下座だ。その数をこなすあまり、完璧かつ洗練された誰もを魅了する土下座を繰り出す事が出来る。


 どうだ、これでは何も言い出せまい。


 『頭をお上げください!』とか『気になさらないでください!』とか、そう言った言葉が飛んでくればこっちのものだ。


 さぁ、言え! 言うんだべナード。あんたくらいの人間ならそれくらい簡単に言えるだろう。


 俺は頭をさげたまま、テレパシーを送るように念じる。


「気になさらないでくださいな」


 よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


 その声が聞こえた途端、俺は心の中で盛大に叫んだ……だが、


「……これで勇者様には一つ私に借りが出来たという事で許しますよ」


 と、べナードが続けた事で俺の心に響いた歓喜の叫びがかき消された。


 え? 借り?


「ええ。恩を着せるのは私の性には合わないのですが、何とも思われていなかったとなると私としても村へ品物を届けていただいた行商人の方にしてもあまり気分のいいものではありませんゆえ、ここはひとつ借りを作ったという事で水に流しますよ」


「あっ……そ、そうですか」


 地味に優しさを見せながら痛いところを突いてくるなこのおっさん。

 

「ちなみにその借りはどうやって返せば……」


「そうですね。何か問題が起こった際に勇者様を頼らせていただくという事にしましょう」


 今何かをしろ、とかそういう物ではないのか。


 こういう曖昧な物が一番苦手だ。とんでもない問題を丸投げしてどうにかしてくれ、なんていうモノが定番の話じゃないか。


 しかも逃げ道を塞いでくるところ、まじでこの人商売人だよな。もうプロだろ。いや、実際プロなんだけどさ。


「さて、着きましたぞ」


 べナードはこちらに聞こえるようにそう言うと龍車を止めた。


 大通りを走っていたときは聞こえなかったが波の音が繰り返し聞こえてきている。

 

 港の岸壁に波打つ音が緩やかで、聞いていて心地いい。


 俺とフェリたん、ベアトリスはそれぞれ荷物を抱えて龍車から降りた。


 ベアトリスは海を見るのが初めてなのか、港のギリギリまで海に近づいてボーッと海を眺めている。


「ヒッ……」


 かと思えば足下を覗き込んで、軽い悲鳴を上げたながらその場から飛び退いたりと怖がっている様子も窺えた。


「ここなら船の手配もしやすいですぞ」


 べナードが案内してくれた宿は庶民が手軽に宿泊出来るような小さい宿で、飲食が出来るスペースはないようだ。


 古びた二階建ての構造ではあるものの、青を基本とする寒色で海をイメージしたペイントがされた見た目の建物だから、自然と目に入りやすい。


「ありがとうござます、べナード。わざわざこんな事までしていただいて」


「いえいえ。船の手配ならこの先にある受付で出来ますので、また明日朝お伺いしますね。それでは」


 そう言って頭を下げたべナードは再び手綱を波打たせ、大通りへと龍車を走らせた。


「さてと、今日は早く寝ないとですね」


 べナードの姿が見えなくなった後で、フェリたんが一息吐く。


 気付けばさっきまで海を眺めていたベアトリスが、荷物を両手に抱えている事も構わず俺とは反対側の手をさりげなく握って俺を警戒するように睨んでいた。


 お、おう……どんだけ警戒されてんだよ、俺。


 いや、今はそんな事どうでもいい! ここは宿! おまけが付いて来てしまったが、これは俺とフェリたんとの愛の旅。


 もはやこれはハネムーン? 新婚旅行と言ってもいいんじゃね?


 一夜を共にする最初の宿だ。失礼がないようにしなければ。


「いらっしゃいませ! 波打ち際の宿屋、アクリウムへようこそ!」


 店内に入ると、カウンターの奥に佇む活発そうな女性が無邪気な笑みを浮かべて迎えてくれた。


 フェリたんはつかつかとカウンターまで歩み寄る。


「泊まるのは三名で……今夜1泊だけです」


「3名で1泊ですね? ……全部で銀貨3枚になります!」


「分かりました」


 そう言ってフェリたんはポケットから小さな麻袋を取り出すと、中から銀貨3枚を摘まんで取り出し店員に渡した。


「では、部屋の鍵をお渡ししますね。店を出るときは一度カウンターに鍵を返してください」


「すみません、鍵をもう一つ頂いてもよろしいでですか?」


「え? あ、はい。かしこまりました」


 鍵を一つだけ渡そうとする店員に、フェリたんは申し訳なさそうに言った。


 店員は一瞬戸惑っていたが、すぐにもう一つ鍵を取り出して二つのカギをフェリたんに渡した。


 何で二つも鍵を? ……って!? まさか!!


 ベアトリスを部屋に一人追いやって、俺と二人きりのスイートルームを作りたいわけか!


 嫌だよフェリたん、それは気が早すぎるよ。


 まだキスもしてないのに子づくりなんて……いや、どうせ子づくり中にキスするしいいか。


 いやでも、こんな中途半端なタイミングでそんな事しなくったって。


 フェリたん見かけによらずムラムラしていたんだろうか。最近生理でイライラしてたしな。何それ結構興奮する。


「はい」


 エロイ妄想を膨らませてニヤニヤしてしまう俺の目の前にフェリたんは鍵を差し出した。


 もう一つの方はフェリたんがしっかり握りしめている。


「え?」


「勇者さまは一人で寝て下さい」


 期待も空しく、フェリたんはさも当然のごとくキッパリと言い放った。


「えええ!? 何で!? フェリたんと一緒じゃないの!?」


 それを聞いた途端、まるで道端に捨てられたゴミでも見るかのように心底蔑んだ目で俺を睨み、


「は? 死ねよマジで」


 ……あっ、はい。マジ済みません。

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