第24話 港町ヴェダ―マーレ
どれほど時間が経っただろうか。
気付けば辺りはすっかり日が暮れて、空には星が瞬いていた。
小窓に視線を向けると、おそらく目的の港町に付いたのか、街灯の光や建物がゆっくりと流れているのが見える。
港町というだけあって近くにうみがあるのか、潮の香りまで微かに漂っていた。
いつのまにか竜車の暴走っぷりもすっかりと落ち着きを取り戻して、今はガタゴトと小さく揺らしながら大通りを走っている。
だが、そんな事に関心を向けているほど、余裕なんて俺にはなかった。
「はぁ……はぁ……ヴェ、フェリたん。生きてる?」
「はぁ……はぁ……は、話しかけないでください。また……うぷっ!? はぁぁ……」
二人仲良く肩を並べて、呻き声をあげる俺とフェリたん。
肩を大きく揺らしながら息をして俺達はどうにか吐き気を凌いでいた。
声を出すのさえままらないフェリたんは無理に返事をしようとして吐きそうになってしまう。
が、ギリギリのところで何とか堪えたらしくゲロの代わりに吐き出したのは大きなため息だった。
「も、もう俺、龍車乗りたくない。トラウマ……トラウマ」
「珍しく……意見が合いましたね。非常に不愉快ですが」
度重なるゲロと揺れのせいで相当な体力を消費した俺はフラフラになりながら小窓から外を覗き込んでみた。
「おぉ……つ、着いたのかな?」
そこは、やはり港町のようで、賑やかな声がそこかしこから聞こえてくる。
俺達は今、大通り右側を走っている。
緩やかな傾斜になっていて港までの一本道になっているようだ。
遠くには大きな船が停泊していて、船員達がせっせと何やら手に荷物を抱えて下ろしたり運び込んだりしているようだ。
大通りの両脇には驚くほどたくさんの店が所狭しと軒を連ね、たくさんの人でごった返している。
中には俺達と同じように龍車や馬車に乗ってこの港町に来た人がいて、かなり人の往来は激しいようだ。
夜だというのに人の多さが普通じゃない。今までずっとベリド村にいたせいかその辺の感覚が狂ってしまっただけかもしれないけど。
貴族に庶民、亜人や商人、果ては冒険者や騎士団の面々など地位や職業によっても様々で、その地位を鼻にかけるわけでもなく皆が平等に楽しんでいるようにも思える。
ともに酒を酌み交わしたり食事をしたり、一緒に買い物をして楽しんだりと、地位はともかく亜人排斥主義の国にしては妙に亜人と人との間にそう言った険悪なイメージはないように見えた。
酒場に飲食店、雑貨屋、武器屋、薬局、魔導書店などなど、数もそうだが店の種類もかなり豊富だ。
また、高級ホテルや宿屋、大衆浴場に温泉など観光や旅行にうってつけの施設まで設けられていた。
ましてや、カジノや冒険者の仕事を斡旋するギルド役所など、この大通りから見える施設や店だけでも目を見張るものばかり。
あの風吹けば吹っ飛びそうな寂れた村とは大違いだ。なんだってこの街に俺を左遷してくれなかったのだろうか。
ここに左遷してくれていれば、毎日遊び放題やり放題! 全く退屈しなくて済むのに。
「ん? でもなんか……既視感? 前に来た事があるような」
頭の片隅にぼんやりと浮かび上がる既視感。何故だろうか……俺は引きこもりのはずなのに。
「あなたがベリド村に追放された時、この港町を経由してきたんですよ?」
しわがれた声で俺のなんとなく口に出した問い掛けに返答するフェリたん。
あー……そう言えばそうだったか。半年あの村で過ごして来たからこんな街に来た事なんてすっかり忘れていた。
「でも、王都から離れたところにこんなデカい街があるなんてな……港町って言ってたけどタダモノじゃない雰囲気だぞ?」
港町ってもっとこう……漁業で栄えている街ってイメージがあるのだけれど。
「ここは王国で唯一の貿易都市ですからね……」
あまり言葉を出したくないのか、フェリたんは細々と嗚咽を抑え込むようにそう呟いた。
ぼ、貿易都市……そういえば聞いたことがあるな。
――――港町ヴァダーマーレ。
広大な海に面したフェルモンド王国屈指の貿易都市で、唯一の商港であり他国との貿易の中継港として発展を遂げた街。
事実上では、ここが海の玄関口としての役割を果たしているそうだ。
多くの交易船や商人で賑わっており、ここに来ずして商人を名乗るなど愚の骨頂と商人の中では暗黙の了解とされているほど、この街には数多くの商人が出入りしている。
それもあって商業都市としても有名な街であるため、この街には観光目的で訪れる人々が絶えないのだとか。
なるほどな……だからたくさんの商店が展開されているのか。
「うぐっ……と、とりあえず、今日はもう休みたいです」
さっきの地獄のような揺れのせいで僅かな揺れにすら吐き気を催すようになってしまったフェリたんは、口を抑えがらそう訴えかけた。
さすがの俺もあれのせいで体力をごっそり削られて体がだるい。今日は宿屋にでも泊って明日船に乗船するのが一番だ。
さすがに夜に出航する事はないだろうし。
「おーい! 勇者様、フェリアス様!!」
そう考えていると、龍車の外から野太い男性の声が聞こえてきた。
その直後、ガタゴトと揺れていた龍車がゆっくりと止まる。
何事かと御者席から顔を覗かせると、大通りのど真ん中に通せんぼするかのように立ち尽くす太った男性がいた。
ゴテゴテとした宝石をたくさん身に着け、あからさまな金持ち臭を漂わせている男性。
だが、その面はどこか優し気で丸々とした顔がくしゃりと笑顔で歪むと何だか癒される。
「この声……べナードですか?」
声に反応して御者席から顔を出したフェリたん。
べナード? フェリたん知り合いなのか?
「おお……これはこれはフェリアス様。遠路はるばるこのような街までお越しいただきありがとうございます。して……」
べナードと呼ばれた男は胸に拳を当てながら深々と頭を下げた。
明らかに身分の高そうな身なりをしているべナードだが、さすがにフェリたんより位が上ではないようだな。
つまりは俺よりも下の身分って事だ。
「一体どうされたのですか? 随分と憔悴しきった様子でありますが……」
怪訝そうに見つめるべナードを他所にフェリたんはかなりギリギリの状態を強いられていたようだ。
何かに捕まっていないと倒れそうなくらい体力を消耗しているようで息も絶え絶えと言った感じだ。
「フェリたん? 大丈夫?」
さすがに危険な状態だと感じた俺は、フェリたんの体を支えようとする。
「――ッ!? さ、触らないでくッ!! おえぇぇぇぇ!!!」
「フェリアス様ぁぁぁぁぁ!?」
俺の手を払いのけ叫ぶフェリたん。
だが、その弾みで抑え込んでいたものが一気に込み上げてきたようで、激しく嗚咽を漏らしながら盛大にゲロを吐く。
べナードはそんなあられもない姿の王女様を目の前にして信じられないものでも見たかのように驚き慌てていた。