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第23話 ゲロから始まる妄想旅路

 ガタゴトと龍車に揺られながら、俺達は港町を目指していた。


 すでに村はその周囲の森の木々によって見えなくなってしまったが、降りてきた丘の上に建つあのムカつく野郎の屋敷だけがまだ僅かにその存在を示している。


 あれから半年も経つというのに村がこんな丘の上にあったなんて初めて知ったな。

 

 引きこもってばかりで村を出た事のない俺にとって、久々に見る村以外の景色はなんだか懐かしいようで新鮮な気もしていた。


 勇者という立場であるもののまともに冒険なんてしてこなかった俺にとって、王都に向かうだけのチンケな旅ですら、なんだか凄く壮大な冒険ではないかと感じてならない。


 どこまでも続く果てのない草原。爽やかな空気に暖かな光。これほど旅に適した天候はないだろう。


「ほら、見て下さい勇者様! 凄く綺麗な景色ですよ!」


 普段からクールな性格のフェリたんだが、俺の向かい側で座席の上に膝立ちのまま体を弾ませながら楽しそうな声で小窓の外を指差している。


 いくら王女様と言えども所詮は女の子で人間。俺と同じように村の外に出た事がないから、久しぶりの村の外の世界にワクワクしているのだろう。


「そんなに張り付いてたら危ないよ?」


 俺はそんな珍しい反応を見せるフェリたんに呼びかけながらふと、ベアトリスに目を向けた。


 御者席に座るベアトリスも投げ出した足をブラブラと振りながら景色を眺めているようだ。


 もしかしたら御者席の方がよく景色を見渡せるんじゃないか? まあ、俺には騎竜を操る事なんて出来ないのだけど。


 と、俺の視線に気付いたのかピクリと背筋を伸ばして反応したベアトリスが俺の方に振り向いてニコリとほほ笑んだ。


 それは俺に向けられた笑顔なのか、楽しそうに燥ぐフェリたんに向けられたものなのかは分からないけれど、どちらにしても悪い気はしないものだ。


「うわっ!?」


「危ない!!」


 唐突にガタンッと揺れる龍車。何か出っ張った岩にでも車輪がぶつかったのだろう。


 思いのほか大きく龍車が揺れてフェリたんはバランスを崩してしまった。


 このままでは背中から床に叩きつけられると感じた俺は、とっさに踏み込んでフェリたんの体を抱きかかえる。


「ゆ、勇者様……」


「ほら、だから危ないって言ったじゃないか」


 やれやれと言いながら笑いかけると、フェリたんは頬を赤く染めて肩をすくめる。


「フェリたんも子どもだなぁ」


「こ、子どもって……酷いじゃないですか」


「ブッ!? あはははは!」


 不愉快そうに眉を寄せて剥れるフェリたんの愛らしさに俺は思わず吹き出してしまった。


 こんなフェリたん、半年一緒にいて初めて見たな。意外な一面を見れてちょっと嬉しい。


 フェリたんは剥れたまま再び小窓に張り付いて外を眺め始める。


「もう、勇者様も見て下さいよ! こんなにいい景色なのに」


 全く……仕方がないな。


 こんな和やかなムードで始めるたびか。これは凄く良い旅になりそうだ。良い旅に……たび……に。


 ガタガタガタッ!!


「――はっ!!!」


 暴力的な揺れが俺を襲い、強制的に妄想の世界から引き戻される。


 さ、さっきまでの和やかな旅のワンシーンはどこへ!?


「ああああああああああああああ!!! ヒィィィィィィィィィィィィィ!!!」


 ガガガゴゴゴゴゴゴギギギガッガゴン!! ガガガガガガガガゴガガガガガガガ!!


 その体に風圧を感じるほど凄まじい速さで駆け抜ける景色。

 

 荒れ果てた道を恐ろしいスピードで騎竜が駆け抜け、激しく揺れる龍車。


 凄まじい揺れとスピードに煽られ俺は情けない悲鳴を上げながら座席の手すりにしがみついて揺れに耐えていた。


 向かいに座るフェリたんは平気そうにじっと座り目を閉じてはいるが、額に滲んだ汗を見る限りかなりやせ我慢をしているに違いない。


 い、いや……今は、人の心配している暇はッ!!??


「おぉえぇぇぇぇ!!」


 揺れで完全に酔ってしまった俺は、激しい吐き気に襲われて小窓から顔を出して吐いてしまった。


 こ、これダメ! 無理無理無理!! 勘弁してくれぇぇぇぇ!!


「ど、()めでぇぇぇぇぇぇおおえぇぇぇぇ!!」


 吐き散らしながらもなんとか御者席に呼びかけるが、やたらと楽し気なベアトリスは体を左右に揺らして鼻歌を歌いながら手綱をバシバシと波打たせる。


 それに興奮した騎竜達がどんどんとその速度を上げて……結果、このような地獄絵図を招いていたのだ。


 俺達に気付いて襲い掛かろうとしていた魔物ですら、そのあまりの異常さに戸惑いを隠せないでいるほどに。


 人間のように感情を表情で表せない魔物でも、こんな状況俺達を目の当たりにしてドン引きしているのは見て取れた。


「も、もう限界ッ!! おえぇぇぇぇ!!」


 じっと座って激しい揺れに耐えていたフェリたんもとうとう我慢しきれなかったらしく、反対側の小窓から顔を出して盛大に嗚咽を漏らしている。


 ゲ、ゲロ吐いている王女様なんて初めて見たぞ……うっ!? ま、また!!


「おえぇぇぇぇぇ!!」


 も、もう出ない! もう出ないから!!!


 すでに胃の内容物はすべて出し切ってしまい、度重なる嗚咽のせいで喉も痛む。


「べ、ベアトリス……も、もういいから止めて下さッ!? うぐっ!?」


 何度も嗚咽を漏らして体力も限界らしく、フェリたんはかなりゲッソリしていた。


 喉も相当やられているようで、しわがれた声ながらなんとかベアトリスに龍を止めるよう懇願する。


 だが、懐いているフェリたんの声ですら全く反応を示さない。


 もはや龍車を操縦する事に気を取られて、こっちの言葉を全然聞き入れてくれなかった。


 だ、ダメだこりゃ……完全にのめり込んでやがる!!


「こ、これほどに騎竜を操るのが上手いのなら、いっそドラゴンライダーにでもなればいいのに……」


 口元を押さえて青ざめた表情のフェリたんは苦し気にそう呟く。


 もうこれ以上は吐こうとしても出ないのか、それとも揺れに慣れてしまったのかぐったりと壁にもたれ掛かった。


 ふぅ、ふぅと呼吸を絶え間なく続けて吐き気を抑えているようにも見える。


「ドラゴンライダー? そ、そんなのがあるのか……」


 会話なんて出来る余裕なんてないと思っていたが、どうやら俺も若干ながらこの揺れに慣れてきたようだ。


 途切れ途切れではあるが声を出す事は出来た。


 だけど油断したらすぐに嗚咽が漏れてしまう。ここはフェリたんみたいに呼吸を続けて吐き気を抑えないと。


「ええ。叔父様も年に2度開かれるドラゴンレースへの出場経験がありますから……この騎竜の操りようは彼に教えを説いたものなのでしょうね」


 なるほど、あのクソ領主の差し金か。


 ベアトリスがこういう操縦をするって分かってて嗾けやがったんだな。

 

 いや、社会勉強ってところは間違っちゃいないんだろうけどさ。


「ところで勇者様」


「な、なんだいフェリたん」


 俺の問いかけにフェリたんは震える手で自分のバッグを指差した。


 このバッグにはフェリたんが大量に持って来た氷砂糖が入っているはず。ま、まさか!?


「こ、氷砂糖を取ってもらえますか? それを食べれば何とかなります」


「馬鹿なの!? こんな状況で胃に物を入れたらそれこそ吐いちゃうって!」


「……大丈夫ですよ。ほら、砂糖には酔い止めの効果があるんですから」


「ねぇよ! 聞いた事もねぇよ! とにかく今は我慢しなって……」


 こんな状況でも砂糖欲を止めないフェリたん。


 その徹底ぶりは呆れを通り越して賞賛に値するほどだけど、こんな状況でやる事じゃないでしょ……マジで自重してくれ。

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