第21話 旅のお供には氷砂糖ってね! いや、そんなバカな話……あるんだよな、これが。
その後、俺達は王都へ向かう旅の準備のため一旦各々の家に戻って準備をする事となった。
領主からは、龍車の準備があるから俺達の準備が整ったら先に村の入り口の前で待機しておいてくれ、と言われているから多分ちょっとばかし時間がかかるのだろう。
荷車はおろか、それを引く騎竜ですらプライベートで所持しているなんて……一体あの領主は本当に何者なのだろうか。
まあ、王族の血縁だって事は分かったのだけど……やっぱりあれか、権力的なアレを盾にしている訳か。
旅用の荷物を手に持ち、俺は自分の家を出る。
すっかり慣れ親しんで俺の縄張りと化した家を離れる時が来るなんて……。
ほんの数日ではあるけれど、何かこう胸にグッとくるものがあるよな。
「なにをボケーっとしているのですか?」
「ひゃい!? な、何だフェリたんか」
自分の家を眺めながら別れを惜しんでいると、急に後ろから声を掛けられ飛び上がりそうになった。
同じように荷物を抱えたフェリたんが不機嫌そうな目で俺を見つめている。
「なんだ、じゃありませんよ。さっさと村の入り口まで向かいますよ」
「はいはい。そう焦りなさんなって……それよりもフェリたん」
「何ですか? 生憎突っ立って話している時間はありませんよ」
「いやいや、それは分かるんだよ? うん。でもさフェリたん……」
俺は明らかに異常なフェリたんの様子に苦笑いを浮かべながらそれを指差す。
「何でこんなに荷物多いわけ?」
フェリたんが持っている荷物はとても王都に向かうための量ではなかった。
確かに港町に向かうのに1日、船旅で2、3日使うって言われたけどさ。
背中に背負っているバッグが一つ、両手に大き目の旅行カバン、果ては行くとどなく俺に殺戮の限りを尽くしてきた斧などなど。
これからフェリたんは一体、どこへ向かうつもりなんだろうか。
「そういうあなたは、やけに少ないんですね」
「そりゃそうだよ。フェリたんが多すぎるんだって」
フェリたんに比べたら、俺が持っている荷物は一つだけ。
中には王都へ向かって村に帰ってくる日にち分の下着とタオルが入っている。後はわずかながら財布も忍ばせていた。
この村に来てからは大抵お金を使う機会などなかったせいか、村に追放されるまでにこっそり貯めていたお金はそのまま残っている。
占めて銀貨500枚。武器や防具、装飾品なんかの比較的高価な物を買うのは難しいものの、食費やその他雑費に充てるとするなら充分に贅沢が出来る額だ。
「それで? まさかとは思いますけど、神器は持って行かないつもりなんですか? いや、まさかね」
「当然でしょ。あれは物干し竿だもの。なんで物干し竿を持ち歩かなきゃならんのかね?」
冗談交じりにそう切り返すと、俺の顔のすぐ横で何かが凄まじいスピードで通り過ぎるのが見えた。
その直後、バキィッという音がして俺は恐る恐るその方向へと目を向ける。
家の壁に突き刺さるフェリたんの斧の刃。フェリたんはゆっくりとした足取りで俺の横を通り過ぎると壁に足を掛けて斧を引き抜いた。
「私の腕も落ちたものですね。まさか外すなんて……」
くるくると斧をバトンのように回すフェリたんが乾いた笑みを浮かべながら独り言のように呟く。
いやいや……今のは絶対、わざと外したでしょ。
「て、手癖が悪いよフェリたん。斧は投げるものじゃないんだから」
俺は冷や汗を滲ませながらも精いっぱいの強がりをして見せた。
だが俺の心臓はすでに破裂寸前だ。バクバクと耳に響くほどに高鳴っている。
「おやおや、手癖が悪いなんて人聞きが悪いですね。手を滑らせただけですよ」
そう言いながらもフェリたんは斧を投げつけようとわざとらしく振りかぶって見せる。
「いやいや! 手を滑らせたってレベルじゃないよね!? 確実に俺を殺すつもりだったよね?」
「そんなまさか。手を滑らせるだけですよ」
「ちょっと!? 今、本音! 本音が出たよね! 意図してやったって! わかった、わかったから! じょ、冗談だよ! 今持って来るから!」
「…………チッ、早くしてください」
……なんで悔しそうなんだよ。
そうツッコミそうになる気持ちを押さえながら俺は渋々神器を取りに行った。
家の裏手に作った即席の物干し竿。Y字の木の枝を柱にしてその上に神器の剣を載せている。
雨の日も風の日も雪の日も構わず外に放置し続けているものの刀身を含めた神器の剣全体は全く錆びていない。
神的なアレな力で劣化しないようになっているんだろうなきっと。だから物干し竿として便利なんだよな。
この村に来てからは全く使う機会がなかったから持って行きたくないのだけど……まさか、この行動が引き金になって戦闘フラグが立ったりしないよね? そうだよね?
嫌な予感がして一瞬持って行くのを躊躇いそうになったものの、俺は諦めて剣を持ったまま再びフェリたんの元へ戻った。
「……おほいれふお」
俺が戻ってくるまで待っていたフェリたん。俺の姿が見えるや否や何かを口に含んだまま不愉快そうに呟く。
手に持っているのは小物が入る程度の小さな麻袋で、その中に入っている物を食べているようだ。
ガリガリと嚙み砕いている音が聞こえるから割と硬い物なんだろうな……え? ちょっと待って。
ふと、足元にある口を開けた旅行用バッグに目が行く。
その中にはフェリたんが持っている麻袋と同じものがぎっしりと詰めてあった。
…………。
頭の中に過ぎる不吉な予感に俺は絶句してしまう。
い、いやいや。いくらフェリたんでもそれはね。そんな事するわけ……。
「ふぅ……準備が出来たならさっさと行きますよ」
フェリたんは満足したのか麻袋の口を紐で絞りバックの中に押し込んだ。
ジャラジャラと石でも詰めているかのような乾いた音が鳴る。
「ふぇ、フェリたん……そ、そのバッグの中に入っている大量の麻袋は何?」
俺は顔を引きつらせながら震える声で尋ねる。
フェリたんは『何をおかしな事を』と言わんばかりに怪訝そうに顔を顰めると、
「氷砂糖ですが? 何か?」
と、キッパリと言い放った。
…………。
「まさか、そっちのバッグにも入っていないよね?」
両手に抱えた沢山の物を詰め込んだように膨れた旅行バッグ。
さすがにそれは無いかと思ったけど、一応最悪を想定して再び尋ねた。
「だったら何なんですか」
まるで悪びれる事もなくフンと鼻を鳴らして言い放つフェリたん。
…………………もう病気だろ。
「そ、そんな大量の氷砂糖……もって行ってどうするのさ」
「は? 食べるために持って行くんじゃないですか。それ以外にありますか?」
え? えええ? ちょっと待って? 何で俺が責められてるの? 俺がおかしいの!?
どこの世界に旅行用バッグ二つに大量に詰めた氷砂糖を持って行く奴がいるんだよ!
「全く……バカみたいな話している暇なんてないんですから。時間の無駄ですよ、無駄」
呆れるように溜息を吐くフェリたんは俺を置いて足早に村の入口へと向かった。
自分の異常さに全く気付いていないフェリたんの態度に、俺は立ち尽くしてしまう。
あ、あの量……まさかこの旅の道中で食べ尽くす気じゃないよな? いいや……まさかね。
ど、どっちがおかしいのか分かんなくなってきたよ。アハハ。
「突っ立ってないで早くしてください!」
遠くからフェリたんの叫ぶ声が聞こえて我に返る。
村の入り口には俺達を見送るため村人たちが集まっているようで、すでに龍車の準備も整っているようだった。
「はいはい! 今行くよ!」
俺も声を張り上げて答え、フェリたんの元へ駆け出す。
フェリたん……もうちょっと自重してくれよ。